追記 夜のとばりと決意
俺は、夜が更ける中。
ロアにコップを差し出す。
不思議そうにコップを見るロア。
「豆乳だ。王国で作られた物だよ」
俺はそう言うと、温めた白い液体を飲み干す。
「正直。俺も何人殺したのか、何匹殺したのか、もう覚えてない」
俺の言葉に、全員が真剣な顔になる。
「しかし、やらなきゃいけない事がある。考えなきゃならない事がある」
俺は地面をじっと見ると。
「先輩。もしも、大進攻が世界中で同時に起こると言ったら信じるか?」
その言葉に。
ロアは、唖然とする。
「それは、本当かい?」
「ああ。俺がこの世界に来る時に言われた言葉だよ。『10億匹からなる大進撃が来る。その大進撃から、皆を守って欲しい』とね」
「核爆弾とか知っているし。大爆発魔法をゲームとかで知ってたから、余裕だと思ったんだが」
ロアはその言葉に息を止める。
「知ってる通り。この世界には、そんなものは一切無かった。ちまちま一体ずつ倒すしかない。
なら、数の暴力に数で対抗するしかない」
俺はため息を吐くと。
「でも、どうにもならなかった。助けれなかった。ライナも。レイアも」
二人は、顔を横に振る。
しかし。俺は続ける。
「ロア先輩のビットを死ぬ気で覚えて、爆撃を考えた」
「ビットが、本当の最強の剣になった」
黒い板が、俺の前に生まれる。
それは、地面に落ち。あっさりと突き刺さる。
「それでも。多分。守れない。誰一人」
ミュレは、俺の顔をペロリと舐める。
「なら、せめて。大好きな人くらいは、全力で守りたい。もう傷ついたりしないように」
俺はミュレを撫でてやる。
片袖は、ひらひらと風に舞う。
そんなミュレを見ながら、俺は、ミュアを思い出す。
光になって消えて行った大事だった少女。
全ての不幸を抱えて逝ってしまった少女。
もう。好きな人の命まで取られていってたまるか。
決意を込めて、俺は口を開く。
「だから、俺は、好きな人を守るためなら、鬼だろうと、竜だろうとなってやる。それが、人を獣人を、皆を助ける事だと信じて」
俺の言葉に。
ロアはコップを持ったまましばらく動かなくなり。
突然笑いだした。
不思議は顔で見る俺達の横で、笑い続けるロア。
「はは。まったく。僕は小さかったんだな。誰も助けて来なかった。誰の事も考えて来なかった。まったく嫌になるよ」
ロアはコップの中の液体を一気に飲み干す。
「君が、どれほどの道を進んで来たのか。僕には分からない。けど・・・」
「君が、どれほどの覚悟を持ってあの時、僕たちと対峙したのかは分かったよ。今の僕なら、君の言いたい事も分かる。今なら、僕の嫁たちを殺そうとする者は誰であろうと斬るだろうね」
ロアは笑うと手を差し伸べて来る。
「僕も、大量の命を背負ってしまった。君は、そもそも世界を背負っている。なら、僕も少しだけ背負わせてくれないか?ライナ達のおかげで、僕ももう少し荷物は持てそうだからね」
俺は、その手を握り返すのだった。
「まったく」
僕は、寝てしまったシュン君を見ながら、眠れない体を起こしてため息をついていた。
「何をしていたんだろうね。僕は。彼を恨んで。でも、貴族を楽しんで」
僕は地面に拳を叩きつける。
「フラグ折りと言って笑っていて。結局、全部のフラグを回収して」
「自分に反吐が出る」
僕は流れる涙を抑えきれなかった。
そっと。
僕の肩に手が添えられる。
誰かは分かっていた。
「私は、シュン様が好きでした。でも、あなたについて行くと決めました。ですから」
ライナは、僕の頭を抱えるように抱いてくれる。
「シュン様の妻のように、支えられるかは、分かりません。しかし、力いっぱい支えます。だから」
「進んでください」
ライナのその言葉に。
僕は、涙がこぼれ続ける。
勇者と呼ばれながら。
物語の主人公では無かった事に気が付いてしまった。
しかし。
これからだ。これから、僕の物語を始めよう。
彼が、彼の物語を紡いでいっているように。
30歳からの物語を始めよう。




