海と休養
「マスター、すごいです!水がキラキラしています!」
クアルに乗り、トウの港街から南にある小さな漁村に着いたのだが、壊れたCDのように、来るまでの道中からずっと同じ事をリピートし続けるミュア。
俺も久しぶりに波しぶきを見て、心が動く。
あ~。波に向かって突撃したい。
しかし、依頼の件があるため自分の気持ちを抑えて、小さな漁村の真ん中の家に向かう。
だいたい、村の作りは一緒の所が多く、真ん中の一番大きい家に行けば、村長の家だ。もし違ってもまあ、そこで聞くか、近くの家の住人に聞けば、すぐ分かるから外れは余り無い。
「すみません。依頼を引き受けたのですが?」
俺が家に入ると、かなり高齢の男性がゆっくりと顔をあげる。
「ほう?こんな寂れた村に冒険者とは珍しい。何の用ですかな?」
「この村で、ゴブリン退治の依頼を出していたので来たのですが、村長はどちらですか?」
俺の中での最近の流行。年寄りと子供には優しく。
「ああ、村長は儂じゃが、その話しならあっちのダイクに聞いてくれるか?あいつが見つけて、依頼を出す事にしたからの。儂は、何も知らんからの」
男性は、ミュアを時々見ながら答える。
「あと、少し相談なのですが、このあたりに住まわしていただく事はできますか?」
「ほう。そうか、そうか。歓迎するよ。あっちに空いている家があるから、自由に使うといい」
村長は、そう言うが、視線はミュアにしか向いていない。
ミュアも見られているのが分かるのか、俺にくっついている。
俺は、嫌な予感がして頭を下げて村長の家を出る。
ミュアは、家を出たとたんに大きく息を吐く。
「マスター、私あの方、余り好きではありません。ミュアをじっと見てました。昔にミュアを買った方と同じ視線でした。ミュア、あの目は、好きじゃないです」
よっぽど嫌だったのか、最近少し離れて歩くようになっていたミュアが、久しぶりに俺にぴったりとくっついている。
俺はミュアの体をしっかりと抱き寄せてやるのだった。
村長に言われた家に入ろうとすると。
「ふざけんなっ!バーカっ!いてっ」
かわいらしい叫び声と一緒に男の子が飛び出して来る。
「あんたの方が馬鹿よっ!バーカ?」
家の中からは、女の子の声。
飛び出して来た男の子は、俺にぶつかり、転んでしまう。
男の子を追っかけて来た女の子は俺たちを見て、キョトンとしていた。
「ここは、ダイクさんの家でいいかい?ダイクさんはいる?」
俺が訪ねると女の子は、首をぶんぶんと縦に振る。
「とうちゃ~!お客さんだよ~!」
かわいらしい声に、家から出て来たのは、体つきのいい中年の男だった。
「を?冒険者か?こんなところに来るとは珍しいな」
「依頼の件で、来たんだが?」
俺は、ぶっきらぼうに訪ねる。
「ははは。そういえば、お願いしていたな。まあ、狭いけど入ってくれや。おい!お客さんだっ!何か出してくれやっ!」
ダイクさんは、家の奥に向かって叫ぶと穏やかな雰囲気の女性が奥から出て来た。
「あら、いらっしゃいませ。ゆっくりされて行ってくださいね」
「妻のアヤだ。まあ入ってくれや」
ダイクに言われて家に入る。
土間もある、どこか懐かしい作りの平屋建てだった。
部屋は4部屋くらいあるみたいで、食堂というか、ダイニングに通される。
「で、早速なんだが、依頼の内容を詳しく教えてくれ」
「ああ、ゴブリンなんだが、どこから来るのかわからないんだよ。
突然数匹単位で来ては女の子やら、女性をさらって行きやがる。
俺も漁師だから、いつも家に居れないからな。娘とマヤが心配でな。できれば倒して欲しいんだ」
「じゃあ、いつ来るのかは不明と言う事か。長丁場になりそうだな。家を貸してもらって正解だったか」
俺が呟くと、ダイクが目を見開く。
「家を借りた?あの村長がか?」
「ああ、歓迎すると言ってくれたが?」
ダイクは少し考えると、俺の横に座っているミュアを見る。
そして、納得したように一つうなずくと、口を開いた。
「気を悪くしないで聞いてくれ。あの村長は、知らない人間にはとことん冷たい。だが、あの村長が家を簡単に差し出したと言う話しで少し考えた。君の横の娘はハーフエルフの奴隷だよな?」
俺はうなずく事で返事を返す。
「普通ならハーフエルフは、奴隷の中でも最下位の扱いだ。つまり、あの村長、家の家賃代わりに、横の娘を差し出せと言って来る可能性もあるぞ。かなり可愛い娘だしな。大事な娘なんだろう?」
「当たり前だ。ミュアは誰にも渡す気はない」
俺は、袖を掴んで来るミュアの手を握りながら、言い切る。
「しかし、王都でもミュアにちょっかいを出して来る奴はいなかったが?あんたの言い方だともう少し絡まれそうなものなんだが」
ダイクは自分の頬を軽く掻くと、困った表情をする。
「あんたが、よっぽど有名人か、それともまさか、二つ名でも持ってたりするのか?王都の冒険者の教訓、[二つ名持ちは連れ合いにも絶対手を出すな]てのがあった気がしたが?」
ああ。あったりする。しかも何個か。
最近は、[千匹殺し]まで追加されている。
「まあ、それは冗談だがな。二つ名持ちはあまり王都から出ないからな。話しは逸れたが、その娘が大事なら、勧められた家には住まない方がいいぞ」
ダイクは、穏やかな顔で俺を見つめる。
「忠告は有り難いけど、村長とは仲が悪いのか?」
俺は、村長のダイクについて話す時の態度と、今のダイクの村長に対する評価が気になり思わず、聞いていた。
「俺がここにアヤと来た時にな、アヤが襲われかけてな。それ以来、村長を信用していないんだ」
ダイクは、簡単な食べ物を出して来た自分の妻を見る。
「ちょうど、この村に来て初日でした。夜中に侵入した数人の村人に押さえつけられて、抵抗できなかったのですが、夫がすぐに起きて蹴散らしてくれたので、助かりました」
アヤさんは、少し顔を赤らめて話す。
「だから、この村の人間を俺は信用していない。けど、この村から出てどこかに行くのももう無理だしな。ここに来たときにはすでにあの娘が腹にいたしな」
今度は自分の頭を掻くダイク。
ミュアは、その話しを聞きながらずっとアヤさんのお腹を見ていたが、突然すっと立ち上がり、そのお腹に手を当てて、精霊語で呟く。
『新たな伊吹、新たな芽。強く強くありて、大樹となれ』
ダイクが困惑していると、マヤさんが「やっぱり?いるの?」とミュアに聞いていた。
ゆっくりとうなずくミュア。
「あなた、やっぱり3人目ができたみたい」
「マジかっ!ならなおさら、気張らないとなっ!」
ダイクの嬉しそうな声が家中に響き渡り、二人の姉弟がひょこっと顔を覗かせるのだった。
少しだけ書き足し。3/18




