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12.精霊の村

 ギルに横抱きされた私は、上空から森を見下ろした。

 進むにつれて、眼下に広がる緑は青緑へと変わり、今はもう青一色だ。

 その森の中心に、ぽっかり開けた場所が見えた。


「あれが精霊の村だ」


 言って、ギルが高度を下げ始める。

 風圧は無くても降下中の景色は、やっぱり怖い。私はギルの肩に、ぎゅっと掴まった。

 トンッ

 程なくして、地面に着いたギルの足からの振動が、ほんの少し伝わる。ギルは私を、そっと降ろしてくれた。


「わぁ……」


 青白く光る樹が至るところに生え、不思議な紋様の入った石造りの小さな家が疎らに見られる。精霊の村の第一印象は、予想通り『幻想的な地』だった。

 ふと、自分の格好を見下ろす。

 いつもは服装に関して私に自由にさせているギルが、今日は珍しく「これを着て欲しい」と指定してきた青のワンピース。ここに来て、すぐにその理由がわかった。


(なるほど、保護色ね)


 生地の染めの濃淡が、村の雰囲気とよく似ている。これなら遠くから見たなら、風景に溶け込むだろう。ギルの気遣いに感謝だ。

 さて、ここからどこに向かうのだろう。上空から見ていた感じでは、私たちは村の中央付近に降りてきたのではと思う。

 私はギルを見上げようとして、


(ん?)


 その前に、その間にいた小動物と目が合った。

 つぶらな黒の瞳、ヒクヒクする鼻、ぴこっと長めの耳。


(えっ、兎!?)


 私の胸の高さまである巨石の上に、ちまっと小さな兎が。

 明るい茶色のモフモフな毛並み。全体的に丸いフォルム。

 こ、これは……


(ネ、ネザーランドドワーフ……さ、触りたい)


 ついふらふらと伸びそうな手をこらえつつ、ひとまず見つめ合ってみた。逃げる気配は、まったく無い。

 巨石は輪状に並んでいて、その中央にこの子の寝床なのかわらが敷き詰めてある。誰かお偉いさんのペットなんだろうか。


「久しぶりだな、光の精霊」

「精霊!?」


 兎に片手を上げて挨拶したギルを、私は今度こそ見上げた。


「魔王とその嫁御か」


 喋った!

 喋ったよ、ネザーランドドワーフが。何だか偉そうな感じで。

 光の精霊とくれば、やっぱり気位が高い設定なんだろうか。


「ふん、魔王め。この尊きワシを訪ねて来るのに、手土産の一つも用意せぬとは」


 もう一度、ネザ――もとい光の精霊に目を戻す。

 腰に手を当て、ふんぞり返る兎。そんな態度でも、そこには『可愛い』しか存在しない。まさに可愛いの化身。確かに尊い。


「前に土産を持ってきた時、その場で捨てたじゃないか」

「あれはそうして当たり前じゃっ。リアル志向の『木彫りの熊』とか、嫌がらせか!」


 この世界にもあるんだ、それ。

 うん。ネタとして定番だけど、兎向けのチョイスではないね。

 兎向け……兎向けか。


「――ギル、光の精霊さんにレタスをあげてみて下さい」


 私は、コソッとギルに耳打ちした。

 精霊の村では調達は出来ないということで、二週間分くらいの食料をギルの亜空間に入れてきてもらっている。調理しなくても食べられるものということで、パンとそれに挟む具材。果物に素焼きのナッツ等々。どの具材とも相性の良いレタスは、多めに三玉用意してあったはず。


「レタスでいいのか?」


 ギルが不思議そうな顔で、亜空間を手で探る。

 その反応からして、この世界の兎はレタスを好まないのだろうか。

 だとしたら気位の高い光の精霊を、逆に怒らせてしまう? そ、それはまずい。


「それが手土産じゃと?」


 光の精霊が、ギルの手の上にあるレタスにムスッとした顔をする。

 あわわ。見た目で判断してはいけなかった。


「はっ。こんな粗末な植物で、この高貴なワシが喜ぶとでも――美味ぁぁぁい!!」


 前言撤回。見た目は重要。

 すごい勢いでモシャモシャ食べてる。お気に召したようで何よりです。


「しかし、最近世間が騒がしいの。人間が暴れてほこらは壊しまくるわ、エセ精霊は侵入してくるわ」


 光の精霊が一息に喋って、またレタスにかじり付く。


「人工精霊がここに来たのか。どんな奴だった?」

「白い鷹じゃったな」

「王家が飼ってるあれか」

「あ、王都で見かけました。伝書に使われているみたいでした。あれが人工精霊だったんですね」


 私の目には何かの白い物体にしか映っていなかったが、シナレフィーさんがそう言っていたので間違いないだろう。


「正確には、器に人工精霊が入ってる形だろうけどな。精霊なら千里を飛んでも疲れ知らず、加えて余程のことがない限り死なない。重要な連絡役として最適だ」

「ワシらと似ておるあやつらは、ここの結界に干渉出来てしまう厄介な存在よ。ところで魔王は、祠の代わりを造りに来たのじゃろ? ついでに、エセ精霊が穴を空けた結界も直して行け」

「サラ」


 光の精霊の食事風景に釘付けになっていた私は、呼ばれてギルを振り返った。

 途端、あごを指でくいっと持ち上げられ、

 ギルの唇がチュッと来て、

 ムチュッとなって、

 最後にペロっと舐められて、それは離れた。


「キスの時間だ」

「自由か!」


 光の精霊による秒のツッコミに、「同感です」と私は心の中で頷いた。

 でも、ギルとそうしたくて私は付いてきたわけで。同感の前に同罪ですね、はい。


「で、結界の穴って、どの辺りなんだ」

「涼しい顔で会話を再開しよって。――闇がいる森のどこかじゃな」

「あそこか」


 ギルが一度、ちらりと遠くを見遣る。


「あそこは日が暮れないと本当の姿を現さないから、後回しだな」

「祠じゃが、風のと水のは壊される前から出掛けたきり帰って来とらんので、急がなくて良いじゃろ。土の奴を見舞ってくれるか。あやつは祠が気に入っておったから、しょげておる。ワシたちは本来、特定の住処など必要としないが、それでも長くいると愛着は湧くんじゃ」

「土のは、祠があった場所の近くにいるのか?」

「多分の」

「あの行くのが面倒なところか……」


 見るからに嫌そうな顔をしたギルが、片手でガシガシと頭を掻く。

 飛べるギルがその反応なんて、一体どれほどの悪路なのか。同行が彼の負担になりそうなら、私は大人しくお留守番をした方が良さそうだ。


「暴れ回っておる勇者の子孫が竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)を抜く気なら、ワシの祠には手を出さんはずじゃ。あれはワシの力の影響が大きいからの。だからこっちは気にせず、存分にうろうろしに行くがよいわ」


 ちょっと悪い顔になった光の精霊が、巨石の上でピョンピョン跳ね回る。それから彼(?)は藁の寝床に飛び降り、そこで丸くなった。

 すやぁ

 一瞬でおやすみである。あなたも自由か。


「ギル。土の精霊がいるのって、どんな場所なんですか?」


 まだ頭の後ろに手をやったままなギルに、私は聞いてみた。

 その問いにギルが「どんな……」と口にしながら、眉間に皺を寄せる。


「目的地自体は、綺麗な場所だ。ただ、道が厄介で。そこへ辿り着く道順が、毎回変わるんだ。前は左に曲がって次に右で着いたのが、今回はその逆だとか、そんな感じで。だから正解に当たるまで、うろうろするしかなくて――いや、うん。何言ってるのかわからないよな。どう説明したらいいんだ、これ……」


 後半はギルの独り言になっていて、ギルがますます難しい顔になる。

 が、どう説明すればというそのギルの苦悩……私には、バッチリ理解出来ました!

 ある。あった。『迷いの』とか『惑わしの』とか、そんな前置詞が付く森だの塔だの、そういう仕様のマップが。

 そういったマップは、何らかの対処をしない限り同じ場所を延々巡る羽目になる。ってことで、ミニマップを確認、と。

 じっと宙を注視して、私はミニマップに意識を集中させた。


(見慣れないアイコンがあるから、それがワープアイコンかな)


 現在地――村の中心から東西南北に向かう四つの小道。それらはマップの端まで延びていて、それぞれの終点に色違いのアイコンが光っていた。

 きっとこの四種類のアイコンを正しい順序で踏めばいいのだと思う。そして、こういうものは大抵近くにヒントがあるのがお約束だ。

 私はマップから意識を外し、村をグルッと見回してみた。


(あ、多分これだ)


 小道の敷石が、数秒ごとに色を変えながら光っているのが目に入る。その色は四色。十中八九、間違いないだろう。


「ギル。適当にというなら、私が道順を選んでもいいですか?」

「ああ、構わない」

「じゃあ、こっちの道を行きましょう」


 ギルの承諾を得て、私は彼の手を取って歩き出した。

 コツッコツッ

 カラフルに光る敷石の道を、ギルと並んで歩く。幻想的ということを除けば、後は寂れた集落といった印象しかない。


(集落……そうだ、どうして集落なんだろう)


 精霊の村といっても、彼らは祠に住んでいるわけだから、ここで生活しているわけじゃない。だとしたらこの辺りに見える家には、誰が住んでいるのだろう。

 ――あ。


「ギル。もしかして、ここって限られた者しか入れないけど、元からいる人は住んでいるんですか?」


 村には街灯があり、石を切り出して作ったと思われるモニュメントらしきものもある。何より問題となっている祠を造ったのも、人間のはず。私たちが歩いている敷石の道だって、精霊には必要無い。

 この集落は、『人間の集落』だ。


「あー。半分だけ正解」


 余所者をどこかから様子見しているのかと、私がそわそわし出したところで、頭上からギルの声が降ってきた。


「サラの言うように、ここは人間が住んでた。けど、先代魔王の時代に皆出て行ってしまったんだ」

「あっ、精霊が人口を減らすために魔王を呼んだから」


 ギルは先代魔王がオプストフルクトに来たのは、増えすぎた人口を減らすよう精霊から頼まれたからだと話していた。つまり精霊は、意図的に人間を殺そうとしたわけで。確かにそういう状況では、変わらず仲良く共生しましょうというのは難しいだろう。


「まあ全員いなくなった決め手はそれだけど、順序的には逆になるかな」

「逆ですか?」

「そもそも人口がそこまで増える原因になったのが、先に村を出て行った人間だったんだ。それまで人間は、精霊の村にしかいなかった。人間という種族の一生は、この村の中だけで完結していたんだ」

「ここだけで?」


 どう見ても集落でしかない規模に、驚く。けれどそれは地球の人間を基準にしたからだと、すぐに思い直した。

 地球だって、特定の地域にしか存在しない動物なんてごまんといる。オプストフルクトでは、それが人間だったという話だろう。


「外に出て行った奴らが新しい村を作って。生活範囲を広げたら、範囲に比例して人口も増えて街になった。先代魔王が来た頃には、もう外にいる奴らは先祖が精霊の村にいたことなんて知らない。街になってからの歴史しか知らないで生きてきて、いきなり襲われるとか。いいとばっちりだと思うよ、実際」

「精霊はやっぱり長生きだから、気が付いたら増えてたからバランスを取ろうみたいな……」

「そんな感じ」

「うわー……」


 それは本当、とばっちりだ。たまたまその時代に居合わせてしまった人たちが、可哀想。

 とはいえ、もし警告なりがあったとして、いきなり人口を増やすなというもの無理だったのかもしれない。人はそこに住んでいるだけで、意志を持って人口を増やそうとしている人なんて、そういないだろうから。


「まあそんな経緯があって、精霊の村に残っていた人間もここを出たんだ。サラが言ったように、袂を分かったとはいえ同胞を多く殺されたからな。で、魔王城の近くにイスカの村を作った。そこなら魔王を恐れる外の連中と、鉢合わせないだろうってことで」

「それが十年前の火事がきっかけで、交流を持つようになったんですね」

「だろうな。それまでも王都に憧れて村を出て行く奴はいたけど、それは禁忌を犯す行為だから、そいつらが戻ってくることはなかった。ずっと長い間、イスカはイスカで完結していたんだ。そのままでいてくれたら、カシムが絡んでくる事態には――ああでも、そうだと俺はサラに会えなかったのか。それは困る」


 ギルが「ぐぬぬ」と唸る。本当に困るといった風なしかめっ面をしていたので、私は思わず笑ってしまった。


(そもそも出会ってなければ、その悩みも無かったわけだけど)


 笑いは苦笑になって、そして気付けば私は真剣にギルを見つめていた。


(ああ……そっか。私も、もうギルと出会わなかったらということが、考えられない)


 魔王城で過ごしていた日常を、ふと思い出す。

 百年花を見せてもらった日から、度々ミアさんと中庭で女子トークをする機会があった。

 あまりに自然でその時は気に留めなかったが、ミアさんはまだ見ぬ魔界に対し、「帰る」という表現を使っていた。夫の帰る場所だから、自分が帰るのもそこだと、何の疑いもなく思えているのだろう。

 そして私も、そんなミアさんと一緒に魔界の話をしていた。彼女同様、何の疑いもなく自分も魔界で暮らす前提の話を。最初にギルが私を元の世界に帰せると言った時、私の中で魔界は現代に戻るための乗り換え駅のようなものだったはずなのに。


(無かったことにしたくない。離れたくない……)


 繋いだギルの手を、一度キュッと握る。

 それから私は、最後のワープ地点へと踏み出した。




 集落の景色から一転して、花畑が広がる高台に出る。


「え……着いた? もう着いた!?」


 私がその変化に驚く前に、先にギルが驚きの声を上げた。

 次いで彼がキョロキョロと辺りを見回し始めて、その様子がまた可愛い。そう思いながらジッと見ていたら、「しまった」という表情のギルと目が合った。

 その反応を見るに、どうやらギルは私が驚くことを期待していたらしい。なのに自分の方が驚かされて、きまりが悪いと。

 笑ってはいけない。いけないので、代わりに繋いだ手をにぎにぎした。

 今度はギルが私の手を引いて、花畑の中心まで歩いて行く。

 そこには大きな倒木があり、その上にはリスがいた。


(エゾリスだ。わー、ふっかふかの尻尾)


 光の精霊は兎だった。ということは、やっぱりこの子が土の精霊……?


「魔王か。久々に来たと思ったら、一発で正解とか。つまんねー奴だな」


 喋った。これは正解でしょう。


「そう言うなって。俺の嫁がお前の祠を早く直してやりたくて、きっとそれが通じたんだって」

「えっ、そ、そうなのか。お嬢ちゃん、良い奴だな」

「そ、それほどでも」


 本気で感動している様子の土の精霊に、取り敢えず笑って返しておく。

 光の精霊に続き、土の精霊もチョロい気がするけど、神様的存在がこれで大丈夫だろうかこの世界。いや、それを言うならギリシャ神話の最高神とかの方が大丈夫じゃないか。

 結論、神様がチョロくても問題無い。


「元は、この倒れている木が祠だったか」


 ギルが、その場でしゃがみ込む。


「カシムは木は切れないと見て、土を掘り返したのか」

「水の精霊の力が届かなくなっちまって、根が弱ってたんだ。そこをやられた」

「この木を元通りにするのは無理だな。根以外も枯れてる」

「わかってる。この木には拘らねぇよ。木の温もりを感じられる祠なら、何でもいい」

「そうだなー……」


 ギルが口元に手を当て、考える仕草をする。

 それから彼は、目の前の倒木の枝をバキッと一本折った。

 次に、どこかから手元に木桶を引き寄せて、ギルがその中に枝を入れる。と同時に枝は、砕けてウッドチップに変わった。


「よし、これでどうだ」


 そしてギルは、その木桶を倒木の側の地面に置いた。

 ――待って。それが祠なの? 幾ら「何でもいい」とは言っていても、さすがにそれは……


「こ、これは……落ち着く……!」


 いいんだ、それで。木桶で、いいんだ。

 思った以上の満足顔で、土の精霊は木桶の中で大の字に寝転がった。


「後は、腹が膨れれば気分も上がる。ほら」


 ギルが亜空間から素焼きのナッツを取り出し、木桶の中にザラッと入れる。

 それに気を良くした様子の土の精霊は、大きな尻尾をブンブンと振った。


「お嬢ちゃんも魔王も良い奴だな!」

(きっと、そんなあなたが一番『良い奴』です)


 起き上がってホクホク顔でナッツを食べ始めた土の精霊に、私は心の中だけで返事しておいた。


「サラ。俺たちもここで食事にするか」


 「景色も良いし」と口にしながら、ギルが倒木に腰掛ける。元祠なのに良いんだろうか、彼は私にも隣に座るよう勧めた。

 土の精霊を見てみる。うん、まったく気にしてない。私は食事を並べる隙間を空けて、ギルの隣に座った。

 ギルが私との間に布を広げ、その上にパンとそれに挟む具材を並べる。

 花畑の中でリスが木の実を食べるという癒やし空間の中、私とギルは少し遅い昼食にした。


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