無敵
森の中。とりあえず敵を蹴散らして、安全地帯になった場所で、簡単な野営地を作る。
「ご飯です」
ご飯の準備が終わると、いつも通りといわんばかりにぽすっと俺の膝の上に収まるミュア。
それを見て、苦い顔をするダルワン。
「やっぱり、見せつけてくるんだな」
俺とミュアは、ダルワンの言っている事が分からずに、顔をあわせて、きょとんとしていた。
「ああ、いい。いい。飯にするか」
水筒代わり皮袋の中の酒を飲みながら、ダルワンは苦笑いをするのだった。
結界を張り、穏やかに全く警戒もせずに寝ている二人を見ながら、ダルワンは再び苦い顔をする。
今回の依頼。
怪しい話ししかなかった。
まず、依頼主が匿名。
これは、良くある事ではあるが、金額が高額になれば、そこに怪しさが入ってくる。
次に、シュンを同行出来る者。と言う依頼条件。
調査と言うには、森の奥深くすぎる事。
依頼達成条件が、数名で確認し、調査結果を報告する事と言うだけ。
後日、討伐隊を出す予定も、その道案内を行って欲しいという話しすらない。
つまり、最初から討伐する気はないと言う事。
普段なら断る、小さい違和感がちりばめられた依頼なのだが、いかんせん、ダルワンは酒のツケを責められて、強引にこの依頼を受けさせられていた。
「何かあったらすまん」
ダルワンは、穏やか眠る若い二人に心で謝るのだった。
―――――――――――――
二人は、ぐっすりと寝て、朝になり再び歩き出す。
ダルワンも、あまりにも余裕な移動に半分あきれていた。
本当に何もなく、魔物に囲まれる事も無い日々。
ミュアが薬草や、食べれる食材を見つけては、シュンに誉められて、満面の笑みを浮かべ。
危険を通り越して、死にに行くような物と言われる森の中で、とんでもない平和な日常と、ピクニックのような日々が過ぎる。
そして、数日後。
シュンが足を止めた。
「いるな」
マップで、赤い丸と、どう見ても砦の形になっている岩や、地面といった地形を確認する。
少し日も傾いていて、本来なら自分達に圧倒的に不利な時間。
でも俺はニヤリと笑う。
「ミュア、力いっぱい、一撃入れろ。宣戦布告だ。ダルワンは、なるべくこのあたりで、魔法を連打してくれ。とりあえず、巻き込まれないでくれよ」
そう言うと、収納から俺は自分の槍斧を取り出す。
竜骨戦斧槍
槍刃は、竜の爪で作り、直刀。
ワイバーンの羽、牙を削り出して作り上げた斧部分。
突く事も出来るけど、どちらかといえば、叩き切る事を前提に作られた武器。
作成時に魔力を籠め続けたため、うっすらと緑色になってしまっていた。
ミュアも自分の弓を構える。
飛竜落としの弓
竜の素材のみで作られたコンパウンドボウ。弦は竜の髭。
精霊が常に弓に宿るため、魔法矢が放て、MPがある限り、矢が不要な弓。
ミュアは、矢をつがえずに弦を引く。黄色の矢が突然生まれる。いっぱいまで引かれたまま、ミュアは、止まった。
つがえた矢が魔力を集め出す。
ミュアに付けたスキルが発動しているのだ。
すぐにミュアが慌て出す。
「ま、まだでしょうか?」
ミュアが少し声を震わせる。
矢に、周りの魔力が螺旋のように永遠と集まる。
ミュアはこのスキルを使うのは初めてだ。かなり焦っている。
俺の魔力に比べたら全然少ないが、今の状態で、魔法使いの3人分程度の魔力は集まっている。
「まだだ」
それでも冷静に、ミュアを支えながら俺は呟く。
ミュアの矢は、輝き、矢頭が直視できない。
矢そのものが白く変色し始める。
「撃てっ!」
俺の声と共にミュアが弦から手を放す。ミュアが、魔力に圧され支えていた俺の胸によろめく。
矢はブレる事なく、視界いっぱいの光を放ちながら集落に飛んで行く。
激しい光の爆発と。全てを消滅させながら、矢は集落を襲い、空中に消えて行った。
スキル。魔導砲。
魔力を集め、矢をレーザー銃にするスキル。しかし、竜落としの弓を使う事で、レーザー銃から、竜吐息にレベルアップする。
チートスキルだと思う。
殲滅魔法がないこの世界で、竜のブレスを疑似的に作り出すようなこのスキルの火力は圧倒的だ。
「ミュアっ!サポート頼むっ!」
集落の1/3が地面ごと吹き飛んでいるのを確認して、俺は飛び出す。
慌てて出て来る犬頭を、綺麗に刈り取る。
俺を確認して、襲いかかって来た番犬代わりの2つ頭のオオカミは、飛び上がった空中で凍りつき、風に切り刻まれてバラバラになった。
魔力ビットがその隙間を高速で通り過ぎて行く。
槍に魔力を通し、人の頭蓋骨を首から下げている悪趣味のコボルトシャーマンを風魔法で撃ち抜く。吹き飛ばされ、倒れる体が、同じように凍り付く。
風魔法が、コボルトシャーマンを貫通しバラバラになっていくその体を視界に納めながら、飛んで来た骨の鳥形の魔物を槍斧で叩き落とし、その頭蓋を突き刺し粉々にする。
オオカミに乗り、木の間を駆け抜けて来たコボルトは、俺の前にたどり着く前に、ミュアの矢に打ち落とされ、地面に落下する。
主を失ったオオカミは、いきなり見えない壁に激しくぶつかり、地面から付き出した岩に貫かれ、動けなくなる。
地面に落ちた犬頭たちは、一瞬で風魔法に切り刻まれる。
笑いも出ない。
俺は、魔力ビットと一緒に舞う。
槍斧を振るい、ミュアの矢の横を走り、壁役だったのか、何故かいたジャイアントバッファローの頭を一撃で叩き落とし。続けて出て来たコボルトシャーマンを体に巻き付けていた、何かの臓物ごと叩き切る。
魔力ビットは、縦横無尽に飛び回り、完全に制空権を把握したようで、空中から、爆撃のように魔法を撃ち始める。
魔力ビットからの誤射も時々あるけれど、俺とミュアだけなら、絶対結界が弾いてくれるから気にしない。
二人して、コボルトの集落を走り舞うのだった。
――――――――――――――――
俺は、夢でも見ているのだろうか。
コボルトの集落の入り口で全く動けず、目の前で起きている事をただ茫然と眺めているだけだった。
コボルトの集落。
コボルトシャーマンもいる。アルケミストも何体もいる。
ドクターもいるし、普通のコボルトもかなりいる。
200体くらいはいそうな大集落。コボルトはオオカミなど飼うから、500体以上いるかも知れない。
普通なら、大規模な討伐隊を派遣するクラスの集落。それでも、大量の犠牲を覚悟しなければならないくらいの規模の集落。いや、これはもう、砦だ。
なのに。
「宣戦布告だ」
シュンの一言で、ミュアちゃんが放った一撃で、たった一撃で集落が壊滅してしまった。
わけがわからない。
何で、殲滅竜吐息並みの攻撃がミュアちゃんに出来るのか。
シュンが飛び出して行ったが、しばらくして、空中から、地面から、永遠とも思えるほどに魔法が大量に飛びかい続ける。
ミュアちゃんもシュンの後を追って走って行ってしまったが、俺は動けなかった。
というか、行く機会を失った。いや、動けなかったと言うのが一番しっくりくるのかもしれない。
あいつらは、街の外に住んでいたが。
納得してしまった。
街に住んでいたら。こんな強さだと知られてしまったら。
二人で、これほどの大集落を壊滅させるなど。今、現実に見ているにも関わらず、理解できない。
俺は、袋から酒がこぼれているのも気がつかないまま、呆然と眺めるしかなかった。
―――――――――――――
集落を舞い躍り、集落にいたコボルトは壊滅した。
魔力ビットの数個が、逃げて行ったコボルトの追撃に飛んで行くのを感じる。
ライナの仇打ちじゃないが。
コボルトは絶対に許さない。
最後の一体をビットが倒したらしい。
討伐完了とデータベースが教えてくれる。
俺が大きなため息を一つ吐いた時、カキンと鈍い音がして、絶対結界にはじかれたナイフが空中を飛んでいた。
突発的に自分の武器を振るう。
槍斧は、いつの間にか目の前にいた、背の低い男の体をとらえ、そのまま槍斧が彼をすり抜ける。
茫然とする俺の前で、男はにやりと小さく笑っている。
身長150cm程度の小さい男だった。
ギョロりとした大きい目が見ていて不安を誘う。
魔力ビットから放たれた魔法が男を撃ち抜くが、それすらすり抜ける。
ニヤリと男は笑うと、再び小さな武器を振るう。
今度は男の短刀が揺らめき、絶対結界を素通りして、俺のローブを切り裂く。しかし、強度が桁違いの俺のローブにはじかれてしまう。
「なにっ!」
薄いはずのローブの強度に驚いたのか、男は叫んでいた。
データベースが、短刀に致死毒が塗られていた事を伝えて来る。
危なかった。
ワイバーンから作ったこの灰色ローブでなかったら、致死毒付きの短刀で切り裂かれていた。
男は、一回飛び退くとうっすらと笑う。
「ちっ。失敗か。可愛い嬢ちゃんもいるってのに。もったいねぇなぁ。まだまだ遊んでやりたいんだが、時間だ。今度会う時は、いっぱい可愛がってやるよ。嬢ちゃんもな」
男は、それだけ言うと、気持ち悪い笑みを浮かべたまま、目の前から突然と消えた。
慌ててデータベースで、さっきの男を検索する。
『希薄の』
4Sの一人。 次元がずれて存在している。
全ての武器、魔法は次元がずれているため、本人をすり抜ける。
武器も自在に次元の置換が可能。つまり、どんな盾も、魔法ですらすり抜け可能。
相手を切り裂く時だけ武器は実体化する。
その検索結果に思わず冷や汗が出る。
初見殺しもいいところだ。
絶対結界みたいに常時設置型の壁ですら、すり抜けて斬られる。
武器で受け止める事も、盾で防ぐ事も、武器そのものと、相手の体がすり抜けて来る以上無理。
多分、あのゴスロリ姿の女が使っていた、範囲攻撃スキルでしか倒せないのではないかと思う。
しかし、まさか、冒険者の最高峰。4Sの一人が暗殺に来るとは思わなかった。
「今のままじゃ勝てない。結局は有名になって、暗殺されないように地位のある誰かに守ってもらうしか無いのかも知れないな」
必死の顔で走って来るミュアに心配をかけないためにも。
俺は、一人呟くのだった。




