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夢想録の血

作者: 山科晃一
掲載日:2021/03/03

他人の夢の話ほど聴いていて退屈なもんはあらへん。それやのに私、生島冴子は夢によって語らされ、他人としての私に自己憐憫を抱かせるほど、夢から覚める事を許されていない。例えば、数十本の赤いバルーンを胴体に括りつけた正体不明の若いオトコ、拒絶の激風に耐え忍ぶ凛々しい表情で空中を下降している。飛行機はけたたましい飛行音とともに、空の方、つまり上方向に向かって墜落していった。若いオトコ、重力も覚めやらぬ現世に、すなわちこれ閃光の指図なりと、ほくそ笑む。例えば―


「拝啓。種岸先生。初めまして。突然のお手紙大変失礼いたします。私の名前は生島冴子、今年の九月十四日で三十一歳になります。母親の紹介で貴院を存じ上げました。しかしながら、今すぐ先生にお会いしても、これ以上、私は私の事を語っていく自信がありません。種岸先生の生命活動を停止させてまで、聞かせる面白いお話なんて、私にはこれっぽっちも思いつかないのです。勿論、面白くある必要はないということも分かっています。しかし、例えば、別途封筒で添付させていただきましたような私にしか知られていないお話も私に語られないまま消えていくのかもしれない、そのような危機感を感じているのは実は私だけではないのではないか、世界には語られないお話の方が多く、語られるために必要な時間も場所も、それから聞き手の数も足りていないのだと仮想すると、今一度自分が救世主にでもなったつもりで勇気を振り絞って、先生にお話してみようと決心するのですが、やはり、対面する事を想像いたしますと、どうしても言葉が紡げられないように思えるのです。ですので、まずはご挨拶含めお手紙という形で、送らせていただきます事をお許しください。お忙しいところ大変失礼いたしました。種岸先生の必要な個所だけを読んで、後は破棄して頂ければ結構です。恐縮ではありますが、ご一読願えればと思います。敬具。生島冴子」


私は三十にもなって、東京の調布市という新天地で墜落した。飛翔すらできていなかったかもしれない。低空飛行しながら伊豆諸島へ向かう小型旅客機の轟音が、横たわった身体を侵食していくのを、自分では気が付かないほどに精神的に疲弊していた。窓から伺える青空に靡いた旗雲が変形する隙間を飛行機がのっそりと通過していく。その光景も見過ぎた故に、誰かに、あなたの瞳にはそのような光景が映っていますよ、と言われなければ、見ていることすら忘れているようだった。昨日の昼から何も口にしていない。寝て、起きて、寝て、トイレに行って、寝て、起きて、これから寝る。眠ってやる。最小限の生の営みだと言えよう。やがて空はぐっちゃぐちゃの絵具を塗り手繰られて、真っ黒になっていく。そんな光景ももう見飽きてしまった。ははーん、と、この事態を解釈の内側に丸め込んでみる。強情に、強引に、私は会社を辞めてやった! のだと。正確に言えば全ての連絡手段を絶って辞めたことにしただけだが。その代償として、否、罰として、この部屋の床に磔になったのだ。激務に耐えられない生産性のない私という人間は、私にすら捨てられたと今の状況に何らかの解釈を必要としてみる。私には何の価値もない。生きる意味もない。そういう、お年頃のJKが使いそうな言葉を実際に発声してみると、「笑顔でいよう」と印字された自己啓発の本の表紙で笑っている中年の男性タレントの顔が思い出されて、あの本を生産させられている人間達もまた、私のようにこうして、磔になっていくのだろう、笑顔の下で、と、思考の輪廻に埋没しては、クソ! と掛け布団を蹴り飛ばした。無念だ。誰も救いやしてくれない。当たり前だ。私が黙っていたもの。毎日5時47分の新宿行の電車に揺られる私は何も言わず、ただ目の前の肩幅の広い五十六歳ぐらいの背中と扉の間に挟まれていた、だけだもの。大学のボート部時代のチームメイトの富樫雄太からの何でもない「最近どう?」のLINEには、妙に頭が膨らんだミイラが身体をのけ反って『フォウ』と言っているだけスタンプを返す、だけだったもの。会社に行きたくない、電車が運搬の役割を忘却し、このままどこにも止まらなければ良いと投げやりに思う。そりゃあ、色々思う。けれど何も言わず、唯一、私が逃避していた音の世界、つまり、メロディアスに屈託のない女性の声が「嫌われないように。毎日不安にならないようにしているー」と響いている界隈、幽界、桃源郷。大好きだ、カネコアヤノ。けど、そんな唯一身を託していた世界ですら、明大前で扉が開いたと同時に競走馬のように飛び出した女子高校生の腕にイヤホンの線が絡まり、私の耳からスポーンと抜け出たことで一瞬にして消えてしまった。「あ、すいません」と言った私の声もまるでこの世に存在できなかったように、JKは何事もなく一目散に井の頭線の方に髪を振り乱して走っていく。JKは忙しいのだ。世界の中心は彼女の方にあって、彼女にとって私はただ足元に栄養失調のためクテンと首を垂れて萎れる名もなき雑草の花に過ぎない。せめて、花とは言わせてくれ。と思う。だけだもの。そして、何よりも私は激務に耐え得る顔で溌剌と働いていた、だけだもの。寒くなって、さっき蹴り飛ばした布団を再び力一杯抱え込む。オースフィールド研究所の世界一静かな場所では自分の肉体の音が聞こえてくるというが、東京の隅っこで仕事を失った三十にもなる女が住みつくアパートの一室では、肉体音でさえ可聴範囲の下限0デシベルを下回っているような異様な静けさが漂っており、定期的に響く飛行音が、まるでその部屋全体の音を装って通り過ぎていく。また一機、轟音が暗闇の中から暗闇自体の言葉のようにして、部屋に、私の肉体に介入してくる。飛行音が過ぎて行った後、「鬼はーそとー」と子供の甲高い声が隣の民家の方から聴こえてきた。横たわったまま首をググググリリッと窓の方に傾ければ、オレンジ色に灯った部屋に鬼の面を被った男性を追いかけまわす白基調のパジャマ姿の少女の姿が見える。勝手にそっち側の世界を見せてくるなよな、と精一杯右腕を伸ばしカーテンを掴むと、下方向への圧力がかかったせいで、フックが二個顔の近くに降り注ぎ、一個がバウンドして目の下に力無く当たった。何より激務に耐え得るには、私が失恋していない必要があったとは誰にも言っていない。言えるはずがない。言う相手もいない。眠ってやる。

前述のような静寂の生活が二週間ほど続いた。新しい仕事を見つける気力もなく、私は一旦神戸の実家に帰省する事になった。「三月の暮れに修一が嫁さん連れて帰ってくるけど、ついでに冴子も一緒に生ガキでもすくうか? 修一が持ってきてくれるらしいわ」という母親からの長めのLINEに、「カキええね。実は……」と頭の膨らんだミイラがエビのように身体を折りたたんで『ううぅ』と唸っているスタンプを返したことから、母親に電話で事の経緯を説明し、「そんなブラックやったんや。可哀想になあ、ほんならなおさら帰ってきいや。生ガキすくうたら元気なるで」という温もりのある声に、落涙しながら「せやな……」とようやく仮にも自分の音を出せたように思えた。「生ガキをすくう?」の「すくう?」は、母親の造語で、「吸い取るように食べる」が簡略化したものだった。

翌日、会社には連絡を取らないまま退職届を普通郵便で郵送し、東京駅八重洲口のバルターミナルに向かった。神戸までの最安値を提示したWINDSEVEN1123号の窓際に空席が一つだけあった。約三日分の着替えとロキソニン、ドライヤーを詰め込んだボストンバックをバスのトランクに乗せてもらって、指定されたD―7の座席に向かった。亜麻色のニット帽の若い女が既に通路側に座っていたので「前、すいません」と小声で言うと同じ音量だけの「あっすいません」が返ってきた。後ろには誰もいなかったが、後で来るのだろうと控えめに座席を後ろに倒して、化粧品を一切持ってこなかった事に気が付いた。弟夫婦と対面する可能性もあるだろうにしくったなと、ついでに生理用品の事も忘れていた事にも気が付いてがっかりする。でも、何とかここまで重い身体を引きずって辿り着いた達成感と後はバスに身を委ねるだけだという安堵感に、まあ生理やゆうても五日前に終わったばっかやし向こうに一カ月もおらんやろ、最悪現地で調達すればええしなと躍起になって、もう少しだけ座席を倒した。思い出したようにポケットから小さな手帳を取り出し、三月二十一日に赤ボールペンで小さな✓マークを付ける。生理期間の初めと終わりの日には一応印を付けるようにしていたのは、私の場合基本片頭痛と下痢、それから夜眠れなくなるのが割としんどく、そういう日への心構えのためだったが、一カ月前ぐらいからの過眠状態によってその境は曖昧になり、どれが何からくるものなのか分からなくなっていた事に気が付いた。しかし、ドライヤーは欠かさなかったのかと、帰るというイメージが実家のバスルームの洗面台の水色のドライヤーの微弱な風量へと集約されていた自分の潜在意識に、妙なくすぐったさを覚えて、実際に少し身を窓側に捩った。自分ぐらい自分でしっかりやらんとという母親の言葉が蘇る。あのドライヤーは私が高校生ぐらいの時からあるけれど、ほんまはよ買い変えてーやと母親に頼んでも、ほいほいとだけ返事して、次の日は二人とも何でもない映画の話をしていたよなと、音を立てないように大きな欠伸をして目を閉じた(続)

 

「生島様。お辛い状態でしょうに、お手紙誠にありがとうございます。拝読しました。返事はして良いのかと正直僕自身、精神科医として迷いましたが、それ以前に変な話ですが種岸浩介として、ご返信させていただいてもよろしいでしょうか? 不要であれば、同じくこの時点で破棄していただき、ご来院ください。勿論、ご返信は不要です。見ず知らずの僕にそれだけのことを打ち明けてくださって、多変嬉しく思います。いや、本質的には見ず知らずであるからこそ、打ち明けてくださったのだと思いますが、なるべく僕自身、生島様の精神状況の〔分析〕に入らず、実直な本来の心でもってお話させていただきたいと思うのです。対面になりますと生島様を〔分析〕してしまう気がしますが(すべきであるのですが)、手紙の場合はもう少し〔分析〕せずにいられる気がするのです。もし〔分析〕が必要である場合は、ご来院していただければと思います。個人的にご返信させていただきたいと思いましたのは、別途添付の私小説(と言ってもよろしいのでしょうか)が素晴らしかったからです。生島様のお気持ちの描写には大変共感、共振いたしました。実は恥ずかしながら僕は医者になる以前、作家養成塾に通い小説をしたためている時分がありました。しかし、論文を読み過ぎてせいか、一文、一文、自分の書いたものを批評するクセがついてしまい、全く物語の中に没入することができなくなり断念しました。一作のみ『思考少年のリセット日和』というタイトルで、吃音の青年を描いた小説をしたためたのですが、あいにく文学賞の二次選考で落選し、それ以来は書くことをすっかりやめてしまいました。生島さんの小説には、生活のディティールが丁寧に重ねて描かれており、モンタージュによって世界が内側から敷衍していくような精密さや繊細が感じ取られて感心する一方、恥ずかしながら少し嫉妬しました。夜行バスの名称まで書かれているなんて、とても生活力のない僕にはできないなと。あれが何で、これが何で、と一つ一つの名称を汲み上げていく作業なんて僕には到底できないのです。偉そうに精神科医などと名乗っていますが、僕は精神世界に逃げたに過ぎません。やはり、小説は具体の積み重ね、現実の模倣であるべきなのだと改めて思いました。今思えば『思考少年のリセット日和』に関しましても少年の精神世界を書いたものでした。そりゃあ、いけませんね。「(続)」ということは続編があるとのことでしょうか。ここまで書いておいて、私小説でなければ大変失礼いたしました。僕で良ければ今後も聞き手として、ご活用ください。また、〔分析〕はしないつもりでありましたが、幾度か〔眠り〕に関する記述を拝見し、それらがフィクションでない場合、過眠の疑いがあるかと思われます。これは〔分析〕ではなく、〔所感〕の一端として、受け取って頂ければ幸いです。ご来院心待ちにしております。不一。種岸浩介」


「謹啓。あれは街灯が弱弱しく明滅する夜の代々木公園でした。私はそこで大好きな人に告白をしたのです。人に自分の本心を打ち明けた初めての経験でした。今から二年前の冬、二十八歳の夜になります。彼と一緒に新宿で落語を鑑賞した後、私は新宿三丁目のロッカーの中に保存していた一束のアマリリスの白い花を彼と一緒に取りに行き、代々木公園まで歩いたのです。たしかその花を取りに行く途中の駅の階段で老人が眠っていた事を思い出します。私は見ていないフリをしました。これから彼に告白をする決意をした私の溢れんばかりのポエティックな感覚が老人を排除しました。ともあれ、今思えば、アマリリスの白い花を持った私が彼と公園まで歩くなんておかしな話です。彼は、その時、どうして君は花なんか持っているの? と聞くこともなく、ゴジラの話をしていました。彼はゴジラが好きだとはその時、初めて知りました。彼が勤めていたのが東宝の映画撮影所で、おそらくその際に、ゴジラと何らかの接点があったのでしょう。彼はCMのビジュツブという仕事をしていました。私は『ゴジラVSモスラ』を小さい頃に鑑賞した覚えがあるぐらいで、語れる自信がありませんでしたので、相槌を打ちながら、今度のプレゼントはゴジラ関係にしようなんて思っていました。しかしながら、物を渡し過ぎて彼を圧迫しては良くないなという気持ちも同時に沸き上がりました。と言いますのも、実はこの日も、既に彼にはプレゼントを渡していたのです。この日の一週間前が彼の誕生日で、私は彼にケルト風の冬景色が描かれたクラフト紙をプレゼントしたのです。彼は暑さが苦手で、寒い方が良いと言っていたのと、実際に寒い場所、北欧やロシア、カナダでのビジュツブとしての活動をしていましたので、とはいえ、負担にならないようにと、汎用性の高い物を選びました。彼は『僕の好みを分かってらっしゃる』と喜んでくださって、その言葉を聞いた私の方がその数倍喜んでいたと思います。これは一世一代の告白をした代々木公園まであと2・1キロとなった高い古いビルが立ち並んだ地点までぐらいの話です。おそらく、私の精神状態は根本的にこの恋愛に深く関与していると思われます。必要であれば、この続きもお送りいたします。先生の書いた小説『思考少年のリセット日和』も是非読んでみたいです。謹言。生島冴子」


目が覚めた。飛行機の夢を見た。飛行機に産み落とされた飛行音が私の身体に溜まっている。私は今一度それを胸から取り除き、空に返すかのように、密やかに開いた夜行バスの窓から冷たい冬の風を受け入れてみる。深夜の高速道路を走るバスの走行音と、隣で小さなイビキをかいて眠っているニット帽の若い女の呼吸の詰まったイビキの音は、喧噪から解かれていくための魔法の呪文のような新鮮味すら帯びている。そんな都合のええことがあるやろうか。実家に帰省できるという安堵感が全ての事象を肯定的に捉えようとでもしているんやろうか。いや、そんなことが、ある。んや。飛行音は「うるさかった」。お母さん元気やろか。電話の声ちょっと涸れ気味やったな。二年前に東京出てきてから会ってへんけど、いきなり白髪とかガリガリとかやめてや。私が受け止められる精神状態になってからそうなってや。と、それぞれ関西弁で思った。実家は神戸の北側の山の上にある急な坂を登った崖っぷちに建つ一軒家で、阪神淡路大震災の際は水道やガスが止まって庭のコンクリートブロックの塀が少し崩れ落ちたが、後は何とか踏ん張って倒壊は免れた。当時築二十五年の二階建ては外見ボロボロだったが、建物自身が生き残ったことを誇りに思い、ほれみろと屹立しているつもりのようだった。私は二十七歳まで一階の南側の小部屋を巣として永遠の雛のように住み着いていた。実家通いができる関西の一般大学の経済学部を普通に卒業後、通販会社の事務職に普通に就職をした。普通が一番むずいんやで。そう言ったのも母親だった。就職先は地方では頻繁にテレビCMを流しているほど資金力のある有名な企業で、母親には大変喜ばれた。喜ぶ父親はいない。私が三歳、弟の修一が一歳の頃に父親は失踪し、私が十一歳の頃に失踪宣告をして、法律上は死亡したことになった。とはいえ、母親は一切の悲哀の姿を私には見せず、ただ、淡々とローテーブルの上で書類の類を処理していた。私にとって、その母親の背中の記憶だけが父親と母親の関係を想起させる光景で、といっても、そのような重要そうな書類を書いている時でさえ、私は母親の背中にのしかかっては目隠しして、お邪魔虫になったものだった。母親は怒りもせず、私の方に振り返って、繊細な両腕で私の小さな身体を抱擁して「やめーや」と笑った事も覚えている。父親がいなくなったことが、そもそもどういうことなのか、私には理解に及ばなかったし、あまり興味も持たなかった。母親は普通の人、だった。朧気ながら、私も母親のような普通の人、になるんやろうなと感じていた。それでも通販会社の事務職の一年目は退屈だった。夥しいほどの請求書を処理していく業務。こちらから指定したフォーマットの形式を無視したWEBデザイナーからの請求書を眺めては思考が停止した。WEBデザイナーというだけあって、たしかにこちら側が用意したフォーマットより、色彩豊かで、項目の配置も美しい。フォントは明朝体、税込みの請求額\150,000は何故か太字になっていた。請求書という機能を忘れて、それも一つの美術品として私はジャスミン茶片手にうつけて鑑賞している……私のつくったぶっきらぼうな白黒のメイリオ書体のフォーマットが恥ずかしくなる一方で、デザイナーってええなあ、私もデザイナーやっています、なんて言えたらええな、と自分のデザイナー像を夢想する。就活の際、肩書のみの憧れで、母親には内緒でテレビ局をこっそり一つだけ受けた経験があった。当時はデザイナーではなくテレビ番組を作るディレクターを仮に志望してみた。大学でのボート部のマネージャー経験が「僕も大学の時スキー部でしたよ」と、パーマにチェックのシャツの男性面接官に何が「も」なのか分からなかったが、ひとまず評価されたようで、一次面接は通過したものの、二次面接でこれからお祝い事でもあるかのようなツイードスーツ姿の人事部の女性面接官に「好きな番組は何ですか?」という質問を投げかけられ、「御社で制作されている『OLの花道四十八時間』という番組です。共感できていつも録画しています」と意気揚々と返答すると、「それ、ウチで作ってんじゃないんだよね。系列のキー局から降りてきた番組だよ」と少し苛立ったような口調で言い返され、私の言葉を紡ぐリズムは崩壊した。「降りてきた」という言葉が脳裏に張り付いたまま、企業研究不足の自責の念が「降りて」きて、面接官の質問内容も自分の話している言葉でさえもまるで把握できなくなり、言葉始めには必ず「あ、」、が加わり始めたと思えば、半分支離滅裂の応答となっては、見事にお祈り(不採用)となった。あれはトラウマになった。苛立つのはずるいと思った。思い出したくないので、後は家に帰って台所の隅っこの方で丸まって裂きイカを齧りながら泣いていたというシーンでこのお話は幕を閉じたいと思う。だけれど、クリエイティヴィティたる瀟洒な心得が存分に発揮されたWEBデザイナーの請求書を眺めていると、私の頭の中には勝手にパーマにチェックのあの男性面接官の姿が思い浮かばれ、目の前で猫背でPC作業をしている立山さんのカッターシャツの皺の無造作さに落胆する。「お手数ですが、こちらからお送りしたフォーマットでお願いします」とマッハで打ち込み、これが正義と言わんばかりの圧力で送信ボタンをクリック! カチッ……この音だけが私によってクリエイトされる唯一の作品で……否、まだだ、もうワンクリック、カチカチッ……ふむふむ……ガチャガチャガチャタンッ……ガチャタン! ガチャタン! ガチャガチャッ……映像制作会社『猫娘』の中途採用募集要項には第二新卒歓迎! 未経験者歓迎! 応募ボタンをタンッ! 最後にジャスミンティをクイッ! と飲み干そうとすれば、ほとんど空で、そのボトルの軽さに私はリアリティを取り戻す。あーあ。業務中にやってもうたなと私はどうしても、今こそジャスミンティがボトルに入っているべきだと心の中で地団駄を踏む。そういえば、こういう仕事をさせられている人達もおるんよな。追い出し部屋やったっけ。会社が自己都合退職させる為の転職活動、と、私は関西弁で思いつつ、今一度長い息を吐いて、でも私は自分の意志やからと悪い事しているような気分をしっかりと肺の辺りに湛えながら、応募ボタンを押した『猫娘』のホームページを再度閲覧し始める。こういう時に関西のエネルギーは役立つ。やってもうたらええねんっていう感じ。代表者、齋藤栄一郎、資本金、1000万円、所在地、東京都調布市上石原、ん? 東京? あれま。「あーごめんなさい!」と後ろから低い声が聞こえたので振り返るとオーガスタの植木鉢が見事に横転していて、黒い土がタイルカーペットに零れていた。数人の社員がせっせと集まって、倒した犯人であろう立山さんがペコペコと頭を下げており、見なかった事にしようと前に向き直った私はいつの間にか空白になっていた立山さんの席に気が付く。結局、応募ボタンを押しただけでは駄目だったようで、履歴書と職務履歴書が必要だったらしく(当たり前)、それに気が付いたのは、その四年後の秋頃、同じような関西のエネルギーが流れた時で、同じ内容の求人を見つけた時だった。その時には私の肩書は事務から経理事務になっていて、そこそこ会社の経営事情も把握しており会社にも頼られるようになった頃で、それなのに、いやそれだからか、活発に転職活動に勤しみ始めた。やはり悪い事をしているみたいで、気分が高揚した。立山さんが、九州に転勤になった時に、思い出したように「オーガスタ」という植物の名前は調べた。その日の葉はまだ青々しかったように記憶している。(続)


「拝復。生島様。お手紙ありがとうございます。これまた返事はしてよろしいのかどうか迷いましたが、色々と思案しました結果、お願いがありましてお手紙差し上げました。もし、僕に精神科医としての立場を望む場合は、ご来院ください。ご来院を前提として、口頭では言いにくいことを手紙にして送られる、または持参されることは勿論大丈夫です。ただ、その辺を曖昧にしたままのやり取りですと、今後の生島様のためによろしくないかと思われます。治療すべきことと、そうでないことは、はっきりさせた上で、また以前のようなお話をさせていただければと思うのです。申し訳ありません。この件に関しましては僕の方に落ち度はございます。しかし、前回の分まではしっかりと拝読しました。恋愛の件、それから別途添付の私小説の件、につきましても、一度いらしてから、また所感を述べさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。敬具。種岸浩介」


「拝啓。種岸先生。お返事ありがとうございます。来月第一週目の土曜の十時にインターネットの方でご予約させていただきました。私自身、先生の立場を深く考えておらず、悪戯に文章を送ってしまったことを深く反省しております。大変申し訳ございませんでした。先生のお手紙を読んだ後、つい舞い上がってしまいまして。めっきり寒くなりましたので、どうぞ、お体にはお気をつけてお過ごしください。それでは来月よろしくお願いします。敬白。生島冴子」


むふっ。むふふっ。これは夢だよ。夢。若いオトコ、咳払いをする。さて、私、生島冴子は種岸浩介の揺らぎを文通にて発見したなり。愚鈍。医者でさえなければと、自らの悲痛の解消すら諦めても、彼の精神世界そのものを遊泳することさえ望んでいたのであーる。来月の初診まであと二十一日間あったなり。されどその間特にこれといった優先すべき用事は無かったのであーる。強いて言うなれば、母親との談笑。治療の施しを受けるまで、私、生島冴子にはまだ時間が必要であったのであーる。精神科に行くことが大切な悲痛の感情を奪われてしまうことかのように、自分を疲労困憊させた社会の失態を許すことかのように、自分から背を向けた恋人候補のその背中をさらに押し出すことのように、思えたのだったのであーる。その迷妄の証拠に私、生島冴子は、自分から終結させたはずの文通の再開を試みたなり。無節操なやつなり。若いオトコ、顎髭が地面に刺さって、よろける。その様相はまるで仕事のできないサンタクロース。眩しすぎる日差しが若いオトコの後光となり、尾を振る犬は叩かれず、トナカイのような、角が生えた暗黒大陸から招致した不死のドラゴンに、若いオトコは馬乗りになる。若いオトコ、過去に浮気を二度しているらしい。隠している。でもバレている。これは夢だから、私は知っている。しかしながら、どのオンナも幸福だったと、若いオトコは言う。それぞれのオンナに対して「一途」であったからだと言い訳したが真相は如何に、大嘘だろう。聞き手はいない。若いオトコ、ドラゴンに命令して飛翔する。おーこれは凄い。伊豆諸島を越えてニュージーランド、それから南極大陸を越えて、届けるはずだったプレゼントを墜落させていく、追悼として、空中に、落とされていく。オンナの一人もあの日の墜落の犠牲者だった。それからは、あまり覚えていない。誰が。何の。それで。如何に。あの空にぐっちゃぐちゃに絵具を塗ったのは此奴だと認識する。こっちの世界いた方が私は楽やねんよな。富樫との性行為を思い出している場合ではない。今度、ワカイ男に胸の内を打ち明けてみよう。君に恋した、と。あれ? ワカイ男って結局、富樫、いやいや、私? 私はオンナや。


「再啓。種岸先生。重ねてすいません。やはり、予約をした事によって私の中に得体の知れぬ、もぞもぞとした感覚が増幅してきてしまいました。不安、と一言で片づけてしまえる心情かもしれません。不安です。頭の中で種岸さんの顔が様々な男の人の顔に顔が変化して、それは会社の上司だったり、若いどこぞの人か知れぬオトコだったり、写真でしか覚えていない父親の顔だったり、彼(八雲君)だったり、ボート部時代のチームメイトだったり、近所の野良猫だったりするのです。そして、【君には正直興味がない】と種岸先生は私に背中を向けてしまうのです。それが頭の中で何度も繰り返されて、不安です。とっても不安です。支離滅裂、荒唐無稽なこと、すいません。本当にすいません。でも、やはり、突然、このままの状態で伺わせて頂くことは私には到底できないように思います。どうにか文通は続けさせていただいて、なるべく初診の日までに、私の無造作なみっともない本来の姿を知っていただきたいのです。代金が必要であれば、初診料の中に含めていただいても結構です。勿論これまでの手紙の郵送費も含めてください。種岸先生の立場を考慮せずに、赤裸々に自分語りをしたことを私は深く反省しておりますし、本当に情けない気持ちで一杯です。ですが、一度、建前の壁を突き破った内情は溢れゆく一方なのです。一度話されてしまったお話は最後まで話されなければどうにも、こうにも、私の中に巣くっては良識のあるイマジネーションを食い散らかすらしいのです。ですので、恋愛事情の経緯と別途添付の文章(これは既に書き終えています)だけはせめて最後まで送らせていただきたく存じます。短いお返事に一通いただくのはお手間を取らせてしまいますので、二枚目以降に恋愛事情、別途封筒に前回の続きの文章をまとめて全部お送りさせていただきます。かなりの量です。勿論、全て読んでいただかなくても結構です。種岸先生にお手紙を送るという行為のみで、充分に解かれていく苦悶でもあるように思うのです。対面の際に、その内容に関しまして、私は問い詰める事などは決していたしません。可能であれば私の事前資料のような生産性を見出してお気軽にご活用していただければ幸いです。無用であれば大変申し訳ありません。何卒、よろしくお願いします。拝具。生島冴子」


「こちらから恋愛事情になります。このような私の強情で強引な態度をどうかお許しください。しかしながら、恋愛事情とカテゴライズするほど彼との間柄は、まだ完全には解釈できておりません。ですので、駄文になることを、あらかじめご理解ください。あの夜、たしか私は彼に野良猫の話をしたように思います。その際イメージしていた猫はたしか江の島で出逢った太った三毛猫で、地図看板の下に箱座りしている様子でした。彼とは旅行の話になっており、私は一人で旅をすることが多い、同行者がいると気遣いするから行きたい場所に行けなくなる等、ボソボソ彼に打ち明けるように言うと、彼からは【俺はそういう人を見ているのが好きなんだ】と言われ、【でも私は20分ぐらい見てるで。猫とか】という脈絡から想起された猫であることを朧気ながら覚えています。暗に私との旅に合意してくれたと私は興奮し、彼の言質を再度とるように、【猫を見ている人が好きなん?】と聞きました。すると、語尾を強調して上げなかったせいか、彼には質問型だとは気が付いていないように、【代々木公園にはちゃんと向かってる?】と語尾を上げて聞き返されました。グーグルマップの青い丸が代々木公園を示す緑色のゾーンにしっかりと向かっていることを確認して「うん。向かってる」と返事をしました。片手にアマリリスの花、片手にスマフォ、両足に新品のパンプスの私の影がガードレールに引き千切られながらも愉快そうに闊歩していました。彼は代々木公園の入口っぽいところに辿り着くと、【入口っぽいね。サエちゃん正解】と私の方に振り返って微笑みました。いざ告白の場へ、とは勿論口にせず、ひとまず腰掛けられる場所、という言い分で落ち着ける場所を探しました。噴水前の石製ベンチに横に並んで座った時、既に夜の九時は回っていたように思います。定期的に噴射する噴水も静かで、目の前を横切っていくスケボーを抱えた二、三人組の男にジロジロと見られた事を覚えています。好きです。あなたの事が好きです。そのように言葉に出せば陳腐になってしまう、秘すれば花なりのような感情を、どうやって、そのまま、生々しく、彼に届けることができるのだろうかと、私は二週間ほど前から思いを巡らせてきました。カネコアヤノの『ロマンス宣言』をYouTubeで流しながら前日には家の外壁に向かってリハーサルを行いました。最初のうちはドビュッシーやバッハを流していたのですが、どうにも神性な吐露となってしまっては、彼という存在を私側の一部としてエゴイスティックに組み込んでしまい、その無自覚な暴力性こそが恋愛の醍醐味だと開き直りつつも、彼には私の思念から逃れられる余地も与えたいという博愛の精神が相反的に並存しましては、カネコアヤノのうたうところの「机の下に隠した恋心」が、例えばこうしてアマリリスの花を代々木公園までそれが何かと言及せずに運ぶような私のぎこちない恋情の体現を司る偏愛と博愛の間の、恋心、と一致したのでありました。しばしの沈黙の後、私は【バレバレやと思うケド】と、アマリリスをそっと彼の方へ両手で差し出しました。彼は私の拙い一連の行動に破顔一笑し、【なんだろ】と優しい声でコートのポケットから手を出して受け取りました。【アマリリスの花言葉は「誇り」とか、「美しさ」とかって、いうらしんやけどな、えっとな、ちょっと待ってな、緊張するわ】と、口元を両手で包んで寒そうにし、【緊張するわ】と発声するまではリハーサル通りの小芝居でしたが、言うまでもなく相手は家の外壁よりも不確かな佇まいで、街灯を含んだ彼の瞳の揺らぎからは沈黙の声が聞こえてくるようで、私は手っ取り早く彼の緩やかな困惑に反応しなくてはと、語りの起承転結の起と承をすっぽかして、【いや、なんか、いや、あの好きやねんな。八雲君のことっ】、つまりは、神様から授けられた矢を自身の肉体に突き立てて血を流したウェルギリウス『牧歌』の羊使いの少女の話は語るまでもなく、流血したのは紛れもなく私であり、捧げた花の純白加減には違和感すらおぼえ、やっぱ赤いやつにしとけば良かったと若干後悔する始末でした。赤いやつ、にしなかった理由は、一週間前の彼の誕生日に彼と同じビジュツブであるリーちゃんが、彼に屈託のない笑顔で赤いバラを渡していたことを知っていたからです。彼とリーちゃんはそれぞれフリーランスで、『猫娘』に転職した私が担当していた動画案件の仕事を頻繁に手伝っていただいていたので、それがきっかけで仕事終わりには夕食を共にするほど仲良くなりました。リーちゃんは【なにもないのフリーだよ】と自嘲するほど、ほとんどの仕事は彼の手伝いに依存する形で、いつもお金がないと清々しく笑っていました。二人のパートナーシップは傍からみていても精細に均衡がとれていて、彼は決してリーちゃんに抑圧的な態度を見せるまでもなく、ただ、サボらせるわけでもなく、的確な指示を適量与え、食事の際には二人で大きめのパフェを等分にして分け合っている様子でした。二人が男女の関係ではないという一点において生じるあの【付き合いっちゃいなよ】と、男と女の間に強引に性的な磁場を見出そうとする偏屈で奇異な世間の視座も簡単に払拭してしまうほど、彼とリーちゃんの関係は、ピュアで聖性を湛えたある種の普遍性を獲得しているようにみえました。しかしながら、彼の誕生日に彼から送られてきた彩度のどぎついJPEGの写真に映ったあの赤いバラだけは、そういった性善説的見地を、ゆっくりなし崩しにしていくような邪悪な魔力が働いているようでした。その邪悪さとは、リーちゃんはやはり彼の事を愛していて、ビチュツという仕事を媒介することでしか、彼との関係性を保持できないが故に、その愛を結実させることも破綻させることもできない苦しみのようでもあり、また一方では、【もらった】というメッセージと共に私にその写真を送信した彼の鈍感さは、実はリーちゃんの想いを日々鋭敏にキャッチしながらも、ただヨソヨソしく永遠の自己愛を確保しようとする企ての露呈に過ぎず、陰ではその乙女心を嘲笑し、自分は愛される人間であるという虚栄心を膨らませたいという彼の捻じれた孤独のようなものでもあるのかもしれませんでした。しかしながら、最も確からしいのは、仕事中にスマフォでその写真を垣間見ながら、除湿器PR動画の企画資料をコピー機にかけ、上司でありプロデュ―サーの沼野街さんに【終わってるよ】とコピーした資料を手渡されるまで長らく放心していた私の方にこそ、前述のような邪推たるや邪念があったということです。それはあのバラの不気味な赤黒さによって、初めて喚起されたものではなく、二人のピュアな関係を心の奥底で望み続けていた私のそれまでの信仰心の崩壊によるものでした。私はリーちゃんに長らく嫉妬していたのです。結局、【付き合っちゃいなよ】と口に出さなくとも心の内に卑屈に言っていたのも私だったんです。二人が仲良くする姿を目撃する度に、崇高な姿であろうとし続けたのです。どうにかならなければならないと思うためには、どうにもなっていない状態が必要条件なのです。どうにもならないほど、私は彼を好きでいたのです。好きなんです。それは、一体全体、どういう類の、心理の、内情の、破滅の、呪いの、綻びの、欲望の、仕草だったでしょうか。PR動画の案件のシナリオに沿って、夫婦に子一人の一般家庭のイメージを再現するために借りた六本木のハウススタジオには、監督、助監督一人、撮影部が三人、照明部が二人、録音部が二人、制作部が私を含めて三人、メイクが二人、役者が三人、子役付き添いのお母さん、除湿器メーカーのクライアントが二人、スタジオ管理人一人、そしてビジュツブのリーちゃんと彼の計二十三人が集結しました。クリエイティブとは如何に、泥臭く生臭いものであるか、前職の経理事務の仕事内容と比べては、毎日が驚嘆と落胆の繰り返しでした。制作費の運用と管理ほど簡単なものはありませんでしたが、なにしろデスクワーク以外はやったことがありませんでしたので、実際の撮影の現場に出てはあたふたしてばかりでした。一歩横に動けば、そこ見切れてるから、と撮影部に注意され、もう一歩動けば、そこ影出るから、と照明部に言われ、もう二歩下がれば、除湿器クライアントのおじ様の汗でぐっしょり湿った靴下を纏った足を踏んでは、すっすいませんっ……でも確かに暑いわと思い、いつの間にか切れていたスタジオの冷房のスイッチをオンに、すれば、録音部が、誰ですか! エアコン付けたのは! と音がうるさいと怒り始め、すぐにオフにしてはメイク室に逃げ込み、ほんま私今までもっとクリエイティヴの事勉強しとけば良かったわと帰宅して日商簿記検定一級の資格証書を破り捨てるイメージをしては、何もかも嫌になって口を細めて音が出ないバージョンのため息をついた私の目の前に、こちらに同調するように微笑みかけるビジュツブの彼の姿がありました。監督のよーい、はいっ! から、カット! の掛け声がかかるまでの、決して存在してはならないその時空間を遊泳するような私達の視線のやり取りは、一般家庭に住み着いた亡霊の秘めやかで甘美な囁きのように、たった二人だけの世界を享受しているようでした。私も精一杯修行して、彼と同じような余裕の微笑みを彼に返せるように頑張ろうとその時思いました。はい、おっけー! お昼休憩入りまーす! の掛け声と共に、リーちゃんを呼びつけ、次のシーンに合わせて家具の入れ替え作業を行う彼はリーちゃんとの見惚れるほど無駄のないコンビネーションによって、シナリオ通りあっという間に、子供が生まれた二年後の家庭の風景をつくりあげてしまいました。実際私はその時、【あっ】と声に出しました。私が注文したロコモコ弁当が二十二個しか届いていなかったのです。足りない一個が、私の意識から除外されていたリーちゃんの分だったとは、私自身に気付かれる前に、私は完全なる私の失態として、一人外へ出てコンビニにおにぎりを一つ買って食べる刑で何とか、その真相を闇に葬ったつもりでいました。スタジオに戻り、便利箱の上に腰掛けて弁当を笑い合って食べている二人の姿を見た時は安心しました。【これうまいね。どこの?】と彼に聞かれて、私が【六本木の】と言うと、リーちゃんが【何円ですか?】とニタニタしているので【企業秘密や】と返事をする、この普遍的な光景に私は強烈なまでの安堵を憶えたのです。つまりは、何かを隠し通せたという罪の意識です。ほんとうのほんとうのため息。どうして、どうして、彼を好きにならなければならなかったのか、どうして、好きだと告白したのか、それは、好きだと自白した次に述べなければならない、釈明の義務、弁解の余地です。勿論黙秘権だってあります。けれど、有耶無耶にしては、赤いバラに良心を蝕まれていく一方で、その罪の意識は消えないように思いました。【意外だった】と言った彼が握り締めるアマリリスの花がやっぱり白くて良かったと思いました。純潔としての恋情、そんなものがあり得るのかは知りませんが、やはり、リーちゃんへの後ろめたさは、こんな時でさえ、いや、こんな時だからこそ、沸々と湧いてくるのです。しかし、何が【意外だった】のでしょうか。代々木公園まで、露骨なまでに贈呈の意を示していたアマリリスの花に一体何を彼は想像していたのでしょう。私に好きだと言われない可能性を信じられる状況がどこにあったと言うのでしょう。【落語とか興味ある?】【落語良いね】【じゃあ密会しようや】【密会ってW 響きが良いね】あのバラの写真が送信されたあの月の丸い深夜のLINEのやり取りは、むしろ共犯的だったではないか。要は。要は、ですが、彼にも私に対する気持ちが少しあったように私は感じていたのです。だからこそ【意外だった】という彼の言葉こそ意外であり、私は一旦冷静沈着に、訥々であれ、リハーサル通り零地点からの内情を説明する態度へと誘われたのでした。【いや、あんな、ごめんな急に。いや、どうしよ、あんな。私な、人にな、自分の気持ちを打ち明けることはなかなかせーへん、というか苦手やねんけどな、ましてや、告白なんか。ふふ、あのな、でも八雲君にならな、言っても、ええかなと思って、こういうなんていうか、綻びた気持ちっていうか】彼は【綻び】という言葉に、同調のような、諦念のような小さな笑い声で呼応して私の次の言葉を待ちました。【ごめんな、ごめんなって言うのもへんやけど、私、こーいうの、自分から言うの初めてやし、上手く言えるか分からへんけど、八雲君の事がまあとりあえず好きやねんな。会ったときからずっと気になっとってな、やっぱり、話しとっても楽しいし、でも会うの仕事でばっかりやからさ、ほんまは、よー気使ってくれとっただけかもしれへんのやけどさ。八雲君の事、もっと知りたい。知りたい思うねん。それって好きやってことやと思うねん。いや、でも、何や、好きなんはほんまやねん。私いっつも直観で動いてきたんやけどな、『猫娘』に転職したのも直観やってん、お母さんめっちゃ反対したけど、っていうかその時もうまく説明はできへんかったんやけど、今も同じ感じでな、ほんでな、だからこの思いはほんまもんやと思うねんな。私】思い出すと釈明でも弁解でも説明にもなっていませんが、態度だけはそのつもりだったのだと思います。しかし【やから、付き合って欲しい。私と】と言い放った瞬間には、リーちゃんの存在は頭からすっかり消えていたように思います。リーちゃんだけではありません。冬の寒さも公園も自動車の音も、暗闇も、終電の時間も、私の肉体も全部消えて、彼の一挙手一投足のみが、世界の動きそのものであるような時間でした。【そうかあ。そうなのかあ。なるほど。でもなんでだろう。僕達会ったばかりでしょ。どうして、なんだろう。僕の事知りたいってことは、僕の事まだ知らないってことでしょ? だから、そのサエちゃんの好きって気持ちは想像なんじゃないかなあ。どうなんだろ。僕、サエちゃんの思っているような人じゃないかもしれないよ】私には彼の言葉をすぐに否定できるほどの論理を持ち合わせていませんでした。カラスが鳴く頃、空が虹色に曇って、雨が降ればおばあちゃん家を思い出して、ホイッスルを吹くとボート部のボートが湖面から少し沈むんやで。夢の中の世界の理屈なき現前性を孕んだような言い方をしたものですから。なぜ? どうして? となるのは当たり前の事ですよね。先生、ごめんなさい。私、やっぱり彼との過去の記憶を辿っているとだんだんと息苦しくなってきました。実際に呼吸がしづらいのです。最後まで書けるか不安になってまいりました。この苦しみは苦しみと表現される事が不服なようで、苦しい、はい、そうですか、と承認いただいたところで、出ていってはくれない物理的なそれのようです。どうすれば、この苦しみを私は外側に位置付けることができるのでしょうかと、ふと考えました。精神科医のあなたであれば、既にその物質性を見極め、端的に確実に抽出して霧消させる技術、知恵を既に獲得済みであるように思いますし、先生でなくとも、恋愛に付随する情動に関して一笑に付すような男性の童貞的観念を拝借して、私自身の理性の怠慢によるこの息苦しさを心底嘲笑してやれば、今すぐにでも放心可能であるような気もいたします。そうすればこれ以上秘する花を保守することなく、例えばただ男性的な自慰行為後のため息をさっさと吐くぞ! というような合理的な目的意識によって、私はキャリアウーマン☆マンとして、資本主義の利潤追求運動を悠々と支えるブラック企業『猫娘』の頼もしい一部品として機能していく事が真顔的に可能になることでしょう。私はカネコアヤノ、というアーティストが好きなのですが、そのような内的なモードチェンジが起きれば、宇多田ヒカルや倖田來未などを聴き直し始め(第一志望の大学受験に失敗するまでは聴いていました)、一見誠実そうで(前職の立山さんとは大違い)、パリッとした紺色のスーツを、金と車と良い女の獲得をワックスの付着具合で叶えようとする下心の上に纏った男達と(今は何故か学部時代のボート部の富樫雄太の顔が浮かんでいます)、これまた真顔的にやりまくって、健康な子供を量産し、それでようやく私の女性性も見事に開花すると錯覚できるようになるのです! ……はあ。今のこのため息は、結局ね、先生、すいません、【頑張って!】とボート部の選手達を鼓舞して、滋賀県大会準優勝やったあ! OBからの補助金も増えて、大学からのボート部への手厚い出資もあり、木造から鉄骨に変貌を遂げた部室、をいとも簡単に踏みつぶしてしまうようなゴジラ的な何かのせいなんですよ。そのゴジラ的な何かが結局彼なんですよ。実は彼への告白の日から約二年間、彼とはまともに連絡がとれなくなってしまいました。【サエちゃんの思っているような人じゃないかもしれない】という彼のスイングから、私はストライクゾーンに球を投げることができなくなった投手のように、彼を納得させるような言葉を発することができなくなったのです。野球の事は良くわかりませんので、例えがまずかったらすいませんが、果たして先生に手紙を書くという事が、この鉛のような物質的な苦しみを融解させるということだと私は考えているのでしょうか。どうでしょうか。この苦しみに決着を付けようとしているのでしょうか。それとも、書き記すことで確実に私の苦しみとして刻印しようとしているのでしょうか。どうでしょうか。話が逸れました。どこが本筋かも分かりませんがやはりもう少し、この話の続きを語らなければ、どの指向性にせよ、徒労に終わってしまうような気がしてなりません。もうしばし、語らせてください。無節操なやつなんです。たしか、その時点で夜の十時は回っていたように感じます。噴水が噴出するなら今だ、というもどかしい沈黙のうちに彼は、【僕は本当は暗かったりするよ。もしかしたらサエちゃんをがっかりさせるかもしれない。それに僕は、恋愛よりも仕事に行動基準が左右される質だから、サエちゃんに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。これはサエちゃんを大切に思うからこそ言っているんだけど】と付け足しました。私は、暗いって何やろ? 彼の事を明るい、と言ったかな? と瞬時に反芻しつつ、冷たい師走の風に凍てつく私の手などはやはり意識の外で、【私がどうかというより、八雲君が私とどうなりたいか。それだけのこと。まずはそれだけ、教えて欲しい】そう強引な勇気を振り絞って言ってから、私は馬鹿だな、と瞬時に落胆しました。私とどうなりたいかを考えているからこそ、私に寂しい思いをさせてしまうかもしれないってことも考えられるわけですし、いちいち寂しいって言われない関係になりたいってことでもあるでしょうし、私は馬鹿でした。それからはずっと馬鹿の連続です。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿です。これぐらいなら私でも野球に例えられそうです。ボール、ボール、ボール、ボール、フォアボール、約二年間の敬遠! みたいな……(笑)辛い思い出なので、なるべくこのような例えでも用いながらご説明させていただきたいと思います。元ボート部なので、ボートに関する何らかの所作を例えの対象にすれば良いとも思ったのですが、先生のホームページのプロフィールに趣味が草野球と記載されているのを拝見しまして、幾ばくかは、いや、自分自身の馬鹿さ加減を嘲笑する為の道具としてではなく、つまり、このような一方的な内容の手紙であるが故に、ただの日記のような記録として終わらせないために先生という他者存在を何とか意識の端には感じていたいという不束な私の伝達欲求を満たす手段として、野球を利用させていただければと思います。これが正しいやり方であるかは自信が持てませんし、こういう書き方をすることで先生に逆にウザいと思われ拒絶されるかもしれないという怖さもありますが、それでも、なお、これが、私にとっての語り方であり、聴かれなければ、読まれなければ、それはそれとして消えていく語りとしての運命も受け入れよういう覚悟、迷妄、自己防衛心も持ち合わせていまして、語りとなり得なかったそれはそれとして、先生の生命活動を停止させなかった柔らかい思惑、にでもなってくれれば良いかなと思います。しかしながら、来月はお会いしなければいけませんものね。もし、拒絶の意識が芽生えた場合は、そちらの方で初診をキャンセルして頂いても結構です。その場合、私は母親にも誰にも決して口外致しませんから安心してください。これまでの手紙の郵送費等は口座に振り込ませていただきますのでご安心ください。勿論、手数料は私の方で支払います。振込に必要な口座番号はお手数ですがメールアドレスikushima@cc_mail.comまでお願い致します。ちなみに、万が一この手紙にお返事いただける場合も事前に発着時間をお知らせ願えればと思います。私が郵便ポストを確認する前に、母親に取られてしまわぬようにする為です。母親は他人宛の手紙の中身を見るような陰湿な人ではないと信じていますが、念のためお手数ですがよろしくお願い致します。前置きが長くなりましたが、早速ですが、投球内容は以下のようなイメージになります。まずは、第一投目です。私の【八雲君とどうなりたいか。それだけのこと。まずはそれだけ、教えて欲しい】の145kmのストレートは、【僕、初恋がまだなんだ】という彼の絶妙な選球眼によって見逃され、ストライクゾーンをやや右に逸れてボール。彼は右利きなので右打者をイメージしていますのでインコースに少し逸れ、マウンド側から見て彼の身体が逆くの字になるイメージです。第二投目はすぐには投げられませんでした。【そっかあ、付き合うほどではないって感じなんやな】と一塁ランナーを牽制しつつ、【うん、良くないよね。こういう中途半端なの。ちゃん言わなきゃ】と彼がバットを構え直し、【いや、今すぐこたえんくてええよ】とストレートを要求するキャッチャーのサインに私は首を横に振って、今日は遅いし帰ろうかと互いに睨み合いながらも終電はばっちり逃して、彼がタクシーをつかまえたのを見送った後、近くのカラオケ屋に駆けこんで一呼吸整えることにしました。この場合の一塁ランナーは彼側のチームメイトであると考えますと、彼の心の移り変わりのようなもので、キャッチャーは私側のチームメイトであると考えますと、私の恋情体現を司る潜在意識のようなものかなと思います。きちんと例えられているでしょうか。とにかく私は【そろそろロマンスどうにかしなくちゃー】とカネコアヤノの『ロマンス宣言』をカラオケ屋で熱唱し終えた高ぶりに任せて、第二投目を投げる準備をする為、スマフォをポ―チから引っ張り出しました。彼から【無事かな? 今日は寒い中ありがとう。プレゼント大切に使わせていただきます】と丁寧な文面のLINEがきていました。【こちらこそ(頭が膨らんだミイラがお辞儀しているスタンプ)】と返し、富樫雄太からの【飲みにいこーや】は既読、一旦無視して、球を指三本で握り直しました。【八雲君と話していて、やっぱり私は八雲君の事が好きやなって思った。でも八雲君は私なんかよりずっと輝いていて、雲の上の存在のようにも感じる。私は日本から出たのも台湾に旅行に行ったぐらいやし、八雲君よりできることも少ない。八雲君みたいに中学の時から芸術とか学んでたら今頃私もやってる事変わったと思うけど、それはそれで八雲君とも出逢えてへんやろから、何とも言われへんけど、とにかく八雲君は皆のヒーローや。皆の憧れやから、私もその一人。イタリア頑張ってきてな】と赴くままに入力しては全消去し、【八雲君は皆の憧れ、皆のヒーロー。応援してる。イタリアでも無理せず頑張って来てや】とだけ入力し直し、外角に緩いカーブを投じたのですが、これがキャッチャーも捕球できない大暴投になりました。まず彼が赴くのはイタリアではなくメキシコでした。彼はこの日の五日後にリーちゃんと共に、日本人映画監督の海外撮影のビチュツ部隊としてメキシコのイダルゴ州に四十日間の滞在をする事になっていたのです。『猫娘』案件の新規の仕事を一つお願いしようと連絡した際に、彼からその諸事情を聴くことになりました。海外で映画撮影、リーちゃんと共に長期滞在、そんなパワーワードに圧倒された私に防衛本能としての記憶のすり替えが起こっている事にも気が付かず、既読の後、彼から返信が途絶えた事を意外に思うほどでした。さらには、なぜ私は彼の事をヒーローなどと言ってしまったのか、これは三日後に再び私の方からLINEし、数回の噛み合わないやり取りの後【僕はヒーローなんかじゃない】と彼からの返信をもらった時に、真夜中の『猫娘』の二階オフィスのソファで横になりながら考えました。彼はバイオリンが弾けて、ビチュツができて、ロシア語と英語が堪能で、誰からも尊敬されるような、できる事、が多い、そして、誰にでも分け隔てなく親切で、明るく……明るく、確かに私は彼に明るさを見出している自分にこの時初めて気が付きました。そして、彼の方に光が見えているということは、私の方に闇が潜んでいるのかと、自分の事を彼と対照的に捉えていることにも気が付き、つまりは、経済学、ボート部、事務職という経歴が、まるで、彼の華やかさには打ち消されるような、リーちゃんをライバルとして認めたとしても、彼女にさえ届かぬ、無意味で虚ろな経過として感じられ、仮に実際にそうだとすると、最悪なことに、私はクリエイティブの世界に遅く入った人間として、早くから業界入りした彼に嫉妬心さえ抱いていた事にもなるのです。それをヒーローという一義性に託したのです。その時、初めて大暴投であった事に気が付いたのであって、カラオケ屋でカネコアヤノの二曲目『祝日』をピピピピと入れている私には、彼の既読無視に対して、ちょっとカーブ曲がり過ぎたか、ぐらいの思いでしかありませんでした。このような一連の彼への愚行を思い出すと、こうして先生への手紙と別途添付のお話にも、私の浅ましき創造性が発揮されているのかもしれないと不安になります。そうであるならば正直、自分自身に対して反吐が出る思いです。だったら、先生のように真正面から何らかの文学賞にでも応募して、二次選考までいかなくとも、落選するという堂々たる結果でもって、終えていくべきなんです。足りないのは語られるために必要な時間や場所や聞き手の数では無くて、私の書き手としての格、なんです。しかし、先生。これにはまだ恋愛事情一般としての解釈の余地があると思うんです。何故なら、繰り返しになりますが、ここに書かれているのは先生という特定の他人の存在を意識した事実だからです。この現在の私の息苦しさを聞いて欲しいのです。聞いてもらえるように先生のご趣味である野球の事を交えようとしているのです。途中で破棄してくれだなんて嘘です。ここまでお読みになられたのなら最後まで全部読んでください。私はもう謝りません。ですから、第三投目を投げようと振りかぶる私の話を続けさせていただきます。【僕はヒーローなんかじゃない】【ヒーローやん。なんでもできるし】【そもそもできるって何かな?】【バイオリンとか語学とか】【(考える猫のスタンプ)】【とにかく冬最後の修行頑張ってきて】【修行? どういうことかな?】【イタリアから帰ってきたら春ぐらいやろ。やから、八雲君にとってはそれまでの最後の修行かなと思って】【なんだろう、サエちゃんとはやっぱり根本的な所で価値観が違う気がする】【(沈黙して俯くミイラのスタンプ)】【そもそもまずイタリアじゃないんだよね】【わ、ごめん(愕然とするミイラのスタンプ)】【僕は別に修行なんてつもりで行かないよ】【メキシコ! 行ってる間に私も一生懸命修行して、八雲君と同じような実力つけようと思ってて、修行って言ったんやけど、そうやんな、八雲君にとっては余裕で乗り越えられる事や、思うわ】【乗り越えらる事? ごめん、ちょっとそういう事じゃないんよな】どれが三投目なのでしょうか。もう分かりません。どれかが三投目です。ナックルとか命名されたどこに曲がるか分からない球種があるんですね。それですかね。投げやりです。槍を投げたのかもしれません。とりあえずこの時点でランナーは既に三塁に進んでいて、彼の私への気持ちの変容も良くない方向へ確実に向かっていたのです。となると、彼に点を取られるという事が、彼にフラれるという事なのでしょうか。そもそも、なぜ私は彼を敵チームとして設定してしまったのでしょうか。同じチームのキャッチボール相手として例えれば良かったのではないでしょうか。彼とは何を競っているのでしょうか。無失点に抑えられれば彼と付き合う事が可能になるのでしょうか。ゲームはまだ終わっていないという事なのでしょうか。四投目はそういう事です。つまり、そのような彼との一連のやり取りの末に【なんや噛みあわなさ過ぎて笑えてきたわ】と戦闘態勢に入った私の強情さ、強引さ、ド直球の大暴投です。おそらく、バックネット裏まで届いて、観客席の塩味ポップコーンを食べている若いオトコ辺りがキャッチしたかと思います。【そのサエちゃんの笑っちゃう姿勢が僕には本当にしんどいです】彼はバットを振るまでもありませんでした。明らかなボールなのですから。もはや私が敬遠したのですから。イタリアに一人で修行しに行く私の事が好きなネクストバッターサークルで錘をつけてスイングをしている若いオトコ、にでも向かって投げたのかもしれません。呆れて三塁ランナーもホームインすらしなかったかもしれません。その後、メキシコに彼が行った後も、帰ってきた後も、何でもないようなLINEをしたところで、何でもなく終わっていくだけで、そのほとんどは私の言葉を最後にやり取りが終わりました。彼の既読、に毎回構える私の姿勢が疎ましくて仕方なくなりました。私は『猫娘』の案件を彼に頼むこともできなくなり、それは実際に、彼の方が映画の方で忙しくなったからでもあり、そのまま彼とは疎遠になっていきました。私は、しかし、それでも、未だに、このマウンドからまだ降りることが私に許されていないような気がしてならないのです。打席に立ってくれる彼を待っているのか、そして彼に勝たなければならないのか、もう考えたくもありません。しかし、実際にもう考えないと奮起したつもりでキャリアウーマン☆マンとして、『猫娘』の劣悪な労働条件を全て受容し、任された同時進行の仕事を完璧にこなそうとし、二徹、三撤は当たり前、上司の沼野街さんの評価だけが、私の至上命題となって、数日後帰宅した日にはお風呂も入らず、布団に倒れ込めば、死んだように眠りについて、定期的な小型機の飛行音も、私に無駄! な夢を見させることぐらいでしか、私に介入できず、そして、眠りの中で、私は結局、彼らしき面影を、探しているのです。夢の中に出て来る若いオトコは、時折、彼であり、また私自身であったり、多義的な、そして虚ろな存在であるようです。彼は一度私に【サエちゃんが夢に出てくるんだ。泣きながら、ウチにコーヒーを飲みに来る】と言いました。私は泣いてなんかいやしない。飛翔して、墜落して、また飛翔しているのだと言わんばかりの、夢の数々を、夢の中で彼に見せつけようとして、全身に括りつけられている赤いバルーンを解き放っては墜落して、泣いていたのです。創造性など本当にロクなものではありませんね。母親が映画好きにも関わらず、こういう世界に踏み入れようとした私を引き止めようとした理由が今なら分かるように思います。PR動画ですから映画とは違いますが、『猫娘』の激務に耐えようとしていたのも、結局彼を見返すためだったのだと思います。見返すと言いましても、私はここにいるよ! 社会に認められるぐらい私も素敵な人なんだよ! 程度のものです。でもそれはあくまで彼が私の事を拒絶しているという想定の上にしか成り立たたず、実際そんな情熱は空っぽの毎日を象るばかりだったのです。私を明確に拒絶してくれれば、光はこっちの方にあったんやでバーカと、私を選ばなかったことによる八雲君の不幸を笑ってやるというほどの体たらくな野望を持つ事もできるのに、と仮に失恋した事にもできず、私の時間は二年前のあの日から止まったままです。この手紙を書いている今、私は神戸の実家の南側の七畳程度の小部屋に一人います。ここを出ていく前は、失踪した父が映った家族写真を何となく義務的な感覚で机の上に飾っていたのですが、それも片付けられていて、母親が学生の頃集めていたヨーロッパ映画のVHSが並ぶ本棚がリビングからこちらの部屋に移されており、二段階に明るくなるはずのシーリングライトも一段階しか明るくならず、物置のような殺風景な雰囲気になっています。母親は二階の寝室で眠っています。数日前、弟・修一夫婦と一歳になる甥が生ガキを持ってやってきたらしいのですが、私は彼らと顔を合わせる自信が無くて、母親にはまだ帰っていないことにして欲しいとお願いし、近所の商業施設のフードコートでこの手紙の冒頭辺りを書いたり、眠ったりしていました。甥とはまだ顔を合わせたことすらありません。その瞬間に実家暮らしの三十の独身おばさんというアイデンティティが、私に完璧に定着してしまうように思うのです。幸い、六十三歳になる母親は白髪が減ったように感じる程まだまだ元気でした。調布市のアパートもまだ引き払ってはいません。私はまだ東京にいるのであろう彼の事を想っています。先生のおっしゃる通り、過眠状態が続いています。今は深夜の二時三十三分ですが、昨日は深夜一時から午後十六時まで約十五時間の睡眠をとりました。今も眠いです。そして、眠くなくともずっと眠りたいです。東京でもここでもないどこかに、私は彼を探しているのでしょうか。先生の【分析】を当日お聞きすることを楽しみにしています。大変長くなりましたが恋愛事情は以上となります」


 紺色のカーテンの隙間から漏れる白い光に目が眩む。「間もなく三宮停留場です。長らくのご乗車お疲れ様でした」単調な機械音のおばさんの声の車内アナウンスが流れ、隣に座っていた若い女が亜麻色のニット帽を被り直している。張っていた左の首筋をコキッと鳴らせて整え、シートベルトを外していると若い女に「お姉さん、体調、大丈夫ですか?」と声を掛けられた。

「はい?」

 慌てて彼女側の左耳のイヤホンをとった。彼女と言葉を交わすのは九時間前の乗車の時の「すいません」以来で、さすがに降りる時になって突然無言の関係を終わらせようとする彼女の意図が見えず、ふわついた声を発してしまった。

「あ、いや、叫んではったんで」

「私?」

「はい」

「え、ほんまですか、え、どれぐらい」

「あ、でも五秒ぐらい、かな。あ、でも大丈夫なんやったら良かったです」

 この人も関西弁やから地元がこっちやろかと全然関係のない事を思ってしまう私はまだ寝ぼけている。よくよく考えると全く知らない人の前で、普通一番親しい人の前でしか見せない無防備な寝姿を見せるなど、かなりヤバイ事のように感じるが、不思議とこの若い女との間にはたった数十文字の言葉のやり取りでできあがった以上の信頼関係が出来ているように錯覚して、自然と私の言葉は返された。

「えー恥ずかしっ。五秒って、いち、にいーさん……結構長い。なんていうてました? それ聞くのも恥ずかしけど」

「何か人の名前っぽい、何とかさん行かんといてー。みたいな」

「ええー」

 何とかさんって誰やろ。

「その後もはーはー過呼吸みたなっとたんで、調子悪いんかなって思って、それ、一応途中休憩ん時買ってきたんですけど、その時にはもうぐっすり眠ってはったんで、あの、良かったら持って帰ってください。勝手な事すいませんが」

 若い女の示す方には未開封のペットボトルの天然水がポケットに刺さっていた。「こんなん。えーっほんまですか、えーすいません」と言っているうちにバスが停車して、「じゃあ」と、一番に降りなきゃ行けないと思っているかのようなスピードで三番目ぐらいに降りて行って、私はゆっくりと座席を元の位置に戻した。新品のペットボトルを握ると、柔らかくて冷たくて涙が出そうになった。恥じらいなど放ったらかしで、こんなに嬉しいことは三十年生きていて他には無いとまで思ってみた。何の夢を見ていたかは思い出そうにも、言葉にしたら支離滅裂、荒唐無稽になるような光景が浮かぶだけで、果たしてそれが本当に見た夢であったのかも不確かで、でも、あの子が天然水を買ってきてくれた完璧な事実が、聴き終えていたカネコアヤノのプレイリストの音の記憶を呼び起こして、自分にしか聴こえない鼻歌で『愛のままを』を再生しつつ、八雲君が水色の雪景色の中で私にだけ一途みたいに手を両手で大きく振っていて、泣けてきて、今度はほんまに少し涙を流してみたけれど、やっぱそんな都合がええことあるかいなっと、降りて行った彼女のいびき音を明確に思い出した。でも、やっぱり泣ける。三宮や。帰ってきた。私、帰ってきたで。お母さん。私、ほんまに苦しかったんやわ。息が。私、このまま息できんくなって消えてもうた方がええかなって思とったわ。夢の方がええわ思て。不公平や。ほんまこっちから告るって不公平やわ。有耶無耶にしてどっかいってまうから、私は待ってればええんか、同じ距離だけどこか南半球の小さい島にでも行けばええんか、もう全然分からへん。いやいや八雲君が今おるんは東京やろと、初めてここで打ち明けるに至った八雲君という存在が前述した私の失恋の対象であるが、実は失恋したかどうかも、私の中では不明であった。全部八雲君のせいや。八雲君のせいで全部うまくいかへんようになったと、それぐらいの勢いで八雲君に全部言ってもうたら、八雲君もちゃんとさよならしてくれるかもしれへんけど、でも、そのさよならがほんまは一番怖い。私の中から八雲君が消えてしまったら、今まで待ってた事がほんまに意味なかった事になってまうんちゃうかと思って、怖い。何のために私の方に手振ってたんかは「さよなら」なんか、「おーい」なんか、どっちなんやろ。ちゃうちゃう、それは夢の話や。分かっとうけど、もう疲れた。疲れたああ。お母さん、まだ朝の八時やのに小さい五人乗りの車で三十分かけて迎えにきてくれた。ありがとう。

母親とは家に到着するまで一言も会話をしなかった。夜行バスを降りてから「お帰り」と言われてパーキングに向かうまでもただただ、母親の後ろについて歩くだけだった。私を家まで運ぼうとハンドルを握るその細くて白い腕に最強の愛をもらった私は安心してまた眠ったのだった。眠りに眠っている。眠りの方から語り出すように、私は生活を諦めかけている。苦しいとか疲れたとか、そう思ってみようという曖昧な自分さえいる。実家までの坂道をガタゴトと登る自動車の揺れに目を覚ました。崖っぷちに建つ青い屋根の一軒家が見えたがそれは他人の家で、下方向に流れる景色と一緒に流れていった。一応、母親からの何らかの声かけがあるかもしれないから、この時ばかりは耳にイヤホンを突っ込んでカネコアヤノは聴かなかった。一発で車庫にテクニカルに駐車した母親は「着いたで」とお腹から言った。

実家は実家の匂いがした。キャリーケースを玄関の隅に置いてリビングまで床の冷たさを感じながら歩き、炬燵に両足を膝まで突っ込んだ。電源がオフだったので思ったより、暖かくなかった。炬燵のスイッチをオンにして、テーブルの一点を見つめれば、そこにミカンの黄色が侵入してきた。それを見抜いていたかのように母親は「みかん食べてええからな」と言った。「うん」それが神戸に戻ってきてからの母親との最初の会話だった。そして「ワカメいるか?」と母親は続けて言った。ワカメ、というのはワカメスープの事で、私が今このようにして沈黙の方に傾いているときは昔からよく、提供された。「うん」と返事する前にガスコンロのチッチッチッチッチという音がして、火がボファッとつく音も続けて聴こえた。

「テレビでも見たら?」

「うん、や、今ええわ」

「修一らが明後日来るけど、冴子はどうする?」

「あーや、そうか、うん、まだ考えてない」

「生がきすくえるで」

「あ、うん」

「寒ないか? 暖房つけよか?」

「ええわ、充分あったかい」

 キッチンとリビングの会話のやり取りは、少しお腹を張って声を出さないと届かないイメージだったが、自分の声が必要以上に反響するほど静かな空間にうろたえ、少しずつ声のボリュームを下げた。ほんまに人が暮らしとんかなと思えるぐらい、テレビと炬燵とテーブルとイスとニトリの白い絨毯が、それそのものの波動を放っているようで、夜行バスの時に差し込んだ白い光とは全く異なった種類の淡い霧のような光が部屋全体を包んでいる。ぷいっと極小のおならを炬燵の中に隠してから、布団をめくって匂いをたしかめてみると少しばかりはちゃんと臭い。なるほど、これが実家か。ワカメスープのお椀を二つ木製のお盆に載せて私と垂直になる位置に座った母親は「おーあったかい」と初めて炬燵に入ったお客のような声を出した。ワカメスープのお椀は温かかった。箸が付いていて、スープよりもワカメの方が意識されているのが生島家のワカメスープだった。三年前、『猫娘』への転職を母親に反対された時、このお椀は机の上でおおげさに転げ回った。「そんな、わけのわかからん会社やめときーや」と母親に言われ、「お母さんに何が分かるんや!」とドラマで使い古された台詞を吐いては激情し、勢いよく立ち上がった時にテーブルの枠に腿が引っかかるようになってテーブルが傾き、お椀は当時対面に座っていた母親の方にスライドして途中から転がり、母親のユニクロの無地のズボンにワカメが彩を与えた。おおげさな演出だったが、それを謝ることで心の一部でも母親の方に譲渡してしまえば、この家を出ていくという決意も揺らいでしまうような気がして、無言で南の小部屋に閉じこもった。そのトラウマから母親は垂直の場所に座ったのかもしれないが、私はともかく母親の言うところのわけのわからん会社で、何をしているかのわけぐらいはわかったけれども、わけのわからん業務量に耐えきれず、わけのわからないままアパートの部屋に縛り付けになっていたのは事実で、私の敗北と言っても良かった。しかしその負けの悔しさなどは一切感じず、母親の方も勝ち誇るような様子は一切見せない。ただ娘が疲弊している際の親子間における他愛の繋がりが、私をまた眠たくさせた。

「ねむっ」

「あんた、ほんま大丈夫か? 車ん中でもずっと息苦しそうやったけど」

「えっまたなんか寝言言っとった?」

 母親にとってはまた、ではないが。

「何も言うとらんかったけど、ハーハー言うてお母さんの声にも全然反応せんから心配なったわ。ちょっとしたら落ち着いたけど」

「えーやっぱそうなんや。お母さんの声全然聞こえへんかったわ」

「診てもらった方がええんちゃうか?」

 誰に、どこに、と言いかけたが、

「もうちょっとゆっくりしてから、考えるわ」

 とだけこたえて「あれ? 本棚消えた?」と話を逸らせた。

「なに? ああ、あれあっちの冴子のつこうとった部屋に移してん」

「なんで?」

「いやあんなもんあっても、もう見―へんからな。邪魔やし」

「え? お母さん一人で」

「んなわけないわ。修一に手伝ってもろて」

「そうなんや」

「ついでに仏壇も」

「仏壇?」

「畳の部屋行ってみ。お父さんのあるから」

 と、何故かニヤニヤしている。

「ええーそうなんや」

 父親の仏壇のことよりも、「診てもらった方が良い」の母親の言葉の方が頭の中に張り付いていて、後々解消すべき課題として残しつつ、「ご馳走様。じゃあ見てくる」と机の枠に繊細になりながら立ち上がり、畳の部屋に早歩きで向かった。あった。部屋の角に小さな唐木の仏壇が。少し霞んだ笑顔の父親の写真が置かれている。おそらく家族写真を拡大したせいで、解像度が荒くなってしまったのだろう。もっとええ写真あったやろ? と思いながらも、チーンをした。その後、マッチを手に取って線香をあげようとしたが、いや、順番おかしいか、やめとこ火事とか怖いし、と適当な理由を並べて、それ以上何も思わないようにしながら南の部屋に向かった。扉を開くと、この部屋を使う人がいたら絶対そこに置かへんやろというもどかしい位置に本棚置いてあった。本棚とはいえ、本よりもVHSの割合が圧倒的に多く、ディズニーシリーズの『アラジン』『101匹わんちゃん』『バンビ』と小さい頃から親しみのあるものもあれば、そのすぐ隣には大島渚『青春残酷物語』『悦楽』『愛と希望の街』、小津安二郎『秋刀魚の味』『東京物語』『お早う』と並び、小田基義『ゴジラの逆襲』を見つけて、あ、そう言えば八雲君もゴジラ好きやったなと思い出しているうちに「ちょっと! 冴子! 大変や! ちょっと! きて!」と母親の騒ぎ声がリビングの方から薄っすらと聞こえてきて、部屋を飛び出した。

「これ、調布ってあんたんとこの、近くちゃうん?」

 ワカメだらけの母親の姿が勝手にイメージされたがそうではなく、母親は血相を変えて、テレビ画面を指さしている。さっきまで静かだったテレビは、黒煙に包まれて骨組みを露出させた民家一帯を映し出し、そこに男性アナウンサーのうわずった声が重なっている。

「えっなに、火事?」

「ちゃう、墜落やって」

「えー? えっ」

テレビに一歩近づき強めの瞬きをして見直すと残骸の中に飛行機の尾翼を発見した。右上のテロップは〈調布市の住宅に小型飛行機墜落か……〉とある。私は「なんで?」「何これ?」と素っ頓狂な声で、そんなことを知るはずもない母親に聞いて、「知らん! 大丈夫なんか? えーっ、これあかんなあ」と言わせた。飛行機が落ちるのは、私の比喩によってしかありえない。夢よりも明らかに夢らしく、絶対におかしい、支離滅裂で荒唐無稽、今この瞬間はどうにも私に解釈の余地を与えないらしく、その場で足踏みさせ、たまたま傍にあったリモコンを手に取らせ、テレビを消させ、母親と見つめ合わせさせた。

「診てもらうって誰に?」

「え? 何や、なんで消すん」

「さっきお母さんが私に言うたやろ。診てもらった方がええって」

「ああ、種岸先生の」

「種岸? 誰」

「ああ、そっか知らんのか。お母さんも昔ちょっとお世話になった人や。優しい先生やから冴子にもええかな思て」

「何の先生?」

「そら、精神科のや」

「そら、言われても分からへんわ。ええ? お母さん私の事病気や思うん?」

「分からへん。分からへんから診てもろたら言うんやんか」

 病気、か。たしかにあり得る。でも、私は憤慨している。それは何故かであって、到底私の理解の範疇を越えている憤慨で、それによってどのような行動を母親にとったとしても、間違えだったと後悔するであろう憤慨。

「病気ちゃうわ!」

 病気かもしれない。

「お母さんは冴子が心配なだけや。それだけやあ」

 泣き出した母親の涙の意味を、私は捉えられない。ブーッという低い音域に気が付き、音のする方を見れば窓際に置かれた苔だらけの水槽が視界に入った。エアポンプの水泡を悠々と浴びながら丸々と太った金魚が私の方によそよそしい視線を向けていた。私は意図的にその視線との繋がりを拒否して、ミカンを一つ握って南の部屋の方に悠々と歩いていった(完)


「八雲君、元気? (ミイラの首をかしげるスタンプ)うちに『ゴジラの逆襲』あった。知ってる? (写真)」


 私、生島冴子は未だに眠っている。自害している。今見ている光景の話でもしてみようか。私、生島冴子の内なるクリエイティヴィティによって被造されるこの世界にあなた方は、生命活動を停止させる覚悟と勇気と全くの他人である私、生島冴子への信仰心を持つことなどできようか。私、生島冴子を創造主として崇められるか。私、生島冴子に請求書の山を処理させる側の世界を、クリエイティヴ等都合の良い瀟洒な言葉で釣ってクリエイティヴとは程遠い雑用係を任せまくる『猫娘』側の世界を世界としてみとめているあなた方に、この世界の山菜蕎麦の味は分かるまい。ふざけるな。八雲の奴、私、生島冴子とのモノガタリを終わらせようとしている。八雲の奴、私、生島冴子への憤慨を隠している。八雲の奴、自害している。私、生島冴子への恋情を隠している。ふざけるな。恋など所詮、男女間における性的衝動の所作一般ではないか、若いオトコ、微風に不満を垂れる。ドライヤーぐらい買い替えろ。この役立たずが。若いオトコ、私、生島冴子。入浴中に眠っては駄目だ、と腕毛が言った。腕毛は私、生島冴子を沈まないように、尻の方から持ち上げ、全身が宙に浮いていく。この重力にはおぼえがある。だが、寒い。何をしている。三月だぞ。お前、は。「お化けなんかなーいさ。お化けなんかうーそさ」お父ちゃんと一緒に歌おか。お前、は。あ、大丈夫? 目に入ったんちゃうん。シャンプー。ちょっと濯ぎ。あー、こすったらあかんって。お前、は? こすったらな、目にばい菌入るんやで。あかん、あかん。ほら、目赤なっとうやん。ははは、髪の毛ちょっと伸びてきたな。こんどきったるわ。お前、は、お父ちゃん、散髪うまいんやで。えー、これお父ちゃんに? ほんまに? ええの? これ、何の花? アマリリス言うんか。はー。ありがとう、冴子、お母さん? ごめん、それは、お父さんの花やないねん。お父さん、ごめん、勘違いさせてしもうてほんま、ごめん、お父さん、その花は返して、お父さんごめん、お父さん、お父さんにはもっとおっきい赤い花こうたるから、ごめん、お父さん、お母さんお父さんの仏壇こうてもうたで、お父さん、はよー戻ってこな、お母さんほんまにお父さん死んだ思ってまうで、保険がどうのこうのそんなんどうでもええやん、ほら、私、生島冴子、髪ぼっさぼさやろ。切ったてーや、ぱっつんは嫌やで、海で溺れたぐらいで死なへんよ、お父さん、私、生島冴子は将来お父さんと結婚するねんから。あっつ。のぼせてきた、え? お父さんってもう幽霊なん? 若いオトコ、ってお父さんの髭の一本みたい。 


 冴子―。


 干からびたトカゲの尻尾。まだ動いとう。気持ち悪っ。なあ。


 冴子?


 うーん。カナダ、寒かった?


 冴子! もう時間やん! いい加減出てーや。また、寝とんちゃうやろな。先生待たせたらあかんで。


「生島様。記載していただいたメールアドレスの方にお送りさせていただいております。大変な分量をお送りいただいて、お礼を申し上げるのは変かもしれませんが、誠にありがとうございます。拝読しました。まず初めに、私が生島様に拒絶の意識を持つということは一切ありません。持たないようして持たずにいられるものではない、と言われるかもしれませんが、拒絶というのはそもそも、相手からの要求があって初めて成立するものです。生島様は私に何かを求められている訳ではなく、無論治療はさておき、生島様は生島様の中で苦悶なされていることを、素晴らしい創造力によって昇華しようとしているのだと私は思います。そう言ってしまえば、またもや僕の職業病のような症状が現れたように思われるかもしれませんが、ただ、何よりも作品の為にその苦悶を手放したくはない作家たる生島様の情熱を感じ取ったように思います。僕の役割はあくまで、過眠のような肉体的な症状を和らげることであって、生島様の頭の中から八雲さんのような悩ましい存在を消し去ることではありません。ですので、何も生産性など見出すまでもなく、まずはご来院いただいて、ここ一カ月の睡眠状況からお伺いさせていただければと思います。もし、ご対面で話すのが難しい場合は、事前にメール等で睡眠状況について、お送りいただいても結構です。何卒、よろしくお願いします。種岸浩介」


 お母さんうるさい。

 うるさいちゃうわ、いつまで入っとん。はよしーや。初診とれるってラッキーな事やねんから。待ってる患者さんも一杯おるんやで。

 もーうるさいって。

 だってあんたもう二時間ぐらい入ってるやん。何しとん! 垂水まで、二十分はかかるで。今すぐ出ても、五分は遅刻や。はよお!

 ちょっと、勝手に開けんといてーや!

 はよう! 何し、……あんたそれ、あんたそれなんや。

 え?

 それや!

 ちょっやめてや、痛いって引っ張らんといてや。

 これ、これなんやなんの血やの!

 え、何が? え?

 これや、なんでこれ、これなんや!

 え? え? なに? なにこれ? え?

 あんたあほか、何歳やねん、あんた、ほんまに、あほやなー 死ぬで?

 えー気付かんかった、えー。

 ええから、早くでえや、そこバスタオル新しいの置いたからっ。

 えーっ、だって、この前、きたばっかやで。

 ええからはよ、着替え、ナプキンあるか?

 ない。だってこの前、きたばっかやもん。

 お母さんのが畳の部屋の箪笥の一番下の右の奥の方にあるから、それ使いやー。ほんまびっくりするわー。あほやなあ。ほんま死ぬで。

 え、こわー。なんで? まだ一週間はこんはずやで。

 

若いオトコ、『既読無視』をテーマに卒論を

書いたらしい。ただ三文字及ばず落第、昨日からふてくされて夜も眠れやしない。


 信号赤ばっかやな。

 お花見の列ちゃうか。皆、淡路の方に行くんやわ。ほら。皆右曲がりよう。

あーなんか緊張してきた。先生に会うの。

 最初は皆そうや。

 皆って?

 お母さんもそうやった。

 お母さんはなんで? 病んでたん? お父さんのこと?

 かもしれへんしなあ。あんまり覚えてへん。

 お父さんのことやろ?

 しつこ。でも、いや、付きおうとう時から、あったんよ。あーいう気分の浮き沈みは。

 お父さんってどんな人やったん? 今さらやけど。

 うーん、強いて言うなら映画好きやったなあ。お母さんとは趣味全然合わへんかったけど。

 ゴジラってお父さんの?

 あー。なんで?

 いや、本棚にあったし、それだけ明らか浮いとうねんもん。

 ちゃうちゃう、あんた覚えてヘンの? お父さんが修一に見せとったやつやん、あんたも隣に一緒におったで。

 覚えてヘンわ。修一いうても0歳とか1歳やろ。まだゴジラは重いやろ。

 せやなあ。

 信号なっが。

 ちょっと、鼻ほじらんときーや。一応あんたも女やろ。

 お母さん、もう一個聞きたいんやけどな。

 ボーっとしとうおもたらいきなりよーしゃべるなあ。

 ええねん、ええやん、あんな、お父さんな、一応さあ、溺れとったよその子助けようとして、流されてもうたやんかあ。海で。だから一応さあ、特別失踪でも申請できたやろ? でも一応七年待ってさあ、普通の方で申請したやろ? あれは、やっぱ帰ってくる思とったん?

 帰ってくるとは今でも時々おもとーわな、そら。あん時は警察の人やら、弁護士の人やら、生島のおばあちゃんやらに、説明とか事情聴収で色々ゴタゴタやったんや。

 仏壇こーたのに?

 この年なったら、なんや色んな人が死んでもうて、ほんまに起きるん? ってことが起きて、何やよう分からんのや、人生っちゅうのは。

 キザやな。まあ、飛行機落ちたしな。

震災の時なんか、お母さん、普通にお父さんに抱かれとったからな。

 えーわ、そんな話。え? 私の横で? 

 隣の部屋で。

 えーわ。え? いやいや。あほか。お母さん。あほ。震災時、私十一歳やんか。お父さんとっくにおらへんやん。

 夢でや。

 うそお。

 ほんまほんま。ほんまに肌の感触あってん。今でも覚えとうわ。揺れ始めて、本能的にあんたら姉弟の上にかぶさったんやけど、何やろ恐いどころか、お母さんめっちゃ幸せやった。お母さん、あんたらと、お父さんと、めっちゃ幸せやった。あったかかった。揺れがどうとか、家が潰れるかもしれんとか、そんなん、全然意識してなくてな、ほんまあの時はめっちゃ―

 もうええ。ええ。そんなん、ええ。

あんたんから聞いといて、もうええ、はないやろ。やから仏壇買ったんやけど、まあそんなんこっちの意思でどないかできるもんでもないんやわ。夢ばっか見とってもしゃあないけど。ほんで、まあ、色々ゴタゴタやったから言うたけど、決心つかんかったんもあって、震災の時が丁度お父さんおらんなって七年目やったからな、そん時の方のゴタゴタにはその手続きもひっくるめて、やってまえって感じやったんや。もう。


「久しぶりだね。サエちゃんは元気かな。おーそれは観たことないんだよなー。僕が観たのは『モスラ対ゴジラ』以降だから」


 あー。

 何? 変な声出さんといてや。

 あー。あー。

 だから何よ。

 あー、何やろ。何や。

 ほんま困ったちゃんやねえ。あんたは。もう三十やろ。これぐらいの距離は一人で運転できるようにならなお母さんも安心した老後が送られへんで。別に面倒見てもらおうとかそういう話やないで。それか、運転うまいええ人見つけてくるとかさ、そういうので帰ってきーや。ほんま。

 あー。

 はいはい。そういう訳わからんのはもう、全部先生に言いや。おおげさに言いや。先生よう話聞いてくれるし、しかもまあまあイケメンやで。

 いや、あーお母さん。ごめん。あの、どこでもええ。降ろして。

 はあ? 何を言うとんの。

 いや。降ろして。

 はあ? 何、おしっこ?

 降ろして! 降りるっ!

 ちょっと! 冴子! 何しとん! もう青なるって! ちょっと! 冴子!

 

ハッと覚める。陳腐な夢なら、さっさと。私、生島冴子、若いオトコ、撃ち落とした。黄色い縞々の槍で。大学は落第、高校も落第、中学に通い直して、白痴から小学校に強制送還され、終いには幼稚園の裏庭で産道に繋がる穴を発見し、自ら転げ落ちていった。それが重力いうもんや。背中に突き刺さった夢の槍にはもう何の関心もなく、新神戸駅の長い階段を駆け上がる。息が切れる。三十歳を感じる。母親にきちんと頭を下げてキャリーケース一個まともに引いて帰れない、私、生島冴子の恋らしき衝動は、JKのそれよりも熱くてアンコントロールな危うさを存分に発揮する。母親からの着信を拒否した親指で引き続き、あいうえお順に並んだ連絡帳を開き、「や」の行まで一気に下までスクロースした。新神戸駅にホームレスはいない。一人もいない! と明確な事実を噛み締め、私はその事実の上に事実を塗り重ねるイメージで、スマフォを耳にくっつけて耳、ちょっと冷たい。人の流れに最も邪魔になる位置に棒立ちとなれば、階段を駆け上がったせいで上がった心拍数とは別の鼓動の乱れに気が付いた。


 もしもし? 

 

 はい、うん、どしたの。


あ、八雲君? うん、ごめんな、急に。電話。声聞くの久々やな。あのさあ、今から四時間後、代々木公園の、あの前のさあ、覚えてる? 喋ったとこあるやろ? あそこ集合。あそこ集合な! 分かった? 聴こえた? 切ったらあかんで。


どうしたの? お酒入ってるの?


あ、いや、いや、入ってへん。とにかく、その時に全部話す。な。今から。四時間後やで。やから、二時半、二時半か。二時半! 代々木公園。こっちは新幹線ですぐ行くから。


今、韓国で撮影休憩中だよ。


いや、なに? 撮影とか知らん。そんなん抜け出したらええから。え? 韓国? 知るか! ええ? 知らんって。そんなんほんまに知らんって。韓国とかカナダとか北極とか、大出世したとか、もう婚約者決まっとうとか、私はまだ何にも知らんって! 八雲君来るまで私はずっと、ずっと、眠っとうから! 公園で。風邪引いてもほんま知らんからな。風邪の一つや二つぐらいどうもないわ! 変な人に襲われても知らんからな。ほんまに知らんで。分かった? LCC使うたらええから。新幹線より飛行機の方が速いやろ。二時。あ、二時半に代々木公園な。勿論相談はありやで。噴水のとこの。覚えとうやろ。ほな気いつけて来てや。今、私無茶言うとん自分で分かってるで。でも、今収まらへんから、今のこのテンションは、しゃーないから、ごめんな。きついん分かったから、でもとにかく私は、今から代々木公園に向かうから。八雲君はこれへんのか。しゃあないな。でも、私はおるから。私、ホームレスも一回はやってみたい思うねん。調布の家には帰らんで。八雲君が会いに来てくれるまでは。分かった? 二時半に代々木公園噴水前な。ほんまに言うてるからな。めんどい女やろ。でもしゃあないやん。八雲君電話切らへんねんもん。な。女の決意舐めたらあかんで。ヒステリックとか理想主義とかやなくて、ほんまにただ、あそこにおるから。眠らんと、座ってるから。分かった? さすがに婚約者とかはまだおらんやろ? とにかく撮影頑張ってや―。私は八雲君の事まだ好っきゃねん。ドン引きやろ。二年も経ったのにな。そういう言い訳とかも全部するから。そん時に。泣けへんかった分も泣くから。そん時に。分かった? なんで、切らへんねん。それが八雲君の答えや、思うてまうで。私、妄想女やから。ホームレスだって夢見るんやで、きっと。生活保護受けんとわざわざロマン求めてそうしてる人もおるんやって。何の話や。はよ切りーや。聴いてた? 撮影なんやろ? じゃっ! ほんまに私はおるから。百万円かけたるわっ! そんな貯金ないけどな。何か言う事ある? 


大丈夫かなと思って。


それだけ? ほんまは私の倍ぐらい思てる事あるんちゃうん? まあ、それは公園で話そ。じゃ、切るでっ。ほんまに切るな? じゃ、ほな、また後で。ごめんなっ。


四月や。もうそんな寒ないわ。

(了)



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