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01.『勇者の花嫁』から『魔王の花嫁』へ

 魔王が帰るなら、当然魔王城なわけで。

 地面に降り立ったギルガディス――ギルに抱えられたまま、私は古城の前庭を見回した。

 蠢く植物の蔦に覆われた、如何にもな外観。幾つか花が咲いており、その花たちが一斉にこちらを見てくる。


(うわぁ……これ絶対、意思がある奴)


 カシムの魔の手から救ってくれたギルは良い人そう(人じゃないけれど)ではあるが、配下の魔物もそうとは限らない。目下のところそこの花々が、ギルから離れたが最後、襲ってきそうな気がする。


「食人蔦たちも、サラに興味津々みたいだな」


 『食人』て言った。『食人』て言ったよ。


「人を、食べるんですか」

「好むのは虫だけどな。身の危険を感じれば、必要に応じてそうする」

「身の危険……」


 それは直接的なもののみだろうか。それとも魔王がたぶらかされていると判断された場合もだろうか。その辺の判定基準を詳しく知りたい。

 というのも実はこの道中、彼のことを『ギルガディス』と呼び捨ててしまったのだ。

 ゲームだと、魔王に限らず王子でも神でもキャラ名そのままで呼んでしまうよね。あのノリでつい言ってしまった。

 勿論、口から出た瞬間に「あ、しまった」とは思って、様付けで言い直した。そうしたら「ギルだ」と訂正され、「はい、ギル様」と答えれば、さらに「ギル。様は要らない」と再度駄目出しを食らった。

 よって恐れ多くも私は今、魔王のことを『ギル』と呼んでいる。

 これ、許容範囲ですかね? 魔王本人からの要望なんですが。そこんところどうなんでしょう、食人蔦さん……。


「お、シナレフィーだ」


 ギルが私を抱えたままで歩き出す。彼は城の入口から現れた青年に、「帰ったぞ」と声を掛けた。

 腰まである紫の髪を揺らしながら、青年が「お帰りなさいませ」と寄ってくる。文官系なのだろうか、知的な美形という印象を受ける。


「人間ですね?」


 ギクリ

 傍まで来た青年の第一声に、私は思わず身を硬くした。

 無表情かつ抑揚の無い声。琥珀色の瞳で私を見下ろしながら、首を傾げる彼。

 これは歓迎されてない。早速歓迎されてない。


「サラ、こいつは雷竜サンダードラゴンのシナレフィーだ」

「えっ、竜!」


 竜ってそれ、絶対強い。今この状況を見て、「人間風情が」とか思っていそう。そして思って当然だから、寧ろこちらが申し訳ない。


「は、初めまして。沙羅、です」


 それでも勇気を奮い立たせ、挨拶をする。『人間から挨拶されたところで不快だ』よりも、『人間ごときが無視をした』の方がやばそうなので、しておく。


「で、俺の嫁なんだ」

「!?」


 え、どういうこと!? いや百歩譲って勝手に決めたとして、でも今それを言っちゃう? この雰囲気で言っちゃう?


「嫁?」


 ギクギクッ

 シナレフィーさんの声にまた身を硬くするも、彼は今度は私には一瞥もくれず、ギルに尋ねた。


「会ったこともないのに俺に助けを求めていたんだ。だから間違いなく、俺の嫁だ」


 得意顔のギルが、胸を張って答える。


(すみません、それ適当に言っただけです!)


 私は心の中で謝罪した。


「へぇ……それは奇遇ですね」


 やはり淡々とした口調でシナレフィーさんが話して、


(んん?)


 彼の一挙一動に注視していた私は、その反応に困惑した。

 賛成反対無関心さあどれだと構えていたのを、AでもなくBでもなくCでもなく、回答はD。シナレフィーさんの言う『奇遇』がわからず、私は続くのか続かないのか不明な彼の次の言葉を待った。


「人間が増えれば妻が喜びそうです。同族にしか分かち合えない部分もあるでしょうから」

「えっ、シナレフィーさんの奥さんて人間なんですか?」


 そのこと自体驚きだが、妻が喜びそうという発言から愛情も見て取れる。

 無表情は、別に「人間風情が」と思っていたからでは無かったようだ。ごめんなさい。


「ええ。散策に出た際に、拾ったんですよ」

「拾った」


 拾った、とは。そんな、綺麗な石を見つけたから持ち帰ったみたいな。

 ああでも竜は美しいものを集めるのが好きというのは、ファンタジーの定番だっけ。

 そう思って見れば拾いそう。この人なら拾いそう。出会ったばかりでありながら、何故だか私の中で確信めいたものがあった。


「それで仕事の話は後ですか? 妃殿下を先に落ち着かせたいでしょう」

「ああ。悪いな、予定より遅れた上さらに待たせて」

「構いません。私もそろそろ妻とキスをする時間です。では後ほど、執務室で」


 やはり無表情のまま、シナレフィーさんが退座する。


「――えっ?」


 それがあまりに自然過ぎて、私が声を上げたのは彼が完全に見えなくなってからだった。


(『キスをする時間』て何!?)


 いや、何かと言ったらそれはキスをする時間なのだろうけれども。


「今日は予定外の場所に三箇所も行ったからな。もうそんな時間だったのか」


 そして「もうそんな時間」と言うからには、彼の習慣なわけで!?

 ぶっ飛んだ理由で席を外す部下。それをれっきとした理由として受理する魔王。

 予想とは違った意味で、人間の常識を超えているね、魔王城。


「俺もサラとのキスの時間は、日に三回でいいのか?」

「えっ」


 貴方もそれ習慣にするつもりですか。というかシナレフィーさん、それやってるんですか。

 ようやくギルが私を地面に下ろしてくれる。そして彼は空いた手で、私の片手を取った。


(わふっ)


 取られた手に寄せられた唇に、変な声を上げ掛けて、慌てて口を閉じる。


「付き合って暫くは唇以外にすると聞いた。合ってるか?」

「あ、う……」


 わかりません! だって異世界人ですもの!

 ああ、でもだからって唇にされるともっと困る……!


「合ってると……思います」


 多分。

 多分、そういう世界なんだろう。そう思うしかない。


「ん? お、部屋の用意が出来たらしい」


 ギルが明後日の方向を見て、口にする。ファンタジーお約束のテレパシー会話だろうか。


「わっ」


 肩にポンッと手を置かれたと思えば、パッと目の前の景色が変わった。

 瞬間移動! ファンタジーのお約束コンボいただきました!


「おお、俺の部屋の隣だな。そうだよな、嫁だもんな。さすがわかっているな、魔王城」


 テレパシーの相手は城!

 城そのものが部屋の用意をするとか。何て画期的で無駄の無いシステム。

 でも魔王の近くに、いきなり得体の知れない人間を置いていいんだろうか。セキュリティ的にそれはどうなんだろう。


「ん? わかってる、わかってる。隣に通じる扉は彼女の許可が下りるまで開けるのは禁止、だろ? 残念だけど、それがまた心躍るな」


 魔王が滅茶苦茶満足げにしてるから、そこが最優先事項なんだろうか。そんな気がしてきた。


「サラの世話役は……やっぱり見た目が人間に近い方がいいよな?」

「そうですね」


 ギルの提案に、私は迷いなく頷いた。

 例えば、さっき見た食人蔦の中身が包容力抜群のおかんだとして、その胸に飛び込めるかと言われると出来る気がしない。見た目、大事。


「よし、じゃあこいつにしよう。リリ、来い」


 ギルが床に向かって話し掛ける。すると直ぐさま彼の正面の床が、ポゥッと発光した。

 次いで、十二、三歳くらいの少女が床からニュッと浮き上がってくる。


「お呼びですか、魔王様」

「リリ、お前は今日からサラの世話に付いてくれ」

「サラ?」


 不思議そうに自分を見てきた少女に、私は「よろしくね」と微笑んでみせた。

 巻き毛な金髪に青い瞳。まるで精巧なお人形みたいな少女だ。


「サラは俺の嫁なんだ」

「嫁……お妃様!」


 ガラガッシャン


「わああああああっ」


 突然リリが崩れ、私は悲鳴を上げた。

 そう、崩れた。分解したとも言う。


「え、ちょっ、え、大丈夫!?」

「大丈夫だ。リリは『呪いの人形』なんだ。驚くとたまにこうなるけど、すぐに元に戻るから」


 あ、本当に人形なんだ。しかも『呪いの』って付くんだ。まあそうだね、魔王の部下だしね。


「お騒がせしました、サラ様。このような大役、リリはとても嬉しいです。誠心誠意お仕えさせていただきます!」


 ギルの言葉通りすぐに復活したリリが、ガバッと頭を下げる。


「もう一時間もしないうちに、食事の用意が出来るはずだ。それまで部屋で寛いでいてくれ。じゃあ、また後で」


 ギルが片手を上げたかと思うと、フッと消えてしまう。

 先程シナレフィーさんと話していた仕事の報告を受けに、執務室に向かったのだろう。


「さあさあ、サラ様。どうぞ、お入りになって下さい。魔王城が言うには、気合いを入れてサラ様の好みにしたとのことですよ」


 ギルがいた空間をぼんやり見ていた私は、リリの声掛けに引き戻された。

 自分が整えたかのように、リリが誇らしげに扉を開ける。


(……これは)


 『気合いを入れて好みに』。リリが言うように、魔王城がものすごく頑張った感は見て取れた。


「部屋の中央に……炬燵こたつ


 魔王城に炬燵。何てシュールな光景。

 座椅子まである。それも四つ。

 残念ながら窓を含め、壁と床は城本来の石造りのまま。炬燵と座椅子以外の家具も、ファンタジー的な洋風だ。故に中央のその一画だけがとっても浮いていた。

 頑張った。魔王城、頑張った。

 部屋に入り、私は真っ先に炬燵に入った。

 どういう原理なのか、ちゃんと温かい。


「あー……色んな意味で、温かい」


 木製の天板に、頬をぺたりと付ける。


「これ、何て魔物ですか……サラ様。リリ、食べられちゃいそうです……」


 隣を見れば、私の真似をしたリリが一瞬にして取り込まれていた。


「これはね、炬燵って言うの。うん、魔物だね。これは魔物」


 特に冬場は強力になる。入ったが最後、出られなくなる。


「コタツ……いいですね~……」

「いいよね~……ありがとう、魔王城」


 自分はテレパシーは使えないだろうが、私はそれでもお礼を述べた。

 そして私はギルが勧めた通り、食事に呼ばれるまでの時間を心ゆくまで寛いだのだった。


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