繰り返しの序曲
いつもの朝。シスターの一人が暗い顔で呟くように他のシスターに声をかけていた。
「私達はどうするべきなのでしょうか?」
悩み抜いた顔で、呟く一人のシスター。
悩みの元は今日も元気に走って出て行った一人の少年の事についてだった。
「シスター、全ては唯一神でもある、ローダローダ様のおぼしめしなのです。あの子が来て、私たちは食べ物を得られるようになりました。ここを閉鎖しなくても良くなりました。でも、全てはあの子の気持ち次第なのです。あの子が進みたい道に導いてあげるのが、私たちの勤め。私たちは神の思し召しのまま、あの子を見守りましょう」
穏やかに話す老齢のシスター。
「でも、やはり、神父としてここにいていただきたいものですわね。危ない事はしてもらいたくは無いですわ」
悩み抜いているシスターは、老齢のシスターの話を聞いても。それでも晴れない表情をしていた。
いつも通り元気に町へと走って行く、冒険者と一緒に行動をし始めたシンを見ながらシスター達はいつもとは違う表情を浮かべるのだった。
シンは明らかに冒険者に憧れている。
今も冒険者から買ってもらった、戦槍を持って行っていた。
シスター達は、そんなシンを見ながらいつもハラハラして見送るのだった。もし、怪我をして帰ったらどうしようと心配しながら。
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僕が炎の楔と一緒に行動するようになって、ほぼ一年たった。
多分、もうすぐ12才だと思う。
誕生日は覚えてないから、かなり適当だけど、まあ、あまり気にしてはいない。
僕にとっては今日は特別な日だ。
一年続けていた、配達の仕事も今日で終わりにしてもらう事にしている。
炎の楔の専属荷物持ちとして、本格的に働く事にしたからだ。
正直、僕のスキルを伝えてから僕の受け取り額はとんでもない数字になっていた。
今までウサギ狩りをして、配達して、ひと月で金貨2枚(2万円)くらいだったのに、今は大人並みに稼げていたりする。
「上手い魔物を定期的に狩れるのが、でかいよなぁ」
カイルまで、そんな事を言って笑っていたりする。
ついでに、酒代として他の人から借りていたお金は返済し終わったらしい。
「やっとキシュアに、酒代、酒代と言われなくてすむわぁ」
と喜んでいた。
あと、借金返済が終わったからか、カイルとレイアお姉さんが、王都で引退気味に一緒に暮らす事にしたみたいで、キシュアお兄さんも納得してるみたい。
レイアお姉さんは、僕も好きだからカイルに取られるみたいで、ちょっと悔しいけど、レイアお姉さんが大好きな、カイルには絶対に勝てない。
だから、そんな事もあってとにかく僕は少しでも皆と一緒に居たいと思ったのだ。
シスターとも喧嘩した。冒険者と一緒にいる事でどんなに危険か、説教もされたし、奇跡の祈りの時間をどうするのかと、怒られもしたけど、それでも僕は気持ちを変えなかった。
孤児院の他の子が簡単な回復魔法が使えるから、その子に負担がかかってるのは知っているけど、今回だけは。絶対に譲れなくて、無理を通してもらったんだ。
聞き分けが悪いと思われているのは知っている。けど、僕はやりたい事をする事に全力で取り組みたかったんだ。
このまま冒険者になるかは、まだ決めてないけれど。
「シンが手伝ってくれて、本当に助かったよ。今までありがとうね」
最後の仕事が終わったあと、女将さんは笑顔でそう言ってくれた。
最後の賃金はちょっと多かった。
「餞別だよ。魔物退治ばっかりするんだろ?怪我するんじゃないよ?頑張りなっ」
そう言って笑ってくれて、いつもは豆のスープなのに、この時ばかりは、初めて肉のスープをご馳走になった。
ちょっと泣きそうになって、
「ありがとう」
僕が呟くと、僕の背中を力一杯叩く。
「ほら、行っといでっ!」
女将さんは、少しだけ寂しそうな顔で、でも、笑顔で送り出してくれた。
けどね、女将さん。今の一撃、イノシシより痛かったよ?
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「よしっ!引っ越しの金稼ぎをしなきゃならんから、今日もがんばるかぁ!」
カイルは剣を肩に担ぎ上げながら、笑ってギルドを出る。
「はいはい。行くわよ」
レイアお姉さんとキシュアさんも笑いながら、後をついて出て行く。
今日は比較的に楽に倒せて、ほどほど稼げる ホワイトピックの討伐の依頼との事だった。
ホワイトピックは、白い豚みたいな、白いイノシシみたいな魔物なんだけど、肉がかなりうまい。
「ねぇ、カイル? お裾分けとかある?」
僕がホワイトピックのおいしさを思い出して呟くと、カイルは笑いながら、
「おう、依頼とは別に少し俺たちも食うとしようぜ」
笑いながら、そう返事をしてくれた。
僕はこっそりと小さくガッツポーズをする。
よしっ、気合い入った。
目的の地域に来ると、僕は小さく呟く。
「マップ 索敵 ホワイトピック」
マップにいくつか、赤い丸が表れる。
他の冒険者のマーカーはあまりなかった。
「こっちにいる!」
僕はマップを見ながら、皆を連れて走り出す。本当にデータベースが便利すぎる。
目の前に白い影が見えた時、カイルは僕を追い抜いて、ホワイトピックの頭に一撃入れていた。
本当に早い。僕はまだ槍すら構えてない。
キシュアさんもいつの間にか、筋力アップ魔法をかけてるし、逃げようとするホワイトピックの足はすでに凍っている。
僕が槍を構えている間に勝負はほぼ決まっていた。
カイルが剣を振り抜き、背中をホワイトピックに向けてしまい、無防備になる一緒、僕は槍を繰り出す。
ホワイトピックの体に深く槍が刺さる。
「馬鹿っ、刺しすぎだっ!」
カイルが怒鳴りながら、そのまま体をひねり、剣を振り抜くとホワイトピックの頭が飛んだ。
「次はこう動くから、ビシッとシバク感じでいいんだよ」
カイルが剣を振り、僕に言う。
「あら、経験よ経験。今の連携も様になって来てるじゃない」
レイアお姉さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれる。
僕は、思うように動けなかった自分が悔しかった。自分の槍をじっと見る。
強くなりたいと心から思っていた。
「ふぅ。大漁だな」
アイテム収納機能のついたバックパックに、ホワイトピックを10匹くらい詰め込んで、僕たちは休憩していた。
「大漁とか、そんなレベルじゃないよ。やっぱり、シンのスキルは異常だね」
キシュアさんが、微笑みながら、僕を見る。
「本当にね。半月分くらいの獲物を半日で狩れるとか、呆れるくらいの索敵よね」
ご褒美と言われて、レイアお姉さんにぎゅっとされながらにこにこ顔のレイアお姉さんを見上げる。
けど、あまりにも力いっぱい抱きしめられて、ちょっと苦しくて返事ができない。
「今日は一回帰るか」
カイルがジト目で埋もれている僕を見ているけど、正直助けて欲しい。
苦しい。
「じゃあ、休憩が終わったら、帰りましょう。それから、また、シンの連携練習でもしましょうか」
「お。いいね」
不穏な会話が聞こえて来たけど、僕はやっと解放されて、息をするので必死だった。
休憩も終わり、さあ帰ろうかと皆が立ち上がった時、カイルが剣に手をかける。レイアが、杖をしっかり握り、周りの索敵を始めた。
「どうしたの?カイル?」
僕の地図には、何も表示されていない。
「嫌な予感がする」
カイルがそう言った瞬間。
僕の目の前に光りの壁が出現した。
壁に弾かれた刃の先だけが見える。
「ちっ!クナイかっ!ゴブリンアサシンかよっ!上級モンスターがなんでいるんだ!」
カイルがそう言いながら、何も無い空中を切る。
何も無いはずの空中から、紫の血が吹き出した。
「ダストミストっ!」
レイアお姉さんが、唱えた魔法で周りの景色が少し茶色によどむ。
ギリギリ見えるその空気が少しゆらぐのが見える。
「シン!空気の揺らぎは、あいつらが通った後だ!あいつらは隠密スキル持ちだが、隠れている間は早く動けない!予測して切りつけろっ!」
カイルがそう叫び、再び空中を斬る。
カイルが斬った先が、少しゆらぐ。
キシュアさんは何か長い詠唱を始めていた。
分からない。どこから来るのか、どこにいるのか。
僕はレイアお姉さんに引っ付くように立っていた。
怖い。けど、お姉さんを守らなきゃ。その思いだけで立ち、直感で、槍をつき出す。
直感が当たったらしい。ギンと金属同士がぶつかる音がして、けど、気配は再びわからなくなる。
僕が、気配が分からずに、どうしていいか分からなくなっている間に、キシュアさんの魔法が完成した。
「お前ら、あの時の事!絶対に許すモノかぁ!イレイズっ!」
キシュアさんの魔法と同時に、2匹のゴブリンが姿を現す。
すごい。スキル強制解除魔法。使える人がほとんどいない魔法だ。
そして、普段温厚なキシュアさんが、姿を現したアサシンゴブリンに、力いっぱいメイスを振り下ろすのが見える。
カイルさんも普段よりも斬り方も、動きも雑だ。とにかく、力いっぱい振り下ろしている。
そして。レイアお姉さんは。相手が見えなくなるくらいの炎の矢を打ち出していた。
燃えて、死んでいると思われるゴブリンアサシンの死体にさらにメイスを振り下ろすキシュアさん。
そのキシュアさんの肩にそっと手を置いたのは、カイルだった。
片手には、半分のゴブリンアサシンを掴んでいた。
3人とも、休憩後すぐのはずなのに、肩で息をしている。
「ごめんね。シン。怪我はない?」
レイアお姉さんが、僕に声をかけてくれる。
僕は今まで、見たことの無いほど、怖い顔をしていた3人の様子に頷く事しかできなかった。
落ち着いたキシュアさんが、ぽつぽつと話しをしてくれた。
昔、結婚の約束をしていた元パーティーメンバーの女の人がいた。
すごく好きで今のカイルとレイアお姉さん以上に仲が良かったらしい。
けど、討伐依頼のため、別の強い魔物と戦闘中にあいつが、ゴブリンアサシンが来て、殺されたとの事だった。
全滅しそうになり、女の人の髪だけ持って、逃げ帰ったんだ。
と哀しく話すキシュアさんは顔色が悪かった。
キシュアさんは悔しくて、情けなくてイレイズを覚えたらしい。
正直すごいと思う。
データベースでは、使える人が10人くらいしかいない、最上級支援魔法となってる。
キシュアさんの知らない一面を見た気がした。
帰りは、無言で、黙々と歩いて帰ったのだった。
9・1 前半部分少し書き足しました。