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嫌われメイドは禁断の魔法で王太子を救う  作者: 天使ほの
第一章 嫌われたメイド
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第5話 突然の求婚

 水気を絞った雑巾で、奥まった階段の手すりを拭く。

 言われた通りの業務を、いつも通り行っていただけなのだが、今日はやけに屋敷が騒がしい。


 来客だろうか。それにしたって普段と雰囲気が違う。もしかしたら、とても高貴な方が訪れたのかもしれない。

 

「エイダ! その汚らしい雑巾を、さっさとしまってきなさい!」

「はい、ただいま」


 いつものように私をゴミのようにみる夫人でさえも、どこか上機嫌で玄関ホールへと足早に向かっていく。

 それほど大層なお客様なのだとしたら、私も玄関ホールへ向かった方がいいだろう。

 

 急いで洗い場で雑巾を洗い、玄関ホールへと向かえば、そこにはすでに多くの使用人が集まっていた。

 先ほどすれ違いざまに聞いたメイドたちの噂によると、どうやらこの国を担う王太子殿下が屋敷へ訪れているらしい。


 それはさぞ夫人もお喜びだろうと思う反面、このような一介の商人に王族がどのような要件なのだろうかと勘繰ってしまう。


 ふと、あの商談の日に一瞬だけ目にした王太子殿下のことを思い出す。

 あの時、殿下は私を見て驚いた表情をしていた。


 ——まるで、私を知っていたかのように。


「この家に、王太子殿下がお会いしたい方がいらっしゃるそうだ」


 どこかで聞いたようなテノールの声に、ぴくりと体が動く。

 ……気のせいだろう。見たところ、彼もまた高貴な身分の騎士様であるようだし。


「まあ、デイジー! 大事に育ててきたんですもの。いつか素敵な貴族様に嫁ぐのだろうと思っていたけれど、まさか王太子殿下が貴女を見つけてくださるなんて……!」

「お母さま、私、夢を見ているようだわ……。きっと、幸せになってみせます」

 

 夫人とお嬢様は、今回の要件が縁談の話だと思っているのだろう。

 長年の夢がかなったことに、夫人は興奮した様子でお嬢様を抱き寄せている。

 頬を赤く染め、両手を押し当てるお嬢様の顔は、いつもの意地の悪さがなりを潜め、純粋な乙女のようだった。


「これはこれは、エイヴォリー公爵令息……! 王太子殿下が娘に、どのような要件で?」

 

 旦那様が得意の笑顔で騎士様に擦り寄るが、騎士様は旦那様を前にしても表情を変えず、何も口にすることなくただ目礼するに留めた。

 それどころか、誰かを探しているようなそぶりだ。お嬢様は、すぐそばにいるというのに。


「娘はこちらです……!」


 冷たい対応をされたにも関わらず、お嬢様のもとへ騎士様を案内する旦那様は、さすがやり手の商人とでもいうのだろうか。

 この図太さが、商会をここまで大きくしたのかもしれない。


 二者の温度差に、屋敷内も騒然としている。

 そんな混沌とした状況を変えたのは、ホールに響いた壮麗な声だった。


「ピアーズ、見つかったか?」


 ざわついていた屋敷が、一瞬だけ静かになる。

 そして、その後にさらにざわつきが大きくなった。


「王太子殿下だわ……!」

「まさか、こんなに近くで見ることができるなんて……!」

「噂に違わず、本当にお美しい方……」


 セオドア・シーウェル王太子殿下。

 国王陛下と王妃殿下の間に生まれた、正真正銘、王位継承権第一位のお方。

 そして何より知られているのが、どんなに美しい花でさえも、殿下に見つめられれば(こうべ)を垂れると言われる、王国一の美貌の持ち主であるということ。

 殿下に舞い込む縁談の数は星の数とされ、殿下を一目でもみた令嬢は皆一様にして恋をするとの噂だ。

 遠目に見ていても確かに美しいと分かるその容姿に、お嬢様は足の力が抜けている。

 

 ……私があの日、近くでお会いした時は、緊張のあまりお顔をよく見ることもせず必死に頭を下げていた。

 野次馬心が働き、もっと見ようと人の頭の隙間から覗こうとしたその時。

 ふと、王太子殿下がこちらを見た。


 「殿下、こちらが娘のデイジーで……」


 図々しくも声を上げた旦那様を素通りし、王太子殿下はまっすぐにこちらへとやってくる。

 きゃぁ、と周りのメイドたちが声を上げる中、私はひどく困惑していた。

 

(……やっぱり、目が合ってる、よね……?)


 あれほど遠かった王太子殿下はすぐ目の前へとやってきた。

 固まった私と王太子殿下から距離を取るように、周りの使用人たちは後ずさっていき、私の周りには池のように円ができている。


 そっと、握りしめていた手を取られると、流れるように王太子殿下は跪く。

 絹のように艶のある美しい銀色の髪に、煌めくセルリアンブルーの瞳。白く透き通った肌はまるで陶器のように滑らかだった。


「エイダ。どうか俺と結婚してほしい」


 何故私の名前を知っているのか。

 鬼のような形相でこちらを見る夫人とお嬢様が視界に入り、背筋に悪寒が走る。


「お、王太子殿下! そのこむす……エイダは、何もできないただのメイドでして……」

「それなら尚更、そちらにとっても都合がよいな。彼女に用がないのなら、俺が娶っても何の問題もない」


 困惑してただ見つめることしかできない私を見て、焦ったような口調で口をはさんだ旦那様だったが、そうあっさりと返されてしまってはすぐに反論することもできないらしい。

「ですがね……」となおも食い下がろうとする旦那様に、さらに金切り声で重ねたのはお嬢様だった。


「王太子殿下! 恐れながら、エイダを伴侶にするというのは危険ですわ!」

「ほう?」


 初めて殿下の視線が自分を捉えたことに、お嬢様は顔を赤くしたが、すぐに目を吊り上げて口を開く。

 

「その娘は、魔法が使えることを国に隠しています! それもそのはず、その娘が使えるのは聖なる力を冒涜する禁断の魔法、魔法を無効化する魔法だからです!」

「そうですわ殿下! どうかお考え直しください!」

「……」


 言ってやったという表情のお嬢様に、夫人も加勢する。

 その効果は絶大で、屋敷内は私が隠してきた魔法のことで、波打つように騒めいた。

 

(今まで公になっていないことが奇跡だった。……これから虐げられることになっても、仕方の無いことだ)


 俯いた王太子殿下の表情は、こちらからも窺うことができない。

 だがきっと、この告発内容にひどく絶望したことだろう。

 

 なぜ私を選んでくださったのか、未だに理解することはできないが、いつまでも跪かせているのも気が引ける。

 そっと手を引こうとしたその時、その手をさらに掴まれ、立ち上がった王太子殿下に引き寄せられた。


「構わない」

「はっ?」


 何を言っているのかと信じられないような顔をしたお嬢様だったが、何より驚いたのは私だった。

 思わず上を向くと、思ったよりも近かった王太子殿下が私を見つめていることに気づき、思わず視線を逸らす。

 

「構わない、と言った。そもそも、魔法が使えないお前たちに、魔法のことをとやかく言う資格はないだろう」

「……ッ!」


 一番突かれたくないところを突かれたからか、お嬢様と夫人の顔が羞恥で真っ赤に染まった。

 反論したくでもできなくなってしまったのだろう、お嬢様と夫人は悔しそうにただ私を睨むだけだ。


 ようやくうるさいのがいなくなったとでも言うかのように、王太子殿下は私と向き直ると、自らの左手を右肩に沿え、静かに頭を下げた。


「急なことで驚かせただろう。だが俺は本気だ、だからどうか」

「ど、どうか頭をお上げください! ……何かご事情があるのかもしれませんが、きっとご迷惑に……」

「君だからこそ、頼んでいる。君にしか、できないことだ」


 真剣な瞳に射抜かれ、ごくりとつばを飲み込む。

 面識など、王城ですれ違ったあの時だけだ。

 私と結婚するというのは絶対に事情があってのことだろう。


 ——『なんのために使うのか、使う者の意思が大事なのよ』


 母の言葉が、頭に響く。

 あの日、結果がどのようなものであれ、私は確かに自分の力で母のことを守りたいと願ったのだ。

 

 禁断の魔法を知ってもなお、私を必要とするのなら、それは、その禁断の魔法こそを求めているのかもしれない。

 それなら私は、この方のためにこの力を使ってみたいと、そう思ってしまった。


「……私が、殿下のお力になることができるのなら」

「……! ありがとう」


 

 ——王暦1541年、春。

 嫌われ、いじめられてきた私が、差し出されたその手を取ったとき。

 世界が静かに、けれど確かに色を変え始めたことに、私はまだ気づいていなかった。

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