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04.システムという名の特殊能力

 翌日の朝食後、一回目のキスの時間こめかみにを経て、私はギルの執務室に来ていた。

 「頼みたいことがある」とギルに言われてから、数分。


「えーと……何処やったかな」


 ギルは目当ての本が見つからないらしく、本棚の前をうろうろとしていた。


(うーん。多分……いや絶対、コレだと思うな)


 部屋の入口付近で待ちながら、私は自分の頭上に浮かぶ半透明のミニマップを見上げた。

 そう、ミニマップ。よくゲーム画面で見かけるアレである。

 これは今朝表示されていることに気付いた。昨夜までがオープニングで、今朝から本編に入った的な変化だろうか。

 ミニマップの下方には、メニューウィンドウも出ている。『アイテム』、『ステータス』、『魔法』など、定番の項目が並ぶ。残念ながら『魔法』はグレーアウトしていて、使えなさそうだが。

 キラキラ

 先程からミニマップ上で光り続けている場所へと、私は近付いた。

 すると目の前の本棚には、同じように光を放つ本が。

 その本を手に取る。と同時に、手の中の本からもミニマップからも、光はフッと消えた。

 うん、やっぱり。ゲームでお馴染み、イベントマーカーぽい。


「ギルが探してるのって、この本ですか?」


 私が本をギルに見せると、振り返った彼は目を見開いた。はい、正解。


「えっと、『オプストフルクト植物図鑑』」

「古代語が読めるのか!?」


 駆け寄ってきたギルが、本と私を見比べる。


「読めません。けど、アイテムの名称はわかります」

「ごめん。ちょっとサラの言ってる意味がわからない」


 うん。私も立場が逆ならそうだと思う。

 私が読み上げたのは本の表紙の文字ではなく、『アイテム説明欄』の文章なのだから。


「そうですね……。実物の文字は読めないけど、手に取るとそれがどういったものかが別の方法で文章として見える、という感じでしょうか」

「う、うーん……精霊言語の逆バージョンか? あれはこちらが精霊に働きかけるためのものだが、サラのは精霊が知り得た情報をサラに見せている……?」

「そういう感じかもしれませんね」


 全然そんな感じではないだろうが、これ以上どうにもならなそうなので、ギルの落としどころに乗っておく。


「私は、皆にも見えるものだと思ってました」

「いやいや、皆に見えたら毒茸どくきのこあたる奴はいなくなる」

「あ、それもそうですね」


 異世界に来たから見えるようになったのかと、普通に受け入れていた。


「本当は、その図鑑の付箋が貼ってある頁を見ながら、触媒の選別をしてもらおうと思っていたんだ。けど、手に取ってわかるのなら、図鑑要らずだな」


 ギルが私を手招きし、ソファーが置かれた場所へ行く。

 ソファーと対のテーブルから二つの植物を取り上げたギルは、それぞれを片手に持った。

 両方とも黄色の花が咲き、茎の一部が大きく膨らんだ形状をしている。ぱっと見同じに見えるが、こうして見せるということは違うのだろう。

 私は彼の意図がわかり、まずはその片方に手で触れた。


「『マルワウリ』。野菜。食べるとHP微回復」


 現れたアイテム説明欄を読み上げる。


「『トトカウリ』。毒草。魔法の触媒として使用される」


 続いて、もう片方もそうする。


「おおぉ……俺の一時間の格闘が、一瞬で。もうそれだけで食って行けそうな、便利過ぎる能力だな!」


 ギルが感嘆の声を上げる。

 確かに、この能力自体が商売になりそうだ。こういった似たものの判別の他にも、ゲームと同じならおそらく『補正効果』も見えるはず。外見は同じショートソードでも、「効果:攻撃力+1」とかそういう。それこそ訓練を積んだプロしか鑑定出来ないようなものが、手に触れた瞬間にわかるとか。何それ、すごい。プレイヤーキャラがいつも特別扱いされるのは、もしやこのシステムという名の特殊能力のお陰だったのでは。


(ん? ということは……)


 チラリとミニマップに目をやる。


「ギル。ここの隣の部屋ですけど、倉庫とか宝物庫とかそういうのじゃないですか?」

「ああ、倉庫だな」

「あ、やっぱり。見えるんです、有用なアイテムが収められている箱が」


 そう、見える。目を引いて止まない、皆大好き宝箱マークが。


「え? 見える? どういう状況だ、それは」


 ギルが倉庫がある方の壁を振り返る。


「いえ、壁を透過してという意味じゃなくて。この辺りに自分を中心とした情報付きの地図が、見えるんです」


 私はミニマップがある宙を指差した。


 ギルが私が指差した空中を、目を凝らして見る。


「さっきのギルが探していた本も、それでわかりました」

「俺が何を探しているのかも、知らないのに?」

「はい」

「お前は神か! というか、滅茶苦茶冷静だな!?」

「私の世界では、割とよく見かける仕様だったので」

「よく見かける!? 手に取っただけで初見のアイテムの判別が付くとか、城内配置が筒抜けとか。俺はお前の世界に、絶対に住めそうにない。頭がおかしくなりそうだ」


 ギルが驚愕の表情で頭を抱える。

 何だか元の世界について誤解を与えたようだけれど、まあいいか。


「あっ、そうだ。これって、私がオーブのある村に一緒に行けば、在処がわかるんじゃないでしょうか」

「! 確かに!」


 瞬時に立ち直ったギルが、バッと私を見てくる。


「ただ、ミニマップはオートマッピングで……えーと、つまり実際に歩いた場所とその周辺しか見えなくて。だからある程度、近付く必要があって。近くなら、さっき倉庫を言い当てたように、部屋に入らなくても中にあるのがわかると思うんですが」

「充分過ぎるほどの能力だ。お前がいれば、魔界に帰れる日も近いな」


 上機嫌でギルが、手にした植物を元の場所に戻す。


「ギルの役に立てそうで、良かったです。それでこの籠に積んである植物を、選別すればいいんですか?」

「ああ、左の布に『マルワウリ』、右に『トトカウリ』で分けて欲しい」

「わかりました」


 ソファーに座るよう勧めた彼自身は他へ移ったため、私は二人掛けの中央に座った。

 テーブルの中央にある籠から、中身を一つ摘まみ上げる。

 『トトカウリ』。右、と。


「サラ。夕方になったら、俺と一緒に街に出よう。いいか?」

「視察ですか? お付き合いさせて下さい」


 執務机の辺りから飛んできたギルの声に、私は彼の方を見て答えた。


「あー……うん、そう、視察。よろしく」


 ギルが私を見て、それから左斜め上を見ながら「笑うな、魔王城」と口を尖らせる。例によって魔王城と、テレパシーな会話をしているらしい。

 ギルの声しか聞こえないはずなのに、魔王城は気の置けない相手なのが伝わってくる。どことなく、ギルがやり込められているような雰囲気も。

 私はこっそり笑いながら、選別作業の途中だった自分の手元に目を戻した。




 途中、昼食を挟んでも、選別作業はまだ陽の高いうちに終わった。

 ギルとしては、数日掛かると思っていたらしい。嬉しい誤算だと言っていた。

 今日の予定としても前倒しになったため、まだ人通り(魔物だけど)が少ない街をギルと歩く。


「どうだ、『カルガディウム』は」


 キョロキョロと落ち着きなく歩いていた私に、ギルは歩調を合わせてくれている。

 魔王城の城下町――カルガディウムは、遺跡っぽい石畳や建造物で構成された街並だった。

 廃墟というわけではなく、元からある遺跡を巧く取り入れた感じの造りだ。RPGで物語の終盤に出て来そうな、高度な古代遺跡なダンジョン。あれを思い起こさせる。


「素敵ですね。こういうの好きです」


 地面や壁の石に刻まれた紋様が光っているという、古代遺跡あるあるデザインに、心が躍る。

 遺跡系ダンジョンは好きで、ゲームでも大抵じっくり内部を見ていることが多かった。そしていつの間にか近くにいた敵に攻撃され、その音で我に返るという流れまでがテンプレだった。


「わっ、やっぱり見た目通りツルツルした感触」


 近くの壁に手を滑らせれば、磨かれた石のような外見を裏切らない触り心地がした。

 ゆっくり眺めることが出来るどころか、こうして触り心地を確かめることまで出来てしまうなんて。魔王側に来た役得だ。


「見回り、ご苦労。どうだ街の様子は」


 ギルが、衛兵っぽい人狼に声を掛ける。


「これは、魔王様。それが、例の魔物(さら)いですが、まだ発見出来ておりません。申し訳ありません」

「いや、先代時代のドンパチのせいで空き家だらけだからな、幾らでも隠れられる場所はある。そう簡単に根城が見つかるとは思ってないさ。引き続き、警戒を頼む」

「はっ」


 人狼兵士がギルに頭を下げ、見回りに戻っていく。


「魔物攫いがいるんですか?」


 彼がある程度離れたところで、私はギルに尋ねてみた。


「ああ。昔から、卵や毛を取るために特定の種族が攫われることがあるんだ」

「……」


 なるほど。ええ、そうですね。攫いました、ゲームで何度も。ごめんなさい。


「それで地方からカルガディウムに呼び寄せたんだが、頻度は下がったとはいえ、それでも魔物攫いの被害は無くならないな」

「魔王城の膝元での犯行となると、取引の価格も高騰しそうです。腕利きがグループを組んでいるのかも」


 仕入れが困難な商品を、ギルドが掲示板に依頼を出して、それを冒険者パーティーが受注。調達クエストと呼ばれる類いだ。


「そうか。カルガディウムに移したら、却って腕の立つ奴が集まってしまったわけか」

「それでも人数は少ない方が、被害は抑えられると思います。犯人を捕まえられなくとも、肝心なのは魔物が攫われないことですから。――あれ?」


 突然、ミニマップに反応があり、私は立ち止まった。

 そちらの方に目を遣ってみる。が、私の背の二倍はある高い壁に阻まれていて、その向こうは見えない。


「ギル。この壁の向こうに大きな建物がありませんか?」


 ミニマップで見る限り、平均的な住宅の三倍は大きな建物がありそうなのだが。


「ん? ああ、先代魔王の別邸がある。今は誰も使っていないが。この壁はそこの塀だな」

「えっ、ここからもう敷地なんですか!?」


 何という豪邸。ここから建物までの距離も、住宅五軒分はありますよ。


「別邸がどうかしたのか?」

「多分、そこが魔物攫いの根城です」

「何だって!? ――あ、例の情報付き地図の能力か?」

「はい。敵が六人と……攫われた魔物が三体いると思います」

「そこまで予想がつくのか!? もう何でもアリだな」


 ミニマップに見えるマークの赤は敵で、白はゲストと考えられる。ギルは味方な青いマークで表示されているし、先程会った人狼兵士は白いマークだった。


「よし、突っ込む。サラはここにいてくれ」

「えっ、はい。わかりました」


 即断ですか。そして単騎で突入ですか。

 さっきの人狼兵士に応援とか――あ、そうだ。この人、魔王だった。それは手助け不要だわ。

 ギルがヒラリと壁を越えて行く。

 ミニマップ上で青いマークが、一直線に建物に向かう。


(あ、地図だとここからもう少し先に門らしきところがある)


 門からなら建物の様子が見えないだろうか。私はその場所まで走った。

 その途中、

 ドッカーン

 豪快に鳴り響く破壊音。


(うわぁ……先代魔王の別邸でそんな音出していいの?)


 確かめるまでもなく音の出所と犯人がわかり、私はさらに急いだ。


「わー……」


 そしてようやく到着した私が見たのは、半壊した豪邸だった。

 元の姿を見ていないので、全部がギルの仕業かどうかの判別は付かない。が、黒い煙が上がっているし派手な音も立てていたし、無罪ではないだろう。


(あれが魔物攫いかな?)


 前庭の芝生に、数人の男女が転がっているのが見えた。

 手足を縛られている格好から、死んではいないことが窺える。

 魔王城に連れ帰るんだろうか。その場合、シナレフィーさんに瞬殺される心配が……。


「サラの言う通りだったな! お前を嫁にして、本当にいいことばかりだ」

「わわっ」


 黒焦げの死体を想像していたところで、戻ってきたギルに頭をクシャッと撫でられた。

 ギルを見る。

 髪の乱れ無し、服装の乱れ無し。

 さすがですね。格好いいですね。惚れ直します。


「魔物攫いたちは、どうするんですか?」

「兵士に連絡して、森に捨ててこさせる。城なんかに連れ帰ってみろ、シナレフィーに灰にされるのがオチだ」


 あ、やっぱり。しかも黒焦げどころか灰まで行くんだ。


「一度捕まえた人間には、印を施してあるからな。印のある人間は、カルガディウムの結界に弾かれる。放しても平気さ」

「それなら安心ですね」


 カルガディウムまで侵入出来る人間は、限られているはず。それを今回、一網打尽にしたわけだから、次の冒険者パーティーが育つまで時間的猶予が作れたと見ていい。


「よし、一仕事終えた」


 ギルがグッと伸びをする。


「この後は、城に帰るまでデートだ」


 そして彼は、そう言って私に手を差し出した。


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