港街
「海だっ!」
俺は、少し小高い岡から見える広大な水にテンションが馬鹿上がりだった。
横で、俺たちを運んでくれているクアルが不思議そうに俺を見上げながら、あくびを一つする。
ミュアは、俺の感情に、かなり戸惑い気味だ。
だって、海だよ。海!
自分の拠点を出て、数ヶ月。やっと見えた海だよ?
海を見て嬉しいと感じ、懐かしく感じるのは日本人の名残かも知れない。
「よしっ!クアル行くぞっ!」
俺はせかすようにクアルにまたがり、ミュアと一緒に港街 トンに走るのだった。
街に入ると、懐かしい匂いに俺は深呼吸を行う。
潮の匂い。
生き物の匂い。
ミュアは逆にあまりいい顔をしていない。
「生き物が腐ったような匂いがします。あまり気持ちいい匂いじゃありません」
ミュアは、俺のローブに顔を埋めるようにして、匂いを極力嗅がないようにしていた。
森育ちには、強い匂いなのかも知れない。
不快感いっぱいのミュアの頭を撫で、余りの布をマスクのように巻く事を勧めて、俺は街に入る。
街はにぎやかだった。
船が入ったところなのか、荷台が行ったり来たりしており、明らかに海の男と分かる人たちが集団で歩いて行く。
喧騒と、激しい呼び込みの声。
王都も人はいっぱいいたが、ここは街が[生きて]いると言った雰囲気が一番だった。
門番の兵士に停められる事も無く、俺たちは街に入れる。
どうやら、完全に出入りはフリーらしい。
「お兄さん、今どう?」
街の様子を見ていると、腰と胸を少し隠しただけの、ほとんど裸のお姉さんに話しかけられる。
「悪い。間に合っているんだ」
しなだれかかって来る女性をそっと離しながら、機嫌が悪くなっているミュアを見る。
「あら。彼女さん持ちなのね。それは残念。彼女さんを大事にして上げてね」
お姉さんは、笑顔で離れて行く。
「ああ、冒険者ギルドってどこにあるんだ?」
俺がお姉さんに訪ねると、街の一角を指差す。
「あっちよ。踊りも見て行ってくれると嬉しいな。私は夜担当だから」
笑顔を残して、そのまま街に消えるお姉さん。
相変わらず、海から人の出入りは止まる事なく続いていた。
「らっしゃ~い!」
冒険者ギルドの建物に入ると、そこはもう居酒屋だった。
奥にカウンターがあり、マスターらしい男と、バーテンらしい男が2人で、酒をついでいる。
別の壁側奥には、ダンスホールがあり、激しく踊っている女の子たちがいる。
女の子たちが忙しなくお酒や食事を運んでいた。
壁には、雑に依頼状が貼り出されている。
俺は真っ先にカウンターに行くと、銀貨を置く。
「冒険者か。何を探してる?」
マスターは、銀貨を取りながら、聞いて来る。
「簡単に食べれる物と、軽い酒を。あと、甘い飲み物を」
マスターは、ミュアを一目見るといろいろな液体を混ぜ始めた。
「知り合いから、海に何か来て、困っているから、調べて欲しいと言われたんだけど、そんな感じは全くしないな」
出てきた飲み物を飲みながら、聞いてみる。
「ああ。依頼を出すほどではない。最近、少し魚が揚がらなくなってきてはいるけどな」
あげられた魚が出て来たため、ミュアと二人でつつく。
かなりうまい。味付けはシンプルだから魚が新鮮なんだろう。
「依頼でも探しているのか?」
二人で、競うように食べていると、笑いながらマスターは話す。
「ああ。簡単な仕事はないかと思って」
「ランクは?」
「C。魔法メインだ」
マスターは少し考えると、依頼の束から一つ引っ張り出して来た。
「ここから南に行ったとこに小さい漁村があってな。そこに、ゴブリンがちょくちょく来るんだ。
討伐してきて欲しい。群れでは無いという事なんだが、相手が相手だから、新人を行かせられん。
お願いできるか?」
俺はうなずき、書類に受領のサインをする。
「冒険者に限り、つけは死ぬまで有効だぞ」
俺が銀貨数枚を置くと笑いながら、マスターは返事をしてくれた。
美味しかった。
久しぶりの海魚に涙が出そうだった。
「美味しかったですねマスター」
ニコニコと俺の後ろで笑うミュア。
「そういえば、ミュアは魚は大丈夫なのか?」
「王都の魚は苦手で食べれませんが、ここのは大丈夫でした」
ああ。向こうのは川魚だから、泥臭いからなあ。
そんな事を感じながら、宿を見つける。
宿で休んでいると、ガタンゴトンと激しい荷台の音や、男たちの笑い声が絶え間なく聞こえて来た。
これは、まさかの。
朝早く起き、いつ海にのまれて死ぬかわからない男たちは、余り寝ない。
陸に上がれば大騒ぎ。
その結果は今の俺たちだった。
結局、1日中続くまさかの騒音問題で、眠れないという事態に気がついてしまった。
「マスター、お願いがあります」
「分かってる。拠点、建てよう」
俺は、眠れずに過ごしたため、ぼ~っとしている頭をなだめながら、返事をするのだった。




