第12話 知られていない利用価値
案内された場所は神殿の奥深くにあり、通常では入れない場所なのだと説明を受けた。
静かで、どこか涼しい空気の流れる部屋には、簡素な机と椅子、古い本たちが入った本棚、そして誰かが来た時のために使うのだと思われる対面のソファが置かれているだけで、決して豪華であるとは言えない。
「こちらでお待ちください」
神官はそう言うと、部屋からすぐに立ち去った。
セオドア様と二人きりになったことに、気恥ずかしさなのか、気まずいのか、どちらとも言えない感情が湧き上がる。
「さっきはありがとう。……礼を言うのが遅くなってすまない」
「……! いえ! 大事にならなくて、本当によかったです」
ぽつんと、無言の空間にセオドア様の言葉が浮かんだ。その内容が内容なだけに、努めて明るく返そうと、声のトーンがいつもより高くなる。
やはり、自分の魔法を制御できないというのは、セオドア様にとって辛いことだろう。
私がそばにいたとしても、それが対症療法に過ぎないということは、セオドア様自身も分かっているはずだ。
また沈黙が広がる。
セオドア様が、再度口を開くことはなかった。
私から何か話しかけるべきだろうかと思案していると、ふいにガチャリと扉が開く。
「お待たせしてすみません。セオドア様、お久しぶりですね」
先ほど祭事で聞いた、透き通るような声。
だがその姿はローブで覆われてはおらず、背の高い美しい青年であることを存分にさらけ出していた。
肩まである金色の髪に、エメラルドグリーンを思わせる深い緑の瞳。高い鼻はすっと通っていて、薄い唇はほんのりと桃色に色づいている。
どこか儚げな印象のその美貌は、確かに天使に例えられるのも理解できた。
「ルチウス様、お久しぶりです。……やはりあなたは気づいていたのですね」
「ええ、もちろん。……そして貴女が、殿下の妃の……エイダ様、ですね?」
自分に流された視線に、どきりと心臓が脈打つ。
何も考えずにここまで来てしまったが、神殿の人間こそ、魔法を絶対とする考えの持ち主だ。
大司教様にもなれば、私のような、聖なる力を冒涜する魔法を使う人間に対して反感を覚えても当然のことだろう。
「大司教様、私は……」
「ああ、お気になさらないでくださいね。頭の固い老人たちと違って、私は貴女を否定するつもりなどありません。むしろとても感謝しているのですよ」
「おかけください」と、ソファに座ることを促される。
未だ真意が分からない大司教様に、緊張を隠せないままソファに座る。
そんな私を見ても、大司教様は穏やかに笑うだけだった。
「緊張なさらないで。この言葉は心からの言葉です。私でもどうすることのできなかった殿下を、貴女は救うことができる。その力は唯一無二。決して、忌み嫌われる魔法などではありません。……ありがとう」
「……!」
思いもしなかった優しい言葉に、じんわりと視界が滲む。
俯いた私の手を、セオドア様は優しく握ってくれた。
「しかし、魔法無効化魔術とは本当に珍しい。実に興味深いものです」
「……魔法無効化、魔術?」
感心したようにそう言う大司教様に、思わず聞き返す。
もしかしてこの魔法は、名前の付いた、学術的にも証明されている魔法なのだろうか。
考えてみれば、私はこの魔法を使わないようにするばかりか、魔法を国に隠してきたせいで、魔法についての知識を全くと言っていいほど持っていない。
自分の魔法についても、今まで知ろうとすらしてこなかったのだ。
「古い文献に、ほんの少しだけ記載があります。その魔法は、魔法に頼り、殺戮ばかり行ったある皇帝への、呪いの魔法とも言われていますね」
「呪いの魔法……」
「魔法無効化魔術の最たる特徴は、“対人間”に特化したもの、ということです。何かを生み出し、作り上げる一般的な魔法とは違い、その魔法を打ち消し、無に帰すという魔法ですから」
言われれば言われるほど、自分の魔法の使い道が、何かをよりよくするためのポジティブなものではないことを実感する。
どれほど疎まれるものであるか、今更ながらに理解してしまった。
「このような魔法が、何に利用されるか、エイダ様はお分かりですか?」
「……いえ」
「戦争です」
大司教様の顔は真剣だった。
思わず息を飲んだ私に、繋いだままのセオドア様の手が強く握り返される。
「魔法無効化魔術を扱う者は、本当にごく少数ですが、今までにもいました。ですが本来忌避され、秘匿されるべき魔法を使う彼らが、なぜ知られているのか……。それは、皆、戦争で名を挙げたからです」
「そんな……」
「昨今は、国全体の魔法師の力の強さが、それ即ち国力とされていますね。当然、戦いで主力となるのも魔法です。それを妨げるのですから——これは大きな力となります」
シーウェル王国はこの世界で2番目に大きな国だ。
だが、魔法師の数が年々減少しているこの国の力は、以前に比べると衰退していると言われている。
この国が栄えた大きな理由の1つは、鉱山資源の豊かさにあった。
近隣諸国の中には、その豊富な資源を虎視眈々と狙う国も少なくない。
ある学者の一説では、この先30年の内に、シーウェル王国がいずれかの国と開戦する可能性は極めて高いと言われている。
「神殿の力が強く信者の多いこの国の民は、この魔法を禁術として毛嫌いしていますが、権力者にとってはそうでない一面を持ちます。勿論、それは公にはしませんが、禁術でさえもモノにするというのはこれまでの強欲な支配者が当然のように行ってきたこと。この国で神殿と王族があまり密にならない一つの要因とも言えます」
「私、は……」
「エイダ様、どうかお気を付けください。貴女の魔法は、この世界で絶対の力とされる魔法を打ち消すことのできる力。知られたら、どのように利用されるか分かりませんから」
「……はい」
今の今まで、自分の力を隠してきたことは、結果としてよかったのかもしれない。
もし、サッカレー夫人が、その恨みから私の力を公にするようなことがあったら——たくさんの人々が犠牲になる、大きな戦いの一端を担うことになっていたかもしれないのだ。
言葉の意味を理解し、深く頷いた私に、大司教様は満足したように微笑んだ。
「お時間です」と、再び神官が扉を開けた。
やはり大司教様ともなると、仕事も多く、時間の制約も多いらしい。
長いこと話すことはできなかったが、私にとって重要な話ができたというのは確かだった。
「あの、大司教様」
「なんでしょう、エイダ様」
中央神殿は、基本的に中立の立場で、王族との関わりも少ない。
セオドア様のことに、この方が関わっているというのも、秘匿されていることだった。
——この機会を逃したら、二度とチャンスは巡ってこないかもしれない。
「……魔法について、学びたいのです。私の魔法についても、私は今まで何も知らなかった……。ですから」
「……ふふ。エイダ様は、勉強熱心な方ですね。中央神殿の書庫には、魔法に関わる書物がたくさん貯蔵されています。お時間があるときにいつでもお越しください。私の権限で、自由にお使いいただけるようにしておきますから」
「……! ですが」
中央神殿に王族が出入りすることは、よしとされていない。王太子妃となった私もまた、ここは気軽に入っていい場所ではないはず。
だが、そんな私の不安もお見通しとでもいうかのように、大司教様は人差し指を唇に当てて言った。
「ここだけの話、ですよ。王太子妃として来なければよいのです。公に来ることを控えて、どうか、内密に」
「は、はい! ありがとうございます!」
おすすめの本を教えてもらえれば、それでいいと思っていた。
それが、まさか書庫の使用権をいただけるなんて。
(自分の魔法のことについても、よく学ばなくては。セオドア様のお力になれるように)
「申し訳ないのですが、セオドア様だけ、もう少し残っていただけますか?」
「……? ルチウス様、俺は構わないが、時間だと……」
「少しくらい待たせておけばよいのです。この者たちはいつも私をこき使っていますから」
私と一緒に部屋を出ようとしたセオドア様を、大司教様が引き留める。
慣れているのか、呼びに来た神官も、「長くは無理ですからね」と釘を刺して部屋を後にした。
「それでは、外でお待ちしておりますね」
頷いた殿下の顔を見届けて、扉を閉める。
何故だか嫌な予感でざわつく胸を押さえ、私もまた、部屋を後にした。




