117話 悪竜討伐へ向けて
「それでは皆様、どうか道中お気をつけて」
「はい、悪竜は僕達が必ず倒して見せます。それじゃあ行こうみんな」
翌日、村の人々に見送られながら私達は悪竜討伐の道を進みはじめる。
見送る村人の眼差しは誰もが期待の目で必死に訴えてくる。
その中には昨日の魔色花の少女もおり、ミネルヴァの方を見ながら元気に手を振っている。
「おねーちゃーん、がんばってねー!」
「……」
その声援を受ける当人は表情を崩さずいつも通りクールなご様子だが、一瞬照れくさそうな表情をすると少女に向かって小さく手を振っていた。
いつもは愛想がないのに好意を無碍にできないなんて可愛いところもあるもん……。
ドゴスッ!
「グボォウ!?」
新鮮な一面を見せていたミネルヴァを微笑ましく眺めていたら突然鎌の柄で思いっきり横腹をど突かれた……。
「な、なぜ……」
「ニヤニヤとキモイ顔してこっち見てたからよ」
そう言いながら私の脇を抜けてさっさと先へ行ってしまった。
どうやら昨日の一件以来彼女には相当嫌われたみたいだな。
まぁ無関心じゃないだけ全然マシだ。
「大丈夫ですかムゲンさん? 早くしないとまた置いてかれますよ」
「大丈夫だ、問題ない」
私は素早く立ち上がり歩き出す。
まだ出発直後だというのにこんなところでへばってちゃ元も子もないからな。
歩き始めてから早二時間、目的地である龍皇の火山はまだ見えない。
それに、ここまでにも何度か魔物の襲撃もあり、今更ながらこの道のりの険しさを再確認していたところだ。
「こ、この辺の魔物って他と比べて強いねー……」
「で、でもエリオットさんは問題なく戦えてますから大丈夫ですよ」
「うん、でも皆も無理はしないでね。いざとなれば僕が全部請け負うから安心して」
と、自身満々なエリオットの台詞に取り巻き達もご満悦だな。
しかしどうやら取り巻きちゃん達ではここらの魔物はちと荷が重いようだな。
マナの濃い地域に近づくほどに比例して魔物も強さを増す。
特にこの大陸は炎神である火の根源精霊から漏れ出す濃密なまでの強烈で闘争本能をかき立てるマナのせいで魔物の動きも活発だ。
さらにここからは……。
「ここが村長さんの言ってた分かれ道だね」
まっすぐ進めば砂漠地帯、それを逸れると回り道で深い樹海を抜けるルートが存在する。
砂漠を進めば龍皇の火山のある山脈へは一時間とかからない距離だが、こちらを選ぶのは得策ではない。
砂漠地帯は気温がすさまじく、常人ならば数分そこにいただけで体内組織まで焼かれたうえに脱水症状でやられてしまう超速ミイラ製造工場。
さらに砂を泳ぐ魔物や人を惑わす蜃気楼などなど、第一大陸屈指の危険地帯として知られる場所である。
「ということは、やはり村長さんの言う通りここは森の方へ進んだ方がいいですね」
「そうだね。森は魔物が多く出るって聞いたけど、この程度ならまだまだ大丈夫さ」
その言葉の通り、迂回ルートの樹海には多くの魔物が生息している。
しかしここにたどり着くまでに倒してきた魔物より強く種類も多種多様。
さらには、稀に手練れでも対処仕切れないレベルのものまで出現する可能性もあり、今まで何人もその犠牲になったとか。
まぁ村の人達も毎回こっち側を通っているという話だそうなので、わざわざ危険を犯す必要もない。
(けど、こっちはこっちでヤバくないわけじゃ全然ないんだよな……)
意気揚々と森へ進んでいく他メンバーを尻目に、私は手の中にある[map]の情報を見たことを少しばかり後悔していた。
[map]にはその区域に生息している魔物の生態系を調べることも可能のため、この森がどれほどのものなのか調べてみたところ、出てくるのは良くない情報ばかりである。
この森に生息する、特に強力な魔物は下手をすれば私でさえ対処が難しくなるようなだということを前世の知識で知っているからだ。
「ディノザウラーにドラゴグリフォン、パンサーデッドリオンズとか……どれも災害級のヤツじゃねぇか。どんな魔境だよここ」
村の護衛の人達はこれらと出会わなかったようで運がいいが、もし出会ってしまったら生きて帰れるだけで奇跡だな。
前世でもこれらの魔物が出た時は私達の誰かが早急に対処に向かわなければならないほどの問題とされていた。
「ワウン……(願わくばそいつらと出会わないようにしたいとこっすね……)」
「だからフラグ立てやめーや」
そう言いながら私も不安を胸に森へ進んでいく。
というかこのメンバーで本当に悪竜の下にたどり着けるのだろうか……。
まだ日は高い時刻のはずだが、それでもなお薄暗く鬱蒼とした森の中。
足場は悪く、見通しも良くない、その上どこからか数回危機感を感じさせるような視線を感じた。
「てか本当に見られているな」
ここの魔物は強さと同時に賢さもそれなりに備えているようだ。
最初この森に踏み入った瞬間に数匹の魔物に襲われたが、それ以降かかってくる気配はない。
実力を測った上でこちらを観察しているのだ。
今戦っても勝てないことを魔物達はわかっている。
そのため、これから強い魔物が私達を襲った後のおこぼれに預かるか、弱ったところを叩こうとしている腹づもりというところか。
「本当に強いですね、ここの魔物」
このメンバーではそれなりに戦えるはずのヘヴィアでさえ先ほどの戦いでは苦戦を強いられていた。
取り巻き連中などはもう足手まといにしかなっていない。
「そうだね、でも戦えないほどじゃないよ。この調子でいこう」
そう言い張るエリオットだが、自分では気づいていないだけで先ほどの戦いではほぼ互角と言ってよかった。
ここがあの剣の限界だろう、これ以上強力な魔物と出くわさなければ抜けることはできるだろうが……出会ってしまったら最後、なぜ自分の力が及ばないかもわからず敗北する羽目になる。
まともに戦えていたのは私と、ミネルヴァの二人だ。
最悪全員での行軍がこれ以上無理だと判断したらミネルヴァに他の全員を連れて戻ってもらいたいところだが……私の言うことは聞いちゃくれないだろうなぁ。
「そんなに気になるんですか、あの人のこと」
「うお、ヘヴィアか……驚かすな」
突然声をかけられ振り向くと、そこには少し顔をニヤッとさせたヘヴィアが立っていた。
「昨日からずっとミネルヴァさんのこと気にしてますよね。もしかして……そういう気があったりするんですか。彼女綺麗ですもんね」
こんな状況だというのによくそこまでお気楽でいられるな……いや、私が少々神経質すぎるのかもしれない。
「しかし私がミネルヴァをねぇ。ふーむ、確かにミネルヴァはかなりいい女だとは思うな。そっけないところはあると思うが根はいい人っぽいし……」
「なんなら私も仲を取り持つお手伝いしましょうか。私これでも人の関係をイジるのにはちょっと自信ありますよ」
そうやって何人も騙して生きてきたのが目に見えるようだ……。
まぁヘヴィアの素性もわからないが、それでもそうやって人の関係に付け込んで生きていかなければならない世界に生きてきたんだろう。
……まぁ真実の愛のためだとかなんとか言って人の関係をめちゃくちゃにしながら何年も生きていた最高峰のアホを知っているせいで大抵の事情は受け入れられてしまう自分がいるのが何とも言えんが。
「うれしい申し出だが遠慮しておこう。残念だが今の状況ではそこまで考えている余裕はなさそうなんでな」
「そうですよねぇ、ここってかなりやばめですし……。うーん、ついてく人を間違えましたかねこれは」
愚痴っていても頭は冷静だな。
入口だろうが出口だろうがまずはここから生きて抜けることが最優先。
いつ何が起きてもおかしくはないのだから。
「けど、本当に不気味ですねここ……」
ジメジメとした暑さの中に薄っすらと陽の光は届いているものの先の見えない深い森、そこかしこから感じる生き物の気配が常にこちらの警戒心を煽ってくる……一秒でも気を抜いたらそこが命取りになりそうだ。
第二大陸で踏み入った幻影の森とは真逆だな、もっとも脅威度で言えばあちらの方が数段上な気もするが。
「ねぇ皆、あっちの方に何か光が見えるよ! もしかして出口かな」
「本当!? 流石エリオットくん目ざとい」
「ようやくここを抜けられるんですね……正直かなりキツかったので助かります」
エリオットの歓喜の声にこの状況に疲弊していた者も安堵の声を漏らす。
エリオットを先頭に次々に全速力でその方向へ駆けていく。
先が見えないこの気の滅入る状況ではかすかな希望に縋りつきたくなるのも当然と言える。
が、しかし……。
「にしても焦りすぎだろうが! お前らそっちは駄目だ、それは魔物の罠だ!」
「え!?」
私が言うよりも早くそいつは姿を現した。
途端に目指していた光が揺らめきこちらへ向かってきたと思うと、森の中の明るみまで進んだところでハッキリとその全体像を視認することができた。
「いやぁ! なによこいつ!?」
「ま、魔物なんですか!?」
「キモチワルイ、それに臭い!」
グリズリーのような体躯だが、その体はつるつるとした葉やヌルっとした蔦でできており頭部の口のような部分からは異臭を放っている。
そしてその頭部の頂点から延びる蔦の先にはチョウチンアンコウのように光球が吊るされている。
デスバイトプランツ、森の奥でひっそりと待ち続け獲物がかかるのを待つ罠を仕掛ける魔物だ。
どんな生物だろうとその口に放り込み、体内に染み出す分泌液で獲物を殺しその中から溶けたマナを抽出して生きる危険な魔物だ。
性質上マナ以外を吸収しないため他の魔物を取り込む以外で食事を介する場合、必然的に体内で取り込んだ生物が解けきるまで放置されている、奴が放つ異臭はそのためだ。
「み、皆下がって……こんなやつ!」
エリオットが取り巻き達を守るように躍り出る。
が、この状況はマズい。
「えいっ! たあっ!」
放たれる斬撃は確実にデスバイトプランツから延びる蔦の触手を斬り裂いていく。
一見エリオットの優勢に見える……が、実際にはそうではない。
すでに相手側が完全に戦闘態勢に入ってしまっている、離れていた私達がすぐ対応に迎えなかったのがマズい。
「こ……こいつ、斬っても斬っても……」
私たちが駆け付けた時にはすでにデスバイトプランツはその地中にがっちりと根を張り、その蔦の触手を幾重にも増殖させていた。
「あいつは出会ったら即時滅却が鉄則だってのに!」
見つけたのなら根を張る前に強力な火力で燃やしてしまうのが昔では当たり前だった。
根を張られてしまうとあのように無尽蔵に蔦を伸ばし獲物を逃さない。
しかも燃やしてもエネルギー源を今も伸ばしつつある根の方から取り出し燃えるより早く増殖してしまう。
「『氷結烈波』!」
先にミネルヴァが動いた。
鎌から繰り出される無数の冷気の斬撃はエリオット達の脇を抜け触手はおろか吐出している本体ににまでその範囲を伸ばしていく。
「すごい! 流石ミネルヴァさん!」
襲い掛かる触手に加えてそれを操る元まで、見えるすべての範囲のデスバイトプランツの体は凍結された。
やはり彼女は以前のように無作為に辺りを凍らせるだけでなくこのように正確なコントロールも行うことができたようだ。
しかし……。
「そこそこ厄介そうな相手だったわね。けどもう……」
「まだ終わってない! 下だ!」
私の掛け声に全員が下を向く……しかし時すでに遅く、その地中から大きなうねりが起きていた。
その直後、巨大な植物の根や蔦が地面から無数に生え私達に襲い掛かった。
「くっそ……! 間に合え!」
私は素早くアルマデスを構えその弾丸を次々に味方に撃ち込んでいく。
「ワ、ワウ!?(ご、ご主人何を!?)」
「焦るな、防衛魔術の『防御膜』と肉体強化の『超肉体強化』を弾丸にしたものを撃ち込んだだけだ」
これで少なくともつかまれた瞬間に握りつぶされることはない。
ミネルヴァは私の補助を受けずとも軽やかな動きで対応しているが、問題は他の奴らだ。
すでに取り巻き三人は当然のように、エリオットもすでについてこれずに捕まってしまっている。
取り巻きの女の子達はかろうじて軽く締め付けられてる感覚まで抑えられたようだ。
「イデデデ。ちょ、ちょっと魔導師さん……これって本当に僕にも魔術かけてくれたんですか……!?」
「お前だけは自業自得だ、諦めろ」
剣の特性上、体が常に一定の戦闘力に保たれるためエリオットには強化系の魔術を施してもすぐに一定値に引き落とされてしまうのだ。
『防御膜』は効いているようなので今のところはあの程度の痛みで抑えられているが……。
しかしこの状況は早急に対処しなければどんどん泥沼にはまっていくようなものだ。
私も自身を強化し触手の嵐を抜けていく。
「ヘヴィア、無事か」
「はい、ムゲンさんの魔術のおかげでなんとか」
そう言いながら大きい根を避け細い蔦を風を纏わせた短剣で斬り落としていく。
もはや奴の体がどこまで根付いてしまったのか見当もつかないが、こうなってしまえば方法は一つしかない。
「限界まで引き出すぞ……術式展開! 属性《地》、『突起大地』!」
ズモ……ゴォォン!
魔物の周囲の大地を対象に魔術を発動させると、凍った体を中心に広範囲の大地が天に向かって勢い良く飛び出していく。
突き出した大地にはすでに張り巡らされた太い根が幾重にも絡まり広がっていた。
「もうここまで成長してるのか……仕方ない、第二術式、追加属性《重力》、『釣上げる引力』!」
「―――!?」
大地を引き上げると同時にそれに引っ張るように根本を全部上に引っ張る! ……と行きたいところだが。
「流石にここまで成長されちゃ全部引き出すのは無理か……ミネルヴァ! 地表に出ている根をすべて引き裂けるか!」
「そういうこと……『氷結斬』!」
ミネルヴァは確認するより早く私の意図に気づき地表の根をすべて凍らし斬り裂いた。
「ヘヴィア、皆を頼む!」
「わ、分かりました!」
大本からとの繋がりを絶たれた蔦は簡単に切り裂くことができ、私の強化と自身の風の補助でヘヴィアは素早く他のメンバーを救出していく。
これで状況は先程よりは好転したとは思うが……。
「こ、これで一件落着?」
「なわけあるか! 根っこは全部引き出せなかったんだ、数分もしない内にすぐ体を伸ばしてまた攻撃してくる」
だから早くこの場を離れなければ……。
「む、ムゲンさん! 上を見てください!」
「なに!?」
ヘヴィアの声に慌てて上空を確認すると、何かがこちらに向かって急降下してくる。
「え、何アレ? 鳥?」
違う! アレはそんな生易しいものじゃない!
「全員すぐに伏せろ! 『岩石壁』! さらに第二術式展開『硬質化』!」
ヒュドオオオオオン!
「きゃあああああ!?」
「うわあああああ!? こ、今度はなんなんだよー!」
突如上空からミサイルのように飛来したソレは、地面に衝突した瞬間強烈な爆弾が落ちたかのように地面を破裂させた。
私が展開した魔術すら紙くずのように破裂してしまい、辺りには激しい土埃が舞う。
煙が晴れてくると、その飛来したものが徐々に姿を見せる。
巨大な鳥のような姿だが、羽は四枚あり、尾羽根には何かを噴射するような形の構造が形作られている。
極めつけは異常に長く硬い嘴だ……その口の先には、先程まで私達が苦戦していたデスバイトプランツが根の先まで加えられている。
「う、嘘……あの魔物を一瞬で」
「次から次に何なのよー!」
「うう……もうイヤですこの森」
ジェットバルカン、常に上空から自身の縄張りを見張り、得物を見つけるとその体の構造を活かし高速で急降下をはじめる。
その嘴は地中に根を張ったデスバイトプランツなど軽くすべて引き抜き吸い取る。
ハッキリ言ってこの状況では勝ち目がない。
「ギュルルルアアア゛!」
「ヒイイイ……!」
マズい、こちらに狙いをつけられた。
こいつは空中に比べれば地上での戦闘能力は低いが、その首の動きの素早さを駆使されると長い嘴で一瞬で串刺しにされる。
すでにその眼はエリオットを捉えており、音速を越えるほどの鋭い攻撃を仕掛けていた。
「助け……」
ズグシュ……
一瞬ながらも鈍い音……人の肉が千切れる生々しい音が短く響く。
すでに元の位置に戻っているジェットバルカンの嘴の先は真っ赤に染まっていた。
その犠牲になったのは……。
「うわあああああ! そんな……嘘だ……ミネルヴァさあああああん!」
先程の一撃の軌道は確実にエリオットの頭から心臓を捉えていた……が、しかしそれをかばうように躍り出たミネルヴァは一瞬で氷の壁を生成して軌道をずらすことに成功はした。
だが、かわりにミネルヴァの左半身がその犠牲となりむごたらしいまでの鮮血をその地に撒き散らしていた。
その身体はすでに絶命は確実であり、左腕と腹部、そして心臓が確実にえぐり取られていた。
「イヤアアアア、助けて……助けてえええええ!!」
「どうしてあたし達がこんな目にあうのよおおおおお!!」
もはや誰もが戦意を失い、戸惑い、脅え、逃げるようにがむしゃらに走る。
あれほど強かったミネルヴァの死を目の当たりにしては誰もがおかしくなっても仕方がない。
もはや状況は絶望しか……。
「アハ……アハハハハハ!」
「「「!?」」」
誰もが絶望した次の瞬間、青の光景に誰もが目を疑う出来事が起きた。
「馬鹿な……」
「ミネルヴァ……さん?」
心臓を失い完全に死亡していたはずのミネルヴァが起き上がり、赤い鮮血で染まったその顔で笑っている。
左半身は今も確実に失われている……しかしその体から溢れる魔力は異常なまでに膨れ上がりはじめ……。
「ぁぁあああああアアアア!!」
「ギュルア!?」
もはや制御もあったもんじゃない魔力の奔流を氷に変え、ジェットバルカンは愚か周囲の森すべてを凍らせはじめる。
「何が……なにがどうなってるだよおおお!?」
度重なる驚愕と恐怖で何もかもわからなくなるエリオット。
涙混じりのその瞳の先の少女に、つい数時間前まで好意を寄せていたはずだった。
しかし今彼が彼女を見て思うのは……。
「ば、バケモノ……」
すでにジェットバルカンは生成された巨大な無数の氷柱に貫かれ絶命、その体を霧散させはじめている。
……逆に、ミネルヴァの体の欠損した部位の周りにはチリのような光がどんどん纏わりついていき、やがてそれは光を失うとミネルヴァの失われた部位がまるで傷など無かったかのように元通りに再生されていた。
やがて、ミネルヴァの魔力のうねりが収まると、辺りは静寂に包まれた。
ミネルヴァがどこか悲しそうな顔でゆっくりとこちらに振り向く。
「近づかないでよ! このバケモノ!」
「た、助けて……」
あの光景を目にして、素直に受け入れられるものではない。
死に至る傷を負いながら立ち上がり、驚異的な魔物をねじ伏せ、致命傷の傷が復活するなど……。
この場にいる全員、彼女を受け入れることはできなかった。
「もう嫌だ……なんなんだよ……なんなんだよおおお!」
まずはじめにエリオットが逃げ出し、それを追うように取り巻きの女の子達も逃げ出す。
「ムゲンさん……」
「別に私が止める理由はない」
「ごめんなさい、では……」
ヘヴィアもエリオットを追いかけるようにこの場を後にする。
ここに残っているのは、すでに私とミネルヴァだけだ。
「あなたは逃げなくていいの? こんなバケモノの側にいるとあなたも危険かもしれないわよ?」
まるで私を心配するような物言いだ。
「わたしのこれを見た人間はこの数百年で何人かいたけど……さっき逃げていった彼らのように誰もが恐怖の目でわたしを見たわ……。こんなわたしを受け入れられる人なんて……いない」
数百年、この言葉が意味するものはわかる。
不死身の回復に何年も生きる体……新魔族? いや違う……私は、私はこの力を知っている。
「だからあなたもすぐに逃げた方が……。……え!?」
ドゴッ!
この時私は我を忘れていた。
彼女の抱える事実に気づいた瞬間、考えるよりも早くその首を掴み木に叩きつけ締め上げていた。
「あ……ぐ……!?」
「抵抗せず、嘘偽らず私の質問に答えろ……」
私は冷静ではなかった。
この状況を前に冷静になれるはずがなかった。
「どうして……どうして貴様の体に『永遠に終えぬ終焉』が施されている! 答えろ!」
この世界から完全に消し去ったはずの、前世の私……-魔法神インフィニティ-最大にして最悪の罪の証をその身に纏わせていたのだから。
 




