英雄
砦に入ると、中は、めちゃくちゃだった。
数人が地面にうずくまっている中、5メートルはあるジャイアントバッファローに7人くらいが紐を引っかけ引っ張っている。
「回復班急げっ!」
「引き倒すぞっ!引っ張れぇ!倒したら、首を狙えっ」
怒鳴り声と、うめき声が響く中、砦の防壁の一部が完全に踏み潰され崩れた瓦礫が散らばっている。
砦に入る前に俺たちをのせてくれていたクアルは元のサイズまで小さくなったため、幸い砦の中の人達には敵として見なされなかったが、まあ、そのままでも騎士達はクアルなど気にしてもなかったかも知れない。いやむしろ、それどころでは無さそうだった。
「入って来るぞっ!」
虎型の魔物がゆっくりと歩いて来ていた。崩れた壁の間から、砦の中を見ている。
その壁から、別のジャイアントバッファローの頭も見える。
「バッファローを急げぇ!次が来るぞぉ!」
「二体目のバッファローが生まれたぞっ!」
「防壁から離れろぉ!虎が来るぞっ!」
「無理だよっ!引き倒しの最中だっ!」
まさに修羅場。騎士達の顔に諦めすら見える。
俺は、一息つくと。
「ミュアっ!」
俺の声に、弓を引き絞るミュア。
一撃で、牽引中のジャイアントバッファローの頭を撃ち抜き、一体が防壁の中で倒れる。
生まれて来た二体目のジャイアントバッファローは、俺の魔法ビットで、滅多打ちになる。いきたえた後、、足止めのための紐に引っ張れていたせいか、ゆっくりと巨体は倒れた。
新しく壁が壊れるが気にしてはいられない。その間に、壊れた壁から虎が入って来ていた。騎士達に飛びかかろうと身体を丸めた虎の頭を、俺は問答無用で自分の槍斧で縦に真っ二つにする。
数秒で3体。
砦の中が一瞬静かになる。
静寂の中、緑の風がゆっくりとふき始めた。
地面に倒れてうめいていた騎士達が癒され、顔をあげる。
「救世主だ」
騎士の一人が呟くと、もう一人が頭を小さくふり、呟いた。
「いや、英雄だ」
なんだか、嫌な予感がするが、気にせずに俺は崩れた防壁の外に出る。
きっちりとついて来るミュア。
目の前に見える数十体の魔物。
マップ上で確認しても、マップはまだまだ真っ赤に染まっている。
地面に落ちているボロボロの鎧に軽く頭を下げ、魔力ビットを再び展開する。
ミュアが、弓を引くたびに魔物が倒れる。
俺は、しばらくその光景を見た後、魔力ビットを最大魔力で飛ばした。
目の前に網のように光りが走り、10体以上の魔物が倒れる。
俺の魔力切れが来る寸前で、ミュアが俺の口を奪う。長いキス。
身体が燃える。ミュアの息が、魂が入って来るのを感じる。
一気に魔力全快になった俺は、少しとろけた表情をしているミュアに、笑いかける。
「行ってください」
ミュアが笑いながら返事をする。
空いたスペースを使い、魔物の群れに飛び込む俺。
すぐに魔物に囲まれるが、ミュアの矢が、自分の真横を通りすぎ、前のオオカミ型の魔物の目を潰す。
首を振るオオカミ型の魔物の首をはねて次に狙いを定める。
あのキスした日から、なぜかミュアの動きや狙いが良く分かるようになった。
さらに、長めにキスをすれば今みたいに、二人の意識が一つになっている感覚がある。
今も、俺が前に踏み出すから。
俺の背中を矢が通り抜け、走って来ていた虎の首に刺さる。
当然のように矢が走り、俺の死角の敵を居抜き、俺もそれが当然のように、矢が刺さった敵をなぎ倒す。
ミュアの狙いが、ミュアの矢の軌道が分かる。
ミュアも俺がどう動くか分かっている。
絆。そんなものではなく、二人で一人。
自分がどう動くかが分かるように、ミュアがどう動くか分かる。
矢の来る位置で、敵が来ている事が分かる。
しかし、心配はない。ミュアの矢は、確実に面倒な敵を射ぬいてくれるのだから。
俺は、次々と淡々と魔物を片付けていく。
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(置いていかれた)
私は強く思った。
ふざけるなと。
私は、騎士にはなれていないが、れっきとした戦士である。
戦いには自信があった。
特に、人が倒れている姿を見て動けなくなったシュンよりは戦える。
子供のようなミュアよりは、絶対私が強い。
そう思っていた。
必死に走り、砦にやっとつき、呆然と砦の外を見ている騎士達に混ざるまでは。
身体に黒い紋様を浮かび上がらせたミュアは、凛々しく矢を放つ。
矢は寸分違わず魔物に刺さり、シュンは分かっていたかのように止めを刺して行く。
当然のようにミュアの矢は、シュンに当たらない。
シュンは、矢の支援が絶対安心できるものだと分かっているように、迷いなく槍を振るう。
「槍弓」
誰かが呟く。
二人は、一人のようで。
私は、あまりに不思議な感覚に立ち尽くすしかなかった。
一人、いや、二人で全ての魔物が倒れていく。
二人の連携、いやもうこれは。
分身だ。二人が次にどっちの足を出すのかがお互いに分かっている。
シュンの頭のすぐ横を矢が通り抜け、同時に襲いかかる一体が倒れ、シュンが時間差でとどめを刺していく。
あまりに、常識外れで、美しい二人の舞いに私の目は釘付けなり動けなくなっていた。
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30分程度で、全ての魔物を仕留めた。
最後の敵を叩き潰して俺は大きく息を吐いた。俺の胸に浮かんでいた、奴隷契約紋が薄れていくのが見える。
今まで身体の中にいたミュアが少し遠くなるのを感じる。
俺の紋様と同じようにミュアにも薄くなってはいるが、奴隷契約紋が全身に浮かび上がっていた。
俺が戻るとミュアは俺に抱きつき、再びキスを迫って来る。
俺は、ミュアの頭を撫でて止めさせる。
あの感覚はすごいが、絶対普通ではない。
本当に全力で戦う時以外は、やらない方がいい。
もし、ミュアに何かあったら俺は正気じゃいられない自信がある。
俺はミュアを抱きしめながら、その事をミュアに伝える。
ミュアは、不機嫌そうな表情を浮かべながら、それでもうなずいてくれた。
後日、俺たちの戦いを見た騎士達が放った言葉は歴史に長い間残る事になってしまった。
[槍弓]
相容れない武器のはずなのに、一つの武器に見えてしまう様子。
二人の息がぴったりであり、決して崩れる事のない様子。
転じて、自分の半分であるかのように仲の良い様子。
1/19 改稿




