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第一話

 轟音とともに巻き上がった爆炎を受けて、体の自由が奪われる。

 足の裏が地面を離れると、(にわ)かに左右天地を喪失する感覚。そしてそれも刹那、背中に鈍い衝撃を覚える。地面に叩きつけられたのだろう。

 こちらが常時、展開している魔法障壁が減殺してなお、それだけの威力を誇るすさまじい魔力。

 全身の骨や筋肉が上げる悲鳴に苛まれながらまぶたを開くと、もうもうと吹き荒れる土煙の中に、奴の影が揺らいだ。

「どうしたっ! これでおしまいかっ!」

 声が響く。土煙を一息に晴らすほどのすさまじい圧力。聞くものを震え上がらせ、生きとし生ける者の根源的な恐怖を呼び起こす響き。人類に仇なす魔なる者の頂きに座す存在、他でもない魔王の声だ。

 その声に屈しない為。痛みに泣き言を漏らす体を支える為。脇に転がった剣の柄を握りしめて、それを杖に立ち上がる。

「……ま、だだっ」

 搾り出した声は血で湿っていた。口の中に溜まった血を砂利とともに吐き出す。

「ふん、まだ足掻くか。もはや、手遅れだと言うのに」

 その言葉を残して魔王は俺に背を向ける。

 堂々と隙を見せる魔王の余裕が、そしてその隙を前にしながら剣を振るう力が湧いてこない自らが、悔しくて悔しくてたまらない。

 そんな俺の心中をいかにして察したのか、魔王の口からは俺を慰めるような言葉が続いた。

「悔しがることは無い」

 討つべき者から与えられる慰撫。それは屈辱でしかなかった。

「貴様のその悔しさすらも我は救うのだ。この禁忌の術式によってな!」

 その言葉に応えるように魔王の背中の、その向こう側。紋章と紋章の連なりによって描かれた巨大な幾何学模様が、その虹色の光を増した。

「させてたまるかよっ、そんな事!」

「そんな事、だと? 愚昧な民どもに、無知を教え、痛みを教え、そして安寧を教える。我なら導けるのだ、世界を! 勇者よ、国を失うという絶望を知りながら、なぜ我に抗おうというのだ」

 なぜ、抗うのか。

 その問いへの答えを俺は知っている。しかし、なぜか続く言葉が出てこなかった。

 逡巡。

「…………」

「…………」

 俺と魔王の間に流れる沈黙。それを、第三者の声が破った。

「オォォーーイッッ!! 八番! 台詞飛んでんじゃねぇのか!!」

 その言葉で俺は、僕は、我に返った。

 脳裏を、たった一言がよぎる。

 やってしまった。

「交代だ、交代だ! 八番、もういい、降りろ」

 丸めた台本を振り回しながら、一人の男が八番と呼ばれた僕と『魔王』の間に歩み寄る。

 気づけば、虹色の魔方陣は光を失い、燻っていた爆炎も消えている。舞っていた砂塵もいつの間にか晴れていた。

 天井を仰ぐ。

 舞台を整えるためにスタッフたちが慌てて舞台へと上がってきた。そんな彼らとすれ違いに僕は舞台を降りる。

 剣を腰の鞘に戻すと舞台袖の棚に戻し、脇のベンチに腰掛ける。篭手を外し、甲冑に貼りついたゼッケンを剥がした。

「選択の実習で台詞忘れるとか、いい度胸してんな、勇」

 七番のゼッケンを貼り付けた甲冑が姿を見せる。僕の前の出番で実習をこなした、後藤蓮だ。

「うるさいなぁ、別に台詞が飛んだわけじゃないよ」

「はいはい、言い訳はいいから」

 そう言うと、蓮はタオルを投げてよこした。少し濡れている。

 血糊の跡が残る顔を、蓮がくれたタオルで拭く。冷たくて気持ちいい。

 タオルに顔をうずめながら、誰に聞こえるでもなく呟いた。「あれが正しいのか?」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、……なんでもない」

 舞台の上では再び轟音と爆炎が渦巻いている。

「どうしたっ! これでおしまいかっ!」

 遠くで『魔王』の声が響いていた。

 教官から僕の担任へと話が行き、実習での腑抜けっぷりに対して呼び出しを食らうことになるのはこの二日後の事だった。

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