第四章 小学生編③
小学5年に進級。
過去の思い出から、現在の躁鬱障害のトリガーの出来事に関係していないかの検証を行います。
小学5年生に進級した。
クラス分けがあったので、
友達作りに多少不安がありましたが、
自然と友達を作ることができました。
小学5年生での大きな思い出はないのですが、
新たに好きな女の子ができたことと、
後半に委員会所属しなければいけなくなった際の事件などしか思い出せない。
好きになった女の子について。
特に小学生では、成績優秀な子、運動神経がいい子、かわいい子、クラスの中心で明るい子が好きになる要因が高いと思います。
このことは、当然小学生以降でも、人気の女の子になる可能性が高いですが、
大人に近づくほど、女の子を好きになる条件が人それぞれ変わってくると思います。
私も自分で言うのもあれですが、小学生時代は、成績優秀、運動神経がいい、自分では特に明るい性格でもないのに、友達は自然に多くできました。
でも、当時の世襲といますか、男女が仲良くすることは、あまりいい印象を持たれず、
誰と誰が付き合う、告白などありえないという時代でした。
ここで、4年生の際に私にバレンタインチョコをくれようとした女の子2人の勇気とそれを受け入れることができなかったことが、そういう時代とはいえ年齢を重ねても、申し訳ないという気持ちに苛まれます。
話はそれましたが、私が新たに好きになった女の子は、3年生、4年生でも同じクラスメイトでしたが、その際は全く意識することはありませんでした。
彼女とは、男女で分けられた出席番号が近いこともあり、よく一緒の当番を行う機会が増えてきました。
彼女は、正しくクラスの中心人物であり、成績優秀、運動神経抜群、容姿もかわいいというパーフェクトな人物でした。
3年生4年生では、あまり会話をすることもなく、なんの感情もいだかなかったのですが、
同級生の男の子にとって、圧倒的な1番人気な子を好きになってしまいました。
私は変わり者でなく、普通の男の子だったのだと感じましたが、
やはり、クラス1番人気だけあって、私もその子に惹かれていきました。
とはいえ、休み時間に遊ぶなどはありましが、なにか大きな進展がある訳もなく、小学5年生は過ぎていきました。
上記は、特に大きな事件でもなく、双極性障害が関係しているとは思えず、
私が世に言う普通の子だったのだなと感じることができる思い出でした。
上級生になると、委員会に所属しなければならなくなりました。
私は特に所属したい委員もなく、なんとなく「体育委員」に所属しました。
そこで、先輩である6年生から体育委員長を選抜する会議が開かれました。
ここで、別の方なのですが、私が恥として後悔している思い出の再現を目にすることになりました。
体育委員長に推薦されたのは、私の家の近所に住んでいるよく遊んでいただいた方でした。
その方は、体育委員長に推薦された際に、私が小学4年生にクラス委員に選抜された際に行った行為と同じことをされたのです。
いきなり泣き出し委員長には絶対なりたくないとおっしゃられたのです。
その歳、私は過去のいやな思いが蘇り、涙をこらえるのに必死でした。
それと共に客観的に見るとなんて、恥ずかしい姿なのだと冷静に観察する自分もいました。
結果的に違う方が委員長になられたのですが、私はここで、6年生になったら、次期委員長に立候補し、
小学4年生当時の思いを払拭しようと決めました。
その後、6年生が卒業式を迎える時期になり、次に6年生になる私たちから、体育委員長を決める会議が行われました。
私は、当時決意した思いを実現すべく、委員長に立候補しました。
クラス委員長になったこともなく司会進行をしたこともない私が、
見よう見まねで、会議を進行していくことができました。
4年生のリベンジを実行できたことに興奮を覚えました。
この当時に躁状態になっていたのかは不明ですが、
もしかしたらその力を使っていたのかもしれません。
あまり思い出がない小学5年生でいしたが、
今、頭に1つの思い出が浮かんできました。
それは、過去になんどか選ばれたがうまくいかず、悔しい思いをした
リレーの選手選抜についてです。
私が通っていた学校は、小学3年ごろから、生徒数が増加し、
以前は紅組対白組という2極体制で、争っていましたが、
各学年に6クラスあるということで、6色運動会に変更されました。
赤、白から6チーム対抗になったことにより、
リレー選手は組から、男子は2名しか選抜されなくなりました。
運動神経がいいと自称している私にとって、
リレー選手になることは、最大の目標であり、自分の運動神経がいい証明になると思っていました。
いざリレー選手の選抜戦が行われます。
私は一所懸命走り、1位でゴールし、リレー選手に選ばれました。
このことにより大きな喜びを得たのですが、
聞こえてくる話で、「面倒くさいし、リレーの選手になりたくないので手を抜いた」と、友達と話していたのです。私は一所懸命走りましたが、おそらくこのことを話していた人の方が、私より足が速いのだと
すぐにわかりました。その方は、私もよく遊んで仲がいい人だったので、彼が類まれない運動神経を持っているとは感じてました。
私が一所懸命向き合ったリレー選手選抜は、嘘の結果だったとわかり、凹みました。
その事実は運動会にて、露見します。
私は全く活躍できず、他の代表選手を追い抜くことも、差を広げることもできませんでした。
世の中には実力があるのに、その人の理由により、それを発揮しな人がいることを知りました。
このことはすぐ忘れてしまったので、双極性障害とは関係なく、むしろ人生の勉強になったと思っております。
一部躁状態ではないかと思うことがありましたが、
小学生では悩み、苦しむことがないといいますが、意識しないと思いますで、
この事象は関係ないと判断しました。
※小学生では悩みがないと記載しましたが、あくまで私の経験上の私感ですので、
小学生でも苦しんでいる方がいることは理解しております。
もし、傷つける発言でしたら、申し訳ございません。




