ダメな奴
「そろそろ食事にしないか?」
リンダが話しかけて来る。
リンダとは、街から一切話しをせずに歩き続けていた。
ミュアも、ずっと俺のローブの裾を握りしめたまま、無言で歩いていた。
俺はため息を吐くと、リンダに向き合う。
「あのな、まだ街を出て、1コル(2時間)くらいだぞ。もう腹が減るとか、どんだけ燃費が悪いんだよ」
「そうは言っても、腹は減るのだから仕方ないではないか」
胸を張って答えるリンダ。
ため息をまた吐くと、俺は空間収納に手をつっこむ。
「これでも食べとけ」
香辛料で焼いただけの串焼きを出す。
屋台のだから、少し冷めているがまだ美味しい。
「おお。すまんな。お前、意外と優しいな」
リンダが嬉しそうに串焼きを頬張る。
俺は、ミュアを見るがミュアは首を横に振る。
ミュアの頭を撫でると、数本リンダに串焼きを渡して、また、歩き始めた。
てか、こいつ、自分の保存食持って来てないか、先に食べたパターンじゃないだろうな?
えらくご機嫌になったリンダを無視して俺は歩き続ける。
特に魔物に会うこともなく、日が暮れて来た。
「マスター?」
「ああ、今日はここまでだな」
「うむっ!夜営の準備だなっ!そして飯だっ!」
今日、こいつは飯しか言ってない。他人事ながら、こいつ彼氏絶対作れない奴だろ。
そんな事を思いながら、夜営の準備を始める。
と言っても、簡単な暖炉を作り保温用のなめした毛皮をひくだけなのだが。ちなみに、俺とミュア用はダブルベッド仕様だったりする。
まだ、ミュアには手を出してないけれどな。
妹みたいなミュアにはそんな気すら起こらない。
一応女だが、筋肉だるまのリンダには、ミュア以上にそんな気にはならない。
オオカミなど、魔物の肉から剥ぎ取った油を暖炉に入れ、燃えやすい木材を突っ込む。
空間収納には、万本単位で入っているから気にせずに乱用する。
俺の異空間収納は、なぜか最初から琵琶湖並みの広さがあったし、高さもスカイツリー以上ある。まだ、ワイバーンが解体されて入っているけど今は、全体の10%も使っていない。
高積みしようが、平積みしようが、収納に困る事は無い。
だから、ギルドの受け付けのお姉さんに底の抜けた樽の収納量とか言われるんだが。
壊れないようにしっかり作った吊り具を設置して、屋台の雑炊みたいな汁物を温め直す。ウサギの肉増量のガッツリ増しスープである。
ミュアと二人で焼いた御碗とスプーン、取り分け用大スプーンも取り出す。
「それは、私も食べていいのだろうか?その、言いにくいのだが、その、、食べてしまって、、」
美味しい匂いをさせるスープをガン見するリンダ。
ああ。本当にダメな方の騎士だった。
「依頼主が餓死でもしたら、評価に関わる。食べていい」
俺は頭を押さえながら吐き出すように答えた。
屋台の食事のストックは目的地まで保つかな?
二人なら半年分はあるんだが。
夜になると、お腹が膨れたのか、いびきをかいて地面に大の字になって寝始めるリンダ。
ちなみに、時々EPが入って来るけど、まあ気にしない。
[魔力ビット]と[ビットシステム]は接近して来る敵を確実に仕留めてくれていた。
これに、絶対結界を張れば、安全に朝まで寝れる夜営所の完了である。
「マスター?」
もう、1日でいろいろあきらめた俺は、リンダに毛皮をかけてやる。
「そんなマスターが大好きで、しょうがないです」
ミュアは俺にしっかりとくっつく。
草原の真ん中で見る夜空は本当にきれいだった。
ミュアの頭を撫でながら、二人で夜空を堪能する。
俺は日中のイライラを解きほぐすようにゆっくりと過ごすのだった。
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「余裕だなっ!」
朝ご飯もしっかり食べて(俺の持ち出し)、戦闘もないため、のんびり歩くだけの3人。
セイの村までは、馬車でも2、3日はかかるため、歩きだと半月は見ないといけない。
馬車はダメなのかと聞いたら、絶対歩きで帰って来る事と厳命されたらしい。
それって帰って来るなって事だろ?
と本気で思ったが、リンダのダメさ具合を見ていると本人にとても言えなかった。
一晩休めばMPは回復するけど、常時魔力ビットが発動しているため、いつもMPは減っていた。
できれば、セイの村で1日はゆっくり休みたい。
水替わりの魔力回復ジュースを飲みながら、歩きを続けていた。
しばらく歩くと、目の前に壊れた馬車が見えた。
無事では無さそうな荷物も見える。
リンダがすぐ馬車に走りより、何かを探す。
「人はいないようだ」
リンダがそう言って立ち上がった時、周りの地面がはね上がった。
矢がミュアに飛んで来るが、ミュアの近くにいる魔力ビットがすぐ飛んできて、絶対結界を張りミュアを守る。
矢に麻痺毒が塗られているのが確認できた。
「野党かっ!」
リンダが叫び、剣を抜く。
地面に隠れていた野党は5人。まだ地面に2人。
かなり大きいグループだ。
最近思うのは、護衛団よりも野党の方が強いと言う事。
ただ、数は護衛団の方が多いから、なんとか倒せるのだが。
それぞれ武器を抜く野党。
無言で来るあたり、馴れている。
リンダは、二人相手に斬りあい、一人をすぐに斬り倒す。
それを見て、少しリンダを見直すと俺は自分の竜骨槍斧を空間収納から、引っ張り出す。
一気に相手に接近して、引き裂く。
鈍い手応えと、魔物よりもあっさりと切り裂いてしまう事に驚き、次に自分が切り裂いた死体と、死体の懐からこぼれ落ちたロケットが見えた瞬間。
俺は全身に震えが来てしまった。
手が足が動かない。
昔の思い出がフラッシュバックする。
妹が、おばさんの死体が。誰かの小さい手が。
全身から汗が吹き出る。
「シュン!何をしているっ!死ぬぞっ!」
リンダの声は聞こえるのに、体が言う事を聞いてくれない。
人を殺した感触に? いや、魔物を切る時の感触に比べたらマシなはず。
なのに、体が言うことを聞いてくれない。
心が何もかもを拒絶する。
俺に斬りつけようとしていた、野党の一人の頭が矢の爆発で吹き飛ぶ。
ミュアが走って来て、俺にしがみつき、震えている俺に気がつき。
力一杯俺を引っ張り、座らせる。
二人に近付こうとする残りの盗賊を、リンダが牽制する。
まだ、震えている俺の頭を押さえると、ミュアは俺の口にキスをした。
さらに混乱する俺。
しかし、口付けしてすぐ、俺の何かがミュアに吸いとられ、一気に戻って来た。
体力が魔力が、混乱していた頭がすっきりし、体の震えと汗が一気に引く。
俺は、ちょっと潤んだ目をしているミュアの額にキスをして、お礼をいい、再び立ち上がる。
代わりにミュアは座り込んだままだが、もう関係ない。
ミュアは俺が守る。
俺は、自分の武器を握り直すと、斬りあっているリンダを飛び越え、野党の背中から両断する。
行ける。もう震えはこない。
何があってもミュアは守るっ!
魔力ビットが動き、満タンになったMPからの魔力矢が野党を撃ち抜いた。
地面に隠れていた二人も、魔力ビットの魔法が空中に吹き飛ばし、空中で光の矢に串刺しにされ息絶えていた。
まだ、潤んだ目をしているミュアに俺はもう一度キスをする。
ミュアはいつも通り、にっこりと笑っていたのだった。
データベースで調べて見ると。
[譲渡]
シュンの魔力を少し自身に取り込み、自分の生命力と共に、シュンに送り返す。魔力大回復、傷大回復。螺旋に入ると、完全に一つになる。副作用として状態異常を自身に移動させる。ミュア専用。
つまり、俺がなっていた恐怖の状態異常を今、ミュアが感じていると言う事。
俺のトラウマのせいで、ミュアには迷惑をかけてしまった。
ミュアを抱き締めると、ミュアは力一杯しがみついて来る。
ミュアの震える体を俺は抱き締め続けるのだった。
「二人の仲が良いのは改めて分かったのだが、私はどうすればいいのだろうか?」
リンダは、剣を抜いたまま、呆然とただ二人を見つめるだけだった。




