122話 本来の目的
「あ~……疲れが取れんなぁ~」
翌日、私達はそのまま村で一泊し朝を迎えていた。
アポロとエリオットの決闘の後、村では悪竜の脅威が去ったことを祝して盛大な宴が行われた。
豪華な食事に酒(私は飲んでないからな)がこれでもかという程振る舞われ、どんちゃん騒ぎは夜中を過ぎても終わることはなかった。
特にアポロは悪竜討伐の功績者でもあると村人達は信じているので、それはもう熱烈な奉仕を受けていた。
アポロもアポロで、あのおおらかな性格と懐の広さも相まってまるで小さな国の王様のようだった。
「ワウン(ご主人羨ましそうに見てたっすよねぇ)」
「村の美少女達がこぞって村の銘酒をお酌してくれるんだぞ。これを羨ましがらずしてどうする」
中には悪竜騒動で一度『龍皇の火山』まで赴いた少女が頬を赤らめながらお酌していたし。
この前まで悪竜の話題を聞く度に顔を青ざめ嫌悪してていたというのに、知らずにその本人に奉仕しているなど夢にも思わないだろう。
ま、知らぬが仏というところか……。
「あれ、ムゲンさん? もう起きてたんですか、早いですね」
「ヘヴィアか」
アポロ、ミネルヴァ、そして私にあてがわれた村長の家とは別に、エリオット達が寝床に使っていた仮宿からヘヴィアが一人だけ出てきていた。
そういえば、決闘やら宴やらであの時別れた後の話を詳しく聞く機会が無かったな。
「あの後どうなったか気にかかっていたが……どうやら無事だったみたいだな。帰ってきた時におかしなことになっていたのには驚いたが」
「はい、その騒動のせいで私までヘタレくんパーティーの一員扱いですよ。ホント、とんだ貧乏くじを掴まされた気分です」
「はは、災難だったな」
ヘヴィアも元々はこんな扱いを受けるためにエリオットと共に行動していたわけではない。
本来はいい金になりそうなパーティに潜り込み、成功報酬をくすねて雲隠れをするはずだったんだろう。
そういう意味ではエリオット達は丁度いいカモと言えなくもなかったが……ま、今回は案件が悪かったな。
「で、ヘヴィアはこれからどうするつもりだ?」
「うーん……具体的なことはまだ考えてないんですよねぇ。今のパーティからは期を見て抜けるつもりですけど」
そうか、決めてないか……。
実は私も迷っていることがある。それは、ヘヴィアを私達の仲間に加えることだ。
これは、能力の有無の関係なしに私が個人的に誘いたいと考えているだけだ。
ヘヴィアとは、どこか気が合うような感じがするのだ。
ちょっと性格の裏表に問題がありそうではあるが、話してみるとそれほど壁は感じない……むしろどことなく楽しさを感じられる。
(まぁつまり何が言いたいかというと……そういう関係に発展しないかな~ってこと)
しかし、これから私はミネルヴァの抱える問題を解決しなければならない。
それは古き"魔"の知識を持つ者との接触となる可能性が高く、もしかしたら厳しい戦闘が予測されるかもしれない。
そんな危険なところへ一般人と大差ないヘヴィアを連れて行っていいものだろうか……。
「……なぁヘヴィア、もしよかったらわた……」
「おお、盟友よ! 姿が見えぬと思えばここにおったか。盟友は早起きなのだな、感心感心」
なーんかいいところで邪魔が入ったんですけどー。
早起きで言えばアポロも大概だと思うがな。
今の時刻は普通ならば誰もが起きてくる時間帯と言えるが、昨夜は大宴会だったため大人は酔いつぶれ、子供は疲れ果てまだまだ起きてくる様子はない。
「うむ、気持ちのよい朝だ!」
当然この龍も遅くまで大量に酒を飲んでいたはずだが……この通りである。
龍族はアルコールの分解速度がとても早く、普通の酒をいくら飲んでも酔い潰れることはないからな。
だから龍族の多くは酒好きだ。それはドラゴスも例外ではなく、あいつがやたらめったら私の秘蔵の酒を飲もうとするからダンジョンを作ったわけだしな。
「で、お前は何しに来たんだアポロ」
「なに、花嫁の問題について話し合おうと思ったのだが……。そちらのお嬢さんはどなたかな? 確か先日はあの若者と一緒にいたと思われるのだが」
「えっと……私は……」
アポロの姿は人間体でもかなりの威圧感があるからな、流石のヘヴィアもこれはたじろぐか。
「彼女はヘヴィア。お前と出会う前に少々行動を共にしていたんだ」
「ふむ、盟友の仲間であるか。よろしくお嬢さん」
「は、はぁ……どうも」
どうもヘヴィアはアポロが苦手なのか緊張しているようだ。
顔もこわばっているし……これでアポロの本当の姿を見たらどうなってしまうやら。
「ヘヴィア、もし行く宛がないなら私達と共に来るか? もしその気があるならアポロやミネルヴァに相談するが」
「盟友の望みならば我は一向に構わんぞ。連れは多き方が賑やかになるというものよ」
実際、ヘヴィアはアポロとミネルヴァの二人とはお世辞にも相性がいいとは言えないだろう。
けれど悪い奴らではないのはわかっている。最初はぎこちなくともいずれは打ち解けられるとは思うのだが……。
「うーん……ごめんなさい。誘ってくれたのは嬉しいですけど、やっぱりやめておきます。自分のことは自分で決めたいと思ってますから」
「そうか、まぁこちらも無理についてきて欲しいとは言わない。どうしようとヘヴィアの自由だしな」
内心ちょっと残念と思いながらも、本心ではちょっぴりホッとしていた。
それは、私達の抱える問題に巻き込まずに済んだからな。
そもそもヘヴィアについてきて欲しいというのは私のちょっとした我儘のようなものだ。彼女には彼女の道がある、それでいいさ。
「そういえば、ムゲンさん達はこれからどうするんですか?」
「ん、そうだな……とりあえずこの村からは一旦離れることにはなるだろうが。具体的にどこへ向かうかはまだ……」
「おっと、そうだ盟友よ! その行き先についてだが、花嫁が話があるということでお主を探していたのを忘れていたぞ」
「っておい。それを先に言えよ」
本来の目的忘れて話し込んでるなよ。
まぁこんな早朝から姿が見えなかった私も悪いといえば悪いが。
「それではヘヴィア、私達はそろそろ行かせてもらう」
「あ、はい。エリオットさんがもう少し村に残るらしいですから、私もまだ暫くはこの村にいると思うので、また村に立ち寄った時にでもゆっくり話しましょうね」
こうしてお互いに手を振ってその場を後にする。
さて……問題はこれから。いよいよミネルヴァの体に巣食う旧時代の負の遺産への対策へと本格始動といきますか。
「……魔石の採掘?」
「ええ、これから魔石の採掘できる鉱山に出向くわ」
ヘヴィアと別れた私とアポロはそのままミネルヴァの待つ村長の家へと戻り、今後の行動の話し合いを始めた……はずだったんだが。
「なぁ、私達は今後の予定について話し合っていたはずだよな? それがどうしていきなり魔石の採掘の話になるんだ?」
そもそも私達の目的は、ミネルヴァに『永遠に終えぬ終焉』を植え付けた相手を探しだすことだったはずだ。
それは当事者であるミネルヴァ自身がよくわかってるはずなんだが……。
「わたしが持ってる魔石のストックがもうないの。わたしの体は死ぬことはないけど魔力切れで動けなくなることは少なくないから。なるべく数を保持しておきたいの」
「だが、そんなにのんびりしていていいのか? 以前私と言い争った時はあれほど切羽詰った様子だったじゃないか」
「あの時はやっと手掛かり足り得るものを見つけたと思ったから……。今は冷静に物事を進める時。あんただって見ただけでわたしと同じ肉体の術式を持った人間を探せるわけじゃないんでしょ」
「そりゃそうだが」
実際『永遠に終えぬ終焉』の術式を有しているかどうかは見ただけではわからない。
今まで近くにいたミネルヴァでさえ、その力が目に見える形で発動するまでまったくわからなかった。
その肉体に触れ、細かく感知してはじめてその存在に気づくことができた程だ。
「それにあんた、魔石の採掘がしたいんじゃないの? 前に言ってたじゃない」
そうだった……。
ミネルヴァの問題や、悪竜ことアポロの騒動のせいですっかり頭の片隅に追いやられていたが。私がこの大陸に降り立った本来の目的は質のいい魔石の採掘だったことを忘れていた。
「成り行きとはいえわたしの問題に協力してくれるんだし、いつ終わるかわからないわたしの問題に躍起になるよりさっさとあんたの用事済ませちゃいなさいよ。これで貸し借りがどうのとは言わないけど」
ミネルヴァのやつ、私の事まで考えてだから魔石の採掘に行こうなんて言い出したのか。
これで、「か、勘違いしないでよね!」とか言い出したら完璧なツンデレキャラとして成立しそうだ。
「ハッハッハ! 花嫁よ、我に対して借りがどうだこうだなどと遠慮はしなくてもよいぞ。夫が愛する妻のために粉骨砕身で働くのは当然のことであるからな!」
「あんたに対してそんなことは考えてないわよ……。というかあんたは勝手についてきてるだけでしょうが」
この二人も相変わらずというか……。
アポロが諦めるか、ミネルヴァが折れるかしないとこの関係も終わらなそうだな。
しかし、ミネルヴァに『永遠に終えぬ終焉』を仕掛けた相手……そいつが見つかった時は……。
(いや、今は考えないでおこう……。その時にどんな選択をしようが後悔はしたくないが……)
「時に、花嫁に盟友よ。これから魔力を有する鉱石を探しに行くとのことだが……」
「そうよ。だからまずは村長にでも近くの鉱山を教えてもらって……」
「それなら心配には及ばぬ。近くに良質のものが採れる山を知っている。人も滅多に立ち寄らぬ故数もあるはずだ」
その言葉に私とミネルヴァは顔を見合わせた。
まさかの思わぬところからそんな情報が飛び出してくるとは考えてもいなかったからな。
「本当かアポロ。んで、それはどこなんだ?」
「なに、そう遠くはない。この村から我と出会った火山へ向かう途中の分かれ道で森と砂漠へ続く道へと分かれているであろう」
それは知っている。
以前私達が通ったのは森のルートだが、砂漠地帯を進んで龍皇の火山へ向かう道がある。
だが、私の知る限りではあそこは生身の人間が立ち入っていい場所ではないはずだ。
「我らが通った道とは別の、砂漠地帯を少々進んだ途中の道を逸れた先にそれはある。場所故に手付かずの資源が豊富に残っているはずだ」
「いや、ちょっと待ってくれアポロ。お前は龍族でしかも火の魔力をベースとした龍鱗があるから大丈夫だと思うが……。私とミネルヴァは生身の人間だ、すぐ死にはしないとしても干乾びて動けなくなる」
本当にそんな場所があるのだとしたら願ったり叶ったりなのだが……やはり場所が場所だ。
たとえ私が魔術で防御しても、ミネルヴァが死なない体を持っていようと、高密度のマナを含んだ熱気で干乾びて動けなくなることに変わりはない。
動けなくなった私達をアポロが運ぶにしても遠慮したいところではある。
「で、どうなの? まともに進めないところじゃその意見却下させてもらうけど」
「なるほど、盟友の意見はもっともだ。だが、その点に関してならば問題はない。常人でも通れる道は……ある」
胸を張り自信満々に答えるアポロ。
どうやら嘘じゃないようだ……。というか、元よりアポロはそんな嘘をつくような性格でもないしな。
「よし、じゃあひとまず次の目標としては、その鉱山で魔石の調達だな」
「わたしはイマイチ納得できてないけど……。ま、行くだけ行ってみましょう」
これで私の目的である高純度の魔石を集めると同時に、ミネルヴァの肉体の問題について対策を練ることになるだろう。
私の本来の目的……その最終目標は勿論日本へと帰還することにある。
今回の魔石採掘も、言ってしまえばその足がかりにすぎない。
しかしミネルヴァが抱える『永遠に終えぬ終焉』の問題。これは私個人……いや、前世の-魔法神-インフィニティとしての記憶と体験を持つ私としてはどうしても見過ごせない問題だ。
……この問題はすぐに解決しないかもしれない。
ミネルヴァ自身でさえ数百年追いかけ続けても掴めない人物を探すなど、私やアポロが加わったところでどれだけかかるかなど予想もできないのだから。
もしかしたら、何年も何年も探し続けるかもしれない。
そうなったとしたら、その時私は未だ日本へ還ることを諦めずにいるだろうか?
このままミネルヴァに協力などせず、さっさと魔石を回収して日本へ還るための研究を続けた方がよいのではないかとも思う。
だが、それはできない……。私の中に前世から残る後悔の鎖が私を捉えて逃がさないのだ……。
これはお前の罪だ、だから逃げることは許されない
そう耳元で囁かれている気がしてならない。
それが、『無神限』が聞こえているものなのか、それとも『インフィニティ』が聞こえているものなのか……それすらも、今の私にはわからない。
ただ私は後悔と贖罪を抱え、この道を進んでいくだけだった……。
ヴー……ヴー……ヴー……
……ピッ
件名:過去に迷う君へ
君の選択は間違っていないだろう
君がどのような選択をしようとそれは誰にも止められないし誰も咎めることなどできない
確かに君の中に罪はある、それによって苦しんでいることもわかる
だがそれでも君は進むだろう
だからこそ願おう、君自身がその罪を許せるようになる時を
君が選ぶ未来に、幸あらんことを




