赤い、赤い絶望
閲覧注意です。 一気に暗くなります。
目を離さなければ良かった。
城の中だから安全だと思っていた。
魔物の倒して、落ち着いていたから危険はないと思っていた。
良い訳はいくらでも浮かぶ。
ただ一つ。
油断していた。
俺は後悔と悔しさで破裂しそうなになりながら、空中からシリュを探す。
『シリュ、該当なし』
データベースも焦ったような声をしている。
(いません)
双子のそばを離れる事は出来ないため、リュイも、ビットをフル活用してさがしてくれているのだが、シリュを見つける事が出来ない。リュイの心の泣き声が聞こえる。
そんな時だった。
シリュが。
暗闇の空に。
空中に。
つるされていた。
その横に浮かぶ男が笑っている。
黒い体に、異様なほど太い足。
その男がシリュの片手を持っている。
「手に入れた!手に入れたぞ!全てを超越した男と、全てを内包した女の遺伝子を!!」
俺はその光景をまるで映画のスクリーンのように見ていた。
空中に浮かぶ男の手を。
シリュを持つ手とは反対の手に握られている肉の塊を。
シリュの。
ぽっかり空いたお腹を。
ぼたぼたとしたたり落ちる血は、誰のものだ?
男は。かつて【皇の】と呼ばれたその男は手の中の肉塊に貪りつく。
その小さな塊を飲み込む音が、永遠のように感じる。
光りがなくなった目が。シリュの体が。娘の体が落ちて来る。
俺はシリュを受け止める。
お腹に空いた穴が、冷たい体が。
現実を押し付けて来る。
守ると誓ったのに。
こんなにあっさりと。
俺の心が、悲鳴を上げる。
(人は一瞬で死ぬよ)
そうだね。
本当に一瞬で死ぬ。
狂ったように笑う男をゆっくりと見る。
(ダメです!!!!!!!!)
リュイの声が聞こえる。
しかし、それすら遠くなる。
『助けて!誰か!ダメ!マスター!!』
聞いた事のある声が頭に響く。
気にもならない。
(戻って来て!)
そんな声が聞こえる。
黒い小さな竜が、俺に体当たりをしてくる。
うるさい。
その竜を片手ではたき落とす。
加減をしなかったから、破裂したかもな。
俺は笑う。
心の中に、体中に。
絶望と一緒にこみあげてきた黒い感情は、留まる事を知らない。
「さぁ。これで、お前も、俺と一緒だ」
黒い男が何かを言っている。
うるさい。
何もかも。
目ざわりだ。
王都の一部が光った気がしたが。
俺は自分の絶望を、解放した。
「ママ?」
号泣しているリュイを見て、ミオとミリが不思議そうに見る。
しかし。
その二人をしっかり抱きしめる。
「痛い」
「痛いの」
二人が小さく呟くが。
リュイは止まらない涙を流し続ける。
二人が、不思議そうな顔をしていると。
「ダメ!!!シュン様!!!!!誰か!!!助けて!!!!!」
リュイが突然叫び出した。
その場にいた全員が怪訝な顔をした瞬間。
リュイの周りと、アムの周りで、ガラスが割れるような激しい音が響く。
「アム様!!!」
サラがアムの傍に走る。
ロアや、ライナ、レイアもアムの傍に走る。
そして、アムの周りの絶対結界が割れては張り直される。
「全員、リュイさんのそばへ走れ!!!」
アムが叫び、走り出す。
大広間は絶望と、叫ぶ声で埋め尽くされる。
突然降ってきた黒い羽は、触れた手を。
顔を、消しゴムで消すように消滅させていく。
唯一、絶対結界のみが、相打ちになる形で、その羽を消滅させていく。
黒い羽は、町を。
人を、全てを飲み込んで行く。
「ママ。これ」
「パパ?どうしたの?」
ミリとミオは気が付いたらしい。
「大丈夫。パパはママが守るから」
リュイはさらに小さく呟く。
走ってくるアム達に絶対結界を張りながら。
「くくくく。本当に、優しくないよね。この世界は」
自分の胸を貫いた腕を優しく撫でる、男。
俺は怒りと、絶望で歪んだ目で、前の男の顔をうっすらと笑いながら見る。
「うるさい」
ばさっと、男を貫いた自分の腕から黒い羽が膨れ上がる。
黒い羽は一瞬で、男を消滅させる。
なのに。
たったひとかけら。
たったひとかけらの肉から、男は逆再生でもするかのように復活する。
「さすが。君の遺伝子。神に愛された。いや、神そのものの体をもらった男だね」
【皇の】は笑いながら空中に立っていた。
「君自身も知らなかっただろう?僕も、この前知ったからね」
「君の片手をもらった時にね。気が付いたんだ。これは、神の体だとね。なのに、君の息子の体も食べたのに。君すら食べたのに。君の力は何故か発動しなかった。考えたよ。なんでだろうってね。もしかしたら君の娘ももらえば、発動するんじゃないかと思ったんだが。大当たりだね。今、本当に力が満ち溢れているのを感じるよ。本当に、君は化け物だね」
しゃべりながら、俺にさらに片手を吹き飛ばされ、しかし一瞬で再生する。
自分の片手を愛おしく撫でる【皇の】
「全てを総べる者にやっとなれたよ。これで、やっと行ける」
笑顔をずっと浮かべている【皇の】いや、【皇】と言うべきか。
「全てを消し去って。この腐った世界に復讐して、戻ろうじゃないか!!君も来るがいい!!この体をくれた君なら、一緒に帰る権利を上げようじゃないか!!」
上空に、巨大な。
本当に大きな、紫の光りが生まれる。
ゲート。
そう言われる物。
そこから、何万。何千の魔物が降って来る。
地面に落ちた魔物は、潰れ。
さらにゲートとなる。
無数のゲートから出て来る無数の魔物達。
黒い羽で消されてしまった家に。
城壁に。
魔法結界に。
その狂気を止める事は出来ない。
「さぁ。復讐の始まりだ!!!」
【皇】の声は、国中に響き割るようだった。




