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14.夫婦円満の秘訣

「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい、ギル」


 魔王城の前庭で、私は今日も精霊の村に出掛けていったギルを見送った。

 ギル一人で彼の地に通って、十日ほどになる。結局、闇の精霊のほこらは破壊されていた。風と水の祠を修繕したギルは、今は行方不明になった闇の精霊を捜索している。


(……今日も、三秒無かった)


 精霊の村から戻って以来、ギルのキスは軽く触れるだけのものに変わってしまっていた。

 この十日間、一日一回ギルは魔王城に必ず立ち寄ってはくれるが、態度はどこかよそよそしい。目が合った時には、気まずいという顔を彼はしていた。

 私はギルが触れた唇を、そっと指で撫でた。

 ギルの態度がおかしくなったきっかけは――


「やはり妙ですね」

「ひゃあっ」


 あの日を思い返そうとしたところで急に話し掛けられ、私は跳び上がった。

 振り返れば、腕を組み考え込むシナレフィーさんの姿が。いつからそこにいたのか、まったく気付かなかった。


「妙って……」


 ギルの態度のことだろうと思いながらも、シナレフィーさんに聞き返してみる。

 ここのところギルは、一日数分しか滞在していない。城周辺の見回りをしているシナレフィーさんはタイミングが合わず、今日ギルを見たのは十日振りになるはずだ。それで「やはり」と言うからには、十日前に既に思うところがあったのだろう。


「それで、何がありました?」


 私の表情から説明は不要と見て取れたのか、シナレフィーさんがすぐに本題に入ってくる。


「ギルの様子が変わったのは……カシムを強制送還させてからです」


 シナレフィーさんは、精霊の村から戻ってきた直後の私たちと会っている。その時の私の格好から、攻撃を受けた――カシムと遭遇したというのは想定の範囲内だったのだろう。直ぐさま、「ああ」という納得行ったという感じの返事がきた。


「陛下がカシムを強制送還ですか。へぇ、珍しいですね。陛下が人を殺すなんて」

「え? カシムは……死んだんですか?」


 寧ろ私の方が、想定外の切り返しをされて戸惑う。

 私は、あの時ギルに「カシムは死んだ」と言われると身構えていた。だから、その台詞が来なかったことに、少なからずホッとしたのだ。


(でも、そう。ギルの台詞に違和感はあった)


 ギルがカシムを攻撃する前の、ツッチーの焦りようを思い出す。それから、隠された視界の外で悶絶していたカシムの声も。

 あの時、私は確かに思った。まるで断末魔のようだと。

 無意識的に、片手で胸を押さえる。

 もうあんな怖い目に遭わなくていいのなら、それは良いことだ。でも――


「強制送還されたなら、死んでますね。勇者の一族は、死ぬと教会で復活するらしいので」

「……ん?」


 何か今、聞こえた。

 殺すとか死ぬとかの話題にそぐわない、こう軽い感じの何かが。


「復活した直後は瀕死らしいですし、そうなると暫くは大人しくしているんじゃないでしょうか」


 あ、やっぱり。聞き間違いじゃなかった……。


「えっと……つまり一度死んだけど今は生きている、と」

「ええ。本人が死を望まない限りは、勝手に何度も生き返るとか。『死を望まない限り』なんて、そんなもの死にかければ自然と生存本能が働くでしょうに。最悪な体質ですよね、さすがに同情します」


 全然、「同情します」な表情でないシナレフィーさんが、サラッと答えてくれる。

 『勇者は教会で復活』。定番中の定番とはいえ、それ本当に再現されているんだ。で、そんなふうに常識のように思われているんだ。うわぁ……。


「ここに妃殿下を降ろした後、精霊の村に戻ったのなら、まあ堪えた方ではないですか? 私が同じようなことをミアにされたなら、復活先の教会で待ち構えて百回以上は殺し続けますよ」

「え……」


 何そのホラー。怖すぎる。

 そう思ってたのが顔に出ていたのか、シナレフィーさんに「竜族は大体、そんなものです」と、これもまた常識のように言われた。ああ、うん。『竜はつがいに執心』も結構定番ネタではありますけれども。


「何にせよ、陛下が人間を殺したのは事実です」

「……っ」


 今度は軽さなど一つも無い声が来て、私の頭はスッと冷えた。

 ギルはカシムを殺した。それは事実。


(そのことをギルは気にしてる)


 シナレフィーさんは、ギルが人間に手を下すのは珍しいと言っていた。ギルも戸惑っていたし、咄嗟に取った行動のように思える。

 人間を殺したことというより、私の同族を殺したことに彼は動揺しているのだと思う。ゲームでは何の感情もなく魔物を討伐していた私が、ギルを前に気まずい思いをした時のように。

 「強制送還した」という表現は、嘘ではないが誤魔化しの類いにあたる。私に対し誤魔化したこともまた、きっとギルは気に病んでいる。


(でもそれは全部、私のためだ)


 ギルがカシムを攻撃したのは、私の格好を見てのことだった。

 私のために怒って、私のために隠した。

 私が謝ったなら、そのことすら彼は自分の責にしてしまうかもしれない。


(それは駄目)


 不安に震えていたギルを思い出す。


「……ギルと、一度しっかり話をしたいです」


 私に安心をくれた彼に、私も安心をあげたい。


「そうですか、わかりました。明日の昼過ぎキスの時間に戻るでしょうから、捕縛の準備をしておきます」

「捕縛……」


 捕縛とは。

 そしてその床に描き始めた魔法陣は、何のためのものですか。


「えっと、よろしくお願いします……?」


 私は一抹の不安を抱きつつも、しゃがみ込んだシナレフィーさんの背中に声を掛けた。



◇◇◇



「え、待って。これどういう状況!?」


 シナレフィーさんの予想通りのタイミングで戻ってきたギルは、前庭で『捕縛』されていた。

 魔王を捕縛する魔法なんて、勇者側は喉から手が出るほど欲しい技術だろう。……これを技術と呼んでいいのか、謎ではあるが。


『お帰りなさい、ギル』

『ギル、会いたかったです』

「何でサラが三人も!?」


 ギルは片腕ずつ、『私』に拘束されていた。三人目の私(本物)は、ギルの正面に、真後ろにシナレフィーさんが立つ。完全包囲網である。

 拘束している二人が魔法生物なのはギルにもわかっているだろうし、彼ならきっと幾らでも振り払える。それでもギルは、大人しく捕まってくれていた。


「何でとは、また。この魔法創造したの陛下でしょう」

「ちょっ、本人がいる前でバラすとかっ。そりゃ俺が創ったけど、俺は眺めてただけで触ったことは無かったから!」


 「断じて!」と弁解するギルに、「眺めてた」ことについて詳しく聞きたい。が、それをすると本題が遠のくので、一旦脇に置いておこう。

 私は一歩、ギルに近付いた。そうしたなら、さすがに彼は私を見てきた。

 ギルは、私が次にどう出るか注目している。

 だから私は、


「わっ。サ、サラ!?」


 ギルの胸に突進し、かつ彼の腰に抱き着いてみた。

 さらに困惑した「だからこれ、どういう状況」というギルの声が私の耳に、あたふたとした様子が私の腕に伝わってくる。期待した通りの反応が嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

 顔を傾けて、頬をギルの胸に付ける。彼の胸に当てた方の耳に、トクトクと早い心音が聞こえた。


(安心する)


 聞いているのは、ギルが生きている音。

 でもそれを聞けるのは、私が同じく生きているから。


「――ギル。あの時、私はカシムに殺されました」


 私の第一声で、そわそわと落ち着きなかったギルの身体がピタリと静止する。


「ギルの結界が守ってくれたけど、それが無かったらカシムの短剣は、間違いなく私の喉を突いてた」


 今も耳に残る、結界が短剣を弾いた音。

 終わったはずの命が、繋がった音。

 そして今は、ギルが息を呑んだ音が聞こえた。


「だから私がカシムを殺したいと思ったと願ったら、幻滅しますか? ――あっ」


 尋ねた途端に、ガシッと両腕を掴まれる。驚いた拍子に腕が緩み、私はギルから引き剥がされた。


「そんなわけない。そう思って、当然だ」


 頭上からギルの声が降ってくる。私は反射的に顔を上げた。

 ギルの両側にいた『私』たちは、いつの間にか消えていた。


「もしそのことで私が、ギルの力を当てにしたとしても?」

「勿論だ。その方が良い。俺を幾らでも頼ってくれ」


 真っ直ぐに私を見る深い青色の瞳に、私が映る。


(あ、こういうの久しぶり……だな)


 思わず見入ってしまい、次いで我に返って恥ずかしくなる。

 顔が火照ほてるのがわかる。けれど、ようやくこちらを見てくれたのだ、ともすれば逃げようとする自分の目をどうにか彼に留めた。

 所在無くしていた両手を、ギルの胸に当てる。

 それから私は、敢えて不安げな表情を作ってみせた。


「それは、間違っていないこと?」

「間違ってない」


 力強い、迷いのない声。

 ハッキリと言い切ったギルに、私は今度は作り物ではない自然な笑顔になれた。


「それなら、良かった。私がギルに、そうさせてしまったから」

「え?」

「ギル。私の代わりに、カシムを殺してくれてありがとう」

「!? サラ、それは――もがっ」


 何かを言い掛けたギルの口を、シナレフィーさんが素早く塞ぐ。

 素早過ぎて、ガツッという音がした。……あ、ギルが若干痛そうな顔でシナレフィーさんを睨んでる。わざとな確率五割以上と推測。


「こういった場面では相手の言葉に乗ってあげるのが、夫婦円満の秘訣ひけつです。――と、以前、ミアに言われました」


 素知らぬ顔でシナレフィーさんが言って、ギルから手を放す。

 解放されてもギルの口からは、「ぐぬぬ」という呻き声しか出て来なかった。そりゃあシナレフィー&ミア夫妻に夫婦円満について説かれたら、説得力半端ないでしょう。寧ろ説得力しかない。わかる。


「折角です、秘訣ついでにこのまま『午睡の添い寝』に行って下さい」

「何さらっと無茶振りしてるんだっ」

「添い寝……いいな」


 ギルの大声に、私の小声が被る。


「えっ……いいな?」


 ついポロッと言ってしまったそれは完全に声量が負けていたはずなのに、いつもの如くギルの耳にはしっかり届いていた。

 聞き返してきたギルに違うとは言えない。かといって、面と向かって「はい」と答える度胸も無い。私は無言で、コクッと頷いてみせた。


「いいんだ……」

「私が勧めたのは添い寝です、陛下」

「何で念を押す。余裕で添い寝出来る。俺の理性はダイアモンドだ」

「燃えたら一瞬で灰ですね」

「い、今すぐオリハルコンにアップグレードする。大丈夫だ」


 この受け答えは、本当に添い寝をしてくれるということだろうか。

 つい期待の眼差しをギルに向けてしまう。


「――やばい、アップグレード完了前に灰になりそう……」

「別にそちらでも秘訣に変わりはないですが」

「シナレフィー、お前はもう黙れ」


 べしっと、ギルがシナレフィーさんの顔面に張り手する。さっきの仕返しだろうな、今のは。

 その手でギルが、城内へ繋がる通路を指差す。


「よしっ、午睡に向かうぞ。サラ!」


 そして彼は、とても昼寝をしに行くとは思えない気合いの入った台詞とともに、私の手を引いて歩き出した。


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