戦いの終演
「ちやっす!」
ミュアを抱いたまま砦の出入口付近で休んでいると、兵士の一人が声をかけて来た。
赤毛で短髪、背も低いこの男は、チェイと言ったか。 短剣を得意とする、素早さ重視の剣士なのだが、かなり軽い。いろいろと。なのに、部隊長をやっていたりする。
「シュンさん、バル隊長からの伝言っす。千体斬り見事だった。後はこちらが対処するから、半刻は休むように。個室の使用も認めるが、鍵はかけるように!だそうっすよ。後、部隊長としても移動してくれると助かるっす。ミュアちゃん、可愛いし、むらむらしそうなんで」
笑いながら、チェイは手を振り離れて行く。
俺は、苦笑いを浮かべミュアに移動する事を伝えるも、ミュアは軽く首を振るだけで動かない。
この程度の反抗は奴隷の命令違反にはならないが。
このままだと、騎士達の視線に殺意が混じりそうなので、ミュアを抱えてとりあえず、個室に移動する事にした。
「マスター、絶対死なないでください。いなくならないでください。ミュアはマスターがいないと、本当にダメなんです」
「大丈夫。俺はまだまだ死ぬ気はないよ」
移動中に、しっかり俺に抱きつきながらミュアは泣きそうな声で呟く。
俺は、そんなミュアの顔を見ながら、笑い返す。
クアルはそんな俺の足元をうろうろしながらあくびをしていた。
個室に入り、ミュアの頭を撫でながら、ゆっくり休憩をとっていると、突撃激しく扉が叩かれた。
「シュン殿!バル隊長より至急、来て欲しいとの事ですっ」
「休憩は終わりだな」
「はい」
いっぱい甘えたせいか、ミュアが本当に可愛い。
俺達が、再び防壁の近くに行くと、そこは地獄絵図だった。
かなりの兵士が負傷している。
だが、幸い、手足がなくなった騎士はいなかった。
いや、防具の欠片が防壁の向こう側に散らばっていると言うべきか。肉体ごと散らばっている騎士はかなりいる。
「すまないっ!シュンっ!Bランク相当の巨大狼が出たっ!やってくれっ!」
バル隊長は、そんな状況にも関わらず、冷静に俺に依頼を出して来る。
俺の方は冷静ではいられなかった。
リンダが格好良かったから、騎士達がやる気だったから、バル隊長が休めと指示を出したから。
いろんな言い訳が浮かんだ後、空しさと自分に対する怒りがこみ上げる。
何が疲れただ。ミュアを抱えて、ゆっくりするのは後で良かったじゃないか。
死んだ騎士達よりも俺は強いはずだろう。
盾になったら、死なないで済んだ奴もいるだろう?
そんな怒りを抱えたまま、マップを見ると、数は残り500匹。
真ん中にかなり大きい印が出ていた。
ミュアと防壁の上に上がると、ランクBの魔物、ダークウルフが暴れていた。
ミュアが口を押さえる。
むせ返るほどの血の匂い。
ダークウルフの周りには、人のかけらが散らばっている。
自分に対する怒りと、トラウマで震える体を抑え、俺は魔物をにらみつける。
ミュアがすっと俺の手を力一杯握る。
震えが治まった俺は、ミュアの頭を撫で飛び出した。
一緒に跳んだクアルが大きくなり、空中で、俺を乗せてくれる。
一気にダークウルフに接近し、3メートル近くあるダークウルフの足にクアルが噛みついた。
暴れるダークウルフ。
その頭をミュアの矢が撃ち抜く。
ダークウルフの口が開き、黒い塊が生まれる。
ダークウルフの遠距離技、ダークブレスなのだが。
「死ねやぁっ!」
空中に飛んでいた俺がその首を上空から切り裂く。
怒りのままに斬りつけた一撃は、深く切り裂く。
硬いっ!
低ランクなら首を切り落とせたのに。
しかし、痛みで上を向いた口から放たれた、ダークブレスは遥か上空で散っていった。
その口に、魔力ビットから、光の束が撃ち込まれる。
3本、螺旋。
ワイバーンを一撃で仕留めたその光は、ダークウルフの口から腹まで貫通し、ダークウルフはそのまま地面に横倒しになった。
そのまま、残党処理に行こうとしたら、残りの魔物はほとんど森へと逃げ出し初めていた。
凄まじい騎士達の歓声と、勝利の勝どきが響く中、俺は血の匂いと、人間のかけらを見て、吐きそうになり、その場にうずくまる。
そんな俺の顔に自分の顔をすり付けるクアル。
何度か頬をなめられると、吐き気は治まっていた。
クアルを撫でながら、微笑む。
砦に戻ると、ミュアが寄り添って来る。
ミュアの顔はまだ青白かったが、笑顔を見せる。
俺もかなり気分は悪かったが動けないほどではない。
自分でも意外だったのは、血の匂いだけなら体が動かなくなる事は無いという事だった。
しばらく砦の修復や、怪我人の回復を行いあっという間に、大進攻から数週間が経っていた。
「そろそろ帰ろうか」
俺は、騎士達の詰所の一角で、ミュアと座りながら、彼女の頭を撫でながら呟いた。
かなり長い間、砦に滞在してしまっていた。
手持ちの水などもかなり浪費してしまっているため、一度拠点に戻らないと。
「はい」
ミュアは、笑顔で答える。
次の日、バル隊長に帰る事を伝えると、
「そうか、本当に帰るのか。これだけの犠牲で、この大進攻を止められたのは、奇跡に近い。
本当に感謝するよ。いろいろと大変かも知れないが、シュン君には頑張って欲しい。これから、本当に困ったら、私を頼ってくれていいよ」
バル隊長は、握手を求めて来る。
俺は、しっかりとその手を握り、砦を後にするのだった。
――――――――――――
砦から離れて行くシュン君を見ながら、私はため息を吐く。
安堵からか、残念と言う気持ちからか。
彼をスカウトしたいと言う気持ちは、あの戦いで一瞬で消えていた。
彼は、一人の人間が扱える器ではない。
まだまだ、彼は強くなる気がする。
昔、4Sと呼ばれる4人のS級冒険者を暗殺しようとした話しを思い出す。
4人の中の一人を倒そうとして。
当時の全騎士団の1割、4千人が一瞬で殺されたのだ。
彼には、一切の魔法、武器が効かなかったらしい。
[4Sには手を出すな]
もはや、国の命令とまでなったその言葉が頭の中をめぐる。
「いつか、あの高みに行くんだろうな。彼は」
自分には絶対に辿り着けない極みに行ける才能に、軽い嫉妬を覚え、そんな自分に笑いが出てしまう。
自分もやはり戦いの中で自分を見つける、シュリフ家の一員なのだ。
「嬉しそうではないか、バル」
突撃、話しかけて来た筋肉質の女にバル隊長は目をむく。
「リンダっ!何でいるんだっ!」
「何でって、チャイ部隊長から、バル隊長の護衛をしろと言われたからだが?」
その言葉に頭を抱えるバル。
シュン君とミュアさんのラブラブぶりに当てられて砦の中ではカップルが大量に発生してしまっている。
もはや、収集はつかないから隊長ごと陥落させてしまえと言う事なのだろう。
チャイにも、罰則がいるなと考える。幼なじみであり、恋人でもある女性の、満面の笑みを見ながら、この砦が、保育園にならないようにどうしたらいいか考えるバル隊長であった。




