119話 VS悪竜!?
「フハハハハハ、よく参った! 遠路はるばるご苦労であったな。うむうむ、各村からここまでは辛い道のりであっただろう……しかし、それを乗り越えたどり着くことに意味があるというものだ」
いやー何言ってるかわかんないっす。
私達の目の前に突然現れたこの龍族、首は長くなく人型のどっしりとした体格……それでも5メートル近くはあるが。
魔物などとは比べ物にならないほどしっかりとした龍翼に一睨みされただけで震え上がりそうな威圧感満載の瞳と顔、その上には黒光りする立派な角が二本生えている。
極めつけはその全身を覆う鮮やかな緋色の龍鱗だ、バックの夕日と相まって言い表せないほど美しく輝いている。
しかし、見とれていたのは数秒、私達はそれが驚異の存在だと知るや否や即戦いの姿勢に移る。
が、しかし、当の悪竜は今もにこやかな表情でまるで戦意など感じられない。
「……ねぇ、これが本当に悪竜なの?」
「いや、断定できるかと言われると私は自信ないんだが。少なくとも村の人が教えてくれた情報とは大分一致する気がするし……」
私だってこのあまりの敵意のなさに凄く拍子抜けしているところだ。
魔力は回復途中で体に少々ガタがきているこの状態で龍族と戦うなど半ば死を覚悟していたくらいだというのに。
なんかすげー気さくそうにこちらを見ながらおおらかに笑っているし……。
「ふむ、しかし今回は以前の者と比べればマシな体つきではあるが、大分綺麗な肌をしておるな……ああ、いやいや、お主らもいきなりこのようなお願いをされて困惑しているのもわかっている。こんな短い間に数人も候補を連れてきてくれるその心意気を我はとても嬉しく思うぞ」
短い間って……次の候補者が選ばれるまでに毎回一か月スパンが長くなってるのに……ってそうか、龍族は人族の何十倍も長生きなんだからそりゃ気も長いわな。
しかしなんか話の流れが変わってきて……いや、ないのかこれは?
なんかすっごいフレンドリーに話されてこちらは頭の中クエスチョンマークだらけだぞ。
ミネルヴァもこの状況に困惑して戦闘を始めるかどうか迷っているし。
「ねぇ……これ攻撃していいの?」
「どうだろ、もうちょっと待ってみね?」
下手に質問するよりも今乗りに乗っている悪竜さんにペラペラ喋ってもらう方がより多く情報を手に入れられる気がしないでもない。
だが先ほどの悪竜の話を聞いてる限りでは……。
「見たところ魔力の素養は申し分ないがある上、戦いに対する気構えも持ち合わせているようだ。……しかし何故そこまで好戦的な気をこちらに向けているのだ花嫁よ?」
「……ちょっと待って? もしかしてその花嫁って……」
うん、辺りを見渡しても今現在この場に女性と呼べるような人物はミネルヴァただ一人であり、悪竜も先ほどからずっとミネルヴァの方を向いて話しているから確定だろう。
「まぁ十中八九お前のことだろ」
「いや冗談じゃないわよ……。なんで倒しにきた相手にいきなり嫁呼ばわりされなきゃいけないの!」
突然の状況を察して鎌を振り回しながら抗議してくるミネルヴァ。
まぁ今までの怒涛の展開を終えて、こんなやつからいきなりの求婚を迫られるなんて状況じゃ戸惑うのも無理ないな。
実際私も理解が追い付いてないし……。
「どうしたのだ花嫁よ、そんな好戦的な気を向けて? ……ああそうか、夫婦となる前にまずは我の実力を知っておきたいというのだな。確かにお互いをよく知りもしないでいきなりの婚姻は受け入れがたいか……うむ、我が至らなかった、反省しよう」
「そっちもそっちで何を勝手に話を進めてるの!」
もはや収拾がつかないなおい。
言うが早いか悪竜は数歩後ろへ下がり戦いの構えをとる。
「まぁいいわ、元々倒す予定が変わらなかったってだけだし。味方はいないけど」
「面目ない」
見ての通り私は戦闘を行える状態まで回復してはいない。
いざとなれば犬を乱入させて最悪の事態だけは抑えたいところだが……。
「ハッハッハ! 護衛の者よ、心配しなくてもよい。これはお互いの実力を知るためのただの組手のようなものよ。我が花嫁の身を傷つけるようなことはせぬから安心せい」
なんというか、意外と紳士的だな悪竜。
しかしそちらが危害を加えるつもりはないとは言っても、問題はこちら側なわけで……。
「一気に氷漬けにして、それから串刺しにして終わりにする……」
殺る気マンマンやないですか。
けどまぁ……あの悪竜の態度見てたらなんか心配いらないなって思えてくる、勘でしかないけど。
「そういえばまだお互いの名も知ぬではないか。ここは互いに名乗り一礼をしてから……」
「ミネルヴァ・アルガレストよ! 一礼なんて必要ない、すぐに終わらせる、『凍結烈波』!」
先手必勝とばかりに飛び出したミネルヴァが放つ絶対零度の冷気。
相手の言うことなんか聞きゃあしないその姿勢、そこに痺れる憧れるぅ!
と、言ってる間に冷気は悪竜の右半身へ襲い掛かりその身を凍りつかせていく。
同時に右腕と右足を地面と固定されもはや逃げることもままならない状態……。
そこへ、攻撃の手を緩めないミネルヴァの怒涛の攻撃が続いていく。
「終わりよ、『終焉の追撃』」
おお、術式を追加した。
周囲に漂う冷気のマナの残りを増大させ、悪竜を取り囲むように巨大な氷柱が現れる。
そのまま動く隙を相手に与えぬまま次々に氷柱が降りかかり、やがて悪竜の体は氷柱に埋め尽くされていった。
「意外とあっけないじゃない。あれだけ恐れられてたからどれほどのものかと思ったけど……って、なにその顔」
いやもう笑うしかないわ。
洗練されたミネルヴァの魔力で生み出された冷気は大抵のものであれば凍りつかせられる。
そんなもので動けなくした上にあの容赦ない波状攻撃の嵐だからなぁ。
「とにかく悪竜討伐も終わったことだし、今後の対策を……」
「いや、終わってないから」
「……え?」
パリン……
だから……それほどの攻撃をその身に受けてなお余裕で立ち上がれるなんて、どう考えてもバケモンだろ。
「むん! ……うむうむ、鍛え上げられたよい魔力だ。やはり我が花嫁たりえる者は相応の強さを持ち得ていなくてはな」
「うそ……」
「しかし礼儀がなっていないぞ。おおっと、名乗られたのなら我も名乗り返さねばな」
その緋色の鱗には傷一つついておらず美しいままだ。
だからこそ私は確信した。
「我が名はアポロ二クス・タキオン・ギャラクシア! 栄光ある『龍皇帝国』復活のため立ち上がった、偉大なる龍帝の末裔である!」
やはりこいつは、自らのポテンシャルを最高まで引き出した、戦闘における最強の種族である……と。
「これは流石に……冗談きついわよ」
すでに溶け始めている氷塊を目の当たりにし、苦虫を噛み潰したような表情で悪竜アポロ二クス……アポロを睨みつけるミネルヴァ。
しかし無理もない、先ほどのミネルヴァの攻撃は暴走していた時よりは劣るものの今持てる最大限の威力の無術を撃ち込んだことには変わりないのだから。
「しかもこりゃ相性も悪いな……」
「ワウ?(相性?)」
ミネルヴァの冷気によって生み出される氷はかなりの熱でなければ溶けることはない、それは私も身をもって証明済みだ。
しかしその氷がすでに溶け始めているということはアポロの体から放出されている熱がそれほどすさまじいということだ。
さらに、龍族の持つ龍鱗はその自身の得意な自然属性によってその色を変える。
つまり……どう考えてもアポロの得意属性は火であり、氷結の力を得意とするミネルヴァにとってはこの上なく相性が悪いのである。
「花嫁よ、血気盛んなのはよいがもう少し落ち着きと礼節を持ってほしい。見たところ教養はありそうだとは思うのだが」
「悪いけど、そういうのは全部過去に置いてきたから」
焦りながらも鎌を構えアポロへと向き直る。
力の差を感じながらも臆さないでいられるのは、おそらくその不死身の体故ということはわかる。
しかし、やはりそれは慢心だ。
「はっ!」
大鎌を構えながら一直線に攻撃を仕掛けに行くミネルヴァ。
速い……前回の戦いでも感じたことだが、その動きはかなりのスピードだ。
しかし、近接戦闘を仕掛けるにしてもその体格差で立ち向かうのはいささか無謀に思えるが……。
「『断罪する氷斬』!」
「む、氷の巨大鎌か」
上手い、鎌に冷気の魔力を纏わせ巨大な氷の鎌を作り上げた。
大きさもこれで張り合えるほどになった。
「ワウン……(てかそれを振り回すミネルヴァさんの腕力って……)」
「半分は魔力で動かしているんだ。もう半分は……自力っぽいけど」
それはつまりミネルヴァの努力の賜物でもあるが、自身をそこに到達させるまでの執念が凄まじいと言うべきなんだろうか。
それほどまでに復讐の念は深いというのが複雑ではあるが……。
「ふん! ほう、人族としては華奢な見た目だと思っていたが、中々に鍛え上げられているではないか! そこも気に入ったぞ」
「あ、そう! こっちは褒められても別に嬉しくもなんとも思わないけどね! くっ、なんで凍らないのよ……!」
通常ミネルヴァの使用する氷の大鎌には触れた部分を凍らせる術式が組み込まれているようだ。
しかしアポロは最初の一撃でその寒点を見極め、ぶつかり合う度に瞬間的に接触部分の熱量を上げている。
……その気になれば触れた大鎌を溶かすことも可能なのだろうが、あれはどうやらこの戦いを楽しんでわざと長引かせているな。
「うむ、いいぞ! 人としての美しさを保ちながらも有り余る強さを気迫を持っている。共に国を支える伴侶としてまさに申し分ない!」
「誰が伴侶よ! こっちは……あんたなんかにかまってる時間なんて……これっぽっちも持ち合わせてなんてない!」
ミネルヴァの息が上がってきたな。
あの体は不死身ではあるが疲労が溜まらないわけではない。
アポロレベルの龍族との持久戦ともなれば、何度挑んだとしても先にバテるのは確実にミネルヴァだ。
そもそもアポロはこの戦闘において龍鱗以外に龍族の特性を見せていない……。
「はぁはぁ……ちょっと、そろそろあんたも戦いに参加してもいいんじゃない……」
と、若干強がりながらもこちらも助けを求めてくる。
流石に力の差がありすぎることを理解したのだろう、表情に焦りが見え始めている。
「いやいや、せっかくの和気あいあいとした試合に横入れするほど私は無粋じゃないさ」
というかこの場で乱入でもしたら私がアポロに殺されそうな気がする……。
ハッキリ言わせてもらうと、アポロが全力を出したら私でも歯が立たないはずだ。
「ふむ、流石に人族では持久力がついてこないか。しかし誠に楽しい一時である。未来の花嫁と互いの想いをぶつけ合うこの快感! うむ、決めたぞ! ミネルヴァ・アルガレスト、お主に今結婚を申しこ……」
「ギュラララアア゛ァ!」
「ギュリリィィ……!」
アポロが何かを言いかけたその時だった、背後の森の上空から甲高い声がいくつも唸りながらこちらに近づいてきた。
「あれは……ジェットバルカンか!?」
それはつい数時間前に私達が森の中で手酷い痛手を負わせた鳥型の魔物だった。
しかも一羽や二羽ではすまない……十羽はいる。
……まさか、先ほど殺した奴の仲間か! あれは群で行動する中の一体であり、それを殺した私達を探していたとしたら……。
「ワウウ……(ま、不味くないっすか、全部血眼でこっちを睨んでるっすよ……)」
「こちらに来たから少なくともエリオットやヘヴィアは犠牲になっていないと喜んでおくべきか……。それともこの状況に絶望すべきか……」
すでに群れの中の一羽がこちらに狙いを定めてきている。
あの高速の急降下突進が来る!
「後者じゃない……! こっちは忙しいっていうのに……ってアツッ!? ……え?」
突然ミネルヴァの氷鎌が砕けて蒸発する。
その目の前には今の今まで楽しそうに戦っていた緋色の龍が、その怒りを体現するように激昂で熱を発しながら上空の魔物へと視線を向けていた。
「ギュルルルアアア゛!」
キタ! あれが地面に衝突でもしようものなら、この一帯に小さなクレーターができるほどの衝撃が襲う。
しかも、すでに他の個体もこちらに狙いを定めて……。
「……」
「……」
だが、いつまで経ってもその衝撃は訪れない。
なぜなら……。
「ギュ、ギュル!?」
その長い嘴は地面に衝突する前に巨大な掌によってガッチリと鷲掴みされていたのだから。
「たかだか鳥ごときが我の一世一代の告白を邪魔するなど……一羽たりとも生きて帰れるとは思わぬことだ!」
言うが早いか、アポロは握っていたジェットバルカンをそのまま反転し、想像もつかない力で上空へと投げ返した。
それはまさにダーツの矢のようにまっすぐ飛んでいき、群れの中の一羽へと正確に進んでいく。
「ギョルルルガギャアアア……!?」
地上に向けて突撃してきていたはずのジェットバルカンは逆に上空の仲間の下へ向けて発射され、落ちてきた時の何倍ものスピードで仲間の喉元を貫いていた。
「ギ……ギ……」
「ギガ……」
この異常な事態を察したのか群れに動揺が走る。
逃げなければ殺される……そのことを本能で察知し瞬時に逃げの体制に移行する群れ……だったのだが。
「我から逃げられるとでも思っているのか?」
すでに逃走の進行方向にはその大きな翼を広げたアポロが仁王立ちで待ち構えていた。
私も目をそらさずに見てはいたが……投げ返したジェットバルカンより速く群れの背後に飛んでいく姿を見た時は開いた口が塞がらなかったわ。
「ギャア!」
その驚くべき事態に怯むジェットバルカンだったが、すぐさま四方八方へと飛び散らばっていく。
散り散りになって数羽だけでも生存率を増やそうという考えなのだろう。
しかし……。
「所詮は低俗な魔獣の浅知恵よ」
翼と腕……それも爪に魔力が集中している。
そう思った次の瞬間にはすでに先ほどの場所にアポロはおらず、一匹一匹の背後に現れては細切れに引き裂き次の個体へ。
龍族の力の本質はその魔力を体内で使用し、肉体での戦闘を限りなく上げていく。
翼での機動力を上げる『龍翼爆走』、爪を肥大化させ魔力で切れ味を底上げする『龍爪斬波』などなど(すべて私が命名した)。
「ギュルルルル……」
阿鼻叫喚の殺戮地獄の中、一羽だけその場から離れ森の上空まで逃げ切っていた。
すでにアポロとの距離は数百メートル以上離れている。
もはや助かりたい一心で無我夢中でその身体のすべてを駆使して高速で飛び去る。
だが……それも無駄な努力だろう、すでにその一羽以外はすべてマナに還っており、それを行ったアポロはしっかりと逃げる個体を視線に捉えている。
その口内にとんでもない濃度の魔力を圧縮しながら……。
「『ガァアアアアア』!」
「―――!」
その口から発射されたエネルギーは、通り過ぎた後でもその熱で蜃気楼の軌道が生み出される程の高熱の炎の息吹……。
ジェットバルカンは断末魔すら叫ぶ暇もなくその身を構成するマナさえも消滅した。
「ワワワワ……(あわわわわ……)」
「な、なにあれ……」
『龍皇の息吹』……龍族が誇る最強の必殺技であり、一人前の龍族の戦士である証。
アポロの強さから見てできる可能性は考えていたが、まさかここまで洗練されてるとは……。
この技も自身の得意属性に依存する特徴を持つ、例えばドラゴスなら雷の息吹になるようにな。
「ふむ、こんなものだろう」
まるで一仕事終えたかのようなスッキリとした顔つきでゆっくりと下降してくるアポロ。
あれだけの大立ち回りをしたというのにその表情にはまだまだ余裕がありそうだ……。
「さて花嫁よ……途中余計な邪魔が入ってしまったが、手合わせの続きといくか?」
「……もういいわよ」
流石のミネルヴァでもあの光景を見てしまった後では戦う気も失せるというものだろう。
まぁどうやらこれで悪竜ことアポロさんも満足しているようだし……。
「ここからは話し合いの時間といこうじゃないか……"悪竜"さんよ」
 




