底に届く光
「シュン殿ぉ!」
悲痛な叫び声が聞こえる。
何とか間に合った俺の結界に包まれているティピだが、今もティアマトの使い達に結界に包まれたまま、ボールのようにもてあそばれている。
ティアマトの使いに食べられていないだけ、まだましだろうが。
俺はというと、何回も腕やら、足やらと、かみつかれてはいるのだが、ノーダメージである。
人を捨てたステータスがしっかりと仕事をしてくれている。
ティマトの使いくらいのかみつきでは、傷一つつく気がしない。
多分、俺の素肌は、地竜の甲羅以上の防御力があるんじゃないだろうか。
その中で、ビットを繰り出し少しでも数を減らすため、ティアマトの使い達を切り刻むのだが。
1000を倒しても、2000生まれて来るこの状況で、何も出来ない。
ティアマトだと思われる、あの巨大な壁にも、ビットを向かわせているのだが。
サイズが違い過ぎる。
俺の切断結界が作り出す切り傷は、人間でいえば、針で軽く刺したような物だろう。
あまりに、相手が巨大すぎて、何万刺したとしても、ハンコ注射くらいの傷しか残りそうにない。
その間にも、自分が生み出した魔物を食べ、傷を回復させていってしまう壁に
対抗策はまったく無かった。
バリッと言う、絶対結界の核を食いつぶされる音がまた聞こえた。
ビットから、喰い散らかれていく人魚の姿が鮮明な映像として送られて来る。
ティピではない。他の人魚の家に張っていた結界が壊れたらしい。
だが、何も出来ない。
リュイも、子供達も、トビウオに囲まれて何も出来ないようだ。
ダイクの村は俺の結界があるためにまだ無事なようだ。
少しだけ安心していると、ビットがとんでもない情報を伝えて来た。
トビウオたちが、帝国の一番大きな港町。トウの町に向かっているらしい。
「本気か」
あれだけの数の魔物。
かなり大きな港町だとしても、一瞬で食い尽くされてしまう。
俺は、必死にビットを生み出し、壁を。ティマトの使いを切り刻む。
しかし、万近くのビットを展開しているにも関わらず、さらに生み出されていく魔物達に阻まれて壁にまったく攻撃が当たらない。
「パパ!助けて!」
突然、隣から聞こえたシリュの声に俺が振り向くと。
シリュのビットが一つ浮かんでいた。
俺のビットが無数の体当たりと、かみつきによって、砕かれ始めているらしい。
リュイが、その斧を振るい。
ミオが爪を振るうが、数が違い過ぎる。
完全に囲まれている中。
俺の絶対結界が壊れたら全ておしまいである。
俺の家族は、食いつくされる。
俺は、焦り、追加のビットを生み出す。
家族への応援にビットを向かわせるが、敵の数が多すぎる。
魔物の群れに阻まれ、まったく進む事が出来ないビットが海の中に漂ってしまう。
「パパ!」
シリュの叫び声と同時に。
絶対結界の核が壊れる音が、シリュのビットから聞こえる。
激しい音と、何かがかみ砕かれる音。
「うわぁぁっぁぁぁっぁぁl!!!!」
俺は、一気に襲い掛かって来た絶望の中。
叫んでいた。
俺の中で、何かが、はじける。
『大丈夫』
『シュン様は』
『『大丈夫』』
その瞬間。
真っ暗だった世界が、一気に光に包まれる。
海の中なのに。
羽が舞う。
大地に。
海の中に。
空に。
七色の光りを放つ羽が舞う。
羽は、巨大な壁すら削り取って行く。
数千万、億にも思える数の敵を。
視界一杯の羽が全て削り取っていく。
激しく身もだえる壁が生み出す波すら打ち消して。
羽は永遠と降り続ける。
「助かったです」
左手をかみ砕かれたリュイが、小さく呟く。
子供達を守るため、自分が盾になったのだが。
穴があけられたと思った背中も痛みが無くなっていた。
「お母さんっ」
シリュが泣いている。
「ママ」
ミリも泣いている。
ミオは、泣き過ぎてしゃべれない。
そんな子供達を抱きしめながら。
視界一杯に降る羽を見つめる。
「さすが、シュン様です」
羽が雪のように降る中。
あれだけいたトビウオが消えていた。
「おいおい。今度は何が起こったんだ?」
ダイクは、目の前の光景に呆気にとられてしまう。
真っ暗になり。
深海となった地上が一瞬で、今度は海面以上に光輝いている。
「雪?いや、羽か。七色に光る羽とか何なんだ?」
ダイクは目の前の光景が理解できず、茫然としている。
シュンの絶対結界は、ボロボロになっており、いくつもほころびが出来ていた。
ダイクの槍の先に刺さっていたトビウオが、羽に当り消滅していく。
港町に向かっていた、黒い雲のような塊すら。
最初から無かったかのように何一つ無くなっていた。
ただただ、光輝く羽が降る。
そんな光の中。
綺麗な歌声が聞こえ始める。
ティピの歌に、他の人魚達も連なり歌い始める。
小さな歌はどんどんと大きくなっていき。
海に広がっていく。
人魚達の歌が、綺麗に重なった時。
ティアマトと思われる、壁の動きが止まった。
魔物が一切生まれなくなる。
何かをかみしめるように。
その歌声を取り込むかのように。
じっと体を削られているにも関わらずまったく動かなくなる。
その体が全て消える時。
声が聞こえた気がした。
「アア。ソウダ。ソレガ。ワタシタチダッタ」
「ドコデ、マチガエタ ノ カ」
その歌の中。
一つの羽が大きく輝いたような気がした。
「アア。ソウダナ。イコウ。マタセタ ナ」
その光を受けた巨大な壁が。
今までとは違い、一気に崩れていく。
「オウ ヨ ワガ ウミ ヲ タクス」
最後の声は、恨みすらなく。
とても澄んだものに聞こえたのだった。




