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05.『嫁』と『契約』

 ごく自然に手を差し出してきたギルに、触発されたと言いますか。


「そう! それ!」


 恋人繋ぎをしたら、朗らか笑顔をいただきました。


「それって言うからには、これもシナレフィーさんたちがしてたんですね」

「二人で歩いてる時は、これかミアがシナレフィーの腕に掴まっているかのどちらかだな」


 あ、身に覚えのある二択。もっとも、昨日は普通にギルと手を繋いでいたけれど。

 てくてく

 知らない街なので、ギルに大人しく付いていく。

 でも幾ら知らない街でも、大きな目印は目に入るわけで。

 明らかに城から離れていっております。デート定番、「遠回りして帰ろう」を実行中なようです。


「私はまだ、ミアさんが腕に掴まっている方しか見てませんね」

「移動の時は、大抵そっちだな。手を繋いでいるのは、散歩とか歩くこと自体が目的な時が多いみたいだ」


 なるほど。だからシナレフィーさんたちの恋人繋ぎは、目撃出来てないのか。今朝、廊下で会ったのも、朝食を取るために食堂までご一緒した時だったし。

 ミアさんがシナレフィーさんの腕に掴まって寄り添って歩く姿は、絵画のようだった。恋人繋ぎも是非見てみたい。


「にしても、あれな。最初は目を疑ったよ。シナレフィーは束縛を嫌うから、精神的どころか物理的に自分を捕まえさせるなんて、考えられなかった。昔から女にモテるくせに、「優先順位が低い」なんて言って、片っ端から女たちを振ってたのも知っていたし」


 そう言えば今日の朝食で、ギルとシナレフィーさんは幼馴染みだと言っていた。

 竜同士の幼馴染みか……付き合いが果てしない年月になっていそう。


「それなのに今は、ミアが最優先になって。時々俺の用事も後回しにされるくらいだ。まあ、俺もサラに会って、あいつの心情がわかったけど」


 不意に、ギルが立ち止まる。

 他より道幅の広い通りに出ていた。城へと繋がる大通りだろう。


「サラはどうだ? 少しは俺を好いてくれているのか?」

「えっ……?」


 呑気に道の先を見ていた私は、いきなり落とされた爆弾に、ギルを振り返った。

 世間話の延長として聞いてきたと思っていた彼は、予想を裏切って真剣な表情をしていた。

 そして――不安げにしていた。


(ちゃんと、好きだよ)


 そう言いたいのに突然のことで言葉にならなくて。でもとにかく不安は払拭してあげたくて、私はコクコクと頷いてみせた。

 それでも何とか伝わったらしい。ギルは、ぱぁっと表情を明るくした。


「それなら良かった。勇者との契約を外すためとは言え、勝手に嫁にしてしまったからな。実を言うと、少し気にしていた」

「勇者との契約?」


 初めて耳にした話に、思わずギルの言葉を鸚鵡おうむ返しする。


「勇者の一族には、身内の死に反応して効力を発揮する指輪が伝わっている。何でも、すべての能力が大幅に上がるとか」

「身内の死に反応って、勇者が持つ割には呪われたアイテムっぽいんですが」

「呪いなんてものは、完全に主観だからな。勇者が抜こうとしていた森の剣だって、そうだ。『竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)』、勇者からすれば聖剣でも、俺たちからすれば魔剣だ」

「確かに」


 身内の死に反応して効力を発揮する指輪なんて、ギルが言うように呪いにしか思えない。けれど、勇者側には女神の慈悲とか、綺麗な言葉で誤魔化されて伝わっている可能性がある。


「そんなわけで、サラに施されていた結婚の契約を強引に破棄してやった。それ以上の効力がある契約で」

「それがギルが私を嫁にした理由……それじゃ、『運命の相手』というのは……」


 言葉の綾とかそう言う?

 それはまあ、いきなり嫁と言いだして可愛がりだして、考えればおかしい事態だったわけだけど……。

 理由を知りたいと思っていたのに、いざ理由を聞かされたら凹んでしまった。


「助けを求める声に呼ばれて行ってみれば、その先で勇者の企みを阻止することが出来た。俺に助けを求めたお前、そんなお前に助けられた俺。そんなの、『運命の相手』だろう。他の男との契約をぶち壊しくらいするさ」


 ん? あれ? 思ってた展開と違う。

 『運命の相手』は、やっぱり運命の相手で。それは変わらなくて?


(あ、そうか)


 落ち着いて考えてみれば、どうしても私の契約を破棄しないといけない理由なんて、ギルには無い。勇者の身内として殺されるのが困るだけなら、契約付きのまま回収して、隔離なりなんなりをすればいいだけの話なのだから。

 つまりギルは――


「ギルは、相思相愛の意味で『運命の相手』だと思ったから、私を嫁にした?」

「ああ、そうだ」


 ギルが胸を張って即答する。そう言えば、初日にそう宣言した時も彼は得意気だった。

 あの時は、ただどうしてそうなったのかと驚いただけだったけれど。

 ギルの真意に、心がじんわりと温かくなる。

 それと同時に、頭の隅に追いやっていた胸の引っ掛かりが、顕在化する。


「……私がギルに助けを求めたのは、本当に偶然なんです」


 私は、どんどん大きくなっていくそれを、ギルに打ち明けた。


「勇者が悪なら魔王が正義でしょう、みたいな。ただそんな理由で。だから、ギルにそんなふうに思ってもらえる資格なんて、本当は――」

「はははっ」


 段々と小さくなっていった私の声が、ギルの笑い声に掻き消される。


「何だ、そんなことを気にしてたのか。知ってるさ、偶然なことくらい。でも、それがどうしたんだ」


 クシャクシャと頭を撫でられ、俯いていた私の顔はその反動で上向かされた。

 私を見下ろすギルの深い青の瞳に、釘付けになる。


「俺がお前と偶然出会って、お互い偶然助けられて。俺がお前を偶然好きになって、お前も偶然そう悪い気はしていなくて。別に全部、偶然でもいいじゃないか。俺は何も困らない」


 あっけらかんと言ったギルの、台詞に負けない清々しい表情に、私は呆けて彼を見つめた。

 次いで、彼の言葉がストンと私の胸に落ちる。

 それが『運命の相手』の条件なら、自分にも当て嵌まる。私も「彼を好きになった」ことには「困ってない」。

 ギルを好きだと思うことに、引け目を感じなくてもいい? 

 あ、何だか顔が熱くなってきた……。


「……いつの間にギルと契約をしたのか、全然わかりませんでした」


 ここは「私も好きです」と返すところだろうに。私の意気地なし!


「俺が先に名乗って、お前が名乗り返しただろう。魔王が先に名乗るのは、婚姻の時だけだ」


 まさかの、第一声が結婚宣言。

 確かに、大体は立場の偉い人が後から名乗るわけで。でもって魔王より立場が上というのは、いるとしても神くらいだろう。だとすると、なるほど。『魔王から先に』という行為は、特別感がある。


「そんなわけだから、これはデートなんだ。好きな女を誘っての、れっきとしたな」


 ギルが私を好きで、私もギルが好きで。そしてこれはデートという。


(これって、ギルと私は恋人同士と思っていい……?)


 ギルはまだ、私の頭をクシャクシャと撫でている。


(あれ、ちょっと待って)


 恋人同士……違う、そうじゃない。

 ギルは私に結婚の宣言をした。

 ギルは私を『嫁』呼びしている。

 私は――好きなギルと結婚してる!!(今更)


「魔物攫いの件も解決したし、今度少し遠出してみるか? 精霊の村あたり、また毛色が違って面白いかもな」


 心の整理で忙しくしていた私の耳に、ギルが余裕の態度で次のデートプランについて話を振ってくる。

 小憎たらしい。でもそこがまた格好いい!


「精霊の村ですか。幻想的な光景が見られそうですね」


 バクバク落ち着かなかった心臓は、今度はワクワクして弾みだした。私のツボを突きまくってくるギルに、いつか殺されるかもしれない。『キュン死』とか『萌え死』とか呼ばれる、あの死因で。


「サラは、本当は人間の街の方が楽しめるかもしれないけど……」

「いえ、精霊の村の方が行きたいです。人間の街は、珍しい品物は売ってるかもしれませんが、そういうのだと私が元の世界で外国に行ったのと大差ないと思うので」

「――そうか。サラは違う世界から来たわけだし、そこが重要か。うん、どうせならここでしか出来ないことを、させてやりたいよな」

「今日の『カルガディウム』観光も楽しめましたよ。ああいった様式の建築は、元の世界には無いので」

「へぇ、そんなところからして違うのか。それなら精霊の村も気に入ると思うぞ」


 ギルが心底嬉しそうに言う。

 彼の中で、精霊の村で喜んでいる私が見えたのかもしれない。


(この人は、私のことでそこまで嬉しいと思ってくれるんだ)


 『ここでしか出来ないことを、させてやりたい』。

 この世界と元の世界の一番の違い、それはギルがいるかいないかだ。


「ギル」

「うん? ――おわっ」


 私は繋いでいた手を離し、バッとギルの腰に抱き付いた。


「え? サラ? え?」

「……ここでしか出来ないこと、しています」


 ギルを慌てさせてみたい気持ちもあった。でも、それ以上に自分がこうして見たかった。


「お、おう、そうだな。なるほど、なるほどなー……」


 ぎゅう

 ギルの背中で腕をクロスさせ、密着する。


(ひゃっ)


 頭にあったギルの手が、私の背中まで降りる。もう片手は、私の腰に回された。

 う、わぁ……自分で抱き付いておいてだけど、恥ずかしい!

 壁に頭をぶつけたいところを、代わりにギルの胸に額を擦り寄せる。


「……サラ」


 ぞくりとする色気のある声が耳元でして、私はピタリと動きを止めた。

 私の背にあったギルの手が肩に移る。


「これから、キスは唇にしても?」

「……っ」


 そういう声も出せたんですね!?

 結局、慌てさせられるのは私なわけで。知ってた!


(わ、わ、わ)


 ギルの手が、首を辿って、頬まで来て止まる。

 その『これから』は今これからなの? ここでしちゃう? されちゃう?


(でも、してもいいかと聞かれたら、駄目な理由は無い……よね?)


 私はそろりと顔を上げ、


(あ、駄目な理由あった)


 そこで自分たちが、いつの間にか周りにいた魔物たちの注目を浴びていることに気付いた。

 可愛い動物のような容姿から、如何にもなキマイラまで。皆一様に遠巻きでこちらをガン見というこの状況。中には結構近くで見物している猛者までいた。

 そうでした。ここ、往来の真ん中でした。

 城へ続く大通りで、その城の主(つまり有名人)がイチャイチャしている。それは注目も集めるというもの。

 公開処刑はご容赦願いたい。私はそっとギルの肩を押し、呑まれかけたピンクの雰囲気からの脱出を図った。


「……二人きりの時なら」


 目に見えてしょぼくれたギルの、フォローも忘れない。

 途端、ギルに元気が戻って、


「じゃあ、予約な!」

「わぁっ」


 私を肩の高さまで持ち上げたギルが、その場で一回転。


「サラは俺の嫁だ。皆、歓迎して欲しい!」


 観衆は大歓声。

 飛び交う祝福の言葉。

 しまいには拍手まで巻き起こる。

 上機嫌なギルに、私まで自然笑顔になった。


(何だか、結婚式みたい)


 森で花嫁衣装を着せられた時よりも、ずっとそう思えた。


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