第二話
蓮がチャーハンを頬張っていた。
左利きなわけでもないのに左手にレンゲを握っているのは、右手は右手でラーメンを啜るための箸を持っているからだ。
昼休み。食堂。
空腹を満たさんとする学生達でごった返す喧騒の中、僕は友人の意地汚い食事っぷりを眺めていた。
僕の視線に気づいたのか、蓮が顔を上げる。モゴモゴと麺とご飯を咀嚼しながらこちらを見返してきた。
喋ったりはしない。口に物を入れたまま喋らないようにと、以前僕がきつく注意したからだ。
蓮が言葉を口にしなくても、言いたい事はなんとなくわかる。おそらく「飯、くわねーの?」だ。
そして、それに対する僕の答えは「食欲が無い」である。蓮に向けそう言う表情をしておく。
蓮は判ったんだか、判ってないんだか、さも、不思議そうな表情を浮かべたが、咀嚼した分を飲み込んだのか、また交互に麺とチャーハンを口に運ぶ作業に戻った。
僕はそれを頬づえをつきながら眺めていた。
自然とため息が漏れる。
このあと、担任から呼び出しを受けていたからだ。先日の実習の件で、と。
来週には進路の希望選択を出さなければいけない時期だ。このままでは今の進路希望は難しいと渇を入れられるか、それとも引導を渡されるのだろうか。
どちらにせよ、あんな醜態の後だ。明るい話では無いに決まっている。とても気が重かった。
「辛気臭ぇー顔でため息ついてんなよ、飯がまずくなるだろ」
「もう、ほとんど食べ終わってるじゃん」
「残ったスープがまずくなる」
そう言うと、蓮はどんぶりを抱えてスープを飲み干した。
そんな目の前のスープに目が無い蓮に僕は一つの質問を投げた。
「蓮はさぁ、来週の進路希望どうすんの」
沈黙に、蓮の喉を鳴らす音が挟まれ、一拍。
「決まってんだろ」どんぶりの向こうから答えが返ってきた。「『何のとりえも無い高校生』だ」
「マジで!?」
蓮はテーブルにどんぶりを戻し、得意満面に言った。
「当たり前じゃん。よくね、『何のとりえも無い高校生』」
「え、それは、一般人でいいって事?」
「いやいや、それはまぁ、登場人物のほうが良いに決まってるけど。でも、『何のとりえも無い高校生』なら、別になんもしなくてもなれるし、運よく『チートもの』の『主人公』として転生できれば、一発逆転じゃん」
「そんなギャンブルまかせっ」
「いやいや、お前が言う?」
そう言いながら、蓮は冷凍みかんに手を伸ばした。まだ食べるのか。
「なんでだよ」
「俺とお前。『何のとりえも無い高校生』と『勇者』どっちがギャンブルなのかって事さ」
そう言われると辛い。
「しかもギャンブルに負けた時のリスクは『勇者』の方が高いと、俺は思うぞ。むやみに『勇者』としての『キャラ魂』上げて、転生先が見つかんなかったらどうなるか、お前だって知ってるだろ?」
「……それは、まぁ」
蓮の言うことも確かに一理ある。
キャラとして高めた『キャラ魂』の行き場を得られなかった転生。それはキャラ予備生としての僕らの最も恐れるところだ。
それはキャラ予備生の間で「厨二病」と呼ばれ、忌み嫌われている。
「厨二病」それは高めた『キャラ魂』の記憶が転生後も消えず、「もしかしたら僕は選ばれた勇者なのかもしれない」「秘められた異能の力が備わってるかもしれない」などと言った妄念に取り付かれたまま、日常生活に不満を覚え続けて生きていくというものだ。
それでも厨二病キャラとしての転生ならまだいいのだが、一般人としてストーリーに関わらないところで、物語の世界を不満に塗れて生きていくだけの存在に成り果てるのは、想像するだに恐ろしい。
「いや、まぁ、いいんだぜ。どうせ、転生すれば基本的には今の記憶なんて無くなっちまうんだし、その辺割り切って、予備生生活送ってる奴も居るし、なっ、と」
丸めたみかんの皮を手にして、蓮は席を立った。
「どうしたの?」
「それよりいいのか」
そう言って、蓮は、僕が背にしていた食堂の柱時計を指差した。12時45分。
担任の呼び出しは13時。確かにそろそろ動いていい時間だった。
「あぁ、もうこんな時間か」
「おう、行って来い」
「蓮は?」
そう呼びかけると、蓮は片手を挙げながら背中で答える。
「なんも食わないお前を見てたら腹が減ってきた~」
そう言うと、人の群れの中を券売機に向かって消えた。
「あいつ、『何のとりえも無い高校生』キャラじゃなくなってるような」
そう独りごちながら僕は級友の背中を見送って、食堂を後にした。