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お狐様は晴れ舞台に雨傘を。

作者: 長良川長柄


 これは異世界の、名も知らないとある旅人のお話。


 ボクはこの異世界で、流離いの旅人として生きている。

 旅を始めた理由はなんだっただろうか。今となっては遠い昔の事なので、記憶の奥底に埋没されてしまい思い出すことも叶わない。

 けれども、旅を始めた理由が何であったか大体の見当はつく。「何か」から逃げるため。である。

 その「何か」が何だったのかは思い出すことは出来ないけれども、今の自分が得体の知れない「何か」

から逃げるために旅をしているのだから、あの頃の自分もきっと同じであろう。


 とは言え旅をするだけでは、旅先で出会える風景に胸が膨らむ事はあっても腹が膨らむ事はない。

 煩悩に塗れて私欲のままに旅を続け、見えない何かから逃げるかのようなボクは、霞だけを食べて生きていける仙人ではないからだ。


 そんなボクは、旅先でちょっとしたお仕事をする。世の為人の為ではなく、得たお金で自分の胃袋を満たし明日も今日も同じく何かから逃げる為に。


 その仕事とは、いわゆる何でも屋である。道行く人が困っていたら手を差し伸べて、善意から雀の涙ほどの金を頂戴する。ただの偽善と言うやつである。

 やらない善よりやる偽善。この言葉はボクの今の生き方を正当化するには充分すぎる戯言であった。


 頼みごとを断るのが得意ではない性格、そしてその行為は決して優しさではなく甘さであるという自覚。妥協案や折衷案を先ずは考える思考回路、そして人並みにはある手先の器用さ。

 そんな事もあってか成り行きではあるが旅をしながら何でも屋として駄賃を稼ぐようになっていた。



 そんな宛ての無い旅の道中、ボクは少し不思議な村へと足を踏み入れた。

 山を越えた途端に明らかに空模様がおかしくなり、雨が降り始めた。そして、それがただの雨ではない。

 何が変なのかは分からないが、何かが変であることだけは分かる。

 来た道を引き返すことも考えたが、そこは旅人の性。好奇心に釣られてこの村へと進んでいくこととした。

 好奇心猫を殺す。とはよく言ったものであるが、旅人の性には逆らえない。自分が猫で無かった事を有難く思った。

 不気味な雨が降り続く村を歩いてみるが、一向に雨が止む気配はない。ただ、雨脚が強くなる気配もない。

まるで雨が降ることがさぞ当たり前のように、曇天の空がこの村を包み込んでいた。

 突然の雨となったが、傘は旅人の必需品であるから心配は無用である。弁当忘れても傘忘れるな。この言葉は旅人にも通用するかもしれない。


 そんな事を思いながら歩を進めていると、

 「旅の者ですか?」

 そう声を掛けられた。

 愛想よく返事をしようと思ったのだが、あまりも突然であったので咄嗟に声が出ず無言で頷くだけとなってしまった。

 悪い印象を与えてしまっただろうか、そう思ったが声を掛けてきた老人は笑顔で話を続けた。


 「この村に旅人が来るのは久々です。貴方も、この村の奇妙な気候を見にやって来たのですか?」

 「……奇妙な気候?」

質問に質問で返す形となってしまったが、老人は構わず話を続けた。

 「この村では、有史以降一度たりとて日差しが注がれたことが無いのです。」

 「つまり、晴れた事がない。と?」

 雨が降らないという村は耳にしたことはあるが、雨が止まないという村は聞いたことさえ無くにわかには信じ難かった。しかし、老人は淡々と話を続ける。

 「そういう事です。雨が止むことさえ年に一度あるか無いか、常に空は厚い雲に覆われていて雨が降り注ぐんです。盆も正月も祭りの日も結婚式の日も、晴れ舞台の日であっても陽が差す事は遂に無かったのです。」

 「そしてこの村はこの特異な雨を利用する為に、もうすぐダム湖へと沈みます。」

 そう老人は言った。何処か悲しそうな口調であったが何処か諦観しているかのような、そんな口調であった。

 「そうなんですか……。」

 我ながら酷い相槌だとは思うが、あまりにも衝撃的でにわかには信じがたい話であった為返す言葉も思い付かなかった。

 少し暗い顔をしてしまったせいか、老人は少し申し訳なさそうな顔をしながらも更に話を続けた。

 「暗い顔をしなくても、地域にとって役に立つ存在となる訳ですからそこまで悲観する事ではないのですよ。この村では日が差さないせいで農作物は一切育たなかった、そんな村を助けてくれたのは地域の他の村だった。だから今度はこうしてこの村は恩返しをするだけです。この村にとっても、それが本望だと思いますよ。」

 老人は、笑みを浮かべながらそう話してくれた。

 「ちなみに、この村が沈むのはいつなんですか?」

 会話を続けようと思い、とりあえず思い浮かんだ質問をぶつけてみる。知ったところで何にもならない下らない質問ではあったが、老人は言葉を続けた。

 「村に残る最後の一人娘がおりまして、その娘がいよいよ来週嫁ぐ事になりまして。娘が嫁げば、いよいよこの村に残る者はおりません。」

 「貴方はその後どうするのですか?」

 「私は村から出ていった息子がおりまして、その息子の元で暮らすつもりです。他に僅かに残っている村人達も、同じように家族の元で暮らすそうです。」

 最後の一人娘が嫁げば、この村には誰として残らずそしてダム湖へと沈む。雨が止まないという事を抜きにしても、凄いところへと足を踏み入れてしまったな。そう思っていると今度は老人からボクに対して質問が飛んできた。

 「貴方はどうして旅をしているのですか?」

 在り来たりな質問であったのでボクはいつも通りに答えた。

 「特にはありません。ただただ放浪して、その出先で仕事をしてその駄賃で旅を続けているだけです。」

 「仕事?何をされているのですか?」

 これまた在り来たりな質問が来たのでいつも通りに話を続ける。ここで何か依頼でも受ける事が出来れば、今日明日の宿代にはなりそうだ。

 「一部では、何でも屋。なんて言われています。

簡単なことしか出来はしませんが、道行く人のお困り事を聞いて手を差し伸べています。それのお礼で駄賃を頂き、旅の資金に充てているという感じです。」

 そんなボクの話を聞いて、老人は優しい口調で冗談めかしく、けれども何処か想いの篭った口調で話し始めた。

 「何でも屋。ですか。ならば、この村を晴れさせて青空をもたらすことも可能なんでしょうか。」

 返答に困っているボクを見て、老人は笑いながら話を続けた。

 「ただの冗談ですよ。天候を司るなど、神の領域のお話ですから。」

 と言ってまた笑ったが、何処か遠い目をしているように見えた。

 こんな依頼は、ボクには到底叶える事は出来ない。恐らく、神を騙る者に同じ依頼をした事があるだろう。そして結果は伴わなかった。その時の落胆を繰り返すわけにはいかない。

 その依頼は受けられません。冗談だと前置きはしているが改めて断っておこう。そう思い口を開こうとしたがそれを遮るかのように老人は言葉を続けた。

 「失礼しました、本当の依頼をしましょう。来週の挙式、一人娘の旅立ちを一緒に見届けてはくれませんでしょうか。こうして出会ったのも何かの縁です、この村の最後の客人になってください。生憎この村には宿が無いが、うちの客間を使ってくれればいい。」

 そう言われて断る義理はなかった。一週間分の宿代が浮く、それだけでも充分すぎる。

 「ボクなんかで良ければ。」

 そう答えて、ボクはこの村の最後の客人となった。

 



 老人の家は、大きなお屋敷であった。大きな庭に離れもあり、そして納屋。ボクのような貧乏人なら納屋だけでも充分暮らせるほどの、いかにもな豪邸であった。

 しかし、庭に大きな木は全く生えておらず少し殺風景であり、そして屋敷も至る所が継ぎ接ぎで修繕されていた。

 「とても立派なお屋敷ですね。」と月並みな感想を言葉にすると、それを聞いた老人は、「そんな良いものじゃあないよ。」と言い言葉を続けた。

 「植物、生物にとって水というのは何物にも代えがたい重要なものではあるが、それだけがこうして過剰にあるような場所では生きていくことは出来ない。定住するために必要な家も、こうしてすぐに腐り始める。だから修繕を繰り返していても追い付かない。」

 「最も、この村から出ていくことを決めてからは最低限の修繕に留めているから、更にみすぼらしい姿になってしまっているんだが。」

 ここは定住してはいけない場所であるから、こうして立ち去るカタチになったのは自然の摂理である。そういう意図が込められているように感じた。いや、そう思い込もうとしているのかも知れない。

 そう思いながら屋敷の敷地に足を踏み入れ、家屋の中へとお邪魔する。するとまだ幼げな少女が出迎えてくれた。まだ十代も半ばぐらいの、可憐なお嬢様だ。

 「おじい様、おかえりなさい。あら、そちらの方は?見慣れない顔ですけども。」

 「旅の御方だ、縁があってお前さんの門出を見送ってくれることとなった。その日までこの家で泊まって頂くことになった。」

 この幼げな少女が、村に残った一人娘。嫁ぐにしてはまだ幼くないか?そう思ったがそれ以上に奇怪な点が一つあった。


 少女は何故か、大きなお面を付けていた。それはそれは古風な狐のお面を。


 しかし、仮面越しであってもこの少女が可憐であるという事は分かった。素顔を一目見てみたいものであるが、この村の風習かも知れないと思うと迂闊に口には出せなかった。

 その日から、この少女とはここ老人の家で暫く屋根を共にすることとなった。

 仮面を付けた少女と老人には本当に善くしてもらった。こうしたぬくもりを感じるのはいつ以来であっただろうか。もう思い出すことも出来ない程昔の事だった気がする。

 屋根を共にし、一緒に食卓を囲むと不思議と距離は縮まるようで、彼らはボクにこの村の事を色々と話してくれた。そして、最後に残った一人娘の事も。

 話を聞くと、少女は老人の͡娘では無いという。

 「あの子は、この村の入り口に一人佇んでいた。仮面を付けたまま、雨が降っているというのに傘も差さずに。」

 「彼女もボクと同じく、旅人だったんですか?」

 「いいや、恐らく違う。なんせ彼女は記憶を失っておってな、声を掛けた時は返事もせずに頷くか首を横に振るかのどっちかだった。」

 そんな少女を、記憶が戻るまでと思い家に招き入れたら気付けば今のような事になっていたと言う。

 「そういえば、彼女はあの仮面をずっと付けているんですか?」

 今なら聞けるだろうと思い、仮面の事について質問してみた。老人なら何か知っているだろうと思い、それが無礼な質問だったとしても態度が急変することは無いだろうと思ったからだ。

 しかし、回答は意外なものであった。

 「いいや、見たことがない。」

 意外そうな顔をするボクの顔を見て、老人は言葉を続けた。

 「村に来た時からずっと付けておって、外したところは見たことが無い。どうやら、額に大きな傷を負っているらしくてな、それを隠すためのお面らしい。」

 一度は素顔を拝みたいと、そう思ってはいたがこればっかりは仕方がない。外せと言うのは酷な話である。挙式の時に見れるのではと言うのも期待薄であった。

 同じ屋根の下、同じ食卓を囲い他愛もない話をする。そんな日が何日か続けば、いよいよ少女の嫁入りの日が目前に迫っていた。



 いよいよ少女の挙式が明日行われる。それが終わるとこの村もいよいよ終わりを迎え、そして再び宛ての無い旅が始まる。そう思うと中々寝付けずに気付けば丑三つ時を回っていた。

 相変わらず止まない雨の中、少し散歩をすることとした。明日の挙式が終われば、文字通りこの村に足を踏み入れる事は出来なくなる。この目でこの村の景色を少しでも多く焼き付けておきたい。ただ、それだけが理由ではなかった。

 誰かに呼ばれている、導かれている。そんな気がしたのであった。真夜中、雨音以外静まり返った村の中を導かれるままに歩を進めた。

 村の中を歩いて公園のような場所へと出たとき、前方に人影が見えた。雨が降り続き、闇に呑まれている中でもそれが誰なのかははっきりと分かった。

 「お嬢さん。」

 そう呼び掛けると彼女は仮面越しに笑いこちらを振り返って、

 「お待ちしておりました。」

 そう、言った。



 「こんな時間に御呼び立てしてしまって申し訳ございません。」

 と、彼女は頭を下げた。が、ボクは彼女に呼ばれた覚えはない。ボクが不思議そうな顔をしていると彼女は笑みを浮かべて、

 「少し、お話がしたくて。よろしいでしょうか?」

 そう言った。

 不思議なことに恐怖は一切抱かなかった。どうせ寝付くことは出来ないので断る義理も無い、黙って頷いて彼女の言葉を待った。

 「この村が無くなってしまうのは寂しいですね。」

 ボクは再び黙って頷いた。

 「おじい様には本当に好くして貰いました。感謝してもし切れない程です。」

 彼女は言葉を続ける。

 「おじい様のために、最後に恩返しがしたい。そう思っていたのです。」

 「……旅人さん、貴方は確か何でも屋さんでしたよね?」

 再度ボクは黙って頷いた。

 「旅人さん、おじい様への恩返し、何がいいか教えてくれないでしょうか?」

 そう言われたとき、ボクは自然と口が動いていた。

 「この村が晴れる姿を見たい。老人はそうおっしゃっていました。」

 老人は冗談だと言っていたが、それが本当の願いであることをボクは確信している。

 しかし、こんな年端もいかない少女には叶えることが出来る筈のない願いである。何故、口に出してしまったのか。後悔の念が押し寄せてきた。

 そんな願いなぞ、誰にも叶えることは出来ない。叶えることが出来るのは、天候を司る事の出来る神様ぐらいのものだ。そして、神様以外でその願いを叶える方法があるというのなら、今までに誰かが叶えている筈である。

 それなのに少女は安堵したような表情を浮かべて、

 「それがおじい様の願いなんですね。ありがとうございます。これでやっと恩返しができます。」

 そう言った。



 仮面越しに笑う彼女を、月明かりが照らしていた。そんな気がした。  



 そして結婚式当日を迎えた。天気は相変わらずの雨であった。

 最後の一人娘が旅立つ日と言うこともあって、この村から街へ出ていったかつての住民達も帰って来て盛大な結婚式となった。そしてその参列者全員が傘を差している姿を見たとき、ボクは何ともいたたまれない気持ちになった。

 今日も変わらず雨が降る。それを当たり前かのように受け入れることは、僕には出来なかった。

 少し暗い顔をしながら、結婚式の中に独り部外者として参列し雨の中の晴れ舞台を見守る。

 そうして、雨か涙か分からない水で顔を濡らしていた時の事だった。彼女の声が聞こえた。



 「旅人さん、願いを教えて下さってありがとうございました。」


 と。



 「……え?」


 今から何が起こるのか、全く何一つとして理解できなかったが、「何か」が起こるという事だけは分かった。

 

 「おじい様、私からの恩返しです。」 


 彼女がそう言って仮面を外すと、雨が降り注ぐ中、

 陽が差してきたのである。そう、天気雨である。



 驚いた私は仮面を外した彼女の顔を見る。そして、


 嗚呼そうだったのか。


 と、納得した。


 天気雨、別名狐の嫁入り。


 だから彼女は自分が嫁入りする今日を、晴れされることが出来たのだった。







おしまい。

原案自体はもう5年ぐらい前からあった今作、とりあえず一本に仕上げました。

この物語を軸に、色んな作品を書くことが出来たらいいな。と思います。

書きたいことを書き切って、満足したタイミングであとがきもしっかり書きたいと思います。

とは言えこれが私にとって正真正銘の処女作、こんな簡単にはじめてを棄てる日が来るなんて。

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