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第三話

 食堂を後にした僕は、職員室へと足を伸ばしていた。

 職員室のある校舎へは二階へ上がって渡り廊下を行くか、中庭を通るかの二つのルートがある。

 僕はしばし逡巡し、中庭に出ることにする。天気がよさそうだったからだ。

 今後の事を考えて沈うつになった気分を少しでも晴らしたかった。

 食堂から数十メートルも歩けば中庭へと出れる通用口がある。

 外からの空気に誘われて踏み入れた中庭は、朗らかな喧騒に包まれていた。見渡せば、目に付く様々な生徒達。

 ベンチでは弁当や購買のパンを囲んだ歓談に花が咲き、四面並んだハーフのバスケットコートも人であふれている。キャッチボールをする人も居れば、魔方陣を囲んで瞑想にふける魔導服の集団も居た。ライフルを抱え木陰で休んでいる人も居る。実に面々様々。キャラ予備生が集う学園の日常風景だ。

 各々の昼休みを謳歌する彼らを見ながら、この中の何人が自分が成りたいと望んだキャラクターになれるのだろうか。そんな思いがふと頭をよぎった。

 瞬間、しまったと感じる。考えても明るい結論が出てこない問題を、わざわざ今このタイミングで心の中に引っ張りだすことも無いのに、と。

 歩きながら、気分が沈んで行くのを感じた。

 先日の実習で晒した無様な自分の姿がオーバーラップする。

 揺るぎなき正義と、凄絶なる強さで悪を討つ。それが『勇者』だ。そんな姿に憧れたのは分不相応な夢だったのだろうか。そのどちらも身に付けるだけの魂の器を持っていない僕は、蓮のように割りきって身に余る荷を下ろすべきなのだろうか。

 誰もが強く気高く生きることが出来ないからこそ、『勇者』は『勇者』足りえるのだ。

 多くの挫折の基に英傑は立つ。僕はその挫折の山を超えていけるのだろか。

 我ながら良くないなと思いつつ、思考が螺旋階段をすさまじいスピードで下っていくのを止めることは出来ない。終わりのない階段の果ては闇だ。

 思わず、歩を止めた。なんとか気分を切り替えようとまわりを見渡すと、中庭の中心に位置する噴水が目にとまる。

 空から注がれる陽光が水飛沫を宝石に変えていた。キラキラと水滴で乱反射した光が七色に弾ける。そして、心の澱を洗い流す様な水音みなおと

 その様を見るだけで、少し気が晴れた。

 一旦外に出ると言う選択は正解だったかもしれない。

 木々と水場が育んだ空気を大きく吸い込む。体の中が少し澄んだ気がした。深呼吸を数度繰り返し、昏い気分と涼やかな空気を入れ替える。

 時間だ。職員室へ向かおう。

 僕は再び歩きはじめた。

 中庭を抜け、職員室のある校舎への通用口の前までたどり着く。

 陽の当たる中庭は明るい。逆光になる形で暗がりになっている通用口は中を見通しづらいのだが、そこで人影が揺れた。

 誰か出てくるのかな。そう考え、一歩脇に身をずらし、すれ違う準備を整えつつ中に入ろうとする。そこで、その影が甲冑を着込んで居ることに気づいた。

 その姿に僕は息を呑む。

 傷一つ無い白鋼の甲冑からにじみ出る存在感。歩き方一つから威厳と自信が伺える。表情には、慈愛の微笑みを浮かべている。絶対的な正しさが人の姿をして歩いていた。明らかに実習用のゼッケン付き甲冑ではない。

 基礎クラスの僕達や、それを指導する先生達の集まるこの校舎に居る理由はわからないが、恐らく『勇者』を選択した最上級生だろう。『勇者』としての魂を研ぎ澄ませた存在。

『勇者』が通用口を出て、陽のもとにその身を晒す。磨かれ抜いた甲冑が光を弾き、光沢が煌めいた。その神々しい姿は見まごう事なき『勇者』だった。僕の憧れ。目指すべき到達点。

 そしてそれは、その完成した佇まいから、今の僕の存在を完膚なきまでに否定する存在だった。

 次元が違う。

 選ばれるべくしてうず高く積まれた挫折の頂に立つ存在。

 一度は晴れた沈鬱な気分が、再び鎌首をもたげたと感じたのも刹那、瞬く間にどす黒い感情が心の内側を埋め尽くす。螺旋階段を下るまでもなく、僕の気分はどこまでもどこまでも昏い所へと落ちていく。

『勇者』がその場を去ってからも、僕はしばらくその場を動く事が出来なかった。

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