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102話 正体と計画(後編)


 もう今日で何度目の衝撃かわからない。

 メレスが新魔族だった、その事実だけで今の事態がどれほど危険か理解できる者もいる。


「新魔族が国の乗っ取りだなんて……まるでお伽話がまさに再現されてるってことじゃないか」


「待ってくれよ、新魔族……ってことは5年前に俺が倒したのは……」


 ここでケントは察する。

 5年前のあの日、まだアステリムにきて間もない日。この大陸でケントは一度新魔族を退けている……そしてそれは同時にクレアやラフィナ、メレスと出会ったあの日……。


「ああ、あれは元々私の部下ですよ。適当なところで引き上げさせるつもりだったんですが……異世界人が現れたということで少々命令に変更が出ましてね」


「命令?」


「ええ、異世界人の能力の特徴と状況を伝えたらすぐに。魔物の核を大陸中に植え、強力なマナの源泉である世界樹をどうにかして我らの物にし、後は気を見て勇者を潰せ……とね」


 すべては命令……そう言い切るメレスからは並々ならぬ忠誠心が伺える。


「まぁ、世界樹は未だに解明できない部分が多くどうしようかと悩んでいましたが、どうやらいろいろ知ってそうな者の方からこちらに飛び込んできてくれましたしね」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべてフローラを見る。

 世界樹より生まれた精霊神の娘、メレスにとっては充分すぎる研究材料と言える存在。


「そんなことさせねぇ! フローラちゃんは俺が守る!」

「わたくしも、この国のため、お姉様のため、そしてケント様のために戦います!」

「メレス、もうアタシの体はあんたを斬らないと収まりがつきそうにないよ」

「う~、なんかランだけ蚊帳の外みたいだけど、怒ってるのはこっちも変わらないんだからね!」


「オレも随分とこの件に首を突っ込んでしまったからな。やれるとこまで……やらせてもらう」

「守……ます!」


 全員で守るようにフローラの前に立つ。絶望的な状況……なのに全員の目はその輝きを失ってはいない。


「やれやれ、ではしょうがありませんね。ではこれでどうでしょう?」


 そう言ってメレスが懐から取り出したのは、黒く鈍い光を帯びた手のひらサイズの水晶だった。


「そんなものがなんだって言うんだ!」


「これは人質……ですよ。あなた達の大切な人のね……」


「ひ、人質? どういうことだ!?」


「これはたとえどれほど距離が離れていようと私の魔力を飛ばし、その者の体を蝕んでいく。……つまり生かすも殺すも私の意のままということです」


 その言葉の意味に鈍いケントはまだ気づかない。

 しかし、察しのいい者は嫌でも気づいてしまう、メレスの言う人質というのが誰なのかを……。


「ゆっくりじっくり時間をかけて準備してきたかいがありましたよ。三年近く常に投与させてきたものですから、最近はそれが表面に出てきてるようでしたが」


「まさか……お姉様!」


「そんな!? でもラフィナの持病は昔からで……」


 クレアとリネリカの反応にこの場にいる全員が理解してしまう。


「だからでしょうね、誰も私が彼女の体に細工をしているなど夢にも思わなかった。私の魔力が篭った偽の薬も誰も疑わない!」


 ラフィナは常に体調が悪かった。だがそれは元々命に関わるような重い病気ではなかった。

 子供ならば大抵の者がかかる小児喘息のような病気で、成長すれば大抵治り、治らなかったとしても時々辛くなるだけの一般的な病気。


「なら、お姉様の体調がいつも優れなかったり、突然苦しみだしたのは……」


「ああ、たまに魔力の調整を間違えてしまうと人体の免疫力を著しく低下させてしまう時もあった。あの時は危なかったですね、危うく使える駒を一つ失うところでした」


「貴様あああああ!」


 怒りに我を忘れて突撃するケントだが、メレスが水晶を前に出し再び口を開く。


「おや、いいのですか勇者殿? 私がチョイと魔力をいじればラフィナの体調は立ちどころに悪くなり、すぐに死んでしまうでしょう。……苦しみながらね」


 その一言で再び誰も動けなくなる。

 しかし、実はメレスもこの手は最後まで隠しておきたかった。今の状況は手負いとはいえ異世界人が二人、新魔族としての能力が高いメレスとすぐに湧いて出る魔物がいればやれないこともない。


(事実、私の力は七皇の中でもまだ若い三人とならば"大罪"の能力さえ無ければ互角以上……。しかし私はあくまでもベルゼブル様の忠臣であったためその力をあえて望みはしなかっただけだ)


 だが、メレスは聞かされていた、"異世界人がいかに危険か"ということを。そんな中、異世界人が三人も揃ってしまった……。

 焦るメレスだったが、確実に着実に全員を始末する作戦を決行したのだ。


 故にこの作戦に失敗は許されない。異世界人を同時に二人相手にしなければならないという予定外の状況から、さらに予想外の状況(・・・・・・・・・)が起こることも考慮し、確実かつ余裕を残して対処できる選択をしたのだ。


「しかし安心してください。この真実を知るあなた方を消し去った後、私はまたメレスとして予定通りラフィナと婚姻を交わし、新たな王としてこの国を導きましょう。そして、皆さんは名誉の死を遂げた英雄として語り継がれるのでご心配なく」


 もし言う通りにケント達が大人しく死ねば、メレスは魔物の軍勢を止め国に平和は戻るかもしれない。

 だがそれは同時に新魔族の侵略の開始を意味する。たとえ今平和が続いたとしても、数年……数十年後にはこの地に新魔族の勢力がはびこりはじめるだろう。


「くっ、アタシ達はこのまま何もできないのか……」


「ラフィナさんを守るには大人しく従うしか……。でもそれはフローラちゃんを実験材料として明け渡すようなものじゃねぇか!」


「う~、あたしそんなの嫌だよ~……」


 もはやどちらを選んでも絶望。ただ、そんな中一人だけ、まだ冷静に考えを張り巡らせる者がいた……星夜だ。


「奴の魔力で起動するというのなら、その対象のラフィナの体内に潜んでいる要因も魔力によるもののはず……なら」


「おやおや、お仲間の魔導師殿のことでも考えていましたか?」


「やはり……それも計算の内か」


「え!? ど、どういうことだ星夜?」


 魔術的な要因、星夜がその言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだ人物……そう、ムゲンだ。

 魔術のことならわからないことはないと言うくらい豪語するムゲンなら何か突破口を見つけられるのでは? と考えていた。


 しかしそれすらもメレスに先手を打たれていた。思えばあのタイミングでの戦力分断は、それこそまるで図ったかのような動き。あれもメレスの差金だったのだろう。

 魔術関連に疎いケント、星夜達を確実に倒すためにムゲンを引き離し、そちらは疲弊しきったところへ騙し打ちでも仕掛ければ簡単に事は済む。


「それともう一つ……仮にあなた方がこの呪いをどうにかできたとしても、詰んでいることに変わりはありません」


「まだ何かあるっていうのかよ……」


「ええ、実はあの城には新魔族である私の部下が数人いるのですよ、ラフィナの護衛として私と同じようにその近くにね」


 つまり、たとえ呪いが破られたとしてもその部下がラフィナを殺すと脅しているのだ。

 メレスが口を開けば開くほど、今がどれほど絶望的な状況であり、自分達がいかに無力かと思い知らされる。


「勇者殿のおかげで実力のある者は5年前に大体倒されましたが、保険に連れてきた者達でも女一人殺すのは容易いもの……」


「卑劣な……この卑怯者! お姉様はあなたを心から慕っていたのですよ! 今だってきっとあなたを待っている。なのに5年間も募らせたその想いを平気で踏みにじるなんて最低です! あなたもあなたの上司だという方も……」


「黙れ小娘。私の前であのお方を侮辱することは許さん。5年などというちっぽけでくだらない恋心など、私の500年の忠誠心に比べればカスのようなもの」


 途端にメレスの雰囲気が変わる。

 500年……それだけの長い時をメレス……いやメフィストフェレスは尽くしてきた。

 それは数十年しか生きられない人族は勿論、300年近く生きるエルフ族でも計り知れない。


「あのお方を侮辱した罪として、まずはあなたから殺してあげましょう」


 その右手を挙げ魔力を集束しはじめる、メレスはクレアへと完全に狙いを定めたようだ。


「や、やめろ! お前が一番殺したいのは俺だろ! 俺を先にやれ!」


「言われなくても次はあなたの番ですよ。どうせそこの精霊以外は全員仲良くお亡くなりになるのですから心配はいりません」


「この……!」


「おっと! これを忘れないで下さい」


 食いかかろうとするケントを抑えるように水晶を突き出す。

 これでは何もできない……どちらにしろ待っているのは誰かの死。


「この一撃で教えてあげますよ。希望など、奇跡などこの世に有りはしない……」




「いや……あるさ!」




「「「「「!!?」」」」」


 突然の否定。だがそれはこの場にいる誰かが発したものではない。


「皆! あれを見ろ!」


 いち早く気づいたリネリカがその方向へ指をさす。


 そこには、ケントが散々切り倒したというのにその一本だけなぜか状態を保っている不自然な木。そしてその天辺、沈みかけている夕日をバックに動物に跨っている人のシルエットが映し出されている。


 差し詰め白馬に乗った王子……とまではいかない。言えるとしたらそう、白犬に乗った魔導師というところだろう。


「この世には希望も奇跡もあるんだよ! 何処にだって? 皆まで言わせるなよ。それは……この私さ!」


 その自身に満ちた顔からは、どんな絶望的な状況でさえも希望に変えてしまうような、そんな気持ちを全員の中へ芽生えさせたのだった。






 さて、頃合いも図って出てきたことだし、早速すべての不安事項を取り除くとするかね。


「まさかこのタイミングで現れるとは思いもしませんでしたよ」


「嘘つけ、今この場におけるお前にとっての不安要素は三つ。一つは星夜で、もう一つは私だ。たとえ上手く切り離せたとしても現れない保証はどこにもない」


 そのためにメレスはわざと(・・・)ケントに広範囲型の大技を使わせたからな。だからこそ私が守ったあの木だけが残り、逆に目立ってしまった。

 その時点で私の存在はバレていたと考え、おびき出すためにクレアへ矛先を向けたんだろう。


「しかしここへ来るには少々時間が早すぎますねぇ。まさか拠点の砦を見捨てたのですか?」


 確かに、その砦へは別れた地点から早馬を使ったとしても少なくとも半日はかかる。

 まぁ犬は早馬よりも速度が出るが、それでも砦へ攻める多くの魔物を殲滅してここまで来るためには丸一日近く掛かる計算だ。


「そ、そうだ! どうせその魔物の侵攻とかいう情報も全部嘘だったんだ! だからムゲンはこっちへ……」


「残念ながら、魔物が砦へ向かったのは本当ですよ。なにせ……私がそう命令したのですから。つまり今頃は……」


 壊滅……と言いたいんだろうが。


「残念だが砦は無事なんだよなぁ。というか、むしろ今この大陸ではここ以外に危険なエリアはもう存在しない」


「なにを馬鹿な……実際私の魔物は現在も各地に生存を感じる。あなたが見捨てたおかげで多くの命が失われたでしょう」


 とまあメレスは余裕そうな表情で煽るように語りかけてくる。

 確かに魔術や知識を駆使しても私でそんな無理難題は不可能、短い間で私の実力をよく予測したもんだ。

 そんなメレスにとって、先ほどの私の発言は苦し紛れにハッタリにしか聞こえず、勝利を確信しただろう。


 が、その顔を私に見せたことで詰み(チェック)は完了したのだ。


「まぁわからないのも無理はない。なにせ魔物を全部生かしたまま動きを抑制し、発生源すらすべて塞がれているなんてお前の予想を遥かに超えてるだろうからな」


 その瞬間、余裕顔だったメレスの表情が一瞬凍りつく。

 頬を伝う一筋の汗、泳いでいる瞳に写っているのはおそらく魔物の状況を詳しく調べている。


「う、嘘だ……一日もかけずに大陸中の魔物が……。こんなこと、七皇クラスの相当の実力者でもほぼ不可能なレベルだというのに……」


 メレスの顔がみるみる青ざめていく、どうやらやっと今の事態を理解したか。


 これは私の経験から基づく考え方なのだが、勝利を確信した者はそれを一度崩されるとすぐに立て直すのはほぼ不可能。

 大事に大事に積み上げた積み木を根本から「そぉい!」と蹴り崩すようなものだからな。


「あ、ありえない……一体何が……」


「さっき言ったろ、お前の不安要素……その最後の一つだよ」


 え? なに勿体ぶって引っ張ってんだって? その方が面白いだろ? 皆を見ても"何がどういうことなんだ?"って顔してるし。

 わかってるのは当事者のメレス君だけ、うんうん優秀だね、それじゃあ答えを聞いてみようか。


「まさか……本当に“精霊神”の」


「大正解」


ビュウ!


 突如、私達の横を突風が突き抜けていく。

 だがそう、お察しの通りこれはただの風じゃあない、あるもの(・・・・)が混じっている。


「クンクン……あれ!? これママの匂いだ!」


「え!? フローラさんのお母様って……」


 そう、精霊神だ。

 流石に娘であるフローラは今のでわかったようだな。


「だ、だがこれが何の……!」


「焦るなよ、周りを見ればわかることだ」


 辺りを見渡せばそこにいるのはメレスの魔物軍団だ。

 だが先ほどと違う点を述べるなら、全員プルプルと震え動けなくなっている。


「どうしてだい……さっきまでアタシらを襲いたくてウズウズしてたのに……?」


「それは……」

「それはね、ママの武器が『花粉』だからなの!」


「花粉?」


「ああ、目に見え……」

「目に見えないすっごい小さな花粉が体に入って混乱したり、纏わりついて動きを封じることもできるの! 魔物の侵攻を止めてたのもその花粉の壁なんだよ!」


 言いたいこと全部言われた……。ま、まぁともかく、その魔力で生成された特殊な花粉により魔物の動きもすべて止まる。そしてその範囲はこの場所だけに留まらない。

 精霊神が本気を出せばこの大陸中を花粉で埋め尽くすことも可能かもしれない。


「そんなわけで、これで形成は一気に逆転だな」


「は……ハハハ……ハハハハハ」


 気でも触れたのか、メレスはその場で狂ったように笑い出す。

 そして、手に持っていた水晶をかざし、私達を再び見下ろし。


「ハハハハハ、確かにこの勝負私の負けのようだ。だがこれはどうする? もはや私にはあの女一人を殺す手段しか持たない。だがどうする? 私を殺すか? それでもいいが、最後に一矢報いお前達の大切な者を殺してやろう」


 すでにヤケだな。

 だがこうなっては仕方ないだろう、奴に残された手はあれだけだからな。


「ッ! 限、どうにかできないのか!」


 星夜は魔術的な要素という言葉で先ほどから私を頼りにしていたようだが。


「この距離では無理だな。それにあれは5年間の魔力が練りこまれたシロモノだ、一瞬でどうにかできるものでもないだろう」


「くっ、駄目だったか……」


 頼みの綱であった私が無理だと言ったからまた皆の顔が曇りはじめる。


「馬鹿な奴らだ、あんな女のためにみすみすチャンスを逃すことになる。流石の魔導師殿も私の最高傑作には……」


「ほら、また勝ち誇った顔だ」


 もはや即席で作った歪んだ積み木など、軽く吹けば簡単に崩れる。


「ま、負け惜しみを……。あなたは私との最後の裏の読み合いに負けたのですよ」


 やはり、何か勘違いしているようだな。


「別に私はお前と裏の読み合いなんてしたつもりはない」


「なっ……!」


「それをしていたのはケント達だ。真の策略家はその読み合いを客観的に広い視野をもって必要な手数を増やしていく。その点に関してはお前のご主人様は相当優秀だな」


 同じ七皇すら囮のように扱い、裏で進めている作業すら自分では動かない。そしておそらくこの状況の情報もメレスを通して知られていると考えると、異世界人達の情報と精霊神の情報を労せずゲットだ。


 “暴食”のベルゼブル、サティから少しだけ話しは聞いていたが、思っていた以上にキレ者のようだ。


「ふむ、ベルゼブル様を褒め称えることは賞賛に値しますが。そろそろ選択の時といきましょうか」


 そう言ってメレスは再び魔術を放つ体勢をとる。どうやら本当にこれで終わりにするようだ。

 だったら、私ももう一つサプライズを披露してやらないといけなくなったようだな。


「だから焦るなって。だがそれはこれから出す私のサプライズを見てから言ってくれよ」


「いやムゲン、お前さっき手はないって言ったじゃんか。それなのに何を……」


「それではサプライズゲストとして登場していただきましょう、この人です!」


「いや聞けよ!? それに何だよそのバラエティー番組みたいな紹介のしか……た……わ……」


 ケントがセリフの途中でフリーズしてしまう。まぁ無理もないか、他の皆も目を丸くしているしな。

 私が呼んだ人物が、木の陰からゆっくりと歩いてくる。


 やがて、姿がハッキリと捕らえられるまで近づく、その人物とは……。


「皆さん……メレス……」


「お姉様!?」

「ラフィナ!?」

「ラフィナさん!?」




修正しました(10章時点)


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