ドンキ
少し前。
「知らなかっただろう?神の体を持つ者よ」
【皇の】言葉を聞きながら、初老の男は一人の少女の亡骸を抱えて地下へと走っていた。
ボロボロの天井の中。
これだけの騒ぎの中でも、なんとか壊されずに残っていた少女の体が、不思議な液体の中で浮かんでいた。
「さぁ。神の体を持つ男の娘を持って来たぞ。生き返ってくれ。アンナよ」
ドンキは嬉しそうに黒髪の少女に話しかけるのだった。
いつからだったろうか。自分が狂ったのは。いや。最初から狂っていたのか。
そう。全ての歯車が回り始めたのは、あの時からだった。
【皇の】が、一体の肉の塊を持って来た時。それはオークだという。
「とある男の息子だ」
そう言われたそのオークは、人であり、オークナイトであったという。
つまり、死なない肉体と凄まじい魔力を秘めていた。
そして、肉の塊となりながらも、それは生きていた。
「これをとりこめば、不死になれる。これを、俺に使ってくれないか?」
【皇の】にそう言われた。
転生者の子供が、不思議な力を持って生まれる事があるのは知っていた。
この子供が持っていたスキルは【融合】だろう。
オークが持っていたスキルは、【不死身】だと思われる。
二つが合わさり。
オークナイトでありながら、人でもある不思議な生物が生まれてしまった。
残酷なその二つのスキルは、こんな肉の塊の姿になっても、彼を生かしている。
だが、年齢も重ねてしまい、もう先が見え始めていた私にとっては、ありがたい申し出だった。
まだまだ私は死ねない。
私は、【皇の】と、私自身に、それを取り込んだ。
後から、私はあの恐ろしい肉塊の親がシュン君である事を知った。
彼の子供にも、彼自身にも凄まじい価値がある。
それを実感した私は全力で彼を守った。
馬も。
豆も。
私の人生の全てをかけて手に入れた物を全て、彼に与えた。
楽しかった。
ほんとうに、久しぶりに英雄と過ごす日々は楽しかった。
しかし、ある日彼はとんでもない現象を起こしてくれた。
七色の光りの中。
確かに死んだ人間が。
死んだ者が、姿を替え。
体を替え。
生き返った。
その光景は、私の人として、最後に残っていたかすかな理性のピンを抜くには十分すぎる光景だった。
死んだ人間が生き返る。
この世界では、いや、前の世界でも。
絶対にありえない事。
私は、実験室とも言える部屋の中で、今まで娘の血肉を分け与えた物から、遺伝子の回収を始めた。
時々、冒険者が持ち帰ってくる魔物の肉も使った。
私が生き返らせたかったのは、たった一人。
10歳になる前に死んでしまった。
最初の娘。
汚され、あり得ない向きに曲がった首のまま道端に転がされていた。
何の力もなく。
ただ、暴力に耐えるしかなく、絶望の中で死んでいった娘。
町を守るはずの傭兵たちに、酒のついでにもてあそばれた娘。
私に力があれば。
私に、強さがあれば。
その思いだけで、今まで生きて来た。
貴族も。
こんな町を作ったヤツも。
戦争が続いていたなか、女は男の食料であり、玩具だったのは分かっていた。
それでも、動かなくなった娘を見た時に私の心を覆った闇は、全てを殺す動機には十分だった。
娘を抱いて、何日も泣きはらした夜を。
忘れた事は無かった。
なのに。
シュンは、
その常識を。理屈を簡単にひっくり返した。
自分の妻を、別の種族にして生き返らせた。
竜という、神の種族に。
その光景は私の中でたった一つの希望となった。
その時から、私は全ての物から一つの物を取り出す事に執着し始めた。
多くの物に彼女を組み込んで来た。
そこから、もう一度彼女を取り出す事にした。
自分の犬鳥も、潰した。
馬も潰した。
死んだと言う少女の体も。
幸い、この世界では少女がいなくなる事などよくある事だった。
その少女が生きていたのか、死んでいたのかなどどうでもよかった。
竜の遺伝子を組み込めば生き返れる。
そんな絶望的な条件すら満たせてしまった。
【皇の】は地竜の欠片を持って来た。
それすら自分に組み込んで欲しいと言って来た。
【空間の】目とともに。
王都という、自分の町から遥か離れたこの場所で。
私は全てを組み込んで、娘を取り戻す事が出来た。
その少女の見た目は私の記憶のままだった。
しかし、体は出来たのに。
生きてもいるのに。
娘は動かない。
何が足りないのか。
いろいろ考えた。
その中で。私が得た結論は一つ。
あの男の遺伝子が無ければ、ダメなのかも知れない。
「神の体を持つ男の娘だ。生き返ってくれよ。アンナ」
最後のピースを組み込み始める。
腹が裂け。血すら出なくなっていた娘の体から昔みた奇跡の光が湧き出て来る。
その光が、私の娘の中へと入って行くのが見える。
娘の目がゆっくりと開く。
「おはよう。アンナ」
私の言葉に目を開けた娘は、記憶のままの笑顔で、笑ってくれたのだった。




