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18.オーブ奪還

 私たちの前に、壁の次に立ちはだかったのは、石の扉だった。

 中央から左右に分かれて開きそうなデザインのそれは、案の定、普通には開いてくれず。けれど、そもそも取っ手が無い時点で、手動で開く可能性が低いのは想定内。一応試してみただけ。

 本当はこの扉を見た瞬間、「あ、これは」と察していた。おそらく正しい開け方を。

 予想される正解、それは――


「いい? トム、ヤン。「いっせーので」と私が言ったら押してね」


 左右対称になっている扉の装飾を、同時に押すこと。

 私は扉の左側で両手と片足を青い宝石の手前で構え、右を振り返った。

 右側では、ヤンが両手をトムが前足をそれぞれ構えている。準備はOKのようだ。


「じゃあ、行くよ。いっせーの……でっ」


 ピコンッ

 どこか懐かしい効果音がした。

 ゴゴゴ……

 でもってありきたりな音もして、中央から分かれた扉は半分ずつ左右の壁に収まった。

 ビンゴだ。やったね。でももう一度言っておくね。リアルでパズル要素は求めていません。もう他には要らないから、切に。


「あっ」


 開いた扉の向こう、見えた景色に思わず声を上げる。

 木製の本棚と戸棚と机。それから壁から下がったタペストリー。間違いない、私がこの世界で最初に見た――オーブが置いてあったあの部屋だ。


「……」


 何となく、忍び足で廊下と部屋の境界を跨ぐ。

 この部屋の窓は、向かって左側にしかない。先に明るい左を見て、次に右を見る。


(あった)


 薄暗い中、ぼんやりとした光を放つ球体を私の目は捉えた。

 私の目の高さよりやや低い位置、記憶の通りに台座の上にオーブはあった。

 吸い寄せられるように近付いて、


「……っ」


 突如聞こえた人の話し声に、私は思わず足を止めた。


「ご指示通りエリスを森に置いて来ましたが、本当に良かったのですか?」


 声の主は、壮年の男性のように感じられる。

 息を潜め、ミニマップを確認する。階段付近、ゲストを示す白いマークが二つ見えた。

 彼らの目的はこの部屋ではないようで、二人とも階段付近で立ち止まっている。単に会話をする場所として、利用しに来たのかもしれない。所謂、密談という奴をしに。


「以前より活発ではないとはいえ、森には未だ徘徊する魔物も多い。カシムは間に合いますかね」


 そう距離も無い上、向こうは油断しきっているのか普通の声量なので、その内容は筒抜けだ。


(カシム絡みで何かあったの?)


 どうやらイスカでは、ギルの件とは別に何かが起こっていたようだ。言われてみればギルが陽動しただけにしては、静か過ぎたかもしれない。


「別に間に合わずとも、その時はやり直すだけだ」

「長。それは……いえ、そうですね」


 壮年の彼の相手は、もっと年上で老年の男性に感じられた。『長』と呼ばれたくらいだ、予想は当たっていると思う。

 聞き耳を立てながらふと下を向けば、私に倣ってじっとしているトムとヤンが目に入る。そう動かないでいると、ぬいぐるみみたいで可愛い。


「聖堂の人員は?」

「五名当たっています。今のところ例の竜には攻撃の意思は無いようでしたので、そちらの人員にはその場で待機を命じています」

「それでいい。もし姿を現したなら逃すな」

「はい、そのように」

「ああ、そうだ。戻る前に、あの部屋からオーブを回収しておけ。近々ジラフ様がお見えになるという連絡があったのだ。お返しせねばならん」

「わかりました」

(オーブを回収!?)


 まずい。その話の流れはまずい。

 隠し通路を通って来たこの階は、私がいる部屋で行き止まり。もしかしたら部屋に秘密の通路なんてものもあるかもだが、今から見つけ出してそこから逃げるというのは、現実的でない。

 マークの一つがその場に留まり、もう一つがこちらに向かってくる。


「通路が開いている?」


 壮年男性の戸惑った声が聞こえた。寧ろ今の今まで彼がそのことに気付かなかったのが、奇跡だった。彼の歩みが速くなる。


(まずい、まずいっ)


 こうなってしまえば、時間との勝負になる。私はオーブに駆け寄り、台座の上から取り上げた。

 ガシャンッ

 途端に降って来ましたは、鳥籠風の鉄製檻。

 そんなお約束は要らない。パズル要素以上に要らない!


「侵入者が罠に掛かったのか!?」

「トム、ヤン。近くに来て」


 私は直ぐさま小声で二体を呼んだ。

 幸い鉄格子の間隔は狭くなく、人は無理でもオーブは通せる。私は傍まできたトムの口にオーブを銜えさせた。


「トムはそれを持って、そこの窓から出てギルに渡して。ヤンはクンのところまで戻って、クンと一緒に脱出を」


 トムとヤンそれぞれに指示を出す。

 トムならこの部屋にある本棚や机などを踏み台に、十分窓まで辿り着けると思われる。

 ヤンはあの通路の幅なら壁をジグザグに上れるだろう。クンはずっしりしていても鳥なので、窓まで飛べる。


(この場合、足手まといは私だけよね)


 どうやら少しばかり華麗にオーブ奪還とは行かなかったようだ。ここまでの仕掛けは私が解いたので、それとこの失態とで差し引きゼロにしていただきたい。


『陛下に必ずお渡しします』


 トムが心配そうな顔で私に言う。口に物を銜えたままでも話せるって、便利だね。

 トムはそれから予想通りひょいひょいと家具な足場を登って、窓から出て行った。ヤンは既に任務を遂行しに、この場を離れている。


「何だ、魔物!? くそっ、窓から出入りされていたのか」


 壮年男性の声が通路に響く。「出入りされていた」という言い方から、ヤンとクンは上手く逃げおおせたようだ。

 さて、やはり問題は私自身のようである。


(捕まっても、ギルの結界がある内は殺されないはずだけど……)


 カシム強制送還事件からの教訓か、潜入にあたり私はギルにいつもより強めの結界を施された。彼曰く、「俺以外の男はサラにさわれない」そうだ。この状況で私がそこまで焦らないのは、その結界の存在が大きい。

 結界の存在は、カシムに言われるまで知らなかった。しかし今日、念入りにチューされた直後に結界を張りました的な台詞を言われ、「あ、それ」と気付いた次第。

 以前、ギルが暫く帰らなかった時、ギルの魔力が切れ食人蔦の声が聞こえなくなるまでには数日あった。今回はギルが近くにいるのだ、逃げ出せなくともそう間を置かないで彼は助けに来てくれるだろう。なんて素晴らしいセーフティーネット。

 とはいえ、そんな目論みがバレた日にはギルから大目玉を食らうこと不可避なので、自力で逃げる方法を精一杯考えてはみるが。


「ふ……んっ」


 檻の鉄格子に手を掛け踏ん張ってみるも、一ミリとて曲がらなかった。降って来たからには床とは分離するはずだが、重くて持ち上げることも叶わない。


(正攻法が駄目となると……)


 何か別の方法は無いものか。私は打開策を求めてミニマップに意識を移した。


(うわっ、赤いマークに変わってる)


 先程まで白いマークだった二人は、赤いマーク――敵を示す色に変わっていた。

 ただ、壮年男性の歩みは酷く慎重なものに変わっていた。先にヤンとクンを目撃した彼は、檻に捕らわれたのも魔物だと思っているのだろう。


「あの部屋には毒薬が置いてある。必要に応じて使え」

(毒薬!?)


 余裕をかましていた私は、奥から飛んできた声に跳び上がった。

 毒……毒の場合、私の結界はどうなるんだろう。効くの? 効かないの?

 魔物と思っているものに「使え」というなら、投げつけるタイプだろうか。だとすると、皮膚から摂取……煙や霧状で鼻からという線もある。

 結界があっても、ミアさんオススメの美容クリームで肌はつるすべになっているし、リリが寝る前に焚いてくれるお香でぐっすりねむれている。これは、皮膚や鼻から毒薬を取り込んでしまう可能性は十分にあるのでは!?


(何か……何か手立ては――あっ)


 右見て左見て上見て下見て。そこで私は自分が抱えていた本の存在を思い出した。

 そうだ、そうそう。うっかりしていた。


(ここでやるべきアクションなんて、これに決まっているよね!)


 私はオーブが置いてあった台座の上に、持っていた本三冊をドサッと乗せた。

 これで檻が天井まで戻って――

 シーン……

 ――戻らない!? 何故!?

 ここまでパズル要素を繰り出しておいて、ここに来て現実感を出してくるとかナシでしょ。お約束を発動するべきは、今でしょ!

 本の数を、二冊、一冊と変えてみてもやはりウンともスンとも反応しない。変わらない結果に諦め、もう一度三冊を台座に戻す。

 コツン

 不意に、ごく近い場所から音がした。


「……っ」


 再度ミニマップに目を遣る。

 部屋の入口寸前まで来た赤いマークが、私の目に映った。



◇◇◇



 竜から人に姿を変え、地上に降りる。それから俺は村を大回りして、森側からサラが入っていった建物へと近付いた。

 その途中、奇妙な人工物が目に入り足を止める。地表近くにある横並びになった硝子。設置場所が地面とおかしいが、窓のように見えた。


「おっと」


 もう少し近付こうとして、結界に阻まれる。一見村の外に見えるが、さすがに結界の外に建造はしないか。


「こちらでしたか」


 窓から中の様子を探ろうとしゃがみかけたところで、後ろから俺に声を掛けてきた者がいた。


「何だ、シナレフィー。結局気になって様子を見に来たのか」

「気にしていたのは、私ではなくミアです」


 振り返って声の主に答えれば、素直でない切り返しがきた。ミアも気にはしていただろうが、自分もまったく気になっていないわけではないだろうに。


「私の用事は、こちらです」

「お、もう出来たのか」


 俺はシナレフィーから小瓶を受け取り、中身の赤い染料を陽に翳してみた。その鮮やかな発色に、かなり高純度な出来映えと窺える。


「私に割り当てられた仕事は、それで最後ですよね。約束の報酬を下さい」


 シナレフィーが「とっとと出せ」と言わんばかりに、俺に手のひらを出してくる。最初にこの計画の話を持ち掛けた時には、報酬を出すといっても見向きもしなかったくせに。

 俺はシナレフィーの現金さに半ば呆れながら、彼が求める報酬が仕舞ってある亜空間を探った。

 目的の物を取り出し、それを目の前で主張する手に乗せてやる。

 シナレフィーが求めたのは、俺の先祖が書き記した一冊の本だった。竜殺しの剣の製法――それについて書かれた、本。


「ありがとうございます。これでミアに先立たれた時に、後を追えます」


 受け取った本の表紙を大切そうに撫でる幼馴染みに、複雑な心境になる。


「……剣の後始末まで考えておけよ」


 その一方で理解も出来てしまい、俺は彼にそう一言だけ返した。


『陛下』


 用は済んだと踵を返したシナレフィーと入れ替わるようにして、狼族の子がこちらへと走って来た。サラにつけた一体だ。


「オーブか! よくやった」


 彼の口に銜えられてきた宝石を受け取る。間違いない、探していた転移のオーブだ。

 これで必要なものは揃った。サラが戻ったなら魔王城に帰り、後は魔法陣を描けばいい。


「――サラは?」


 そのサラの姿がまだ見えないことに、俺は辺りの気配を探った。

 オーブを持たせた魔物を先に離脱させたとして、そう時間を置かずに彼女も戻って来ていいはずなのだが。


『妃殿下は、檻に捕らわれてしまいました』

「どういうことだ!?」


 狼族の子の言葉に、反射的に問い質す。

 サラにつけた他の二体も、俺の元へと戻って来た。やはりサラの姿は見えない。


『回転する壁と「いっせーので」で開く扉は、妃殿下が見事解決されたのですが』

「いや本当、どういうことだ!?」


 よくわからない報告だが、人間ではなく檻に捕らわれたと表現したあたり、仕掛けられていた罠に掛かってしまったということだろうか。


「助けに行く。お前が出て来た場所まで案内しろ」


 染料とオーブを亜空間に投げ入れる。

 それから俺は、走り出した狼族の子を追った。


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