漁村
「きれいです!」
水色が、光を反射してきらめいていた。
「すごーい!ひろーい!」
珍しく、シリュがミュールの背中から落ちそうなほど身を乗り出して景色を見ていた。
目の前に広がった海はちょうど太陽の光りを反射して綺麗だった。
「凪でよかったな」
穏やかな海を見て、俺は小さく呟く。
荒れていたりしたら、子供達が怖がってしまうかもしれない。
「本当に綺麗です」
隣で、ため息まじりに呟くリュイ。
リュイの羽はそんなに大きくは無いのだが、何故飛べるのか疑問に思う。
本人に聞いて見ても、「分かりません」という返事だけだった。
「パパ!あそこに黄色い旗が立ってるよ!行ってみよう!」
ミオが何かを見つけたのか、俺の返事を聞く前にその方向へとミュールを動かしてしまう。
目当ての港町からは、少しずれるのだが。
まぁいいか。
そう思いながら俺も後を追う。
「よく来たなぁ!」
竜達が着地すると、ひと騒動あったのだが、俺の姿を見たダイクが、俺の背中をバシバシと叩きながら歓迎してくれた。
「いきなり、竜が2匹もおりて来て、覚悟を決めたんだがな」
そう言って笑うダイクの手には、何年も前に俺が譲った槍が握られていた。
「ほんとにな、いろいろあってな。今はここの村長をやらしてもらっているんだよ」
そう言いながら、ビールを流し込むダイク。
「飲み過ぎないでくださいね」
奥から、前よりも美人になったのではないかと思うアヤさんが酒を持って来る。
机の上には、魚が大量に出ていた。
ただ、しょうゆが無いので、オイルを大量に使った、カルパッチョのような物ばかりだったが。
一息でジョッキを飲み干すと。
「出会えて良かった。シュン。いつか、お礼を言わなきゃならないと思っていたんだ」
ダイクは真剣な顔になる。
「あの後、俺達の村は全滅していた。娘も、息子も、知り合いもほとんど死んでいた」
アヤさんも、目を伏せている。
「本当の意味で、立ち直るまで、4年かかった。いや、まだ引きずってはいるんだがな」
ふと後ろを見ると、小さな人形が置いてある。
日本人形のようにも見える、手作りの人形だった。
「アヤが作ったヤツだ。リカにと思ってな。ああ、娘なんだがな。二つ作って、一つは、海に流してやった」
その一言で、分かってしまった。
「あの黄色い旗は?なぁに?」
シリュが魚を口にほおばりながら、ダイクに尋ねる。
ダイクは笑いながら。
「あれは、海に出た人が迷わずかえって来れるようにっていう目印さ」
そう言うダイクの顔のしわが増えて見える。
ダイクが言いたいのは、生きている人だけでは無いだろう。
だが、その事を言おうとすると、笑いながら、言うなと言わんばかりに、ジョッキを向けて来る。
「俺も、50前だ。いろいろ考える事も抱える事も、増えて来るんだよ。特に、この世界だとな」
俺は、なんとも言えない顔をしながらジョッキを受け取るのだった。
「で、何をしに来たんだ。お前の噂は聞いているよ。4Sに選ばれるくらいの冒険者様が、何もなしに、こんな田舎町に来る事は無いだろ」
子供達が寝静まった後、ダイクと俺は二人で酒を交わしていた。
リュイも、飛んだ疲れからか今は子供達と一緒に寝ている。
「また、竜が出たという話を聞いて、国王命令で来たんだが」
俺が静かに答える。
ダイクは、その言葉にやっぱりなと言う顔をしていた。
「目撃証言があったのは、つい7日くらい前だ。沖で、とんでもないくらい長いしっぽをした何かを見たらしい」
ダイクは、人形を一目見ると。
「津波が起きるかと思って警戒していたんだが、まったく何も起きず、日ばかりが過ぎてしまっている。だが、あいつなら、何が起きてもおかしくない」
じっと俺を見る。
「やってくれるなら、嬉しいが、手を出して再び悲劇を起されてはたまらん。それが俺の本音だ」
力が入り過ぎたのか。
ダイクがわし掴みにしていたジョッキに、ヒビが入るのが見えた。
「国王命令もある。奴がいるなら、倒すしかない」
「被害が出るなら、お前を行かすわけには行かないのだが」
ダイクの声に、怒りが混じり始める。
「親父。何を言ってるんだ。奴が出たなら、倒すべきだろ。親父がやらないなら、俺が行く」
突然入って来た青年に。
「ふざけるな!お前に何が出来る!」
突然大声を上げるダイク。
「やれるさ!何も出来ずに、グダグダと酒しか飲まない親父よりかはな!姉貴の仇を打ってやる!」
「カイ!」
「そこの冒険者は、腕が立つんだろ?これで、負けは無い。明日にでも出る」
それだけ言うと、激しく扉を閉めて青年は出て行く。
アヤさんが、青年の名前を呼んでいるのが聞こえるが、すでに青年は居なくなっていた。
思わず立ち上がっていたダイクは、ドカッと椅子に座り直すと、突然俺に頭を下げる。
「わるい。さっき、さんざん何だかんだ言っておいて、虫のいい奴だと自分でも思う。だが、息子を助けてくれ。あいつは、目いっぱい走り過ぎて、周りが見えないんだ」
ダイクの声は、震えていた。
その横で、床に膝をついて、アヤさんまでが頭を下げる。
「本当に、馬鹿な息子ですが、私たちの大事な子供なんです。お願いいたします」
その言葉に、俺は寝ている子供達を思い出し。
大きく了承の頷きを返していたのだった。




