最前線
「ありがとう」
傷を負った兵士に回復魔法をかけて、俺は一息つく。
結局、なんだかんだで砦に1ヶ月滞在してしまっていた。
「ミュアちゃん、俺にもキスしてくれよっ」
ミュアに声をかける兵士もいるが、ミュアは完全に無視する。
ミュアも見よう見まねで、回復魔法を使っているが、魔法は発動していない。
精霊の光魔法は回復魔法を得意としているが、なぜか、ミュアはあまり回復魔法が得意でなかった。
スキル付与ですら弾かれてしまう。
確信はできないが、多分絶対不幸が悪さをしているのだと思う。
データベースに詳細が出て来ないが、邪神の呪いなんだろうと勝手に思っている。
軽い傷の兵士がミュアをにこにこしながら見ていた。
必死に光の魔法を制御するミュア。
しかし、魔法は霧散してしまう。
がっくりと肩を落とすミュア。
俺はミュアに近づくとその頭を撫でる。
そして、泣きそうになっているミュアの頭をもう一度ぽんぽんと叩き、俺は兵士に回復魔法をかける。
「ミュアちゃんの可愛い顔で十分癒されたよ」
笑いながら立ち去る兵士。
ミュアは明らかに落ち込んでいた。
あまりにも沈んだ顔をしている、ミュアのおでこにキスをしてやる。
ミュアはそのキスで、目一杯の笑顔を見せた。
砦では、ほぼ毎日誰かが傷を負っていた。
魔物の湧きと言うか、黒いもやはいつもそこにあり、必ず5~6匹は生まれる。
そして、それを倒すために兵士が数十人出ていき、帰ってくれば、かなり深い傷を追っていた。
俺の回復魔法がかなり強力なのは自覚がある。
だから、兵士が無茶をするから、困りものだよとバル隊長は頭を抱えていた。
この世界では、欠損は治らない。
なくなった腕や足が生える事はないのだ。
けど、俺の魔力なら、ちぎれた部位があればくっつける事が出来てしまう。
その魔力も1000超えの俺だからこそ、力ずくでやれる回復だった。
「まったく、砦内では、恋人行為は控えてくれないかな?風紀が乱れる」
バル隊長が、微笑みながら、治療部屋に入って来た。
「本当に、シュン君が来てくれて良かったよ。ただ、王都からは、白い目で見られ始めたけどね」
バル隊長はそういいながら、腰の剣を触る。
たまたま、ここに出た虎の魔物から作った、フリーズソードで、魔力を流しながら斬ると、相手の体を凍らせ、動きを鈍くする剣だ。氷のつぶてもライナの杖のように、連続で飛ばす事が出来る。
その作り方を覚えた一人の兵士が、氷を出す事はできない劣化版のアイスソードを作れるようになり、砦の部隊長クラスに配られ、一気に戦力アップに繋がっていた。
今まで、魔道具はあっても、魔法武器がなかったのは、付与と言う概念がなかったからだそうだ。
スキルは普通に300EPくらいで取れたからスキルそのものは、昔からあったはずなのだが。
あまりにも、負傷者が多すぎて手に負えなくなったので、ボムズボウも寄付した。
アイスソードのお陰か、ボムズボウのお陰か今は死にかけで帰って来る兵士は減っている。
ボムズボウは、隊長所有になっていた。
「街が作れそうなくらいの金額相当の貢献」
バル隊長はそう言っているが、俺はそんな事は思わない。
100体程度、怪我無く捌いてもらわないと、俺が困る。
「シュンっ!バルっ!倒して来たぞっ!」
リンダが嬉しそうに走って来るのが見えた。
リンダも武器を作り替えた。
とにかく頑丈にして柄の部分にAランクの魔物が持つ核を埋め込んだ試作品の両手剣で、魔力が無い者でも付与効果を発動出来るようにしてみた物だ。
付与は、〈斬れ味増加 少〉と言ったところか。
核は使い捨てだから、使い勝手は凄まじく悪い。
だが、リンダのスキル〈両断 スラッシュ〉と相まって、今や編成された部隊での討伐頭になっている。
今や、両手剣なのにスラッシュで高速両断するという、人間離れした技を使いまくる危険人物だった。
「バルっ!今日も10体は倒したぞっ!」
相変わらず、話しを盛りながら、褒めて欲しいオーラを出しているリンダにバル隊長も苦笑いしか出ない。
盾を捨てたリンダのために、こっそりと作った全身鎧もよく似合っている。
全身骨鎧は、魔物の血を吸って赤く染まりつつあった。素材は、ジャイアントバッファローの骨と皮。
首以外は、剣すら弾く固さを生かした鎧だった。
これも、少しずつ量産品を作ろうと防具職人が頑張っている。
けど、空間魔法やら、土魔法で圧縮しまくって作っているため、多分、増産は不可能に近いと思う。
そんなリンダを、バル隊長が一言だけ労うと、嬉しそうに宿舎に帰って行くリンダ。その後ろ姿は、しっぽが見えそうなくらい弾んでいた。
そんなある夜。
いきなり、凄まじい音が砦に響きわたる。
今までに無い音に俺は飛び上がる。
「大進攻の恐れありっ!準備しろっ!」
砦内に怒声が飛び交う。
俺は、魔力ビットを飛ばし、マップを開いた。
ミュアが俺の横で目をこすっている。
いつもこうだ。
俺は奥歯を噛み締める。
いつも表示している範囲より広くマップを開くとそこはすでに真っ赤に染まっていた。
よほど目がいい見張りなのか、真西側から大軍接近の報告が叫ばれる。
西側から赤い三角形の形がこちらに接近して来る。
「ミュア、行くぞっ!」
俺が声をかける頃には、しっかりと目覚めているミュア。
いつもの弓を俺の空間魔法から取り出し、走り出す。
俺も走り、防壁の前でミュアを抱き防壁の上まで飛ぶ。
「シュン君、来たか。これは、支えられないかも知れないな。君は、王都に帰ってくれないか?」
硬い口調で、バル隊長は森の先を見つめる。
森全体が生きているかのように、木々が視界いっぱいで動いていた。
マップでは、赤い津波のように接近しているのがわかる。
総数2000相当。
久々に俺が笑みをこぼすと、ミュアが俺の手を握りしめて来た。
『危ない事はしないでください』
口ではなく、全身で伝えて来るミュア。
俺は、ふっと気持ちが落ち着くのを感じる。
ミュアの頭を強めに撫でると、もう一度目の前の黒い津波を見る。
「今逃げたら、あの数に飲み込まれるじゃないか。それは嫌だから、一緒にやるよ」
俺の言葉に。
「すまない」とバル隊長は小さく呟いた。




