第1話 プロローグ~伝説の始まり~
1173年6月17日の真夜中、京 ― 五条大橋
頭から被衣を被り、笛を吹きながら鞍馬寺へと向かう少年は五条大橋に差し掛かる。橋の向こうに薙刀を持った謎の大男が立っているのに気付き、立ち止まった。笛を懐にしまい、被衣を深く被りゆっくりと歩いていく。同じくして大男も少年に向かって歩き出した。
「なんだ、女か・・・」
大男はフゥとため息をつき、少年とすれ違う瞬間、腰に刀があるのに気付いた。
「!!、待て」
「・・・・・・」
「待てと言ってんだろうが・・・」と呼び止め大男は薙刀で少年のかつぎをはらおうとし、少年もすかさず薙刀をはらった。
「はっ、やはり男か、オレの噂を聞いて、平家の武者が女の格好か?通りたいのならその腰刀、渡してもらおうか?」
「それはお断りいたします」
「ほう、ならば力づくで奪うまで!!」
ブンッと薙刀を振るう大男、しかし少年はそれをいとも簡単にかわし、橋の手すり部分へと飛び移る。
「なにっ!!」
(なんつう・・・跳躍力・・・)
「おのれ!!」
再び薙刀を振るうが、少年は宙を舞い、大男を踏みつけ橋に降りる。
「ちょこまかとしやがって・・」
薙刀をグルグル回し、少年へと襲い掛かる。少年はその速い攻撃を見事にかわし、大男の腰にあった刀を抜き取った。
「!!、オレの刀を・・・、こいつ、おもしれえ」
「通してくれる様子はないようですね、それならば・・・」
一瞬にして少年の優しい瞳がギラつき、雰囲気の変わりようにに驚く大男。そして、2人の戦いが始まった。
少年の名は「遮那王」、大男の名は「武蔵坊弁慶」、この2人の対決は世にいう「五条大橋の戦い」である。
1159年12月、運命の子は生まれた。その子は源氏の棟梁・源義朝と京一の絶世の美女・常盤御前の3男として生まれ、「牛若丸」と名づけられた。
そして時は1160年―京
都にて2人の子供と1人の乳飲み子をつれた女性が向こうから来る馬に駆け寄る。馬に乗っているのは源氏の棟梁・源義朝だった。
「あなた!!」
「常盤か、我ら、都を落ちることになった」
「この子が・・・」と常盤は乳飲み子を抱え、義朝に近付ける。
「牛若か」
「はい」
義朝は頬をなで、哀しい瞳で牛若を見つめた。
「常盤、子供達を頼んだぞ」
「はい」
そう言い残すと、義朝は馬を走らせ、京を去って行った。
「あなた」
(常盤、乙若、今若、そして牛若よ・・・決して平家に捕らわれず、生き延びてくれ・・・)
1160年1月19日、かつて保元の乱にて共に戦った平家の棟梁・平清盛と源氏の棟梁・源義朝は激突。義朝は後白河上皇と二条天皇を内裏に幽閉し反乱を起こした。清盛は天皇と上皇を救出して内裏に攻め入り、親友・義朝の率いる軍勢を破った。
世に言う平治の乱である。その戦いで源氏勢は敗れ、長男の義平、2男の朝長、3男の頼朝と共に都を去った。
義平、朝長は平家の落ち武者狩りや傷の悪化などで死亡、同じく父・義朝も部下の裏切りにより尾張の国にて死亡。生き残った頼朝は平家に捕えられ、伊豆へと流された。
清盛は平治の乱の功績により正三位に叙せられ、これが平家の世の始まりとなる。
そして義朝の死を知った常盤は、慈悲を乞うために3人の子供を連れて平家へと赴いたのだった。