嵐の始まり
「良く来たね。そう言いたいんだけど、緊急で君たちを呼び寄せた理由は、別にあってね」
アムは、笑顔で俺達を迎えてくれたのだが、すぐにその表情を曇らせる。
「そう。今この王都では、とんでも無い事が起きている」
ため息をつきながら、ミリと、ミオを見る。
「いきなり、何も無い空間に突然矢が現れ、冒険者を貫くという、不可解な事が起きている」
俺は、その言葉に、息をのむ。
「そう。この異常な事が行える者は世界にたった一人だけだ」
「あの光景を生み出した異常者だ」
アムは、頭を抱える。
俺は、いつの間にか、拳を握りしめていた。
異常な血の匂いを思い出す。
のどにこみあげてくる異臭とともに、奇怪な塊を思い出していた。
「シュン様?」
心配そうに俺を見るリュイの手をそっと握り返してやる。
それでも、家族全員が不安そうな顔をしていた。
「【空間の】か」
俺の言葉に、アムは小さくうなずく。
「それしか思い浮かばない。彼の能力は、【神の目】と【空間の目】だ」
普段なら、冒険者のスキルなど知れ渡っている事も無いのだが。
4Sのうち、2人。【空間の】と、【明星の】二人はほぼ全冒険者がそのスキルを知っている。
【神の目】世界のどこであろうと、世界を見る事が出来るスキル。そして、【空間の目】は見た場所へ扉を開き、小さいものを送り込める力。
「彼の武器は、もっぱら、パイプのような矢だったのだけどね。今は普通の矢を使っている所を見ると、何か考えているようなんだけど、全く理解できなくてね。冒険者を無差別に殺す意味も分からないんだよ」
アムは、泣きそうな顔をする。
「あのスキルの中では、どこにいても無力だ。だけど、ただ一つ。この城の中なら、最悪打たれてもすぐに助ける事が出来る。今、回復魔法の使い手が大量にここにいるからね」
もっぱら、全員僕を守る為に雇われた者たちだけど。
引きつった笑いを返すアム。
「だから、君たちにこっちに来てもらったんだ。あそこでは、狙い撃ちされる可能性があるからね」
その言葉に、俺達は何も言い返せなかった。
「ここで、しばらく寝泊りしていただきます」
サラは、アムと会話をした後、城の一室に案内してくれる。
そこは、昔に王族が住んでいたと言う部屋で、凄まじくひろい。
部屋の中に、水浴び場まであるくらいだった。
「すごい!すごい!お姫様になれたの~!」
ミリがはしゃぎながら、部屋を駆け回っている。
「きれい。こっちも、キレイ。この宝石着けていいのかな?」
シリュも、部屋に置いてある宝石や、綺麗な石のアクセサリーにくぎ付けになっている。
「この部屋に置いてあるものは、全てシュン様一家にと、アム王が用意してくれたものです。ご自由に、お使いください」
サラは、小さく頭を下げる。
「アムに、お礼を言わないとな。それよりも、サラは怖くないのか?冒険者が暗殺されているようだけれども」
俺が声をかけるも。
「だから、馴れ馴れしく声をかけてくれないでくれ。お前の情婦などと、勘違いされても困る。それにな」
口ごもるサラ。
俺がじっと続きを待っていると。
「全て許せたわけじゃないんだ。私の部下も、一緒に飯を食った奴も、一瞬で動かなくなった。
その怒りが消えたわけじゃない」
その言葉に、俺はそうか。とだけ返事をする。
ミュレが来る前。
俺はたしかに大量の兵士を殺した。
その兵士が何処の所属だったのかは、知る事も無かったのだが。
サラの部下も、あの戦いにて参加していた事に今気が付いたのだった。
「だから、前のようにと言われても、私もどうしようも無い。許してくれ」
サラの言葉に。
俺は小さく頷くしかない。
お互い様と言えばそれまでだ。
西方都市での戦いでは、何度も一緒に戦った顔見知りの兵士達がほぼ全員殺されている。
だが、それはこちらの思い。
サラにはまったく関係ない、知らない人だ。
サラは、唇を噛んだまま部屋を出て行く。
部屋を出た後で。
サラは、拳を震わせていた。
「ダメだな。私は。あの戦いは負けたのだ。負けた者は何も言う権利すらないはずなのにな。どうしても、彼には愚痴を言ってしまう。私はまだまだ弱いのだろう・・・シュンの優しさに、あ・・ま・・」
ボロボロと出て来る涙をそのままに、サラはしばらくその場に立ち尽くすのだった。
「シュン様」
サラが出ていった扉を見ていると、リュイがいつの間にかそばにいてくれていた。
「大丈夫だ。殺した人も。傷つけた数も。倒した魔物も」
その全てを背負ってでも、俺は、彼女を家族を守る。
楽しそうにはしゃぐ子供達を、リュイを見ながら決意を新たにする。
ミュアを、ミュレを失った。
リュイも、失いかけた。
子供達も捨ててしまいそうになった。
全てを手放してしまおうとしてしまった俺に、愚痴すら言わず着いてくれて来ている家族を。
「守る」
俺は、もう一度決意を新たにするのだった。
「どうだ?」
真っ白い球体となった複眼の球を渡された、バンダナを目隠しのようにしている男はその球をまるで目が見えているかのように回していた。
「すごいな。僕の力が届かない、僕の欠点を補ってくれる球じゃないか」
学生服の青年に渡されたその球を手にニヤリと笑う男。
その見えない目には、シュンと、リュイが口づけをしている姿が映っていた。
「【遠目】のスキルと、君のスキルの相性は抜群すぎだ。君の【神の目】は、転生者や、神に選ばれし者を(視る)事が出来ない。
しかし、【遠目】スキルに【神の目】を乗せる事で、他人の(目)を使う事が出来る。凄い発見だ」
学制服の男は、やりきった顔をしている。
それは、思いのほかいい物が出来た技術者の顔だった。
しかし、そんな事すら関係なく。
「これで、無意味な八つ当たりをしなくて済む。明星。見ててくれ。仇はとってあげるよ」
小さく笑う男の目には、復讐の二文字しか映っていなかった。




