緑色の風
「危ない!」
ミリの目の前に、突然、鉄パイプが生まれる。
俺が咄嗟に結界を張ろうとしたとき。
黒い光がミリの前に生まれ。
鉄パイプは、その黒い光に包まれ消えていった。
「はぇ?」
何が起きたのか分からず茫然としているミリ。腕の中のミュールが身じろぎするのが見える。
「だぁ!」
ミオが手を振るうと地面に鉄パイプが切り裂かれて落ちる。直感で、危険を感じ取ったらしい。
「くそっ。皆集まれ!」
俺が叫ぶと、全員が俺の傍に集まって来た。
ビットを展開し、絶対結界を作るのだが。
「ダメです!」
リュイが叫びながら、絶対結界の中側に、黒炎を打ち出す。
ドロドロした液が地面に落ちて行くのを見て、俺は一瞬で理解し、絶対結界を解除する。
「結界の中に転送して来るのか」
俺は呟きながら焦っていた。
しかし、そんな俺の腰に手を回し、俺を抱き寄せるリュイ。
「シュン様。私たちは、守られるためにいるわけじゃないです。シュン様を守るためにいるのです」
リュイがにこやかに笑う。
「何度も言っているのです」
その言葉で。
俺は気持ちが一気に軽くなっている事に気が付く。
まったく。
俺の家族は、俺より強い。
俺は、あらためて周りを監視する。
【希薄の】やつは、体の中に武器を置いて来るという離れ業をしてのけていた。
ずれた空間を利用したその攻撃と、【空間の目】が同じだとは思えないが、体の中に【空間の目】を生み出されたら終わりだ。
体の中に直接転送された鉄パイプは、心臓をあっさり貫いてしまうだろう。
それは、ステータスも、スキルすら一切無視した、即死攻撃と言ってもいい。
俺はその攻撃を恐れていた。
しかし、今は空間の目は、俺達の目の前にしか開かない。
5本目の鉄パイプが、俺の目の前すれすれで切断結界に断ち切られ落下していく。
それでも、空間も、距離も無視した攻撃と言うものは、本当に厄介だ。
再び落ちる鉄パイプと、目の前を通り過ぎる切断結界。
ある意味、俺自身もひやひやものだ。
切断結界は、自分も傷つけるのだから。
「まだ来る!」
そう言ったミオの叫び声に咄嗟にリュイが黒炎を発動。
燃え尽きるパイプ。
圧倒的不利を感じていたその時。
「ミュー------!」
突然ミュールが叫ぶ。
その瞬間。
俺達の部屋全てが、黒くゆがんだように見えた。
その瞬間。
「ぐはぁ!」
遠く離れた場所で。
【空間の】が吹き飛ばされていた。
良く見ると、片目から血が流れていた。
「くそっ!」
苛立ちながら、再び白い球を持ち上げる【空間の】
しかし、何も見えない。
「くそっつ!!!!!!」
怒りに任せて、白い球を地面に叩きつける【空間の】
「せっかくの贈り物なんだ。壊さないでくれ」
学生服の青年は、笑いながら、白い球を拾う。
怒りのあまり、息が上がっている男に、その球を手渡すと。
「初手は、こちらの負けみたいだが、これがあれば、何度でも出来るだろう?」
そう言って笑う。
【空間の】は、その球を奪い取るように青年から受け取る。
「魔力切れみたいだから、しばらく休んだらどうだ」
学制服の青年の言葉を聞きながら、男はその場に突然倒れ込んだ。
「怒りの力かな。始めて行った3つのスキル同時発動で、2分。なかなか頑張った方だと思うよ【空間の】僕は、最初なんて30秒も持たなかったからね」
死んだように眠る男を見ながら、うっすらと【皇の】は笑っていた。
ミュールが叫んだ後。
空間がゆがむ感覚を感じたのだが。
何かが弾け飛んだような気もした。
「終わったぁ」
ミオがへなへなと腰を落とす。
ミュールは、ミリの腕の中でぐっすりと寝ていた。
「ほんとに?ほんとなの?」
ミリがミオに確認すると。
「うん。ピリピリした感覚がなくなったから、もう大丈夫」
ミオはそう言い切った。
獣人ならではの感知能力なのだろうか。
ミオの殺気を感じる力は、超能力と言ってもいいと思う。
「なら安心なの」
笑いながら、ミュールを撫でるミリ。
リュイも、体の力を抜いていた。
「大丈夫?」
シリュのビットが部屋を飛び交い。
ミオや、ミリ、リュイの傷を治して行く。
「父ちゃも、怪我してるの」
そう言って、緑の光りが俺を包む。
真剣な顔をして、回復魔法を扱うシリュを見て思わず、その頭を撫でていた。
「ふひゅ」
集中が切れたのか、魔法が止まる。
「シュン様!」
リュイが怒った声を出すが、気にせず俺は魔力を発動させる。
部屋中を緑色に染めながら、全員を一気に回復させる。
「きれい」
子供達がその光景を見て、思わず呟くのが聞こえる。
緑色の光りが、最初はゆらゆらとそしてだんだんと激しく吹き荒れながら、部屋を染めていく光景は俺にとってはいつもの事だ。
子供達も、リュイもその光景に見とれていると。
「大丈夫ですか!」
騒がしい部屋の音を聞いてなのか。
サラが血相を変えて入って来る。
しかし、入った瞬間。サラもその足を止めていた。
【暴緑の】その二つ名がつけられる意味。
荒々しくも、一つの音もなく傷を治して行くその光景に、俺以外の全員が息をするのすら忘れて魅入っていたのだった。




