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第29話 囚われた前世

「ルチウス様、俺は……」

「随分とやつれましたね。どれほど無理をしたのか……」


 急な来客に、セオドアはゆっくりと体を起こした。それを支えるように、ピアーズが手を添える。


 穏やかな声音に、重い空気が緩和されていく。

 ルチウスが王城に来たのは、エイダが王城に運ばれたその日以来のことだった。

 その時から、セオドアはさらにやつれている。消沈したその様子に、ルチウスは眉根を寄せた。



「貴方でも……どうにもならないのですか」

「……。奪取の呪いと私の魔力は、とても相性が悪い。……私は、半分エルフの血を引いています。奪取の呪いは、エルフ族に伝わる禁書から着想を得たもの。エルフの血を引いた私の魔力では、呪いにさらなる力を与えてしまうかもしれません」


 藁にもすがる思いだった。ほぼダメもとでそう聞いたセオドアだったが、返事は色よいものではない。

 こうなってもまだ手を出さないルチウスに、セオドアもうすうす勘付いてはいたのだろう。さほど気を落とした様子もなく、「そうですか」とだけ返した。


「その様子を見るに、魔法を扱うことは、まだ難航しているようですね」


 ルチウスの言葉に、セオドアは黙り込んだ。事実だった。言い返すこともできなかったのだ。

 どうにかしなければと、焦れば焦るほど、魔力は暴走した。暴走するたび、心臓は締め付けられたかのように痛み、息苦しくて気を失いそうになった。手首に飾られる魔法具も、あと少しで壊れそうになっている。

 その魔法具に目を向けて、逸らす。ルチウスの視線もそちらに向いた。


「……これは、私にとっても賭けなのですが」


 おもむろに、ルチウスの細い指が、魔法具に触れる。

 その瞬間、パキリと音を立てて、セオドアの魔法具のヒビがさらに深いものになり、しまいには破片となって壊れてしまった。


「……!? 何を!?」


 ガタガタと部屋が揺れる。

 今まで抑えられていたものが一気に解放され、部屋中が濃い魔力に包まれていく。


「ルチウス様、何を考えているのですか!?」


 ピアーズが剣を抜いてルチウスに向けた。

 普段だったら制止するセオドアも、立ち上がった瞬間抑えきれない自分の力で足元から崩れ落ち、不敬ともいえる、大司教に剣を向けるその行為を止めることすらできない。


「セオドア様、10分です。私が持ちこたえられるのはそれだけ。どうかそれまでに、片を付けてきてくださいね」


 とんっと、眉間にルチウスの指が触れる。

 その瞬間、セオドアは開いていた瞼が重くなるのを感じた。抗うこともできず、視界がどんどんと閉じられていく。


 セオドアの意識は、真っ暗な闇の中へと落ちていった。


 ◆ ◆ ◆


 ふわりと浮上した意識とともに、セオドアは体を持ち上げた。

 軽い。異様に軽かった。


 このままエイダを救うことができないのではないか。そんな不安と、寝不足で倒れそうになる体を無視して必死に魔力を使い続けた代償で、現実世界のセオドアの体は動かそうにも重く、だるさがのしかかっていた。

 そんな、疲労で悲鳴を上げていた身体が、異様に軽い。


 目を開ける。そして思わず、息をのんだ。

 そこには、鎖で雁字搦めにされた、自分そっくりの黒髪の青年がいたからだった。



「……ここはどこだ?」

「お前の中だよ」


 不意に出た言葉に、目の前の青年がそう返す。

 ギロリと睨むその瞳は、燃えるように赤かった。


「お前は誰だ?」

「——サデウス」


 答えられたその名に、目を見開く。その名は、この世界における魔法師の始祖と同じ名だった。そして、魔法師の始祖とは、この国では神として祀られている存在でもある。

 まさか、と、セオドアのこめかみから汗が流れ落ちる。


「貴方は、魔法師の始祖の、あのサデウスか!?」

「そうだよ」

「なぜ、俺の中に……!」


 大きな声を出すセオドアに対し、サデウスはうんざりしたように視線をずらした。

 サデウスは神格化されるほどに素晴らしい人物だといわれていたようだが、その実、あまり聖人君主でもなさそうだった。

 面倒くさそうに説明する姿は、囚われているにしては余裕そうにも見える。


「それはお前が俺の生まれ変わりだからだ」

「……は?」


 当然のようにそう言われ、思わず呆けた声を出してしまったセオドアを、サデウスは馬鹿にしたように笑った。


「信じてないだろ? だけど本当だ。こうして俺がここに囚われているのがいい証拠だろ?」

「分からない。何故貴方は囚われている……?」

「今までの俺の生まれ変わりは、皆その力に溺れて世界を戦火に落とした。本来の俺の力を縛ろうってのは天の思し召しだよ」


『古い文献に、ほんの少しだけ記載があります。その魔法は、魔法に頼り、殺戮ばかり行ったある皇帝への、呪いの魔法とも言われていますね』


 いつの日か、エイダにルチウスはそんな説明をしていた。

 その皇帝もまた、サデウスの生まれ変わりであり、力に溺れた一人なのだろうか。


「お前が魔力を制御できないのは当たり前のことだ。お前の魔法の根源は、こうしてここに繋がれているんだからな。お前はコントロールする器官を失った、ただの魔力の器だったんだよ。しかも、俺の持つ膨大な魔力の、な。天のやつらも『こんなはずじゃなかった~』って、今頃焦っていることだろうよ」


 ようやく事態が呑み込めてきた。


 サデウスは、自分がこれまでに苦しむことになった理由は、これまでの自分の前世のせいだという。

 だが、そんな前世の記憶などないし、それは自分自身であるとも言えない。自分が今ここにいるサデウスと別物であるように、これまで欲に溺れた皇帝たちもまた、自分とは別物なのだ。


 サデウスが口にする、理不尽な理由の数々で、自分の人生の苦しみが片付けられたわけではない。


 ——それでも。それを飲み込んででも、セオドアには助けたい女性(ひと)がいた。


 立ち上がると、ゆっくりと囚われているサデウスに近づいた。

 まるで見定めるように、サデウスはセオドアを見上げている。


「魔法は、お前が思ってるほど単純なものじゃねえよ。何よりも、使う者の意思が重要なんだ。お前はそれを理解しているか?」

「……俺は、守りたい。この手から、零れ落ちないように」

 

 サデウスが囚われている、鎖に力を込める。

 ()()()()()()、魔力が流れていくのが分かった。


 パリン! と弾けるように鎖が飛び散った。

 自由になったサデウスが、満足したように笑う。


「お前なら、できるよ」


 世界が、真っ白になっていく。

 まるで海の底から海面に浮かび上がるような感覚が全身に広がっていった。

 そして気づけば。


 ◆ ◆ ◆


「……成功したようですね」


 部屋の中は荒れていた。その中で、ピアーズが庇うようにシャーロットを抱きしめている。

 だが、制御されていない暴走したセオドアの魔法を押しとどめ、この程度の被害に抑えられたのは、ルチウスの力量あってこそなのだろう。


「ルチウス様」

「本当に賭けでした。よく、戻ってきてくれました」


 体中に魔力が満ちているのが分かる。

 あれほど抑えきれなかったそれが、自分の思うように動いている感覚。その動きの細やかな部分まで、すべてが分かる。それは、全能感に近いものだった。


「今ならできんだろ」


 いつの間にか部屋に来ていたグラディスの腕の中には、静かに眠るエイダの姿がある。

 どんなに挑んでもできなかった、意識して魔法を使うというその技が、今は手に取るように理解できた。

 グラディスが、部屋の中で唯一無傷だったベッドに、エイダを寝かせる。


「セオ……」


 親友の瞳が、セオドアを捉えている。

 セオドアは安心させるようにピアーズを見ると、エイダの首元に指を添えた。


「エイダ」


 そっと呼びかけてから、呪いに意識を集中させる。

 高度な魔法の一種だった。数式を解いていくように、ひとつひとつ、その魔法を解いていく。


 時間にしては数分。だが、誰しもがその時間を長く感じていた。

 そしてとうとう、最後のひとつを、解いた、その時。


「……セオドア様……?」


 ふるりとまつげが震えて、エイダの茶色い瞳が揺れた。


「エイダ!」


 大声を上げたのは、セオドアでも、シャーロットでもなく、傍で固唾をのんで見守っていたピアーズだった。

 隣に夫であるセオドアがいるにも関わらず、感極まってエイダを抱きしめたその体を、不満そうにセオドアが引き離す。


「エイダ、よかった」

「セオドア様……」


 肩の荷が下りたかのような顔をしているセオドアを、エイダはじっと見つめている。

 そして、ふわりと、花開くように笑った。


「私はセオドア様を、信じていましたから」


 その言葉に、セオドアは目を見開いた。

 純粋な言葉に、じんわりと暖かさが支配していく。

 

 ぎゅっとその体を抱きしめる。そして、息をつくように言った。


「おかえり、エイダ」

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