奴隷?奴隷??
「すごっつ?!何この数!」
目の前に見える光景に、思わず叫ぶミオ。
「すっごいの!見渡す限り魔物なの!」
少し興奮しているミリ。
「無理。無理」
泣きそうになって俺の服の裾を握るシリュ。
ミュールに乗るように言ったのだが、シリュはとことん俺と離れる事を嫌がり、結局は、俺のワイバーンに乗っている。
「王都に入るのも無理かもです」
リュイも小さく呟く。
そう。王都は、結界発生装置から、魔法結界を全開で張ったまま、見渡す限りの魔物に囲まれていた。
ほとんどが、蟻やら、ムカデ、カマキリなどの昆虫系の魔物ばかりである。
しかし、見た事も無い、カマキリの頭に、蛇の尻尾を持った魔物まで見える。
昆虫をバリバリと両手で食べながら、歩いているアシダカも無数に見える。
虫嫌いな人間が見たら、二度と目を覚ます事はないのではと思われる光景。
蟻の魔物は、王都の壁を登ろうとしているのか、すでに壁にびっしりと張り付いていた。
王都の壁から伸びている魔法結界にはじかれ落ちて行ってはいるのだが。
いつ魔法結界を突破されてもおかしくない光景だった。
「はがすのは無理か」
とりあえず、壁の魔物をどうにかしたいのだが、俺の手持ちが少ない。
切断結界を使うと、壁まで切ってしまう。ビットからの魔法攻撃も壁に大ダメージを与えてしまう。
かと言って、敵だけ消滅させる事が出来る、光る羽はどうやったら発動するのか、未だに分からない。
俺が空中で悩んでいると。
横で飛んでいたリュイに、突然顔を掴まれ。
唇を奪われた。
何を言う暇もなく。
大量のビットが俺の周りに生まれる。
「すごーい!」
「空が、埋まりそうなの」
子供達がはしゃいでいる中。
大量に使用した魔力が、一気に回復し、さらに増幅されていく気がする。
リュイから流れてくる魔力が、俺の中で炎となっていく。
「んっ」
リュイが何かをしたのか。
一斉に俺のビットが落下し始めた。
その全てが真っ黒い炎に包まれたまま。
地面に着弾と同時に、黒い炎が弾け。
さらに炎をまき散らす。
壁を真っ黒い炎で包み込み。
問答無用で、蟻たちを焼き尽くしていく。
リュイの口づけは止まらず。
さらに追加と言わんばかりに、大量のビットを強制的に発動させられてしまう。
この状況、リュイに俺のビットを自由に使われながら、俺はふと思う。
リュイが俺のモノじゃなくて、俺がリュイのモノなんじゃないか?
リュイに俺の魔力を支配され。ビットの操作権を奪われてしまっている。
これじゃぁ、どっちがどっちの奴隷か分からない。
大量の火炎爆撃の2撃目が始まる。
それは、地面から見たら、隕石と一緒だったかもしれない。
無数の黒い炎が永遠と空から降り注ぐ。
「ぷはっ」
唇を離すと、リュイは小さく笑っていた。
「ママすごいの!」
「最強だぁ!」
「お母さん、お父さんよりも強い?」
子供達がはしゃいでいる中。
リュイの前に、再びビットが集まり出す。
俺はリュイが何をしたいのか分かると、さらにビットを生み出す。
普段より、数倍のビットが生まれる。
唇を離しているのに。
【譲渡】が切れない。
俺の魔力がリュイに流れ。
リュイの魔力が俺に流れる。
お互いにはち切れそうな魔力を体に貯めたまま、リュイは自分の斧で目の前のいつもより2倍分厚い魔法陣を叩いていた。
「愛羅舞竜・終!」
一番聞きたくない言葉と一緒に。
俺の膨大な魔力と混ざったリュイの魔力が爆発する。
二つの首を持ち、4つの尻尾を持つ巨大な鳥が生まれる。
その巨大な鳥は、飛びながらあたりかまわず、黒炎を二つの口から吐き出しながら飛んで行く。
もう、怪獣そのものだ。
王都の周りを、ぐるりと一周した鳥は、王都の周りを一瞬にして掃除してしまう。
もう、あまりの光景にぽかんとしてしまった子供達を後目に。
俺自身も、さらにビットを生み出す。
「爆撃」
普通の炎の矢を空中のビットから地上に向けて連続発射する。
そう。普通の火の矢だ。しかしそれが無数になれば話が変わる。
赤い雨が地上に降り注ぐ。
壁から一定以上の距離を取り。
赤い分厚いカーテンが王都の周りに張られる。
気が付くと。
巨大な鳥は、王都の正門の先で地面にぶつかり。
超巨大なハートマークを空中に描いて消えて行く。
そのハートマークの光りは、壁にぶつかり。壁の蟻たちを消滅させていく。
キラキラ光るピンク色にすら見える光は、とどめといわんばかりに壁に張り付いていた蟻の大半を消滅させるのだった。
斧を担いで、俺に笑いかけているリュイ。
まだ茫然としている子供達。
俺は苦笑いを返すしかない。
とりあえず着地出来る場所の確保と、王都の安全は完全に確保する事が出来た。
炎で出来たカーテンは、全ての魔物を壁に一切寄せ付けず。
炎をかろうじて抜けて魔物は、切断結界で、真っ二つにされる。
あふれ出る魔力のおかげで、俺のビットは、町そのものを囲っているのに、まだまだ、魔力に余裕がある。
三日くらいなら赤いカーテンを維持できそうだった。
「ほんとうに。えーっと。とりあえず、ありがとう?なのかな」
アムは、困った顔で俺達を見る。
兵士達は全員、武器を握りしめたまま俺達より距離を取っている。
アムのいる、王の間。
そこには、全部隊の部隊長、将軍、副官もそろっているのだが。
全員の顔が青くなっているのが分かった。
サラにいたっては足が震えているのが見える。
「サラ。昔の事があるかも知れないが、一応、僕の甥になるんだから。もう少し、信用して上げて欲しいな」
いつでも剣が抜けるような体制になっているサラに小さく笑うアム。
「すみません。しかし、体が、どうしても」
アムを守るように、アムの前に立っている。手も振るえているのだが。
アムは大きくため息をつくと。
「まぁ、仕方ない、、、か」
あれだけの光景を見せられたのだ。理不尽な力と言ってもいいかもしれない。
万単位の魔物を、死すら覚悟した状況を、数分でひっくり返した力。
しかも、その力は一度は自分達に向けられた事のある力だ。
恐怖を覚えるのも無理は無い。
アムはふと、ロアの方を見る。
ロアはというと顔面蒼白のまま立っていた。
多分、昔の自分の部隊が全滅しかけた時の事を思い出しているのだろう。
完全にトラウマになってるな。
アムはどうにもならないこの場の空気に、ため息を吐き出したくなっていた。
その時だ。
「サラ。見苦しいぞ。命の恩人だ。わきまえろ」
白いヒゲを生やした老人が、サラをたしなめる。
「けど、お父様」
言い返そうとするサラに老人は薄く笑うと。
「娘がすまない。君とは過去のぶつかり合いがあったのでな。アレもいろいろとトラウマになっているようでな」
そう言って、頭を下げる。
「ダルム将軍!!」
何人かが叫ぶが。
「儂らが、全員でかかっても、この二人には敵うまい。なら、戦う意味もない。我らは彼らより圧倒的に弱い。それだけだ」
そう言って笑う老人騎士。
「その通りだよ。彼が本気になったらこの町が消し飛ぶ事が分かっただけでも、十分じゃないか」
そう言って笑うアム。
煽りとも、諦めともとれる二人の言葉に。
リュイと二人で、顔を見合わせるしかなかった。




