その後。 海の悪夢
「来る!」
シリュが、怖い顔で叫ぶ。
僕も全身を襲う ぞわぞわした感覚に気持ち悪さを感じていた。
殺気。いや、殺意。
そして、海からぞろぞろと、骨だらけの魔物が地上へと上がって来る。
腐った臭いを放ちながら、はいずってくる海の魔物。
骨なのに、骨の剣を持っている人骨。
半分腐ったまま腐った肉を落としながら歩いて来るオオカミ。
「うぷっ」
リルが、自分の口を押えている。
遥か上空にいるはずなのに、地上から臭いが空の上まで漂ってくるようだった。
「さすがに数が多すぎないか」
アティが、青い顔をしている。
そう。
海から上がって来る魔物の数は、町の人全員を合わせてもさらにその4倍はありそうな数だった。
なのに、まだまだ海の底から上がって来ており、途絶える様子は無い。
「パパに教えないとなの!」
妹の声に、僕はあっけに取られていた事に気が付く。
「降りるから!」
「にゃあも行くの!」
にゃあが僕と同時に飛び降り。
空中で僕を拾って空を飛ぶように空中を走る。
いや、本当に空を飛んでいた。
にゃあの背中に小さい羽が見える。
「神獣化してるの・・」
ミリは少し羨ましそうに空中からにゃあの姿を見ていたのだった。
「パパ!」
僕が叫ぶと、パパはこっちを見る。
「まだ波が引いて無い!完全に引くまで降りて来るな!」
「でも、魔物が大量に海から上がって来てる!」
「魔物?」
ロアさんが不思議そうな顔をする。
海も魔物は、この波で上がって来る事はあるかも知れないけど、それほど脅威にはならないはず。
「骨とか、腐ったオオカミとかが上がって来てるんだ。上から見えた!」
僕の言葉に、パパが舌打ちをしたような気がした。
「思い当たる事があるのかい?」
ロアさんがパパに尋ねる。
「悔しいけど、思いっきりある。多分、転生者の死体だと言っていたな。確か」
パパは悔しい顔をする。
「死霊使い」のスキル持ちと思われる男。
顔を見る事もなく、数千、数万のビットの空爆で街ごと蹂躙し、燃やし尽くした。
その時に死んだと思っていたのだが。
死霊都市を燃やし尽くした後、、落ち着いた後でドンキが教えてくれたのは、自分で顔を掻きむしり、その後自分で胸を刺して死に、燃えつきた死体だった。
そんな余裕なんて無かったと思ってはいた。
俺は、もう一度小さく舌打ちをする。
「死体の確認は3度行うのは、フラグ折りの基本だよ」
「それよりも!」
「分ってるよ。大丈夫。ミオ君」
にっこり笑い返してくれる。
その笑顔と同時に、海が凍り付く。
僕がびっくりしていると、冒険者さんたち全員で、水を、瓦礫を飲み込んだ水そのものを凍らせていた。
「おらぁいけぇ!」
凍った海を足場に走り出す戦士たち。
「第2陣!土魔法で、堤防及び、足場を作成!」
的確に、指示された場所の地面が盛り上がり、新しく来た波が盛り上がった地面にぶつかり、海に帰って行く。
帰り際に、数千にも見える骨を飲み込んで。
「後、30秒で撤退するんだ!足場はいつまでも持たない!」
ロアさんの指示が飛び交い続ける。
「すごいにゃあ」
僕も頷くしかない。
魔物が何処から、どれだけの数が、どの方向から来るのか。
次の波が何処から乗り上げてくるのか。
全て分かっているかのような指揮。
【先見】のロア。
あの大戦のあと、そう呼ばれるようになった冒険者の統率リーダーに思わず見とれていると。
「ミオ!どいて!」
突然上空から声が響く。
咄嗟ににゃあが、旋回に急速回転を入れてその場から逃げる。
僕の真横を真っ黒な光が走り去る。
海を、いや。
町を真っ二つに黒い光が切り裂く。
撤退していた最後の冒険者が必死な顔をしているのが見えた。
街をさらに飲み込もうとしていた波が、完全に途切れる。
「危ないだろ!リュイ!」
「ちゃんと警告したでしょ!」
妹の反論が聞こえる。
「この子たちも、、シュンくんの子、、ね」
ライナさんの呟きがここまで聞こえて来た気がする。
アンデット達が、突然の異次元の破壊力の魔法に呆気にとられ、足が止まる。
そりゃ、あんな魔法見た事ないよね。
僕もあれだけは受けたいとは思わないもの。
すこしアンデットに同情していた時、穏やかな透き通った歌声が聞こえ始める。
「うた?」
誰の声だったか。
その歌は、だんだんと大きくなり、海を包み込み始める。
小さかった声は、小さかった歌は、未だに激しくうねる水を撫でるようにあやすように、通り過ぎて行く。
「また、助けられた、、かな」
パパが少し嬉しそうな顔をしていた。
歌は海を、町を包み。
「見て」
リルが指さす。
そう、波が。あれだけ荒れ狂っていた波が穏やかに、静かに海へと帰り始めたのだ。
静かに波が去っていったあと。
あれだけ大量に上がって来ていたアンデットが全ていなくなっていた。
「奇跡だ」
誰かが呟く。
「奇跡の英雄だ!」
誰かが声を上げる。
その歓声は、だんだんと大きくなり。
ついには、叫び声のようになっていた。
「シュン君?」
「ああ。昔の知り合いが、助けてくれたみたいだ」
ロアさんの問いかけに、小さく笑うパパ。
「上がって来てはくれないだろうな。ありがとう。ピッピ」
本当に小さく呟いた呟きを、僕の獣人の耳はしっかりと聞き取っていたのだった。




