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第八話

 轟音とともに巻き上がった爆炎が視界を埋める。刹那、噴煙を破る様に飛び出した人影が視界の端を掠めた。爆発に煽られた『勇者』だ。

 つい、先週は自分があの立場だったはずなのに、今、僕は漆黒のローブを纏い錫杖(しゃくじょう)を振るっている。どうしてこんなことになっているのか。

 舞台上に立っている興奮も手伝って、まるで自分を斜め上から観察しているような不思議な感覚が襲う。

 煙に晴れ間が目立ち始めた。

 そうだ、台詞だ。

「どうしたっ! これでおしまいかっ!」

 自分の言葉が空虚に響く。

 こんな身のこもっていない言葉が『魔王』の言葉であっていいのか。

 構えた錫杖から響く鈴の音。舞台に立つと決意を構えた時は涼やかに澄んで聴こえた音色が、今は空々しく胸を打つ。

 中身の感じられない響きは、今の僕の台詞と同様だ。

「……ま、だだっ」

 重たく、力強い言葉が、揺らめく陽炎の向こうから届く。

 どんなことがあっても『魔王』の存在を許さないと言う、烈白の意志が込められた言葉に、ローブの下の肌が粟立つ。これが『勇者』の放つ言葉なのか。

『魔王』の力に打ちのめされた場面だ。心は未だに折れずとも、彼我の力量を見せ付けられ地に手を付く場面だ。

 確かに、声は傷ついている。口に含んだ血と砂利で痛々しい声しか出せてはいない。でも、その言葉は、強さを秘めている。無尽蔵に溢れてくる強さが詰まっている。

 僕は、それが「信じる力」から生まれる強さだと。それこそが『勇者』としての『キャラ魂』の高みなのだと思い知らされる。

「ふん、まだ足掻くか。もはや、手遅れだと言うのに」

 圧倒的な強者たる『魔王』として振舞っているはずの僕の言葉に、その強さは宿らない。

「悔しがることは無い。

 貴様のその悔しさすらも我は救うのだ。この禁忌の術式によってな!」

 必死に声を張り上げて台詞をこなす。そして、背に輝く魔法陣を振り返った。

 虹色の光の奔流が視界を埋める。 

『魔王』程の存在を持ってして世界を変えると大語させる禁忌の術式。人々の心を掌握し、永劫の平等をなし得ると言う暗黒色の希望だ。

 この野望を打ち砕くために『勇者』は(つるぎ)を取る。

「させてたまるかよっ、そんな事!」

『勇者』が吼える。

「そんな事、だと? 愚昧な民どもに、無知を教え、痛みを教え、そして安寧を教える。我なら導けるのだ、世界を! 勇者よ、国を失うという絶望を知りながら、なぜ我に抗おうというのだ」

 自らの台詞をこなすと、次の場面は僕が答えに詰まった場面だ。

 立場は違えど、同じ場に立って僕はあの時の気持ちを克明に思い出していた。鼓動が高まる。

 眼前の魔法陣はまるで生きてるかの如く明滅を繰り返していた。怪しげな存在感を放つ虹輝の明滅と胸の拍動が呼応する。

「人々は、そんな押し付けの平和を望んでなんか居ないっ!!

 自ら考え、悩み、そして明日を切り開くっ!! それが俺たち人間の希望なんだよっ!!」

 そう、これが僕が口にすることの出来なかった台詞。正義だと信じることが出来なかった想いだ。

 目の前にはそんな正義を背負った男が立っていた。傷ついた体を信念で支え、剣を握り締めて『魔王』の理想に牙を向いている。

「下らん戯言だな。それが成し得ぬからこそ、我という存在が生まれたのだ!!」

 そう、戯言なのだ。そう思ったからこそ、僕はあの時あの台詞を口にすることが出来なかったのだと、今確信する。そんな不確かな未来を、「人々」の代弁として正義という大義の枠に当てはめることの欺瞞に、我慢がならなかったのだ。

 それが出来ぬ自分の弱さを僕は呪った。

 身の丈に合わぬ大きな夢に焦がれた自分を恥じた。

 何かを「信じる力」を持たないという事が、いかに未来を狭くするものかと絶望した。

 でも、そうではなかった。

 僕は信じることが出来なかったのではない。信じるべき信念を、信じるべき正義を上手く見つけることが出来ていなかっただけなのだ。

 それを見つけた今なら。自分が本当に信じるべき道に素直になれた今なら。僕を圧倒した憧れの、憧れだった存在に胸を張って向き合える。

「ならば、貴様を倒して、新たな希望を創る!」

 (しろがね)の刃の煌めきが僕に向けられた。

 鈴の音を携えて、僕も錫杖を構える。

 あぁ。

 希望と野望。異なる形で、互いに高みを見据える『勇者』と『魔王』が改めて対峙した。

 そうか。

 僕も『魔王』として吠える。

「よいだろう! 討ち伏せてくれよう。我が野望に仇為す者よ!」

 僕が信じる道はここにあった。

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