明花寧(あかね) 就職できました
私はたぶん、どこにでもいるごくありふれた普通の女性。
それに気が付いたのは、たくさん夢を抱いて東京の大学に進学してすぐの頃。
周りの人と比べて、何か誇れる経験をしてるわけでも、特別な才能があるわけでも、何かにとことん打ち込んできたということもない。
私が生まれたのは、四方を常緑の木々生い茂る山に囲まれ、段ちがいの田や畑が広がる、そんな自然豊かな田舎の村。
家族や地域の人たちから、それはそれは大切に育てられてきたんだとおもう。
馬鹿だと思われるかもしれないけど、自分はほんの少しなら魔法だって使えるんじゃないかと本気で思いこんでいたくらい幸せだったの。
ジャンケンしたら、誰にも負けない。福引きや何かのくじ引きでは、一番欲しいと思ったものがちゃんと手に入ったりとか。
そのおかげで、それなりに自己肯定感も持てたし、特に何かにがむしゃらにならなくてもいつも笑顔でいられた。
村の小学校では成績もそこそこよかったし、何となく男の子にもモテた気がするの。
実際はクラスに女子が数人しかいない村の小学校だから、それだけのことだっていうのは東京に来て、いやほど思い知っているの、だからそこは触れないで。
あ、私の生まれたその村は、平成の大合併で、となりの大きな市に統合されたのね。
日本有数の温泉や城下街のひろがる、ここもまた首都圏に比べれば落ち着いた街。
死んだひいじいちゃんが、よく口癖のように、
「うちの祖先は、あのお城で、今でいう裁判官みたいな仕事をしてた偉い人なんだぞ」
ってそればっかり言ってて、そのたびにまわりからは、
「そりゃ、あんたん所だけじゃのうて、このへんみんな犬上さんとは縁続きじゃがな」
とか言われてた気がする。
そんなこともあって、なんとなく合併にも違和感がなく、周りもすすめてくれて、市内の進学校に上がってみたら、そこでも、
「周りの人に優しくして、喜んでもらえれば、それでいいのさ」
「優しいのが優れてること」
と、そんな風に言われて、引き続き平和でのどかな日々が過ごせたと思う。
そういってくれる大人たちも、そんなにがむしゃらにならなくても、何となく日々やっていける、そういう緩やかな感じのある街だと思う。
特に名物がない、あ、悪口じゃないのね、それは逆に言えば、何かで生活に困ることなく、野菜でも肉でも魚でも新鮮なものがいつもあったし、少し離れてはいても、県内や近県でたいていの工業製品だって量産されてもいる。たいていが揃う、とても恵まれた場所だったと思うの。
「刺激と仕事を求めて都会に出て、老後帰ってきてのんびり暮らす場所」
堂々とそう言い切ってはばからない友人も多かった。実はかく言う私も、そんな軽い気持ちで東京の大学に進学した一人だったんだなぁって、後になってずいぶんと反省する事に。
大学では、サークルでもコンパでも、とにかく「田舎もの」と馬鹿にされたな。
その極めつけが合コンでの1シーン、
「じゃあ、そこは何が名物なのさ?」
「特に名物は無い街なの」
「えっ、田舎で名物もないって? なんにもないんだねぇ」
「そうじゃなくて、何でも有って不便がないから、名物がいらない街なの」
「うそっぽくない?」
たぶんその男の子光雄は、この時のコンパの幹事で、頑張って高級な和食居酒屋を予約してくれてたんだと思う。
私を誘ってくれた女友達(沙和子)の事をずっと意識してて、となりのあか抜けないのがなんか言ってるって、正直煩わしく思ってたのがわかる。
嫌な目で見られてるってわかると、こちらもつい、どうせ都会人どうしで他を笑って差をつける的なコミュニケーション……ありがちなんだよなー、とか、変な感情が湧いて来たのを覚えてる。
ただ、私はどう思われても仕方ないとしても、我が郷里に対して間違った印象持ってるのだけは是正したい。
光雄は、勝ち誇ったような表情で、
「じゃあ、ほら、何でも有るっていうんなら、たった一つでいいからさ、
その街に行ったら食えるっていうもので、
このテーブルに出てる料理より格段にうまいもの言ってみなよ」
「魚介類なら、なんでも……」
「は?」
こうなってくると、隣の席で聞いていた沙和子も黙ってられずに、
「ちょっと、無茶言ってないで、せめて一つにして」
「このテーブルの上の料理で、だよね?」
「ああ、そうだって言ってんじゃん」
「いやー魚介類はみんなそうだけど、一つっていうんなら、鯛ね」
「はぁぁ? 鯛ったら日本が誇るキングオブフィッシュだぞ」
おもわず、その言い回しに笑いかけて、さらにきつく睨まれてるのを感じながら、
「とにかく行って、温泉浸かって鯛でも食べてみればいいのよ、わかるから」
「でも? 鯛でも? いろいろおかしいけど、で、料理は?」
「?」
「料理方法は? 何ならうまいんだって聞いてるんだよ!」
「そうね、そのままがいいのよ」
「こいつ 殺す……」
沙和子が慌てて口をはさむ。
「もうーーっ、明花寧やめてー」
「ほんとだって、魚介類は生が一番おいしいし、その場合は変な小細工せずに、正しく素早い調理が一番だと私は思うの」
よりイライラしてるのがわかる表情を浮かべながら、一応は続きを聞いてくれるようなので話しを続ける。
「現地で普通に新鮮なの出してくれて、それなりに客の入ってるお店行けば大丈夫だから」
「なんて店だよ」
「? ? どこでも? とにかくその日の朝あがったやつね」
「じゃあそう言うの探してやるよ。で、料理は?」
「? うーん、なんだろ? ほんと普通に和食のメニュー頼めばいいと思う」
「てきとー言いすぎだろ、こっちは本気で行くって言ってんだぞ」
「そんなに睨まないで、ほんとだって「なんでも」なんだって、「鮮度」と「正しい調理」がしてあればどこのお店でも充分おいしいから、だから刺身とかが一番違いは分かるだろうけど、私が個人的に好きなのなら、そうねー『鯛めし』とか、かな」
これには後日談があって、その年の夏休みに沙和子から、
「いまね、あんたの? 郷里? 来てんの! 温泉はわかったけど、鯛めしなんて……」
電話の向こうで、ゴタついてる様子、あ、あの時の男の子……二人で旅行なのね……とか思って、ついニマニマしてるこっちにはおかまいなく、
「おい、鯛めしなんてどこでも食えないじゃないか! おまえさあ、どうしてくれんだよ」
思いっきりの大声……光雄が大声になるほどに、あ、「うしろでからくり時計が動き出した音がしてる~」とか、妙に冷めてる自分がいる。
ブチッと本当に音がした感じで電話が切れた。
このやり取りの後、何となく疎遠でこの二人とはしばらく話すことがなく、何年か後になって、久しぶりに会った沙和子から、事の顛末を聞かされた。
ちょうどこの電話の時、地元の人たちに囲まれて、実際に近くの個人宅で鯛めしを食べさせてもらって帰ったらしい。
「ほお」「ほお」と光雄は何度もそう口にしながら食べていたらしい。その後は一切この件について口にしなくなって今に至るらしい。
光雄さん、あなたを「江戸フクロウ」と命名してあげましょう。
どなたかは存じませんが、その方、その方のご家族の皆さん、本当にありがとう。
私はというと、その後も東京でいろいろありすぎて、上京したことを本当に悔やんだりもした。
一番つらかったのは就職活動かな、面接でも露骨にひどく馬鹿にされたり、本当に精神的にもボロボロの時期だった。
でも、ここまでの進路やここまでの経験の先にしかない幸運が舞い込んだの。
これまでのことを、もう悔やまなくていいんだって、この道で合ってたんだって、それまでの辛さと嬉しさのギャップで、たぶん二日ほど、体中の水分全部流すほど泣いたかも。
水分が枯れるころには、ニマニマが止まらない変な顔になってたと思う。
その幸いなこと、発表します。
それは 地元の市役所で働けるようになったの。
面接時に鯛めしのエピソードを話したのが正解だったかどうかは、今だに誰も教えてくれないけど。
とにかく、それまでは、まわりから喧嘩を吹っかけてくるような人はいっぱいいたけど、
「優しいことが優れてること」そう言ってくれた街が私を認めてくれた気がして、本当にうれしかった。本当に誇らしかったの。
なんだろう、その恩返しみたいな気持ちで、どんな仕事もとにかく、それまでの私ならしなかったこと、柄にもなく我武者羅に取り組んでみようと思っています。
今では我が地元の温泉街に、急に「鯛めし屋」さんが増えたのもうれしいけど、一過性でなく、全国からしっかり認知されてずっと続いて欲しいものだと願ってたりするのです。
あ、すみません、ちょっと偉そうな発言でした。
窓口業務では「時間かけすぎ、話し込みすぎ」って怒られたり、他いくつかの業務では、「ミス多すぎ、周り見えてなさすぎ」などなど、とにかくもう日々怒られっぱなしですが、新入社員の皆さん、これから仕事に就く皆さん、先輩からアドバイスしますね。
「仕事なんてミスや失敗の連続です。何かを良くしようとしたら、そんな事ばっかりです。そうやって成長して、必ずデキる人になれますよ。」って……「だめですか?」
「それにしてもミス多すぎですか?」
あ、そういえば一つだけ特技がありました。私、人より少し鼻が利くというか、危険が分かるというか、そういうのがあるみたいです。
職場でも火事を未然に防いでボヤで済んで、褒められたりしたんですよ。
村のご先祖様は、今でいう異能者とか、そういう力があった人らしいので、そのほんの0・数パーセントでも、私にもそういうものが有ったらいいな、とかそんなこと考えてたら、
「大尾さん、ぼっとしてる暇あったら、挨拶まわってきてよ」
って課長にまた怒られちゃいました。
あ、誤解のないように言っておきますね、麻布間課長にはものすごく感謝してるんです。
いつも私の失敗のフォローとか、丁寧に優しく対応して頂いてます。すごい人です。
あ、まちづくりの役に立つんじゃないかと、そのご先祖さまや、昔の言い伝えなんかを、いろいろと調べてるんです。
何かわかったら報告しますね。
「大尾さん」
「はい、今行きます!」
Ⓒ,2025 泊波 佳壱(Kaichi Tonami).




