バイバイ、名探偵
20畳ほどの洋室の広間。そこに集まる全員の視線が、中央で倒れる男性に釘付けとなる。
つい今しがたまで御自慢の推理を披露していたその青年に、最早、息は無い。
……生兵法は怪我の元と言うが、まさにその通りだ。声高に罪を暴きさえしなければ、殺されることも無かっただろうに。
軽い嘆息を漏らしながらも、私は広間に集まった人々を順番に眺めていく。全員が一様に暗い顔をしていた。
まぁ、目の前で人が殺されたのだから、当然だろう。それとも、彼が放った今際の言葉にショックを受けているのだろうか。……どちらにしたって、それは衝撃的だ。
だから私も、なるべく目立たない様に広間の状況を確認する。
稜線に沈む茜色の太陽は、破裂寸前の爆弾みたいに、締め切られた窓の向こう側で真っ赤に燃え上がっている。地上3階の高さにあるその窓から脱出することは困難だろう。
そして、広間と廊下をつなぐ唯一の扉の前には、侵入者を拒む様に長机と椅子が積み上げられていた。
不意に、一人の中年の男性が数歩前に踏み出した。顔は真っ赤に紅潮し、手には大きなガラス製の灰皿を持っている。
――瞬間、骨の砕ける鈍い音が広間に響く。
中央に鋼鉄製の鉄球が仕込まれたシャンデリアが、彼の頭蓋を砕いた音だ。飛び散る破片から身を護る様に、私は両腕を顔の前で交差する。
そんな時だ。腕の隙間から、年若い女性の身体が天上に向かって吊り上げられる姿が見えた。
彼女の頸には細い鋼鉄製の鎖が巻き付いており、それは天井を通って、床の上に落ちたシャンデリアの上部へと繋がっていた。
……あとは、阿鼻叫喚。
腰を抜かして後退する中年の女性は、扉脇にあった100キロは下らないであろう壺に頸をへし折られ、鍵の掛かった窓を蹴破ろうとした青年は、その窓枠に手足を搦め捕られたまま頭部より地上に激突した。
――気付いたら、私一人になってしまった。
「案外、名探偵ってつまらないんだね」
誰にともなくそう言って、全員の死亡を確認する。ちなみに、彼等と私の付き合いは1週間。
名探偵だと言ってこの家に招かれたのが3日前で、ちょうど手ごろな家族がいたから、脅迫状を送って家長を殺したのが1週間前。
まぁ、ちょっとした暇つぶしにはなった。
「そう言えば、この人だれだろう?」
広間の中央で死んでいる青年から、帽子を剥ぎ取って被ってみる。
「チェックのディアストーカーか。あなた、実は本物? ふふっ……バイバイ、名探偵さん」