その後 悪夢
ドンキ。一人の男がいた。
娘を、妻を。
救えなかった男は、全てを救いたいと強く願い、領主にまでのし上がった。
その男が。
「この世界が、私を無視するのなら、私が世界になれば良いのだ!」
「この世界が、私に絶望しか見せないのなら、私が世界を創ればいいのだ!」
二つの声が聞こえる。
「ありゃ、この世界に、絶望して、吞まれちまったのか」
タイガの呟きは、哀れみがこもっていた。
「この世界も、前の世界も。同じだろうがよ。何かをすれば、何かを失う。しかし、得られるものもあるだろうが」
村人を、守りたい人を失い続けても、まだ立ち続ける虎人は牙をむき出しにする。
「弱ええ奴は、嫌いなんだよ」
血だらけになっている両手で、大剣を握りしめる。
「失っても、それでも見守り続けるのが、使命と思っておりますゆえ」
うちの執事は、ゆっくりと両手を伸ばす。
「大丈夫。うちのとうちゃんは強いから」
ウルが、小さな獣人が剣を握り直している。
俺は。
いや。
僕は。
見てしまった。
パパが、すごくつらい顔をしているのを。
改めて、巨大なオークを見つめる。
大きな体。巨大な手。
でも、それだけだ。
「やれるかにゃあ?」
振るえているにゃあの頭をしっかりと撫でて上げる。
呆気にとられた顔をしているにゃあに。
「行くよ」
それだけ伝えると、僕は飛び出した。
やめろ。
俺は、飛び出して行く息子に声すらかけられなかった。
足が震える。
オークの手が伸びる。
思い出したくない光景がよぎっていく。
笑いながら、「好きだよ」そう言い残したリン。
一撃を避けるミオ。
「こんな奴っ!」
ミオの爪がオークを切り刻む。
一瞬でオークの傷は回復し。
再びミオに殴りかかるオーク。
「あなたが気にする事はないのです」それだけ言って、光になっていったミュア。
雑巾のように机に投げ捨てられていたカイナ。
誰一人、助けられない。
「だから、あいつらのために、俺は走るんだよぉ!」
野太い叫び声が聞こえ、タイガが全力で剣を振り下ろす。
しかし、オークは小さく笑っているように見える。
オークの目が光ったような気がした。
目の前に、小さな体が浮かんでいる。
そのお腹は、空洞で。
「いや、いや、いや」
シリュが小さく、だんだんと大きく叫び出す。
「お前の子はあの時死んだはずだろう?目の前にいる、そいつは、誰だ?」
オークが笑う。
足が震える。
「あの子は私の子共です!それ以外ありません!」
リュイが、叫びながら斧を振るう。
「ほんとうに?」
「たすけられなかったのに?」
小さな体が。
手が無くなった少女が。
溶けていったその姿が見える。
「おまえは、生きているのに?」
「なぜ死ななかった?」
頭に、誰かの声が響く。
誰かが俺を呼んでいる気がする。
ざわざわする。
なぜ、こんなに辛い思いをしなければいけないのか。
こんな世界、無くなってしまえばいい。
「この世界に、復讐を」
俺は、気が付いたらリュイの斧を受け止めていた。
「シュン様?」
リュイが驚いた顔をしている。
最愛だった、青い髪の少女がその表情にだぶる。
「違う。お前はミュアじゃない」
俺は槍を振りかぶり。
『マスター!違う!』
思いっきり怒鳴られた。
頭の中で。
『気にしてたの。ちょっとうれしいの』
にこやかに笑われる。
『私たちは、』
『姿ではなく』
『体じゃないの』
『あなたが好きだから』
側にいます。
俺の槍斧が、弾け飛んでいた。
光りの球となり。
空中に漂う。
まだびっくりした顔をしているリュイ。
その体を。
俺は抱きしめていた。
最初はびっくりしていたリュイは、ゆっくりと俺の身体を抱きしめ返す。
「本当に、弱い人です。大丈夫です。私が。いえ。私たちが支えるです」
リュイはゆっくりと俺の頭を撫でる。
安心すると同時に。すっきりした心に。
俺の周りの光りが、色を変え始めていた。
何故だ。
この世界はクゾだ。
俺を無視して。
俺の力を無視して。
あんな馬鹿みたいな力を持った奴が、この世界を平然と生きている。
この世界の中心は自分のはずだ。
アンデットを。
全ての死んだ者を扱えるこの力が
弱いはずないじゃないか。
なのに、何故。
悪夢を見せて、絶望した奴を切り刻むはずだったのに。
なぜ、奴は崩れない。
何処か嬉しそうに、女に寄りかかって笑っている奴に、激しい怒りがこみ上げる。
嫉妬?うらやましい?
自分の気持ちすら分からず。
ただ怒りだけがこみあげる。
その風景は、私のためにあったはずなのだ!
俺は、私は。
全力で力を振り絞る。
ならば、全ての悪夢の塊を。
私が見た悪夢を。
見せてやればいい。
私は、吠えながら過去の悪夢を再び生み出す。
無数のネズミが。
足元から生まれ出る。
「さぁ。飢えた者たちよ。餌の時間だ」
再び。
全てを滅ぼしたあの悪夢を。
ここに作るのだ。




