竜人の覚悟と、決意
初めてじゃった。
妾の一撃を防いだ者も。
妾の前にいて、まったく妾の威を感じる事が無い男を見たのも。
少し気になったのは事実であった。
妾の渾身の一撃ですら、あっさりと防がれてしまい。
危機感を感じておると、さらに、数多くの人間に取り囲まれてしまった。
何故妾は、あんな事をしたのか覚えてはいない。
取り囲まれてしまい、気が迷っていたのじゃろう。
妾は咄嗟に、その者に。少し気になった男に、妾の一部を与えていた。
竜の肉の一部を上げる事は、婚姻の儀式。
血肉を分け合う事で、お互いの血を混ざり合わせ永遠の絆とする儀式。
妾は、その儀式をとっさに行ってしまっておった。
本当に、何故、そんな事をしたのか、今になっても分からぬ。
しかし、妾の目は腐っておらぬようであった。
その者は、地竜と戦い、倒した者であると言う。
父上まで、呆れた顔をしておった。
始めて見る顔であったわ。
一緒におって、落ち着く男じゃった。
一緒におった、女子たちも悪くは無かった。
なのに。
妾が好きな男が、好いた女子が。
一瞬で、全て居なくなってしまった。
男は、シュンは。
完全に動けなくなってしまっておる。
この年まで生きておれば、別れは無数に見て来た。
しかし、好いた者との別れは特別であろう。
妾も、母上との別れは辛いものであった。
思い出したくもないくらいに。
今。シュンは、その身を無くしてしまいそうなくらい、絶望した顔で。
血を吐き、地面に叩きつけられた女子を見ておった。
そう。
シュンの正妻であり。
シュンが一番好いておったであろう、リュイ殿を。
普通なら粉々になる高さから落ちたのに。
リュイ殿の体は無事であった。
地竜から作られたという鎧のおかげであろうか。
しかし、体は、あり得ぬ方へ曲がりきっておる。
落ちるリュイ殿に気が付いた時。
妾は、父上の体を必死に抱えておった。
それでも、追った。
シュン殿の大事な人を。
何故落ちているのか、何故彼女が動かないのか。
まったくわからなかったのじゃが、それでも妾は必死に追った。
しかし、妾の速度より早くリュイ殿は落ちていった。
父上を捨てれば、追いついたのかも知れない。
そんな事すら、今になってしまえば遅い事じゃ。
結果として。
リュイ殿は、地面に叩きつけられてしまった。
竜人と呼ばれ。
世界最強の種であると自負しておった妾が。
何も出来なかった。
シュン殿は。
何も言わぬ。言ってくれぬ。
妾を責める事すらしてくれぬ。
ずっと、リュイ殿を見つめた後。
ただ一言。
「ころす」
それだけ言っただけじゃった。
妾など、相手にもされなかった。
どれだけ、リュイ殿がシュン殿にとって大事な人なのか分かってしまった。
リュイ殿と、ミュレ殿を屋敷に戻し。
妾が次の日起きた時。
シュン殿は居なくなっていた。
何処に行ったのかは、分からぬ。しかし、あの光をまき散らしておった女を追っていったのじゃろう。
その後で、一人の男がやってきた。
ドンキと呼ばれておったか。
「助ける事は出来るのか?」
この家の主と言っておった、一人の人間が、そんな事を訪ねておったが。
「助ける事は出来ない。しかし。生まれ変わらす事は出来るかも知れないね」
ドンキと呼ばれた老人はそんな事を言っておった。
「何をするのじゃ?」
妾が尋ねると。
「魔物との合体。魔物との融合。別の生物にする事で、彼女の形は残せるかも知れない」
ドンキ殿のその言葉に。
「それは、妾でも良いのか?」
何故か、分からぬ。
しかし、そう聞いてしまっておった。
「君の、全てを使ってしまう。君は死ぬよ」
ドンキの言葉に。
「しょせん、いつかは無くなる命じゃ。好いた男のために、全て使えるなら、それはそれで幸せであろう?」
そう妾は、返事をする。
妾の顔をずっと見ていたドンキ殿は。
「本気かい?」
じっと妾を見る。
じっと、顔を見つめ返す妾。
好いた者の為。
全てを捨てる。
妾では、リュイ殿の代わりにはならぬ。
その事は分かっておるつもりであった。
それでも、何かしてやらねばならぬ。
結局は、妾が、ふがいないばかりに、起きてしまった悲劇なのじゃから。
竜人が三人もおりながら。
全く手足すら出なかった事に妾は自分自身が許せぬ。
竜人が、竜人であるために。
妾の。出来る事をするために。
妾は決断するしかなかった。




