闇の入り口
「襲って来るんじゃねぇ!」
俺が一言叫ぶと、周りを囲んでいたオオカミたちが少しずつ後ずさり、全員が一斉に逃げ出していた。
慌てているのか、足を滑らせて何匹か落ちていくのが見えた。
「まったく」
俺はため息をつきながら、自分の槍を一振りする。
山脈に【明星の】がいたという報告を聞いて、エルフの里を抜け出して来たのだが。
山の中腹まで来た所で、崖オオカミとも呼べる魔物の集団に襲われたのだ。
まぁ、今更の敵であるし。
足場ごと何匹か落としてやったりもしたのだが。
諦めの悪い集団がいたので、ちょっと力を入れて槍を振り下ろしてやった。
少し地形が変わったが、まぁ仕方のない範囲だと思う。
そのまま俺は崖を蹴りあがる。
空中で、足場を作り、さらに飛び上がり。
崖のような切り立った山脈を登るというより、飛び越えて行く。
山脈の頂上まで難なく上がると、周りを見る。
「まぁ。いるわけないよな」
そんなのんびりと浮かんでいる訳も無く。
【明星の】の姿は無い。
遠くから、ちらちらと、頂上に住み着いているワイバーンがこちらを見ているのが見える。
俺がそのワイバーンに気が付いた時。
空中を飛び回りながら、こちらを気にするように飛び回っていた一匹が我慢の限界と言わんばかりに舞い降りて来た。
俺の目の前で、小さい足場にしっかり着地し、頭を下げるワイバーン。
俺が呆気に取られていると。
クルルゥと、ワイバーンが鳴くのが聞こえた。
いや、鳩のような鳴き声とか。
可愛すぎるんですけど。
俺が手を伸ばすと首を下げ、甘えてくるワイバーン。
その間も、クルゥと可愛い鳴き声を鳴らし続ける。
しっかりとワイバーンを撫で上げた後で、ふと気が付いた。
そう言えば、俺は、なんだかんだで、竜族の婿。しかも、竜人の王族の婿になっていたんだった。
ワイバーンが、敵対せず俺に従順なのは、そのおかげか。
俺は自分一人で納得していた。
俺がワイバーンを撫でて遊んでいる最中に。
山の下に広がる圧倒的な森のなか、突然爆発というか、光りが見えた。
「竜のブレス?」
そう見えるほどの光が次の瞬間、空中を照らす。
ワイバーンは、体を低くしてくれる。
「乗せてくれるのか?」
俺が尋ねると、クルゥと嬉しそうに鳴くワイバーン。
俺は、ワイバーンに乗ると、一気に飛び上がる。
未だに時々光を放つ場所に向かって。
「パパは、ほんとに人なの?」
凄く真っ当な疑問を投げかけて来る娘に、私は苦笑いを返す事しかできなかったです。
子供達は、ミュレさんの生まれ代わりともいえる黒竜に乗って移動しているし、私も、ギャルソンさんも、飛べるというのにです。
まったく、シュン様に追いつけないのです。
「流石、姫様の婿どのという事でしょうな」
ギャルソンさんは、この数日で諦めたのか、まったく焦る事もなくなっているです。
そんな私たちは、今、ワイバーンに囲まれて飛んでいたりするです。
山脈から飛んで来たワイバーン達が、ギャルソンさんに、シュン様の居場所を教えてくれたとの事なのです。
案内までしてくれると言うのです。
「子供達ですから」
そう言って目を細めるギャルソンさんが、ちょっとカッコよく見えたのです。
子供達も、並走してくれるワイバーンに何かを話しているようなのですが、私にはまったく彼らの言葉は分からないのです。
【神人】といっても、万能ではないと感じているのです。
「ところで、リュイ様は、シュン様に会うとしたら、何を言うのですかな?」
ふいにギャルソンさんがそんな事を聞いて来たのですが。
私は返事をしなかったのです。
そんなことは決まっているのですから。
ワイバーンに乗った俺が、目的地近くに来た時。
突然、光りが俺達に向かって伸びて来た。
とっさに回避してくれるワイバーン。
俺がその首を撫でてやると、クルゥと可愛く鳴く。
その光の中心。
光りにより、全てが蒸発して、広場となってしまった真ん中にいたのは、何度も俺が戦った相手だった。
「地竜?」
俺は小さく呟く。
その瞬間。
地竜の真っ青なブレスが俺達に向かって飛んで来る。
俺は、戸惑いながらも絶対結界を空中固定して展開する。
何十枚もの絶対結界が、幾何学模様を作り出し俺の前で展開する。
お互いがお互いを固定し、地竜のブレスにすら負ける事なくその場に留まり続ける俺の結界。
光りが収まった時、地竜が笑った気がした。
俺はというと。
まだ呆気に取られていた。
そう。
地竜は、何かと戦っていた。
黒い、学生服を着た、一人の男と。




