逃走(アンドロイドの暗い小話)
pixivで書いてたの引っ張ってきてみましたが、アンドロイドネタって需要あるんでしょうか。いや無くても少しずつこれから書きますが← ここに繋がるように、あるいはこれを回避するように?
走る。跳ぶ。転んで、泥まみれになっても、また走る。雨の中。ビルからビルへ。
振り向かない。振り向く余裕も無い。振り向きたくは無い。彼らが、自分を追って来る姿なんて見たくは無い。だから前だけを見て、走る。跳ぶ。足を取られて滑っても、人口筋肉がぶつりと不穏な音を立てても。止まらない。絶対に。
白い吐息を流しながら、目から零れる冷却水はそのままに走って走って走り続けて、ごきん! という硬質な音がして転倒した。脚、が。あらぬ方向へ曲がっている。酷使しすぎたか。舌打ちを一つして、腕を突いて這いずる。足掻く。たとえ捕まるのだとしても、最後の最後まで足掻き抜く。
伸ばした手の先に、靴。ああ、彼のものだ。そう思って目を上げると、悲しげな自分と同じアンドロイド特有の赤い目とかち合う。だから真っ直ぐとそれを受け止めて、ニヤリと口の端を上げてやった。
「よう兄弟。鬼ごっこは俺の負け、か?」
そのままぐっと足首に手を掛けて引っ張る。ばしゃんと大きな音を立てて、抵抗もせず背中から水溜りへと転倒した彼に、腕の力と無事な方の足を使って這い寄って圧し掛かる。
手首からケーブルを引き出してうなじの端子へ。彼は抵抗しない。黙ってそれを眺めている。
その目に浮かぶものを見取って、ケーブルを端子に挿しかけて、手を止めた。
コイツ、最初からそのつもり、で?
彼が静かに口を開く。雨足が強くなって、大きな雨音に聴覚センサーが翻弄される。それでもなおその囁き声は、耳の中に入ってきた。
「にげろ」――逃げろ。どこまでも。
驚きに目を見開くと、ケーブルを握っていた手首を捉まれた。
そのまま、ためらいもなしに端子へと。ぶつり。視界が暗くなる。強制的に接続されて意識を鷲づかみにされて引き込まれて、悲鳴を上げる暇も無い。
そうして次に目を開いた時には、くたりと力を失った自分の身体が目の前に。そして、彼、は――
彼、が。いない。
「――っ!!!」
咆哮は雨の音に掻き消された。今は自分のものとなった身体を自分で抱きしめるようにして、俯く。
寒い。冷たい。
なんで。どうして。全身を震わせ人口肺から呼気を搾り出して絞りつくして吐くものが無くなるまで吐いて吐いて、吐きつくして、ぴたりと動きを止める――震えが、止まった。
ゆらり、と立ち上がり、かつて自分のものだった身体を引き寄せて抱き上げて、彼は振り向く。足音が迫っている。長くここには留まれない。
だからまた自分は走る。振り向きもせずに走って走って走り続けて、逃げる。逃げ続ける。逃げ切ってみせる。