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第8話 隣の席の救世主といじめっ子A

 事件が起こった。

 今朝の本格的な事件ではない。

 隣が今朝助けてくれた少女だったぷち事件でもない。

 個人的かつ深刻的な問題だ。


 教科書を忘れた。

 初っ端、開口からこれとは。

 事件が立て続けに起こる。

 しかも朝寝坊から始まっている。

 自分の自律の無さが絶望的だ。


「どうしたんですか? 悩ましい顔をして」


「え!? 俺そんなに顔に出してたの?」


「はい。今朝だって泣きそうな――」


「あーあー聞こえなーい」


 恥かしい。

 まさか顔に出てたとは。

 失態。

 高校生になったというのに。


「それより、どうしたんですか?」


「あ、あぁ。教科書忘れたんだよ。どうしよう。怒られる。絶対に怒られる。挙句の果てには公衆の面前で立たされる。もしくは廊下。一人で廊下は嫌だ……」


「はぁ、仕方ありません。これを貸します」


 手渡されたのは、次の時間の教科書だった。

 名前の欄には『東紗』の文字。

 読めん。

 それよりも。


「教科書貸して良いのか? 君が見れなくなるだろ?」


「ご心配なく。私はコピーした物があるので」


「……っえ、それって……」


「毎回取られるんですよ。教科書を。だから一枚一枚印刷してきたんです」


 ちょっと。

 それいじめられてるじゃん。

 なるほど、中学生の時はそうだったのか。

 これは、俺が守らないとな。


東紗あずさっ! 教科書ちょうだい!」


 来たな。

 いじめっ子A!

 茶髪のツインテール女。

 一つ説教してやる。


「おいおい。人の教科書奪うなんてみっともないことはやめろ!」


「あんたに言われたくないわよ。東紗の教科書取ってるくせに」


 本当だ。

 旗から見ればみっともないことをしてるのは俺だった。


「はい、どうぞ」


「ありがとッ。いつも助かるわ〜。じゃ」


 東紗から教科書のコピーを貰うと、ツインテールの少女は自席に戻った。


「本当に良かったのか?」


「元々彼女にあげる物でしたから。それに――」


 机をくっつけてくる東紗。


「こうすればいい事です。二人で一つの物を使う。省エネでなんて効率的なのでしょう」


 横から見ていれば普通だ。

 けどその普通が不安に繋がる。


 辛い事を嘘のテンションと笑みで隠す人は多い。

 最も東紗の表情筋は今朝から変わっていない。

 けど、何かを隠しているようにも見えた。

 その授業は集中出来ないまま、終わった。


 そして、三時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 そこで再び事件が起こった。

 弁当を家に忘れた。

 これは、愛南が怒るやつだ。

 というか、俺は今日昼飯無しでどう生きろと!


「購買にパンが売ってるので買ってきたらどうですか?」


「なんで俺の考えている事を先読みして、的確に答えを導いてるんだよ……」


 正直言って凄い。

 多分俺が顔に出やすい性格だからだけではない。

 多分。


「でも購買か。よし! かねかね……。――あ」


 持ち金三百円。


「三百円でどうしろっていうだよ! 微妙なお金! 五百円だったら……」


「大丈夫です。購買には一種類だけ、三百円のパンが――」


「いってきま~す!!」


 俺は東紗の話を最後まで聞かなかった。

 まさか、三百円のパンがあんなのだったとは。

 今の俺は知る由も無い。

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