その後 戦いの始まり。
「行くのかい?」
お母さんが僕たちを乗せて再び飛び立とうとしている時。
突然後ろから声をかけられて、僕はびっくりする。
「ああ。俺の撒いた種だったみたいだからな」
声の主が近づいていた事を知っていたかのように、返事をするパパ。
「正直、君の事はまだ許せる気はしていない。だけど、今回は本当に助かった。ありがとう」
ロアさんは、ゆっくりと手を差し出す。
パパはその手を握り返していた。
「また、お茶をしに来てくださいね」
ライナさんがにっこりと笑う。
その二人に見送られて、僕たちは空へと旅立ったのだった。
「行きましたね」
「いつも、突然に来ては、嵐を巻き起こして消えて行くね。彼は」
ロアは隣で笑う自分の妻の手を握る。
ゆっくりと握り返して来る妻の手が、自分の本当の思いに気が付いているようだった。
「彼を、心から許せる日は来るのかな」
「無理だと思います。私も、今はシュン君の隣にいる未来はありません」
ライナのはっきりした言葉が、なぜか心地よく思えてしまう。
「シュン君は、シュン君の役目があって、あなたには、あなたの役目がある。それだけだと思います」
その言葉は、ロアの中に重くのしかかる。
「こんな重大な役目を引き受ける気は無かったのにね」
「ロアさん!隣の村を管理しているダイクとか言う人が、面会を申し込んで来てます!」
散々さがしたのか。
冒険者ギルドの雑用をしている、新人冒険者が、今にも倒れ込みそうな勢いで叫びながら走って来る。
「ちょっと働かせすぎですよ」
穏やかな回復魔法の光りを浴びている新人冒険者にねぎらいの言葉をかけて、ロアは町へと戻る。
自分の次の戦場は、机の前になりそうだった。
「すごい!綺麗!」
リルが、はしゃぎながら下を見ている。
高所恐怖症は克服したらしい。
「あぶなっかしいのにゃあ」
にゃあが、別の意味でそんな彼女を警戒していたりする。
「あーーー!」
ミリが突然叫ぶ。
皆がどうしたのかと妹を見ると。
「ミスったの! パパが好きな、お魚と、海藻を買い込めなかったの!」
本当に悔しそうに、足踏みをし出すミリ。
何事かと思っていた僕たちは思わず吹き出していた。
お母さんは、王都を突っ切り、森を抜け。
僕たちの生まれ故郷であるキンカへと飛び続けるのだった。
「ねぇ。あれ、、」
リュイが、ゆっくりと見えて来た街並みを見て、暗い顔をする。
「ああ」
アティの顔も冴えない。
「急ぐです」
「遅かった、、か」
目の前に現れているのは、無数のアンデット。
オオカミの、人の。
魔物の。
そして、、
「オークアンデットとか、初めて見るんだけど」
森の中で、戦い続けていたリルが言うくらいだから、本当に初めての敵なのだろう。
「とりあえず、降りるぞ」
キンカの外れ。
もう完全に廃墟となっている村へと降り立つ。
パパが少し苦い顔をしていた気もしていたけど、僕たちはそのまま壊れていない、家の中に入る。
「そこに、水亀があるはずだから、水を汲み替えないとな」
始めて来た家の中のはずなのに、パパは何処に何があるのか、よく知っていた。
パパの収納からご飯を出してもらい。
僕たちはとりあえず横になるのだった。
「泣いているですか?」
俺が外で、川の流れを見ていると、突然後ろから声をかけられる。
そのまま、そっと、抱きしめられる。
「助けられなかった、、また、、だ」
俺は小さく呟く。川が、赤く見える気すらする。
空から見えたアンデットの数は、キンカが食い止められるほど少なくなかった。
フェーロン共和国の冒険者は、未だに帝国の冒険者ほど強くない。
ぎゅっと抱きしめられる。
「全てを助ける事は、無理です。シュン様は多くの人を助けてこられました。でも、すり抜ける命があるのは、仕方ない事です」
「それでも、、」
「私を守ってくれてます。家族を、子供達を守ってくれてます。それで十分なのに、シュン様は頑張りすぎです」
寄せられた頬が濡れている。
気のいい、メイド達。
いつも笑ってくれる町の人達。
子供達が小さい時、いろいろと助けてくれた世話好きな近所のおばさんたちの顔が浮かんで来る。
俺と、リュイは、いつまでも頬を寄せ合ったまま、小川の流れを見つめるのだった。
「突破する」
朝、パパはそれだけ言う。
「ちょっと準備させてもらいたいの」
その決意の言葉を遮ったのはミリだった。
「あれだけの数なの。準備無しに行っても死ぬだけなの」
その言葉に、頷くリルとアミュ。
二人とも、今まで大進攻を何度も潜り抜けて来ているだけあって、あれだけの数でもひるんではいない。
「一回、家に帰った方がいいと思う」
結局、リルの言葉で僕たちは一度西方城塞都市へと戻る事にしたのだった。
「はぁ。おかえりと言いたいのに、そういう事か」
西方城塞都市に戻ってすぐにリルを迎えに来たバルクルスさんが、暗い顔をする。
「そろそろ、こちらも大進攻が起きそうでね。人手は割けないんだ。守りを固める事に専念させてもらうしかない」
バルクルスさんは、冷たい顔をしていた。
「でも、キンカの人がみんな死んじゃうかもしれないよ!」
リルの言葉にも。
「町を守ると言う事はそういう事なんだよ。他の町を助けて、自分の町が無くなったら意味は無い。帰る所を守る。それも十分大事な仕事だよ」
「分ってる。少し物資を分けて欲しいんだが」
「キンカに突っ込むっていう、君の事も止めたいんだけどね。勝てる戦いじゃないよ。けど、止めても無駄だろうから、物資は持って行っていいよ。後、リルはお留守番だからね」
むすっとした顔になるリル。
「絶対死ぬと分かっている戦場へ、娘を送り出す親なんかいないよ」
バルクルスさんの言葉はどこまでも冷たかった。
「さて、行くか」
数日後。
「大丈夫なの」
「矢も、大量にもらえたからな」
「魔力回復ポーションも十分あるよ」
僕たちは、城壁前に集まっていた。
僕たちはお母さんに乗り、西方城塞都市を出る。
何故か、お母さんが少し疲れている気がしていた。




