第六話
「よし、一部ずつとって後ろに回せ。
んー、何人か見た顔も居るな。経験者は後で名乗り出ろ。台本が頭に入ってるやつから、順番に舞台上るように。
甲冑とか剣とか。装備は、あそこに並んでるものだ。八着しかない。
演じ終わったものから脱いで後のものに回せ。
ん? どうだ、台本は行き渡ったか。まだ貰ってない者は手を挙げろ。
……よし、居ないな。
君達には順番どおり『勇者』を演じてもらうわけだが、台本があるとは言え、さぁ、はい、『勇者』になってと言うわけにも行かない。そこでだ、模範演技として、卒業間近の上級生に演武を一度披露して貰う。それをよく見て、各々舞台に上がってもらう。
なーに。いきなりそれらしい振る舞いなんて誰も出来やしないさ。ただ、自分の中のかくあるべきだ、と言う『勇者』像を表現するんだと言う心持ちで臨んでくれ。
以上! 何か質問のある者は?
………………。
よし! じゃあ、まずは運動着に着替えろ。男子はその書き割りの裏。女子は、奥にスペースを用意してある」
どこか覚えのある教官の説明を上の空で聴きながら、僕はこの場から逃げ出したい衝動と戦っていた。
なんでこんな惨めな思いをしなければならないのか。なにも言わずに、僕をこの場に送り出した担任への怨嗟が心を埋めていた。
神々しいまでの存在感を放つあの白銀の勇者。見るものを圧倒し、そしてその力強さに耽溺させる存在は目にするのも辛かった。
憧れと現実。勇壮な佇まいは、それだけで、彼我の距離が埋めがたい絶望によって分かたれていることを知らしめる。
自分の夢が潰えるべくして潰えるのだと言うことを、自ら証明しなければならない。憧れの存在の前で。 そんな惨めなことがあるだろうか。
夢を諦めていなければ。例えば、道半ば、夢への歩みを覚悟していたのならば、その過程で降りかかるどんな惨めな思いでもかぶり、それを夢への糧へと代えることが出来たのかも知れない。
でも、僕は、夢を捨てた。
夢にたどり着くまでに振りかかる苦難との戦い。そこへと赴いていける想いを信じることが出来なかったから。
それなのに。戦いから降りてなお、なぜこんな辛い思いをしなければならないのか。
夢を諦めることがそんなに罪なことなのか。
自分に向いてるものが無いから、目指すべき道を見つけられないことは、そんなに許されざることなのか。
「おい、どうしたんだ。ほら、着替えだぜ?」
蓮に声を掛けられて、ふと、我に返る。
周りを見渡せば、皆、着替えのために書き割りの裏へと移動していた。
着替えのドサクサにまれて、実習をふけてしまおうかと言う考えが脳裏を過ぎる。
「あのさ、蓮、俺……」
「能見ー! C組の能見は居るかー」
教官の、僕を呼ぶ声が響いた。
目をつけられた。瞬間、そう思った。
前回の実習であれだけのへまをやらかしたのだ。顔を覚えられていてもおかしくは無い。
「能見? 居ないのか?」
僕を探している教官の姿と、僕を交互に見ながら、蓮が口を開く。困惑した様子だ。
「お、おい、勇。どうしたんだよ、教官呼んでるぜ?」
しらばっくれる事も難しそうだったので、僕は諦めて、手を挙げる。
「はい、僕が能見ですが」
周りの生徒達のざわめきに埋もれぬよう、声を挙げ、教官の前に進み出た。
「あぁ、君が能見か」そう言いながら、教官は、僕を品定めするように眺めた。「ふーむ」
あまり良い気持ちのする態度では無かった。もはや、自分とは関係の無い実習の教官であることもあって僕は少しとげを立てて返事をした。自暴自棄になっている自分が居ることはわかっていたが、それよりも、苛立ちを抑えることも無いだろうと言う思いが勝った。
「なにか?」
自分の声を耳にし、思ってるより強い語気が出てしまったと思った。
僕の返事に、教官が少し意外そうな顔を浮かべた。わずかに沈黙が流れる。
少しやり過ぎたかもしれないと自悔の念が芽を出したが、今更何に気を使うでも無いだろうと目線を外すことなく、教官の目を見つめた。
教官も僕から視線を外さない。
メンチを切り合っているような形になってしまったが、こうなってしまっては引くのも癪だ。教官の瞳に映る自分の姿を見るように心がけ、なんとか視線を逸らさずに耐える。
どれほどの間、そんな形が続いたろうか。不意に、教官は目線を下げると、顔を綻ばせながら口を開く。
「ふん、なるほどな。あいつの目はなかなか面白いものを見つける」
教官の口からはよくわからない言葉が漏れた。
面白いものを見つける? 僕のことか? あいつとは誰だろう。
「どういうことですか?」
「こっちの話だ」
本人を前にし、気になって当然な事を言っておきながら、教官は笑ってはぐらかす。
「こっちの話って、今、僕のこ……」
「お前、台本は頭に入ってるな?」
急に話題が変わった。
何のことだと言い返そうとすると、表情を崩していた教官が一転鋭い表情を向けて来る。
「前回の実習にも出てただろう。台本は頭に入ってるか? 自分の台詞だけじゃない、展開も全部込みでだ」
その迫力に息を飲む。
「入ってます」
僕は答えた。
これは見栄ではなかった。前回の実習で踏んだ轍も、別に台詞を覚えていなかった訳じゃない。
再び、値踏みするようにこちらを見ると、教官はうなずいた。
「よし、ならお前は、『魔王』だ」
「…………え?」
「何度も言わせるな。お前は、『魔王』役で舞台に上がれと言っているんだ。台本、頭に入ってるんだろう? 動きは、バミリを切ってあるからそれに従え。振りは適当で良い。台詞だけ、改めて頭に入れなおしとけ。
一本目から行くぞ、とっとと着替えろ。衣装は、甲冑の脇に用意してある」
そう、教官はまくし立てると、踵を返し舞台のほうへと行ってしまう。
僕は慌ててその背中を呼び止める。
「ちょっ! 待ってください!」『魔王』を演じる。僕が。何で。まとまらない思考が続く言葉を阻む「わけわかんないです! 僕はゆっ……」
継いだ語の穂が、口から飛び出す前に掻き消える。
――僕は『勇者』志望です。
その反論を僕に口にすることはできない。
「お前の考えは聞いていない。やるのか? やらないのか? その二択だ。
やらないなら、出て行け。担任には腹痛とでも言っておくさ。欠席にはしない。好きにしろ」
そう言うと、教官は今度こそ、書き割りの向こうへと消えてしまった。
「なんだよ、『魔王』って」
僕はそうこぼすことが精一杯で、そこから動くことが出来なかった。




