ペット
「結局、落ち着いて寝れなかったではないか」
村でゆっくりできず、野宿になってしまったため、少し機嫌が悪いリンダ。
ミュアは、俺の手を握ったままニコニコしている。
俺は、ミュアの顔をじっくりと見れなくなっていた。
こんな小さい女の子に、思いっきり泣きついて、慰めてもらうとは。
凄まじく気恥ずかしい。
セイの村から歩き続けて、もう3日になる。
村に魔物の死体を大量に置いて来たが、3日で、ストックはほぼ戻っていた。
魔力ビットは相変わらず、優秀すぎる。
なのに3日前の事で文句を言い続けるリンダは相変わらず、ダメダメだった。
「こうなれば、砦に行ってゆっくりと、横にならなくてはなっ!」
気合いを入れ直すリンダ。
いや、砦にいったらむしろ忙しいだろうとは思うが、あえて言ってはやらない。
「ミュー」
途中にある林の中を歩いていると、か細い声がした。
足元にもふもふした気配を感じ、下を見ると子猫のような魔物が俺の足に擦り寄っていた。
なぜ魔物と分かるかというと、体よりも長い触手が4本首から流れているからだ。
「可愛いです。連れて行きませんか?マスター」
ミュアが一目惚れしたらしく、子猫を撫でながらおねだりして来る。
俺は、とりあえず検索をかけると。
[クアールキャット]
一定時間巨大化出来る猫型の魔物。
触手や、牙、爪で攻撃を行う。
人に懐きやすく、ペットとしても良く飼われている。
奴隷の首輪よりも拘束力の強い従属の首輪をつけるのが一般的。
巨大化すると、大人2人でも騎乗可能。
連れて行ってと言わんばかりに、擦り寄って来るクアールキャット。
俺は、嬉しそうに撫でているミュアを見て、連れて行ってもいいかなと思う。
「そうだな。なんか、懐かれてるし」
俺の足に顔をすり付け、登って来ようとする子猫もどきに俺も思わず笑顔になる。
「可愛い。私も」
リンダが手を伸ばすと、いきなり身体を丸め、
戦闘態勢に入るクアールキャット。
「嫌われたな。リンダ」
俺は笑いながら、首周りを撫でてやると、だらーんと伸びた。
ミュアと目をあわせて、二人で小さく笑う。
結局、めちゃくちゃ懐いて来た、クアールキャットは、クアルと名付けられ、一緒に行く事になった。
そんな小さな事件があった後、クアルはミュアの腕の中にいた。
時々もぞもぞするが、基本寝ているらしい。
ミュアが嬉しそうにだっこをしていた。
そんなクアルにちょっかいを出して、リンダが引っ掛かれたり、リンダがクアルを追いかけて、鍋をひっくり返したり、クアルに追いかけられて、リンダが頭から派手にこけたりしたが、まあ何もなく砦の防壁が見える高台まで歩いて来れた。
砦は、西の国境でもある森の中に作られていた。
「近寄るなよっ!」
クアルがミュアの周りから離れようとすると、すぐ逃げるために反応するリンダ。
いろいろあって、クアルが苦手になったらしい。
セイの村を出てからも戦闘はなかった。
まあ、魔力ビットはきっちり仕事をしてくれているんだけど。
ちなみに、魔力ビットの操作範囲は魔力に比例するらしく、魔力が1000を越えた今、10キロ範囲なら操作可能、それより先に自分が離れると自然消滅するようだった。
「やっと来れたな」
俺はあらためて呟く。
本当に長かった。
けど、この達成感は、サラリーマンをやってた頃じゃあ、絶対味わえなかったと思う。
現代社会じゃあ、一ヶ月以上歩き旅なんかするのはよっぽどの変わり者である。
「なあ、煙が出ていないか?」
妙な感動にうち震えていたら、リンダが砦の異常を感じていた。
狼煙ではない。煙が砦から、うっすらと出ていた。
「マスター、精霊が慌ただしいです」
ミュアも呟く。
俺は、魔力ビットを飛ばしマップも確認する。
マップ上に、次々と赤い丸が生まれ始める。
赤丸の出現が止まらない。
「大攻勢だっ!」
赤丸の出現はまだ止まらない。
普通ではない。数も普通ではない。大攻勢。そう言えるレベルの数の赤丸が次々生まれる。
普段なら、すでに周りにいる魔物も一気に集まり出し数が増えるのに、今回は。
「全部湧きの大攻勢とか、周りに魔物がいたら、100体以上になるパターンじゃないかっ!」
俺が動くとミュアもすぐ後を追って来る。
リンダは少し遅れて走り始める。
とりあえず、先行して、魔力ビットを10個ほど飛ばす。
無制限で運用すると、1分で俺の魔力が切れる。
走りながら、俺の特製魔力回復ポーションをがぶ飲みする。
魔力を一定時間、高速で自然回復してくれる薬だけど、凄まじくまずい。
これを飲むのと、死ぬのはどちらがいいか本気で悩む不味さ。
吐き気と戦いながら走る。
しかし、これで俺の戦闘継続時間はかなり伸びる。
クアルが大きくなり、俺とミュアを乗せてくれる。
遅れたリンダをさらに置き去りにして、俺たちはクアルに乗ったまま、砦に滑り込んだ。
「お前らだけ、乗り物はずるいだろうっ~!」
リンダの叫ぶ声がむなしく遥か後方の森に響き渡っていた。
シュン特製魔力回復ポーション
10分間、MPを秒間100回復するとんでもポーション。
しかし、死んだ方がマシと思えるほど不味い。
とにかく不味い。
いろいろな意味で、覚悟がいる、シュンの切り札的アイテム。
不味い。




