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第四話

 約束の時間から遅れる事、数分。茫然自失の体で中庭に立ち尽くしていた僕は、ちょうど通用口の上に位置する生徒指導室の窓を開け、換気をしていた担任に声を掛けられた。

「おーい、能見(のうみ)! こっちだ、こっち! 上の指導室だ!」

 声を頼りに視線を上げると、窓から手を振る担任の姿が見えた。

 もう指導を受ける必要も無いだろう。このまま担任の声を無視しどこかへ行こう。

 夢の遠さをまざまざと見せ付けられることになった直後。沈鬱とした気分がそう望むが、僕の小心さがそれを許さなかった。

 通用口から校舎に入ると、階段を上り、指導室のドアをノックする。

「おぉ~、入れ!」

 すぐに返ってきた返事を受け、ドアを開けて中へ入る。

「失礼します」

「おぉ、わざわざすまないな。そこに掛けてくれ」

「はい」

 パイプ椅子を広げ腰を下ろすと、目の前の机には様々な資料が広げられていた。

「おぉ、スマンな散らかってて、ほ、よいしょっと。えー、今日わざわざ、来てもらったのはな」

 わざわざ、はこちらの台詞だった。僕の志望の進路と現実との乖離。それについて、担任がいろいろ煩悶してくれたであろう事は目の前の資料からも見て取れた。

 その厚意が、ありがたく、そして重たい。

 もう、『勇者』を目指そうと言う心意気は折れてしまっているのに。

「能見の進路について、いろいろ話を聞きたいと思ってな。えーっと、能見の……」

 脇のブリーフケースから資料を探している担任を遮って、僕は口を開いた。

「先生、いろいろと資料ありがとうございます。でも実は、進路の希望を変えようと思っていて」

「えっ?」

「こないだの実習。僕、あまり評価高くなかったんですよね?」

「あ、えー、そうだなぁ。何と言うか」

 口ごもる担任。その反応から事実を知ると共に、自虐的に振舞う自分が担任の目には扱いづらく映ってるだろうなと罪悪感を覚える。とは言え、そこにまで気を使う余裕は今の僕には無い。

「いいんです。自分で判ってますから。進路は分相応じゃないと、転生後も苦労しますもんね」

「まぁ、そうなんだが、あまり自分を卑下するのは良くないぞ。別に俺は能見が『勇者』を目指すことを止めるつもりもないしな。

 その資料、見てみろ。学園が作った、過去の卒業生の体験談をまとめたものだがな、そこにもいろんなケースが載ってる。

 元々、『勇者』が特進クラスだけじゃないのは、そうやって、努力を突き詰めて成功に至ったという経験が『勇者』としてのたくましい『キャラ魂』を醸成するからだ」

 目をやれば、たしかにその資料にはまぶしい経験談が、美辞麗句に乗って踊っていた。 

 しかし、その努力をするだけの気力は、もう無い。

 件の勇者の姿が浮かぶ。

 あの、勇者の姿を見たときに僕は断絶を感じた。

 僕の今後の可能性。その延長線上にあの陽光に煌めく白銀から放たれる神々しさは、ない、と。

 実習での失態。魔王へ向けた口上が自然と口をついて出なかった場面を思い出す。

 蓮には台詞が飛んだとからかわれたが、そうではない。あの時、僕にあったのは疑いだった。魔王の口にする世界に可能性はないだろうか、と言う疑問。それはつまり『勇者』の背負う正義への疑念。

 実習の場ですら僕は、絶対正義を体言する存在たる『勇者』に成れなかった。自分を信じることが出来なかった。

 信じることが出来なければ、そこへ向かう道のりを歩くことは出来るはずもない。

「こないだの、実習で痛感したんです」

 話していて少し辛くなって来た。諦めざるを得ない状況であることを理解することと、諦めがつくことは別だ。

「代わりの進路希望はギリギリまで待ってください。少し考えます」

 そう言って、僕は席を立った。今はとてもじゃないが、落ち着いて『勇者』以外の進路について考えられる心境には成れなかった。

「おい、能見!」

「すいません、失礼します」

「ちょっと待てって、能見! 他の進路って言ってもすぐに決められるものでもないだろう! 資料は持ってるのか? ほら、これとか参考に出来るもの持って行ったらどうだ!」

「友達にいろいろ借りるので大丈夫です」

 そう言って、頭を下げる。この雰囲気を押し切って、もう失礼させてもらおう。パイプ椅子を畳んで机の脇に戻した。

「来週の希望実習はどうするんだ! 『勇者』を受けるのか?」

 確かに、もう一度あの舞台に立つのは嫌だった。と言っても、実習の応募は一月前に締め切っている。人気の実習は定員オーバーしてると聞くし、簡単に替えの効くものでもないだろう。そもそも、受けたい実習もすぐには思い浮かばない。頭も、そしてなりより心が、考える事を放棄していた。

「はい、それで構わないです。では、すいません、失礼します」

 頭を下げ、指導室を後にしようと担任に背を向ける。

 指導室のドアに手を掛けようとすると、背中に声が飛んで来た。

「おい、能見! じゃあ、どうだ? 実習。俺が薦める奴にしてみないか? な?」

 薦める実習。

 何かに挫折して自暴自棄になるような人間が目指せるキャラクターなんて、果たしてあるのだろうか。

 そんな言葉にすがろうとしてしまった考えが、いかに都合の良い楽観論か。慌てて思い直す。少し考えれば判る事だ。

 担任は単に気を紛らわそうと気を使ってくれているだけなのだろう。

 その気遣いに気づいた途端、急に自分の大人気ない態度が恥ずかしく感じられた。

 改めて担任に向き直り、一礼する。

「わかりました。実習は先生におまかせします」

「おぉ? わ、わかった!」

 急に変わった僕の態度に、うろたえながらも担任は笑顔を向けてくれた。

「では、失礼します」

「うん、詳細はまたHRかなんかで伝えるから」

「はい。それでは」

 改めて一礼し、僕は生徒指導室を後にした。廊下の窓から明るい中庭が見える。昼休みも残りわずかだった。

 遠くに聞こえる微かな噴水の音を聞きながら、僕は、その後の午後の授業をサボることを決めた。

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