放浪
俺は、要塞都市の自分の部屋でうずくまっていた。
自分でも何故ここに来たのかは分からない。
ただ、4Sを殺すとただそれだけを思って出て来たはずだった。
なんとなく、ここでなら、4sの足取りが分かるかもと思ったのかも知れない。
なのに、リュイとの、ミュアとの思いでが詰まった部屋に入った瞬間。
俺は、自分を抱えて動けなくなってしまっていた。
何日そんな引き籠り状態だったのか。
バルクルスも、何も言わなかった。
「おい!暇なら、訓練に付き合ってくれ!」
唐突に、俺の部屋の扉が激しく開けられ、目の前に見知った女性がいた。
筋肉がっちりのフルアーマーを着こんだ女性。
俺が知る限り一番の残念剣士。
「何をぼやっとしているんだ。ほら行くぞ」
俺とは一桁も、二桁も低いステータスのはずの彼女に引っ張られ、俺は部屋から連れ出される。
部屋から出た瞬間。
圧倒的な熱気が顔を打った。
町の熱気。
人が生き生きと生活しているその熱気。
見ているだけで、気分が上がって来る人の活気。
「を。少しは気分が良くなったッスか?あの大騒動から一気に復興したッス。見違えるほどになったッスよ」
俺を見つけたチュイが、笑いながら話しかけて来る。
この城塞都市の将軍であるはずなのだが、彼は軽装備を付けているうえに、口調も軽い。
しかし、それがこの都市の将軍らしいといえばらしいのかもしれない。
この町は、森からの魔物と、帝国からの攻撃と二つの脅威に今もさらされている。
一つの場所にどっしりと構えていられるほど、余裕などない。
常に流れるように。
常に次の手を打たなければすぐに無くなってしまう都市なのだ。
なら、これだけ足が軽い将軍が必要になるのだろう。
「キンカの植物のおかげで、食料問題も無くなったっスからね。本当に助かってるッス」
「将軍!」
笑うチュイを、兵士が呼ぶ。
その声に、肩をすくめると、「仕事に戻るっスね。シュンさんも、ゆっくりして行って欲しいっス」
それだけ言うと、チュイは仕事へと戻って行く。
その姿を見ていると、俺の裾を引っ張る女の子がいた。
その子を見ると、小さな花を持っている。
「お母さんがね、シュン様を見つけたら、お礼してねって言ってたの。バルクルスさんか、リンダさんと一緒にいるから、すぐ分かるからって。シュン様だよね?」
俺が、頷くと。
「よかった。お母さんを助けてくれてありがとう。森の中でも、この城が襲われた時も。お母さんをありがとう」
そう言って、花を渡してくれる。
俺がその花をもらうと、女の子は、俺から離れていく。
大きく手を振って。さらにお礼を言われてしまった。
「この町の人間は、全員シュン殿に感謝している。私も含めてな。そうだ。稽古の後でも、私の娘に会って行くか?さっきの子よりもかわいいぞ」
目を細めて笑うリンダ。
俺は、その花を見つめる。
『シュン様が、守って来たその証ですね』
そんな声が聞こえた気がした。
俺は、小さく震えていたのだが。
「何をしているんだ?さぁ。武器を取ってくれ。早くやろうではないか」
リンダが、早く稽古をつけろと急かして来る。
残念剣士は、親になっても残念剣士のままだった。
結局、リンダをぼこぼこにした俺は、リンダの家でゆっくりしていた。
「もう少し、手加減してくれてもいいではないか!」
プリプリと怒っているリンダを、小さい手が慰めている。
リンダの娘は、本当に可愛かった。
「ママ、イタイイタイ?」
そんな事を言っているリンダの娘を見て、バルクルスまで表情が溶けている。
俺は、そんな光景を見ながら、シリュを思い出す。
会いたいな。
そんな事を思っていると。
「で、聞いていた事なんだが」
バルクルスが、表情を改める。
「4Sの事は、王都でも、探しているようだが、まったく足取りはつかめないとの事だ。もちろん、僕も彼らの事は、気にかけているつもりだったけどね。なんて言っても、王家を皆殺しにした張本人だ」
大量の書類を置きながら、バルクルスは、続ける。
「だけど、正直、僕は賛成しないね。君も十分化け物なのは知っているけれども。4Sを倒すなんて、夢物語だ」
じっと俺を見つめるバルクルス。
「【希薄の】は、一切の攻撃を受け付けない。【明星の】は、近づく事すら許されない。【空間の】の目からは逃げる事は出来ない。【皇の】は」
一息つくと。
「この世界の王とも言っていい。彼に出来ないことは無いと言ってもいいかもしれない」
「勝てる相手じゃないよ」
バルクルスは、本気で心配してくれる。
「どうしても。あいつは倒さないと。俺が進めない気がするんだ」
俺は、唇を噛みしめる。
【明星の】あいつだけは絶対に許せない。
大きくため息をつくと。バルクルスは、俺を見つめる。
「はっきりいって、今の帝国は前より数十倍強固になっている。アムは本当にすごい国王だよ。
その中で、4Sの足取りがまったくつかめないのはおかしい。考えられるのは」
森の方を見るバルクルス。
「森の中。もしくは、北の山脈の向こう、魔の森と言われている、魔物だけの森の中」
その言葉に、俺は顔を上げる。
「この辺りの森は、エルフに聞いたらいろいろ教えてくれるかも知れないよ。シュン君なら、すんなり入れるだろう?」
その言葉に。俺は、バルクルスに感謝するのだった。
翌日。
俺は、エルフの里に向かって歩き出していた。
「けっきょく、勝てなかった」
リンダは、巨大な剣を担ぎながら肩を大きく落とす。
「勝てると思ってたのが、びっくりだよ」
自分の妻に優しく声をかけるバルクルス。
「リュイさん、死んだのかな」
彼女が唐突に呟いたその言葉に、バルクルスは首をかしげる。
「分からないけどね。何かあったのは確かだろう。。シュン君の生きる目標は、そんな所じゃなかったと思うんだけどね」
4Sを倒すなど、竜を倒す方が圧倒的に楽である。
シュンを見送った後。
二人が真実を知るのは、数日程度たった後の事になるのだった。




